全員まとめて幸せにしたい〜百股男の恋愛無双戦〜   作:讃岐うどん屋さん

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【第5話】四条眞妃は相談したい

”れ・ん・た・ろ・う・い・ま・な・に・し……”

 

「はぁ……」

 

浮かない顔で文章を消去し、スマホを枕元に投げ捨てる。

学校から帰ってきてから、もう何度目になるかわからない動作。

ベッドに寝転がりながら、眞妃は欲求と理性との狭間で戦っていた。

 

「流石に昨日の今日で連絡を入れるのは、がっつきすぎてるわよねぇ……」

 

そう呟いて、眞妃は今日一日のことを回想する。

 

 

モヤモヤした寝付きの後には、モヤモヤした目覚めが待っていた。

寝ぼけ眼で朝食を口に放り込み、歯磨きをして身だしなみを整え、荷物を手にとって玄関へ向かう。

ドアを開ける前に、プリクラを取り出して。

 

『恋太郎、行ってきます』。

 

笑顔で写る二人の前に、その一言が喉から絞り出せず。

そのままプリクラを鞄にしまった。

 

登校。いつもと変わらぬ挨拶。いつもと変わらぬホームルーム。

 

一限目、数学。微分方程式における変数分離の方法。

 

二限目、世界史。中世イスラム世界における寡婦の存在と一夫多妻制について。

 

三限目、音楽。合奏曲『マントヴァーニ 慕情』。チェロを担当。

 

四限目、現代文。随筆読解。『双極性ニューロンの融合による人間性の昇華』。

 

昼休み。いつものメンバーでお弁当を囲む。イカさんウィンナー美味しい。

 

五限目、倫理。日本における神話の始まりと八百万の神思想について。

 

六限目、英語。長文和訳。"The only strategy to overcome fate"。

 

放課後、ボランティア部。第16回駅前募金活動の申請書を作成。

 

下校。帰宅。

 

 

30秒で回想が終わってしまった。

24時間前のめくるめく記憶とは違う、何ということのない平凡な一日。それはそうだろう、平日なのだから。

 

そして眞妃は、もう一度スマホを手に取り。

 

”れ・ん・た・ろ・う・い・ま・な・に・し……”

 

 

埒が明かない。そう悟り、方針を変えてみることにする。

 

「羽香里に連絡でも入れてみようかしら」

 

それは別に敵情視察でもなければ、挑発行為でもない。

純粋に、話がしたいという思いと。明日以降恋太郎と連絡をとるための、わずかばかりの贖罪の意思を込めたもの。

 

”こんばんは。昨日はありがとう。”

”まだ起きてる?”

 

すぐに返信。

 

”起きてますよ!こちらこそありがとうございました。本当に楽しかったです。”

”眞妃さんと一緒に、また遊びに行きたいです。だいぶ気が早いですけど、夏休み辺りに予定を合わせて、どこかに出かけたりしませんか?”

 

望外の誘いを前に、眞妃は少しだけ逡巡する。

 

浮かれ気分だった昨日までとは違い、今日の時点で既に、自分の心にはもやがかかっている。

夏休み。果たして自分は二人を目の当たりにして、平静を保てる心理状態にあるのだろうか。

 

そんな思いを胸に押し込みながら、肯定の意を示す返信を作る。

 

”いいわね。予定が合えば、是非行きましょう。どこか場所の候補はある?”

 

”そうですね~、横浜で中華街とか、ラーメン博物館とか。上野の美術館巡りも魅力あると思います。”

”あとは近場になりますけど、蘭舞園フラワーパークもオススメですよ!この前恋太郎君と行って、素敵な写真を撮ってきたんです!”

 

 

そして送られてきた、一枚の画像。

それを見て、眞妃はこれでもかと目を見開く。

心臓は倍の鼓動を打ち、手の平にじんわりと汗が浮かんでくるのがわかる。

 

それはタキシードに身を包んだ恋太郎と、ウェディングドレス姿の羽香里の写真だった。

周りを女子ばかりが囲んでいるのが不思議だが、生憎とそれが目に入るような状況ではない。

 

 

ある朝教室のドアを開けたら、上からギロチンの刃が落ちてきた。

そんな展開にも等しい、突然の衝撃。遠い未来のことだと思っていた、悪夢の具現化。

 

嫌だ。

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 

輝く才女の理性は影を潜め、赤子のような一つの感情だけが脳内を駆け巡る。

投げつけたい言葉はいくつもある。形にしてはいけないそれらはしかし、形にまとまることもない。

震える指で、何とか打ち込む。

 

”とっても素敵な写真ね。私もこんな写真、誰かと撮ってみたい。”

”今日はもう遅いから、この辺りで寝ることにするわ。場所の候補、私も考えておくわね。おやすみなさい。”

 

送るが早いか、即座にスマホを投げ捨てて。

充電ケーブルを繋ぐ余裕も無いまま、電気を消して、布団にうずくまる。

 

そのままわけのわからない夢を見た。

 

――――

 

「それで、それで!その時のかぐや様の視線ときたら!それはもう高潔で麗しく、見る者全ての心を包み込むみたいで!」

「でもそんなまなざしも、今は会長だけに向けられているのですわ……あぁ、何て尊いのかしら……」

(この二人はいつも通りだなぁ)

 

今日も今日とてお弁当を囲む、いつもの顔ぶれ。

 

マスメディア部所属、紀かれん(きのかれん)。カプ厨。

同じくマスメディア部所属、巨瀬エリカ(こせえりか)。香り高いポンコツ。

ボランティア部部長、柏木渚(かしわぎなぎさ)。授かりし堕天使。

ボランティア部所属。沈黙の少女、四条眞妃。

 

「…………」

「マキ、どうしたの?さっきから一言も喋ってないわよ」

「お箸も全く進んでいませんわ。どこか具合が悪いのではなくって?」

 

気遣う二人にも全く言葉を返さず、眞妃は虚空を見つめ続ける。

 

「マキちゃん。保健室行った方がいいんじゃない?」

 

「……渚。大丈夫よ。大丈夫。……大丈夫」

 

うわごとのように繰り返す彼女を見て、周囲は心配を募らせる。

 

「ただごとではありませんわ。何に悩んでいるのか、聞かせてくださいまし」

「私たち、友達じゃない。つらい時は頼ってよ」

 

力強く声をかけられ、眞妃はゆっくりと口を開く。

 

「どうしても。どうしても欲しい、宝石があるとしてね」

「その宝石は既に売約済みなの」

「でも、どんな手を使ってでも、今掴まないと。もうすぐ、永遠に手の届かない場所に、行ってしまうの」

 

ぽつり、ぽつりと、眞妃は言葉を紡ぐ。

それに対して、二人は。

 

「なるほど!つまりかぐや様の財力に頼って、その宝石を買収してもらえばいいのね!」

「このポンコツーー!?」

「ポンコツとは何よ!!かぐや様の威光にケチをつける気!?」

「あなたがポンコツと言っているんです!だいたいお金で解決できる問題なら眞妃さんはこんなに悩みませんわ!」

「二人とも、例え……例え話だから……」

 

なだめながら、渚は一つの提案をする。

 

「マキちゃん。私たちには、はっきり言えないことなのかもしれないけど」

「そんなに悩んでるのなら、いい相談先、紹介するよ?」

「全然知らない人の方が、詳しく事情を話せるってこともあるんじゃないかな」

 

そう言って、スマホを取り出す渚。

開いた画面には、目つきの悪い中年男のピースサインが映っていた。

 

――――

 

「はいどもー」

「5億円の借金を背負った男ホワイトおじさん」

「今日も元気に台所前から配信するぞぉ」

 

「……始まった」

 

バッチリとベストを着こなし、重低音イケボで配信を始める灰髪の男。

登録者数10万人を超える人気チャンネル、『借金5億円チャンネル』。

その主、ホワイトおじさんの姿を見ながら、眞妃はタイミングを見計らっていた。

 

話題が途切れ、コメントが疎らになる瞬間を狙い、用意していた文字を入力する。

 

”高3の女子です。一目惚れした人に彼女がいて、しかもその彼女は私の友達です”

”自分にチャンスが来るまで待っていたかったのですが、止まれそうにありません”

”どうしたら良いでしょうか”

 

 

「……よくある話だな」

「まず、前提として。横恋慕している相手に想いを伝えるのは、基本的に迷惑だということを知っておくべきだ」

 

「!」

 

画面を見つめながら、耳を傾ける眞妃。

 

「求愛を断るというのは、労力のいることだ」

「たとえ何とも思っていない相手でも、フったら後味は悪いし、しこりは残る」

「好感のある相手なら、なおさらだ。湧き上がる欲望を抑え、恋人への罪悪感を感じながら、自分の心に嘘をついて、相手を突き放す」

「好感が大きければ大きいほど、その後彼は悩むことになる。順風満帆な恋路を、陰らせてしまうかもしれない」

「だから、君は想いを抱えておくべきだ。人生は長い。今焦らなくたって、しかるべき時に、収まるべき所に収まるようにできている」

 

そんなアドバイスを聞きながら、眞妃はかぶりを振る。

それができたら、苦労はしていない。想いを抑えられるなら、こんな相談はしていないのだ。

 

 

「だが、止まれないという君の気持ちもわかる」

 

「!」

 

「心を完璧に制御するのは、不可能だ。ベストではないとわかりきっている選択を、とらざるをえなくなることは確かにある」

「そういう時は、一つだけ、ルールを守って欲しい」

 

「『自分で自分を、許せなくなるような行動は、絶対にしないこと』だ」

 

「君の行動の末に、どのような結末が待っているかは、動いてみるまでは誰にもわからない」

「失うものもあるだろう。あんなことしなければ良かったと、悔恨に打ちひしがれることもあるだろう」

「誰に許され、誰に許されないかもわからない。だが」

 

「たとえ全てを失ったとしても、最終的に自分だけは、自分の目の前に残る」

「その時に、自分だけは、自分を認めてやれるような、そんな人間でいることだ」

「それさえ守れば、いつかは立ち直れる。逆に、自分だけは自分を許せなくなるような、そんな行動をとってしまったら」

「たとえ全てを手に入れたとしても、心の内の業火に焼かれ、いずれはその身を滅ぼすことになる」

 

「おじさんから言えることは、それだけだ」

 

「それじゃあ、次の相談いくぞー」

「高校生男子です。彼女が僕に殴られるのを心から望んでくるのですが、僕は彼女を殴りたくありません――――」

 

 

遠ざかる音声を聞き流しながら、眞妃は静かに決心を固める。

ユーチューブの画面を閉じて、目を閉じ、沈思黙考する。

 

しばしの時の後開いたのは、花園羽香里とのトークルーム。

ゆっくりと文字を打ち出す指は、もう震えてはいなかった。

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