全員まとめて幸せにしたい〜百股男の恋愛無双戦〜   作:讃岐うどん屋さん

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【第6話】四条眞妃は打ち明けたい

「眞妃さん。またお待たせしてしまって、ごめんなさい」

「呼び出してもらえて、嬉しいです。話って何ですか?」

 

アセアセとした表情の中に喜びを滲ませながら、眞妃の対面に座る羽香里。

 

眞妃が話し合いの舞台に選んだのは、どこにでもあるようなファミリーレストラン。

時刻は日暮れ過ぎ。古くは逢魔が時と呼ばれ、魑魅魍魎に出会う禍々しい時とされている時間帯。

 

果たしてこれから眞妃が呼び出すのは、怒りを司る禍津日神(まがつかひのかみ)か。それとも、永遠の離縁を言い渡す伊邪那美命(いざなみのみこと)か。

 

見えぬ未来に心を震わせながら、それでも眞妃の決意は揺らがない。

私は、決めたのだ。自分に恥じることのない行動をする。たとえ何が起きたとしても、最後には前を向いているために、私は今日ここに来たんだ。

 

カルピスの中に入れられた氷が、一つ音を立てて溶け落ちる。

メニューの冊子を手にしながら、眞妃は口火を切った。

 

「とりあえず、注文。お腹空いてるでしょう?話はご飯の後でいいわよ」

「いいえ、飲み物だけで大丈夫です。学校が終わった後、簡単なものはお腹に入れて来ました」

 

「……大事な、話なんですよね?」

 

一段だけ落ちた声のトーンに、眞妃の心臓がピクリと跳ねる。

穏やかな笑みを浮かべる羽香里だが、その瞳には真剣なものが宿っている。

女の勘というやつだろうか。呼ばれた目的がただの雑談などではないことは、彼女も感づいているようだった。

 

 

「……わかってもらえてるなら、話は早いわ」

 

ピーチジュースをテーブルに置いて、席に着き直した羽香里を前に、眞妃は改めて覚悟を決める。

 

どんな言葉から話を始めようか。

 

今日、学校はどうだった?

夏休みには、どこへ行きましょうか?

恋太郎は、元気してる?

 

当たり障りのない枕詞を浮かべながら、そのどれもが嘘なような気がして、うまく表には出てこない。

私が今日言いたいのは。伝えたいのは、そんなことじゃなくて。

 

 

「……私。恋をしてしまったの」

 

 

結局選んだのは、ストレートな表現。

自分の心の中心を占める、嘘偽りの無い真正直な言葉。

 

心臓が、早鐘のように打つ。

ついに溢れさせようとしている思いの丈が、荒波になって眞妃の全身を飲み込んでいく。

 

 

わぁぁ、おめでとうございます!

相手はどこの誰なんですか?出会ってからどのくらい経つ人なんですか?

私、応援してますね!

 

 

そんな脳天気な反応を幻視するも、目の前に座る可愛い友人は、真剣な表情でこちらを見詰めるばかり。

そんな顔で、こっちを見ないで。お願いだから、何か口を開いて。

 

 

それは、彼女の本音ではない。震える心を少しでも宥めるための、逃げ口上に近い嘆願の言葉。

 

 

「……相手は、貴女もよく知っている人」

「貴女によって出会わせてもらった、貴女にとって大切な人」

 

「恋太郎に。私は、恋をしてしまったの」

 

 

一度堰を切った感情の濁流は、とどまる事を知らず流れ始める。

 

 

「一目見た瞬間に、心を奪われた」

「その夜からずっと、頭を離れることはなかった」

「彼のことを一つ知るたびに、胸が躍った」

「彼のことを一目見るたびに、欲しくて欲しくてたまらなくなった」

「彼の心を手に入れるために、何だってしようと、一度は思った」

「彼に近づいて、奪い取るために。私は恋太郎に連絡をしたの」

 

「ごめんなさい。…………ごめんなさい」

 

謝罪につけ加える言葉が見つからず、ただただ同じ言葉を並べる眞妃。

羽香里は一言も発することはなく、ただ同じまなざしで眞妃を見続ける。

独白は続く。

 

 

「それでも今日、貴女をここに呼んだのは」

「このままじゃいけないって、思ったから」

「このまま何も考えずに突き進んでいったら、大切なものをたくさん失ってしまうって、気づいたから」

「許して欲しいわけじゃない。自分がこれから、どうしたいのかもわからない」

「それでも私は。貴女に、私の想いを知ってもらいたくて」

「……これから恋太郎と関わっていくのに、貴女に何も知らせないなんてことに、耐えられなくなって」

 

 

「羽香里。私は、恋太郎が好き」

 

 

「……それが今の、私の全てよ」

 

 

 

全部、伝えきった。

 

 

生まれてこの方、素直になれずに周囲と距離を置いてきた。

本当は仲良くしたかった血縁者も、手から零れ落ちた初恋も、元を辿れば、自分が素直になれなかったことがうまくいかない原因となっていた。

 

もっと早くから、こんな風に生きられていたら。

 

そう省みる眞妃の中には、決して後悔の雲が押し寄せているわけではなく。

どこか生まれ変わったような、晴れやかな気分だった。

 

感情を押し殺さずに、相手に伝えられるということは、こんなにも――

 

 

「……そうですか」

 

羽香里がやっと口を開く。

 

「眞妃さんと、久しぶりにパーティーで会って、彼を紹介して」

「初めてプライベートで遊びに誘ってもらえて。連絡をもらって、こうやって呼び出してもらえて」

「嬉しかったのにな」

 

俯く羽香里。

しばしの沈黙を挟んだ後に、落胆の色を隠すことなく、少女は言葉を繋いでいく。

 

「この前も、今日も、私を呼んだのは自分の恋愛のため」

「私のことなんて、恋太郎君の添え物としか見ていなかったんですね」

 

「…………違う!そうじゃなくて!……違うの」

 

 

先ほどまでの気持ちとは一転。心を侵し始める動揺をはっきりと感じながら、続けるべき言葉が見つからないことに焦る眞妃。

 

添え物として見ていたわけなんかじゃないと、言おうとした。でも、その実、何も違わなかった。

 

 

小学生の頃に出会ってから、今までずっと遊びに誘ってこなかったことは事実。

初めて出かけた休日が、恋太郎に会うためだったことも事実。

今日呼び出したのが、彼への恋心を伝えるためだったのも事実。

 

羽香里から見た時の自分の行動を想像して、眞妃はハッと息を呑む。

 

やっぱり自分には、何も見えていなかった。

 

裏切りたくないなんて散々思いながら、その実既に裏切っていたんだ。

 

 

友人の恋人に、横恋慕をして。自分から身を引かずに、奪い取ろうと決心して。

一日二人の姿を見たぐらいで、簡単に決心を揺らがせたりして。

鍵をかけていた想いの全てを、自分に恥じたくないからなんて理由をつけて、彼女に対してだけは解放して。

 

「それを聞かせて、私にどうしろって言うんですか」

「事前に真意を聞かされたからって、私がみすみす恋太郎君を奪われるのを、良しとするとでも思ったんですか」

「これからも何も無かったような顔で、関係を続けていけるって。あなたは、そう思っているんですか?」

 

 

羽香里の言うことに、間違いは一つもない。

返せる言葉が、何も思いつかない。

 

自分が今日選んだ行動は、気持ちを楽にするために、羽香里に重荷を押しつけるだけの行為でしかなかったんじゃないか。

 

結局私は、恋太郎のことしか見えていなかったんだ。

 

押し寄せる後悔に溺れそうになりながら、最後の言葉を待つ眞妃。

そこにかけられたのは、思ってもみなかった一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……なーんて」

 

顔を上げる羽香里。

 

それは眞妃が今まで彼女に見出したことのない、妖艶さの中に。一抹の愉悦を含んだ、邪な笑顔。

 

背筋に、ゾクリと冷たい汗が流れる。

 

いい返事が返ってくるなどとは、最初から期待していなかった。

しかし、目の当たりにしている光景は、想像していた悪い未来とは、全然種類が異なっていた。

 

 

「私、全部、気づいてましたよ。最初は、薄々でしたけどね」

「初めに紹介した瞬間の、眞妃さんの反応。恋太郎君に入った連絡の早さ。3人で遊んだ時の表情。そして、今日の私への誘い」

「行動が性急すぎますし、考えてることが全部顔に出てますよ。……バレてないと思ったら、大間違いです」

 

羽香里の唇が妖しく歪み、言葉が紡がれていく。

眞妃にとってそれは、おぞましい呪術の詠唱のようで。

 

 

全て見透かされていた。

 

その上で、一緒に遊びに出かけて、夏休みの計画を提案して、写真を送りつけて、今日この場に現れた。

そしてわかりきっていた眞妃の本心を聞いて、下を向いて傷ついたふりをして。

 

心の中で眞妃のことを、嘲笑っていた。

 

……ひょっとして、恋太郎にも?

 

 

高速で思考を回転させる眞妃の前で、羽香里は恍惚さと優越感を隠さずに笑い続けている。

 

――この女、いったいどこまで――

 

 

怒の色に染まる眞妃の瞳。

目つきが険しくなるのを自覚する。奥歯には自然と力が入り、全身の毛が逆立っていく。

 

手の平の上で弄ばれていた、屈辱と。自分には得られないものを持っていることに対する、羨望と。決意を踏みにじられたことに対する、憤慨と。

 

それら全ての感情がない交ぜになり、眞妃の中で憎しみの槍が形成されていく。

変貌した幼馴染みに向けて、それを発射しようとした、まさにその時。

 

その変化は、訪れた。

 

 

「……なーんて、」

 

 

それはつい2分前に彼女が発したのと、全く同じ文言。

違っていたのは、その表情。

 

その瞳から、頬から、唇から、先ほどまで発していた邪気は一切消え去り。

残ったのは、眞妃のよく知る、いつもの純真な羽香里の笑顔だった。

 

怒りの持って行き場を無くして唖然とする眞妃を見ながら、羽香里は再び言葉を発する。

 

 

「ごめんなさい。ちょっと、意地悪しすぎちゃいました」

 

「……羽香里。いったい、どういうこと?」

 

「どういうことかっていうと、うーん。ちょっと、説明が難しいんですけど」

 

「一言で言うと。私、眞妃さんに対してあんまり怒ってないんです」

 

 

そう言って、羽香里は感情を言葉にまとめていく。

 

「もちろん私の視点から見て、『無いなぁ』って思った要素は無いわけじゃないです」

「それはさっき、もう既に言いました。だからちょっと、憂さ晴らししちゃいました」

 

ごめんなさい、ともう一度呟いて、さらに言葉を続ける。

 

「でも眞妃さんは今日、私に偽らない気持ちを話してくれました」

「彼と出会ってから、たった10日目で。凄いと思います。誰にでもできることじゃないです」

「眞妃さんは、やっぱり私の知ってる、格好いい眞妃さんでした。……大好きです」

 

「恋太郎君への想いが、それだけ大きいこともわかります」

「私だって恋太郎君が大好きだから、わかるんです」

「眞妃さんと私との違いは、ただ恋太郎君に先に会ったか、後に会ったかだけ」

 

「だから、眞妃さん」

「私は、あなたを許します。そして、眞妃さんにも、私を許して欲しいです」

「これからも、友達でいてください」

 

「……羽香里」

 

眞妃の全身から毒気が抜かれ、心底からの安堵が駆け巡る。

羽香里の結論を、ゆっくりと反芻する。

 

結果的に自分は、何も失わずに済んだ。

眞妃の出した勇気は、見事に実を結んだのだ。

 

内心でホワイトおじさんに感謝しながら、すっかり薄まったカルピスに口をつける。……ほとんど水だ。

 

「それにしても。あー、死ぬかと思ったわ」

「名演すぎよ。アンタ、財閥のことなんか誰かに任せて、女優にでもなった方がいいんじゃない?」

 

「私は、花園の子ですから」

 

このぐらいの芸当はできないと。

そんな意思を言外に受け取り、眞妃は苦笑する。

 

「さて。一段落ついたけれど、私たちの関係を整理しておかないとね」

「私、恋太郎への想いを諦めることなんてできない。アンタ達に幸せになって欲しいのと同じくらい、私だって幸せになりたい」

「勝っても負けても、恨みっこなし。そういう風に思ってもらえると、私としてはありがたいんだけど――」

 

「眞妃さん。そのことについてなんですけど」

 

羽香里が、言葉を遮る。

その瞳には、今まで見てきたどの表情とも違う(いろ)が映っている。

 

それは歓喜と安堵と、これから起きることに対する期待と、少しの興奮とが入り混ざったもの。

 

「頑張った眞妃さんに、とびっきりのご褒美です」

「信じてください。私のご主人様は、ものすごい人なんですから」

 

 

そう言い切る少女の顔には、どこか扇情的な雰囲気さえ漂っていて。

 

……私はこれから、とんでもないことに巻き込まれようとしているのかもしれない。

 

そんな予感に飲み込まれながら、自分の口角が吊り上がり始めていることに、眞妃が気づくことはなかった。

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