全員まとめて幸せにしたい〜百股男の恋愛無双戦〜 作:讃岐うどん屋さん
「恋太郎君!こっち、こっち!」
軽く腰を浮かせながら、羽香里は愛しい恋人を手招きする。
舞台は引き続き、ファミリーレストラン。
羽香里と眞妃との歴史的和解から、およそ30分後。
入り口に現れたのは、二人の想い人、愛城恋太郎その人であった。
眞妃はおおよそ予想通りの光景を目にしながら、これから一体何が起きるのかについて思案を巡らせていた。
30分前。意味深な発言をしたかと思ったら、急にスマホを取り出し、メッセージを打ち始めた羽香里。
誰に連絡しているのかの問いには答えず、いくつかやり取りをしたと思しき後に、ポケットにしまって、そのまま何ということのない雑談に入る。
「眞妃さん!夏休み、どこに行きましょうか!」
その瞳にも語気にも、邪悪なものは一切含まれておらず、純粋に眞妃との外出を楽しみにしている感情だけが伝わってくる。
その勢いに押され、当座の疑問を脇に置いて話題につきあう眞妃。
「そうね。とりあえず、候補を手当たり次第に挙げてみましょうか」
「真っ先に思いつくのはディズニーだけど、3人で行くのはちょっと微妙よね」
「この前提案した、横浜はどうでしょう!ワールドポーターズにコスモワールド、カップヌードルミュージアム!一日じゃとても回りきれないぐらいスポットが揃ってますよ!」
「水族館なんかも悪くないと思うわ。品川のアクアパークに行ったことがあるけど、なかなかいい雰囲気だったわよ」
「水族館なら、思い切って鴨川シーワールドまで足を伸ばしませんか?せっかくの夏休みですし、一度行ってみたいと思ってたんです!」
「だいぶ思い切った提案ね。そこまで遠出を考慮するなら、選択肢はグッと広がるわ」
「一泊するプランも考えちゃいましょう!熱海か伊豆で温泉宿に泊まるとか!」
「どんどん大胆になっていくわね。当然部屋は、私と羽香里で一緒よね?」
「えへへー、それはどうでしょう」
「ぶんなぐんぞ」
そういう意味では、ないんですけど。
羽香里はちょっと考えて、まぁ後にしようと判断して、そのまま話題を続ける。
「もしかしてもしかして、普通に旅行にしちゃうとか!」
「暑い時期だし、軽井沢も好きよ。自然と触れあえるし、テニスも楽しいわ。二人で恋太郎をボコボコにしてやりましょう」
「私は、伊勢神宮に行きたいです!あんなにパワーをもらえるスポットは、なかなか他にはないと思います」
「史跡を訪ねるのもいいわね。お城を巡ったりするのって、楽しいのかしら」
「古城巡りなら、ちょっと遠いけど中四国ですよ!現存する天守閣が何故か集まってるらしいです!」
「詳しいわね。四国だと、讃岐うどんに高知のカツオ。阿波踊りを楽しんで道後温泉でフィニッシュ、完璧だわ」
「温泉と言えば別府が最高ですけど、九州は遠すぎるかもしれませんね。北海道も遠いし、東北だと……恐山、とか!?」
「北海道より遠いわよ」
どんどん話に花が咲き、時間を忘れてのめり込む。
そうこうしているうちに、恋太郎の登場とあいなったのであった。
「二人とも、こんばんは。こんな時間にどうしたんですか?」
「恋太郎君!恐山と地獄巡りだったらどっちがいいですか!?」
「日本で最もあの世に近い二択!!」
俺何か殺されるようなことしたっけ、と狼狽る恋太郎を横目に、眞妃がたしなめる。
「羽香里。どっちもボツになった場所でしょう?」
「そうでした。つい楽しくなっちゃって」
てへぺろ、と拳骨を頭に当てる羽香里を見ながら、恋太郎が尋ねる。
「旅行の行き先、かな?」
「えぇ、そうよ。夏休みに3人で遊びに行けないかと思って、候補を挙げていってたところ」
「まぁ、恋太郎君を呼んだのはそれを決めるためではないんですけどね!」
違うのか。そう思いつつ、恋太郎はメニューを手に取る。チョコパフェを注文。
「それで、羽香里は何で俺を呼んでくれたんだ?」
眞妃が抱くのと全く同じ疑問を、恋太郎が尋ねる。
「それはですね…………」
「眞妃さんから!恋太郎君に!どうしても伝えたいことが、あるらしいんです!」
何てことを言い出すんだこの娘は。
固まる眞妃。
「眞妃さん。そうなんですか?」
「いや、あの、えっと、その」
顔を逸らして意味の無い音声を発しながら、まとまらない思考を何とかまとめようと努力する。
羽香里はキラキラした目でこちらを見てくる。
……まさかこの期に及んで、『眞妃がフられる様を目の前で見たい』などということはないだろう。
もしそうだったら、今度こそ絶交だ。四条と花園の戦争になる。
もしかして、私は恋太郎とつきあえるんだろうか。
そんな期待が頭をもたげるが、目の前の二人を見て冷静になる。
うまくいってないようにも、今すぐ別れるようにも見えない。
(ありえるとしたら……)
(正々堂々、勝負をしましょう、ということかも)
それもいまいちピンとこないが、そのぐらいしか可能性が思いつかない。
だとしても、今すぐ恋太郎に告白するには色々と問題があった。
そんな心の準備も言葉の準備もしてきていないし、羽香里だって目の前にいる。
それに、何より……
(……恥ずかしい)
以前までなら決して出せなかった勇気を、いくつも出してきた昨今の眞妃であったが。
流石に滾る恋情を、意中の男性に向かって直接伝える勇気まで持ち合わせているかというと、それはまた別の話だった。
躊躇う眞妃。
待つ恋太郎。
見守る羽香里。
永遠にも思われるような逡巡の後、眞妃の頭脳が弾き出した解答は。
変化球であった。
「こ、これは、私の友達の話なんだけどね」
「この前のパーティーでアンタを見た時に、一目惚れしちゃったらしくって」
「彼女いるしチャンスないよって教えてあげたんだけど、どうしても諦めきれないらしくってね」
「気持ちだけでも伝えてもらえないかって。あはは、こんなこと言われても迷惑よねぇ」
「あなたには、羽香里がいるんだもの。ね?」
それは眞妃からすれば、『友達』の話に身を借りた、自分自身を止めてもらうための確認の問いかけ。
ここ数時間での、嵐のような感情の変化に揺られ続けた脳髄が絞り出した、苦肉の策。
「そうだったんですか。わざわざ伝えてもらって――」
「眞妃さん」
鋭い眼光とともに話を断ち切ったのは、羽香里。
その表情には、先ほどの演技と比べればわずか3%ほどの濃度ではあるが、今度は確かに本心からの、落胆の色が浮かんでいる。
「私、眞妃さんがそんなこと言うところ、見たくなんか、なかったです」
――信じてくださいって、言ったのに。
一つため息をついて、さらにとんでもないことを言い始める。
「いいです。眞妃さんがそんなに言いたくないなら、私が代わりに言ってあげます」
嫌だ。待って。
「嫌なら、私が言い切る前に。ご自分の口から、ご自分の言葉でどうぞ」
それだけは。
「……眞妃さんはね。恋太郎君のことが」
「やめて!!!」
店内に響き渡りそうなほどの大声を上げて、羽香里を制止する眞妃。
その剣幕に、羽香里もようやく我に返る。
羽香里は羽香里で、舞い上がっていた。
眞妃の行動の答え合わせを聞いて、少しだけがっかりした気持ちと。包み隠さず打ち明けてくれた、この上ない喜びと。これから自分と旧友に訪れるであろう、幸福に対する期待感と。
それらに頭を支配されて、つい先走ってしまったのだ。
「……ごめんなさい」
今度は演技ではなく、俯く羽香里。
眞妃は答えない。感情が渋滞を起こしすぎていて、答えることができなかった。
気まずい沈黙が流れる。
今日はこのまま、お開きで。そんな流れになってもおかしくない空気が立ちこめた時。
そんな時に”男”を見せるのが、恋太郎なのである。
ここまでの流れ。具体的な言葉は何一つ聞いていないが、二人が今どんな気持ちでいて、何を伝えたいのかは、あらかた恋太郎には伝わった。
そして。
「羽香里。今、ここでいいか?」
意味深な問いに、羽香里は小さくコクンと頷く。
そして恋太郎は、眞妃へと正対する。
「眞妃さん」
「一目見た時から、あなたのことが好きでした」
――えっ?
今、何て――
「出会ったばかりで、まだまだお互い、知らないことばかりだと思いますけど」
「少し一緒に過ごしただけで、眞妃さんが優しくて、賢くて、ちょっと素直じゃないけれど、とっても可愛い人だということは、十分にわかりました」
「これからもっと、いろんな顔を、俺に見せて欲しいです」
「俺の、恋人になってください」
時が止まる。
言われた言葉を遅れて理解し。
眞妃の脳を、歓喜が包み込む。
生まれて初めて、好きな人から、好きだと言ってもらえた。
足下から溶けて無くなってしまいそうなほどの、無上の幸福感に襲われながら――
聞かねばならないことが、眞妃にはあった。
「羽香里との関係は、どうするの?」
そして返ってきたのは、今日何度目になるかわからない、とんでもない言葉。
「羽香里とも、別れることはできません」
「でも、俺は、眞妃さんも欲しいんです」
「二人とも、俺の恋人になってください」
……今度こそ、言葉が遅れて脳に到達する。
それに対して返すべき返事を、眞妃は知らない。
羽香里を見る。その表情は見えないが、少なくとも恋太郎に関する拒否を示すことはない。
わからない。どうして貴方は、そんなことを平気で言うの?
わからない。どうして貴女は、何も言わないの?
そう長くはない、沈黙が流れた後。
眞妃の頬を、一筋の涙が伝い落ちる。
「!眞妃さん!泣かせてしまうつもりは」
「ごめんなさい」
「………今日、これ以上何かを考えれそうにないの」
度重なる感情の激震に振り回され続けた眞妃の大脳扁桃体は、限界を迎えていた。
「一晩、冷静になるための時間をちょうだい」
明日また同じ時間に、同じ場所で。
そう約束を一つ交わして、眞妃はその場を足早に立ち去った。