胡蝶カナエ♂ 作:さっちゃん
重い荷に苦しんでいる人がいれば、半分背負ってあげなさい。
悩んでいる人がいれば、一緒に知恵を絞ってあげなさい。
悲しんでいる人がいれば、その心に寄り添ってあげなさい。
生前の父の教えを守り、万人に優しく在ろうとした。優しく在りたかった。根っからの善人であった、父や母のように。
それがたとえ人の道を外れてしまった『鬼』であろうとも。それらは等しく哀れで悲しい存在で、元は自分と同じ人間だからだ。決して憎しみあうようなことがあってはならない。復讐に囚われて剣を振るってはいけない。
鬼と人は仲良くなれる。今すぐには難しくとも、きっといつか手を取り合える日がくるのだ。
だから信じなくてはいけない。疑ってはいけない。鬼を、恨んではいけない。何があろうと、両親が鬼に惨殺されようと、信頼する仲間が惨たらしく食い散らかされようとも。
父のように慈悲深く、母のように穏やかに。優しくあれ。優しくないと。優しくなれ。優しくなるんだ。
そうすればきっといつか、──
『───ねえ、お願い兄さん。もうやめて・・・!』
鬼と人は仲良くなれる。
すっぽりと
◇
「──兄さん、兄さんったら。聞いてるの!?」
もう限界だ。昼下がりのうどん屋で、少女の堪忍袋の緒がついに切れた。
溜まりに溜まった不満が限界値を超え、少女は形の良い菫色の瞳をきっ、と釣り上げて目の前に座る男を睨みつける。
非常に見目の麗しい少女だった。艶やかな黒髪に、透き通るような菫色の双眼。 シミひとつない真っ白な肌とくればまさしく傾国の美女といった風貌だが、その美貌は怒りによって般若のごとき形相に変わっている。美人の怒り顔ほど怖いものもない。少女に見惚れていたうどん屋の店主が思わずすっと目を逸らした。
少女こと、胡蝶しのぶは憤慨していた。怒りのあまり、フルフルと震えた手が握っていた割り箸をぽっきりと半分に折ってしまうほど。
割り箸が割れた音に釣られたように、先程から必死にうどんに息を吹きかけて冷ましていた男がようやく顔を上げる。しのぶをそのまま成長させたような、中性的な美貌の青年だった。
「聞いてるよぉ、今日は天気がいいよね」
「ぜんっぜん聞いてないじゃないの!」
見当違いな男の返事にしのぶは店内で迷惑にならない程度に声を荒らげる。ゆるゆると気の抜けた笑みを浮かべるのはしのぶの兄だ。顔立ちは瓜二つだが、性格と雰囲気は真逆である。意志の強い勝気なしのぶの目と穏やかに垂れた優しげな兄の目が顕著にそれを表している。
再びうどんを啜り始めた兄にしのぶは深い深いため息を一つついて、やや声を潜めて言い聞かせるように身を乗り出して話した。
「兄さん・・・何度も言うけど、私たちは旅行に来たんじゃないのよ。鬼殺隊の任務でやってきたの。呑気にうどん食べてる場合じゃないの」
「そうは言ってもお腹が空いたら戦えないだろう?それに、しのぶはちょっと気を張り詰めすぎだよ」
「兄さんが緩すぎるの!!」
腹が空いては戦えない、という兄の言い分は勿論しのぶも分かる。だから百歩譲ってうどんを食べている事はもうどうでもいい。うどんは美味しいし、この店には何の罪もない。だがそれを除いてもこの街に来てからの兄の行動は目に余った。
露店を見つける度にしのぶの手を引いて立ち寄ったり、なんの前触れもなくふらりと甘味屋に入ったり、挙句の果てには芝居見物。これを観光と言わずしてなんと言うのか。
相も変わらず眉間に濃いシワを刻みつづける生真面目なしのぶの丼に大ぶりの海老の天ぷらをのっけると、兄は困ったように眉を下げて笑った。
「そもそも夜にならないと鬼は出てこないんだから、今から気を張っていても疲れちゃうよ」
「それは、分かってるけど・・・」
しのぶは尻窄まりになりながら不服そうに、兄が寄越した海老天にかぶりつく。兄は間違えた事を言っている訳ではないし、これ以上反論することが出来なかったからだ。まあだとしても兄は少々気を緩めすぎな気もするが。
なんて、そんな事を悶々と考えていると口の中の海老天はあっという間になくなってしまった。ちょうど兄もうどんの器を空にしたころだ。
まだ不満と消沈が混ざったような、複雑な顔をしているしのぶの頭を誤魔化すように撫ぜて兄は立ち上がった。
「でも確かにしのぶの言うことも一理ある。日が暮れる前に、地理の把握をしておこうか」
「!する!」
そう勢い良く頷いたしのぶを可笑しそうにくすくす笑って、律儀に兄はご馳走様でしたと店主に会釈する。
数秒遅れてやや気後れしたように毎度あり、と曖昧にうなづいた店主をぎろりと睨みつけ、しのぶは兄に続いて店を出た。そして出るなり苛苛した様子で兄の羽織の裾を掴んで言った。
「何、あの人。失礼すぎるわ!」
「別に俺は気にしてないからいいよ。珍しい反応でもないし」
『これ』は目立つからね、と付け加えて兄は右目を覆う包帯を軽く引っ掻いた。
──その包帯の裏には、もう
見せられるものじゃないからと外では包帯で覆っているが、先程の店主のようにそれでも驚いたような、気味悪そうな反応をされる事はよくある事だった。そういう者達にしのぶがガンを飛ばすまでが一連の流れだ。
「・・・そんなことより、今回の任務は『十二鬼月』が相手かもしれないからね。しのぶも気を引き締めるんだよ」
「気を引き締めなきゃいけないのは兄さんのほうでしょ・・・!」
「ははは、今日もしのぶは手厳しいなあ」
露骨に話を逸らした兄にしのぶははあ、とため息をついた。右目の話はきっとこれ以上続けたくないのだろう。しのぶはそれ以上言及することはせず、鬼狩りのことだけを考えることにした。
『十二鬼月』。
上弦と下弦の鬼によって構成される、鬼の中でも特に強い力をもった十二体の鬼のことだ。その恐ろしい鬼の退治が今回の兄の任務であり、兄の弟子であるしのぶの任務でもある。
最もまだ確実に十二鬼月が出たとは言いきれないが。しかし『柱』である兄が来たということは恐らくそうである可能性が高い。並の鬼殺隊士では手が出ない鬼ということだ。
「まあでもやることはいつもと変わらないから、気負い過ぎないようにね。しのぶにとっては、新しい毒を試す良い機会だろう?」
「うん。今日こそこの毒で殺してみせるわ・・・!」
「物騒だなあ」
小さな拳を握って鼻息荒くするしのぶが妙に愛らしくて、兄──『胡蝶カナメ』は包帯に覆われていない目を細めて穏やかに笑った。
《胡蝶カナメ》
胡蝶カナエ♂verという名のもはや全くの別人。原作通り花柱でしのぶの姉・・・ではなく兄。柱になる前にとある任務で右目を失い、包帯や眼帯で隠している。厨二病ではない。尚その任務以降鬼と仲良くしたいという気はなくなってしまったので、原作より殺意高め戦闘力高め。鬼の話には絶対耳を貸さない。史上最年少で柱を拝命したが、のちに時透無一郎に余裕で記録更新される予定。
《胡蝶しのぶ》
カナメの妹。原作より二割増で気が強め。兄と歩く時は必ず左側に立つようにしている健気で可愛い子。まだ鬼を殺せる毒は完成してない。
続かない。