旧姓・斎賀百、現・陽務百の寝起きは、一杯のコーヒーから始まる。
否、始まっていたと言うべきか。
最近はエナジードリンクである《ライオット・ブラッド》を飲んでいる。
立派な暴徒に堕ちたかのようだが、まだ正気は保てている。
むしろ過酷な仕事の合間合間に飲むには、これぐらいの刺激があったほうが良いのだ。
基本的に朝はクァンタムを愛飲している。
クァンタムを一本飲めば、朝食は必要ない。
朝のその時間を、百は夫と共に過ごすために利用していた。
◆ ◆ ◆
「おはよう楽郎」
「おはよう斎賀あ………百」
「やはり気が抜けると旧姓で呼んでしまうようだな」
「いやー、すいません。なんというか、斎賀姉って呼ぶ癖が抜けなくてね」
「構わん、まだ結婚してすぐなんだ。私だって陽務と呼ばれて返事できない事もある。少しずつ慣れていこう」
ソファに隣り合って座り、テレビのニュースを流してはいるものの、二人共聞く耳さえ持たない。
性格上しっかりものだと思っていた百だが、やがて恋愛関係になり、そして夫婦になるにつれて可愛らしい面も多々見えるようになった。
それは、楽郎に言わせればメリハリらしい。
仕事中まで夫婦生活の影を見せるようなことはしないし、逆に私生活では出来る限り仕事の話をすることもない。
それを、夫婦共に努力している。
パートナーに気遣わせたくないし、気遣われたくないから。
朝の占いを聞き流しながら、楽郎に甘えて。
たっぷりと抱きしめ合い、愛情を補給してから百は仕事に出る。
それを送り出し、軽くシャワーを浴び、洗濯機を回してから、サンラクはゲームを始めた。
世界的なゲームイベントでの実況役として、イベントスポンサーたるガトリングドラム社から指定されているのだ。
プロゲーマーではないにしろ、ゲームに関わる仕事は多い。
そして彼を知るメーカーや、彼の後ろ盾にも近いメーカーの存在は、彼に程々に稼げる程度には仕事を与えてくれる。
「さって………武田氏に感想を求められてるのもあるし、さっさと片付けようかね」
朝に妻が言及しなかったということは、定時上がりになるのだろう。
会社勤めの妻に代わり、夕食の準備を出来るようにタイマーをセットして。
楽郎は、彼の仕事のための準備を始めたのだった。
◆ ◆ ◆
「ねーモモちゃん、今日モモちゃんの家に行っていい?」
「どうしたトワ、楽郎に用事でもあるのか?」
「あちゃー、バレた?」
「分からいでか。私に用事があれば深夜にでも鬼電するだろう」
「流石に今はしないかな。新婚ほやほやの夫婦の夜にそんなの、気まずくなるだけでしょ」
「?……特に何もしていないぞ?夜帰って、一緒に食事をして、程々にゲームをやって、一緒に寝るだけだ」
「………………」
「どうしたトワ?」
「モモちゃん、下手をしたら妹ちゃんにサンラク君を持ってかれるよ?その身体を使って子供を授からないと!」
「大丈夫だろう、楽郎はそれほど軽薄な男ではない」
「じゃ、私が本気でサンラク君を誘惑して既成事実を……………モモちゃん、その目はやめて?」
「幾ら腐れ縁とはいえ、下手なことをしたら実家の身内に助けを求めるぞ」
「じょ、冗談だってば」
◆ ◆ ◆
その日、楽郎の想定どおり定時に上がって帰ってきた百は、若干の憔悴と共に楽郎に迫ることとなる。
何があったかは語られない。
が、翌日の仕事中、百が時折見せる艷やかな微笑みに魅せられる男が大量に現れることになるのだった。