炎上したアイドルが結婚に至るまでの話 作:ユーリカ
炎上、という言葉がある。
文字通りの燃焼現象ではなく、不祥事が明るみに出て、SNSを中心とした世間よりバッシングを受ける事を指す。
──俺は、炎上した。
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アイドルだ。歌って踊れるアイドル。作曲作詞も出来て、歌も上手い。
そういう触れ込みで、結構な人気があった。デビューした箱が大手であるというのも一つの要因ではあるのだろうが、その8割……いや、7割くらいは、自分の実力でここまでの人気を博したと自負している。
新しい曲を出せば話題沸騰。若い女性をメインのターゲットとして、男性や子供も幅広く俺の歌を聞いてくれる……そんな、まさしく人気者という言葉が当てはまるだろう実力が、俺にはあった。思い上がりではなく、結果として、事実として、そうだった。
あぁ、けれど。
俺は──失敗した。
知り合いに誘われて行った合コン。俺の事務所は恋愛禁止を謳っていなかったから、何も気にせず、何の警戒もせずに楽しむだけ楽しんで、見目麗しい女の子たちともお酒を飲みつつ喋って──それを、マスコミに撮られた。激写、なんてタイトルの横にあったのは「未成年」の三文字。
女の子の一人が未成年だった。本当に知らなかったけど、知らなかったと言ったところで信用は得られない。どれほど人気があっても、そういうことをする、という1ミリのレッテルによって輝きは影に転ずる。
炎上だ。SNSもブログも市井の声も友人も、手を差し伸べるどころか諸手を上げて俺を叩き始めた。
不運だったのは、あの合コンでその未成年の子と最も親しくしていたのが俺だった、という点だろう。あろうことかその少女は俺が如何な言動を取ったか、如何に
幸運は、事務所が俺を捨てないでいてくれたこと。
謹慎を言い渡されたとはいえ、即刻解雇にはしなかった。どころか「まだやり直せます」と真剣な目で言ってくれた。正直人間不信気味で、どこまで信じたものやら、とは思ってしまったけれど、捨てられなかった事だけは……それだけは事実だと、心の支えになっている。
謹慎期間は未定。今は心の整理の期間として、ほぼ一日中、部屋にいる。
顔が割れているから、あまり外出できないと言うのが大きいか。曲作りは欠かしていないから何もしていないわけじゃないが、やはり、アイドルとしての本分を……そして、俺と同じくバッシングを受けているだろう事務所への負い目が、静々、積もっていく。そういうのが現状だ。
ネット上に過去の栄光はどこにもない。無論過去だけを探して見れば栄光に満ち溢れている事だろうが、現在は変態を、変質者を──犯罪者を見る目で、声で、俺の名前が流れるばかりだ。
失意の底、というのを初めて味わった。
たとえ謹慎が解かれたとしても……次、復帰して、みんなの前に出る自信は。
今の俺には──。
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謹慎生活が一ヶ月ほど続いた頃、俺はちょっとした"被害"に悩まされていた。
ネットの誹謗中傷について、ではない。それはもう見ていないから、今どんな風になっているかさえ知らない。
リアルの事だ。
自宅のポスト。そこに、最近、度々手紙が届くようになった。
現代、SNSを始めとしたメッセージツールに満ち溢れている故に、中々見なくなった手紙。葉書ではなく紙の、まさに"お手紙"と言うべきそれが、毎日のようにポストに投函されるのだ。
中身は、愛の言葉だった。
自分がどれだけ貴方を好きで、愛していて、大事に思っているか、という文章。毎日毎日違う内容で、けれど薄くない、とても綺麗な字で綴られる愛の言葉。
ストーカーだ。今までがいなかったわけじゃないが、炎上してからは初めてのストーカー。ストーカー被害。
下手人……というか犯人が誰なのか、というのは警察の手を借りるまでも無く簡単にわかった。ポストについた監視カメラが捉えていたのだ。毎朝毎朝心配そうな目と共に手紙をポストに投函する女性の姿を。顔も、そして名前も知っている人だった。
かの合コンにいた、未成年者ではない方の……普通の参加者として幾度か言葉を交わした女の子だ。
人間不信で、しかも俺が"こう"なった原因である合コンにいた女性、ということもあって、今までのストーカー被害よりも恐怖は大きかった。同時に俺の言の一切を信じなかった警察にも忌避がある。友人との連絡は長らく取っていないし、これ以上の問題を事務所にかけるのも躊躇われる。
どうする事も出来ない。ただただストレスで──挫折の無かった人生を歩んだ俺のストレス耐性では、簡単に、容易く耐えきれなくなってしまう。
ストーカー被害において"間違ってもやってはいけないこと"の一つに数えられる──"単独で犯人とのコンタクトを取る事"。
これを、俺は敢行した。
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彼女が来る朝の時間。
ポストに投函するそのタイミングを狙って、家のドアを開ける。逃げ出すことが出来ないよう勢いよく。
曇り空の日差しは暗く、その下に彼女はいた。
驚いた顔でこちらを見たまま動かない、その手に持つ手紙を今まさにポストへ入れんとするその姿に、声を掛ける。
「入れ」
……高圧的なのは、相手がストーカーであるという意識が強かったからだろう。
思い切り拒絶してしまえばいいと、そう思っての行動だった。
彼女は「あ」とだけ音を出して……意外にも素直に従った。逃げる素振りでもするかと思っていただけに、拍子抜けではある。あるいはもう、逃げ場はないと悟ったのか。
家に上げた彼女を適当なところへ座らせて、その対面にどかりと座る。茶を出してやる義理はない。犯罪者相手に気を遣う意味はない。
「……久しぶりだな、と言ってほしいのか?」
「……いえ」
彼女は、これまた意外にも、はっきりと言葉を紡ぐ。自身の行動に非は一切ないとでもいうように、咎められる者としての態度は欠片足りとて存在しない。ただ真っ直ぐに、此方を見ている。
「言ってほしい言葉なんて、ありません」
「……」
「けれど、私から言いたい言葉はあります」
随分とハキハキと喋るものだと思う。あれだけの愛の言葉を綴っておいて、瞳に動揺の色が一切見られない。先ほどの驚きも今は鳴りを潜め、落ち着いた、凛とした女性、という文字の体現であるかのような姿勢と共に、彼女はまた言葉を紡ぐ。
「付き合ってください。私は、貴方のファンです」
その、ストレートすぎる言葉。ストーカーが言うにはありきたりな、けれど面と向かって言うのは余りに憚られる愛の言葉。手紙の内容に嘘偽りはないのだろうか。それとも、これも俺を貶めるための罠? けれど、既にどん底にいる俺に、わざわざ犯罪行為を犯してまでやる事だろうか。
正常な判断が出来るとは、正直言えない。今の俺は情緒が余りに不安定で、ストレスに苛まれていて……ああ、けれど。
久しぶりに感じた──"好意"が。
あまりに眩しくて。
「……わかった。付き合おうか」
そんな、馬鹿な言葉を口走っていた。
気付いた時には、という言葉さえ、後から追いついてくるほどに、いつの間にか。
●
俺の家は一軒家だ。そこに、彼女が住まう事になった。付き合ってすぐの同棲なんて、普通の状態でも考えられないのに、謹慎中の今やることじゃ、決してない。
「なぁ、俺の曲のどこが好きなんだ?」
「感情を埋め込んでくれる所です。たとえその時悲しい事があっても、貴方の曲を聞くと楽しい気持ちが、嬉しい気持ちが生まれる。気持ちになる、じゃなくて、生まれるんです。依然悲しいままで、その中に喜楽が生まれ得る音楽、というのは、どれほどの才能でしょうか。貴方の曲は、詞は、そして歌は、人に新たな感情を埋め込むことが出来る素晴らしいコンテンツです」
……決して無い、のに。
これが。熱心なファンの声、というのが、存外、俺の心を満たした。ずっと敵意と害意の中にいたからこそ、この暖かいを通り越して熱い想いが、俺を焦がしてくる。それが、彼女をこの家から追い出せないでいる理由の一つ。彼女が俺の作品を好きと言ってくれる事が、あまりに、あまりに、嬉しい。
そして、なによりも。
「いいのか、俺は……その」
「貴方が何をしていたとしても、関係ありません。それが実であれ虚であれ、私には一切関係がない。作品と作者本人は比例しません。貴方の作る曲に、貴方の出す歌声に、貴方がどういう人物であるかは関係ない」
これだ。
このスタンスが、俺は、とても気に入ってしまった。俺の事が好きなわけじゃないのだ。俺の作る作品が好きで、それを一番に享受したいから、俺と付き合う事を選んだ。完全な打算。思えば手紙にも、俺自身への愛の言葉は一切かかれておらず、どの曲がどれほど良いとか、どの歌の震えがどう素敵か、とか、そういう事ばかりが並べられていたように思う。
「俺がたとえば、人を殺していたり、なんらかの詐欺やら脅迫やら、とにかく重犯罪を犯していたとしても、か?」
「当たり前でしょう。貴方の性格や経歴には何の興味もありません。ニュースで騒がれているような、未成年に飲酒を促し、性的な行為に及ぼうとした人間であったとしても、貴方の作る曲に影が落ちるような事は一切ない。貴方の歌声が損なわれるなどという事はあり得ない」
「犯罪者でも、素晴らしいものを創り得るのであれば、尊敬すると?」
「はい。何千人を殺したどこぞの国のトップであったとしても、私が素晴らしいと感じたものを創った本人であるのなら、私は尊敬しますし、好きになります。私がファンであるのは作品と、その品質を保ち続けられる作者というコンテンツにのみ。作者本人には何の感情もありません。その作品を作り得るAIがいたのなら、作者本人にこだわるつもりもありません」
あの合コンの時には全く分からなかった、恐ろしい程のドライな好感情。俺に向いているのに、俺を見ていない。けれど、だからこそ信じられた。俺の顔が好きとか、俺の性格が好きとか言ってくる奴らより、万倍も嬉しい。作品とは俺が好きなものの詰め合わせだ。俺が好きなものが、俺が愛して止まない感情が、それらを詰めたものが、偶然世に評価されて人気になった。
俺はいらない。なんならその曲だけが世にあればいい。俺の声と歌だけが、世界に流れていればいい。
それを。
それを、まさしくピンポイントに好きだと言ってくれる。
そんなに嬉しいことがあるだろうか。
「だから、お願いします。曲を作ってください。歌を歌ってください。そのために必要なものがあるのなら、私が用意します。生活費も機材や資料の購入費も。フリーランスとなって、ネットに曲を流し続けるだけとなっても、路上でライブを行うだけとなっても、創作を続けて欲しい」
「……」
「これは依頼と言えるのかもしれません。貴方の世話の全てをしますから、貴方は創作をしてください。私への愛などは要りませんし、私からも貴方へ愛を捧ぐ事は無いでしょう。無論、必要ならばいくらでも」
「いや、いらないよ。むしろそのままが一番ありがたい。……出資者になってくれる、ってことだよな」
「はい。貴方の曲を聞くために」
余りにも美味い話過ぎる、と……今までの俺なら思っただろう。今の俺も、結構思う。でも、拒めない。
拒むには惜しすぎる。聞いてくれるだけで、好いてくれるだけでありがたいというのは事実だが、同様に金銭面がどうにもならないとどうにもならない、というのも事実だ。それを、専属で依頼される、というのは。
……過去の栄光に比べれば、貧しいものとなるのは確実だ。手放しに称賛され、何百枚何千枚と売れていたあの頃に比べれば、雀の涙だろう。
だが今、そうではない。金は勿論賞賛の言葉さえ届かない、身も心も満たぬ現状には、恐ろしい程にありがたい話。
「世間一般では、こういうの、ヒモ男って言うんだ」
「それが?」
「俺にもプライドってもんが」
「知りません。貴方の矜持など欠片も興味がない。そう言ったはずです」
ああ。
俺が得をする、という事自体がどうでもいいのか、この子は。
自分が損をする、という事実を勘定に入れていない。99を損失しても、欲しい1があればそれでいい。破滅まっしぐらなタイプだな。
嫌いじゃない。
「……今から、マネージャーに相談するよ。それで……首を切られたら、ネットで活動する。明日にでも曲を作り始めるし、歌も録る。それでいいか?」
「首を切られなかったら?」
「謹慎宣言を取り下げて、精力的に活動する」
そこで、初めて。
彼女が笑みを見せた。
「末永く、よろしくお願いいたします」
「君に捨てられたら、次こそ音楽を作るのを止める。そのつもりでお世話してくれ」
「脅迫、やっぱりするんですね」
「してもいいんだろ?」
──これが。
この日から始まった、俺と彼女の、いびつで晴れやかな関係。
その原点である。
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