「ジェシー・アンダーセン大尉、只今帰還を果たしました。」
リング・ア・ベル隊旗艦、アマテラスのブリーフィングルームで俺はみんなに対して敬礼をする。
「ペズンでの件を始め、隊の皆には迷惑をかけた。ジャミトフ・ハイマン准将とネオ・ジオンのキャスバル、ガルマ両代表により計画された極秘任務の遂行の為、誰にも悟られず動く必要があった。その為ニグレドの事件の後で何の連絡も出来なかったことは本当に申し訳なかったと思っている。」
周りは静寂としている、反応に困るというのもあるだろう。数年姿を見せなかった俺が突然現れてもどう言ったら良いかとは自分でも思う。
しかし、その静寂を打ち破る怒号が俺の前で響いた。
「君がジェシー・アンダーセン大尉か!ご大層な帰還報告をどうも!ご苦労様だと言ってあげたい所だがまず先に言うべき事があるんじゃないのか!?」
少し小太りした青年が俺に対して怒りの声を上げる。彼は……誰だ?
「アルベルト氏、皆様の前でしてよ?客人は図々しくてはいけませんわね。」
「君は……アレクサンドラさん。」
アーニャの親戚に当たるEC社の幹部だ。何故彼女がここにいるかは疑問だがアルベルト氏と言った彼女の言葉で彼がビスト財団のアルベルト・ビストだと言うことに気づいた、彼もまた何故ここにいるのかは分からないが……。
「しかし、アルベルト氏のお言葉にも納得するのもまた事実。まず言うべき言葉とその相手を見誤っては行けませんわアンダーセン様。」
「う……。」
二人が送る視線の先にいる人物、そこにいるのは……。
「……アーニャ。」
「……。」
俺の知る彼女とは少し遠い、あの頃よりも背が伸びて大人っぽくなり少女とは言えない美しさをして目の前に立っている。2年眠っていたから俺と肉体年齢的には殆ど差が無くなってもいるか……。
「……俺は……。」
「……。」
何の言葉をかければ良いか、少し考えて悩むのをやめる。
言いたいことは一つだけだ。
「ただいま、アーニャ。」
「……お、おかえりなさい……ジェシー……っ。」
瞳に溜めていた涙がボロボロと流れ出す、その言葉と共に彼女は俺に抱きつき大きく泣いた。
「うわぁぁ……あぁ……!」
「ごめん……本当に……ごめんな……。」
子供の様に泣きじゃくる彼女を抱きしめ、俺もまた涙を流す。
未来を守る為とは言え彼女には辛い思いをさせてしまったのだから……。
少しの間を置き、アーニャが落ち着きを見せるとララサーバルが俺の前に立つ。
「さてっ、シショー。みーんなが言いたいこと思ってること全部問いただすのは無理だろうからね、アタイがみんなの気持ちを代弁してあげるよ。」
「あぁ、頼む。」
「隊長をずーっと心配させて!そんな大馬鹿野郎は修正してやるよッ!!!!!」
勢いよく振りかぶった拳が俺の鳩尾に直撃する、重力ブロックで地上よりは重力が無いとは言えララサーバルの馬鹿力はそんな事は関係ないレベルで強かった。
悶絶しながらも何とか意識を失わず立っていると握った拳を放したララサーバルはアーニャと同じように大声で泣きながら俺を抱きしめる、ただこれはさっきのアーニャの場合美女の抱擁だったのが今は野獣にプロレス技で絞められてるみたいになっている絵面だが。
「おかえりシショー……!みんなシショーが帰ってくるって信じてたんだ……!」
「あぁ……ありがとうみんな……。」
ジュネットやグリム、そしてフィーリウス隊のみんなが俺の帰還を拍手で喜んでくれている。
俺にはみんなが……帰るべき場所がずっと残っていた……。
ーーー
「それで、今回の件は全部あなたが未来の知識を知っていたから回避できた事だって言うのね……?にわかには信じられないけど。」
クロエがそう発言する。今はリング・ア・ベル隊の主要メンバー、第774独立機械化混成部隊からの面々とレイ・レーゲンドルフだけが集まっている。
そこで俺の存在を隠すことなく伝える。アーウィン・レーゲンドルフの事も含めて。
「……今なら、今ならわかる気がする。アーウィンが何でお前を恨んでいたのか、その本当の理由が。」
「レイ・レーゲンドルフ、そうだな……彼からしたら俺は彼の人生を奪い生まれた存在だ。彼が俺を恨むのは明白だ。」
その最後でマルグリットと邂逅出来たのが唯一の救いだったが、彼が俺を恨み起こした行動は俺がいなければ起こらなかっただろう。
彼もその心の奥底では未来を変える事を願っていた、良くも悪くも穿った歴史の歪みはこれからの未来を大きく変えるだろう。
「レイ、教えてくれないか。彼と君の出会い、俺の知識が正しいのであれば……
「……あぁ、お前なら知っているんだろう?僕はアーウィンと……あの地獄で巡り合ったんだ……。」
ーーー
「プロトタイプ・ゼロ!試験の時間だ起きろ!」
自分が人形であった頃の記憶。
何の疑問も持つこともなく、日々の繰り返しを行う。
それはよく分からない薬を飲まされる実験であったり、身体に直接薬物を打ち込まれたりなどだ。混濁とした意識の中で身体の変化をモニターから監視する研究者が何人も此方を見つめていた。
それが終われば今度は頭に機械を嵌め込まれ、見たくもない光景を見せられる。
戦争が始まった時、地上から見た光景だ。
「やめてくれ……!空が……!空が落ちてくる……!うわぁぁぁぁ!!!」
その言葉で科学者達が機械を止める筈もなく、永遠に終わらないかの様に何度も何度も同じ光景をいつまでも見続ける。心が壊れてしまう程に。
そんな日々を過ごす続けたある日、僕は奇跡の出会いを果たす。
「プロト・ゼロ、今日からお前にも同類が増えたぞ。お前から得られたデータを基に廃人になる事なく強化する事が可能になったファースト・ムラサメだ。」
そこには顔の上半分が焼け爛れた、言っては悪いが見るに耐えられない人相をした男性が立っていた。
そして彼を見た時に感じ取れた、この世界に対する大きな怒りと絶望、そして悲憤を。
その感情に触れた時、僕は漸く仲間に巡り会えたとそう感じた。
それからまた幾つかの時を経た時であった。普段は感情など見せない彼が、突然暴れ出した。
理由は分からない、ただその時に彼が発露させた感情は初めて出会った時よりも更に大きく、そしてその怒りはこの施設の人間へ向けられているのでは無く何処か別の所に向けられていると感じた。
その日の夜だ。施設に突然轟音が響き渡る、何かが爆発したのか施設の職員達は大騒ぎしている。
その喧騒の中、突然自分の部屋がこじ開けられる。そこにはファースト・ムラサメと呼ばれた彼がいた。
「ついて来い。お前を此処から出してやる。」
差し出された手に困惑する。
自分にとっては此処が、この場所が今の人生の全てだ。そこから逃げ出すつもりなど──
「逃げたいんだろう?声が聞こえた。『助けてくれ。』と言う声がな。」
その言葉に、心の奥底に眠っていた感情が再び呼び起こされる。
そうだ……僕は……僕は……。
「助けて……。」
「……っ。」
僕の言葉に一瞬彼の動きが止まる。
まるで何処かで同じ光景を見たかの様に、悲しみを秘めた目をしていた。
「あぁ。助けてやる。」
彼は僕の手を取り、職員に見つからないルートがわかるのか誰にもすれ違う事なくテスト用の機体が置かれている整備ハンガーに到着する。
「見ろ、御大層にガンダムなぞ用意してある。とは言ってもツラだけで中身はそこまで既存のMSと大差ないらしいがな。」
「ガンダム……?」
名前だけは知っている。前の戦争で英雄的な活躍をした3機の機体。
ニュータイプと呼ばれる者たちが乗りジオン公国を追い詰めたとされている機体だ。
「ククク……ここにこれが有ると連中が話していた事は聞いていた。ハリボテとは言えガンダムという兵器には価値がある。特にこの
彼は僕と共にガンダムのコクピットに乗る。そして起動シークエンスを完了させ、機体が動き出すと共に武器コンテナから幾つかの装備を取り出して研究所に攻撃を仕掛けた。
「ハハハハハ!ありがとうよムラサメ研究所!この機体も、お前らが作り上げてくれた俺も!有効に使わせてもらう!ハハハハハ!」
高笑いする彼と共に炎上する研究所から去る。二度と此処に戻ることはないだろう、そう思った。
研究所から逃げ出した後、彼は自身の持っている端末から何かの位置を探りそこへ向かっていた。
少しの時を経て辿り着いたそこは連邦軍の中継基地だ。しかし、そこは電気などは通ってはいるが人がいる気配は感じられなかった。
「一年戦争の弊害だ。ミノフスキー粒子のせいで今まで連邦軍が管理できていた施設も末端も末端という様な場所では忘れ去られて放置されている。基地の機能は維持されたままな。」
此処にもかつては人がそれなりにいたのだろう、それが戦争によって駆り出されてこうなったのか。
「ファースト・ムラサメ……君はなんでそんな事を……?」
「ククク……このニホンの知識は教えてもらったようなものさ。……しかしプロト・ゼロ、此処にまできてそんなコードネームで互いを呼び続けるのも癪に触る。名前は変えるぞ。」
名前……かつては僕にはプロト・ゼロやゼロ・ムラサメなどと呼ばれる前の名前があった。
しかしその前の名前すらもう思い出せない、僕は一体何者なんだ……。
「そんな顔をするな。俺もお前と同じだ、名前を奪われ今や過去の自分の存在すら分からない。だが俺たちに名前など大きな意味はない、そうだろう?」
そう言って彼は紙にスラスラと何かを書く。それは恐らく名前だった。
「レーゲンドルフ、ドイツと言う古い国の言葉で
「僕は……。」
「プロト・ゼロか、ゼロはドイツ語ではヌルと言うらしいが人名としては微妙だな。……それならばニホンの言葉でゼロは零、レイと読む。お前はこれからレイ・レーゲンドルフだ。」
「レイ……。」
「喜べよ、奇しくも大戦の英雄アムロ・レイと同じ名だ。そしてお前がガンダムに乗ればお前も英雄になれるかもしれないな。」
「英雄に?」
「そうだ。世界の玩具にされた俺達が世界の英雄となる、その為にガンダムという存在は必要なんだ。」
大戦の英雄、ニュータイプの象徴。
世俗とは離れた生活をしている自分ですら基地の人間からの情報だけでそれを認識できるくらいガンダムという存在は今の世界には大きな影響力を与えている。
その機体に乗って自分が英雄になる、そんな事が可能なのか?
「出来るさ、俺とお前ならな。」
アーウィンと名乗ることを決めた彼はそう言うと僕の手を取る。
その手に触れた時、光景が見えた。幸せそうな夫婦がただ平穏に暮らす……当たり前の日常を送るだけの……そんな光景だ。
「俺達の敵はこういう当たり前の日常を壊した連中だ。コロニーを落とした連中も、落とさせる迄に追い詰めた連中も俺達の敵なんだ。」
僕は頷く、そうだ……敵はジオンだけじゃない。ジオンを追い詰める迄に圧政を敷いた連邦も悲劇を招いた共犯者なんだ……!
そうして僕とアーウィンは活動を開始した。
まず敵と通じているという男の情報を持っていたアーウィンが、ソイツを誘き出す為に宇宙へ上がる準備をした。
放置された基地のシステムを利用し、ガンダムを打ち上げ用のロケットで射出する準備を整えた。そして宇宙で活動する為に軍のシステムをハッキングし偽の補給要請をして輸送艦とMSを手配させ、それを使い小惑星ペズンと呼ばれる宇宙基地まで赴いたのだ。
「良いかレイ、間も無くジオンのスパイが新型のガンダムのテストを行う。俺がこのガンダムで奇襲を掛けソイツを攻撃する。お前はペズン基地のシステムをハッキングしてガンダムのデータを奪取しろ。これがリング・ア・ベル隊の使用しているパスワードだ。」
「了解だアーウィン。」
デブリ帯に侵入した黒いガンダムはアーウィンの黒いガンダムもどきと交戦を開始する。
アーウィンのガンダムは彼は『出来損ない』と名付けて呼んでいるが性能自体は言うほど悪くはない機体だ。
一年戦争中にアムロ・レイが乗っていたガンダム NT-1アレックス、それの初期プランとして設計されていた機体であったのだがマグネット・コーティングや全天周囲型モニターなど現在では色々な機体に使用されている技術を当時その一機に詰め込もうとしたせいか、或いはアムロ・レイの搭乗が決定されていたことで父親であるテム・レイ博士が新技術ばかりの機体に乗せることを憚ったのか、結局マグネット・コーティングの採用をメインとしたガンダムの発展機としてコア・ファイター搭載型が選ばれてこの機体は開発プランのみで終戦を迎えたらしい。
しかし戦争後、僕やアーウィンみたいな強化人間を反応速度の良い機体に搭乗させニュータイプ相手でも戦えるようにする為、この機体に価値が見出されたのか装甲はジム系やメガセリオン系と同基準のチタンセラミック複合材を使用した機体として製造され、アーウィンはそれを奪ったのだ。
「同じガンダム同士なら……アーウィンが勝つ……!」
しかしやはり敵もガンダムの乗り手に選ばれたからだろうか、簡単にはやられない。特に反応速度は機体のおかげもあるだろうがパイロットの反射神経の良さを感じる。
戦いは数度の斬り合いの後、敵のパイロットが機体の残骸を利用した爆発を引き起こしアーウィンは機体頭部を失った状態で帰投した。
「ククク……!やはり一筋縄じゃいかない様だな、しかし奴はもうペズンにはいられない……ククク……!」
「アーウィン!怪我は!?」
「問題ない……、敵は逃したが奴はスパイ行為がペズンにバレない様にこの混乱に乗じてペズンではなく別の場所へ移動を開始したようだ。追跡するぞ。」
その後、僕とアーウィンは敵を追いルウムの暗礁地帯へと赴いた。
そこで再び黒いガンダムと対峙し敵を追い込むがそこに急遽灰色のケンプファーが救援にかけつけた。
『アンダーセン!無事か!?』
『グレイ……!』
「違う!貴様はジェシー・アンダーセンなどではない!それはお前がよく分かっているだろう!」
『俺は……俺はジェシー・アンダーセンなんだ……!俺が……!』
二人は何らかの会話を行なっていたが上手く聞き取れなかった。結局敵は機体を捨てケンプファーに回収され宙域を撤退した。
アーウィンは追う事も出来たはずだが何故かそれをやらなかった。
「ククク……奴が何処に逃げようと、奴は死を選ばない限り俺から逃げる事などできん。」
アーウィンはそう笑うと手に入れた黒いガンダム、ガンダムニグレドと呼ばれる機体と共に月へと向かった。そしてアナハイムと関係を結び、彼等を頼りに僕らは連邦軍の内偵としての活動を始めることとなったのだ。
ーーー
「後はお前の知るところだろうジェシー・アンダーセン。」
「……分かった。すまなかった、君のトラウマを掘り返すような真似をして。」
「僕はアーウィンに、そしてウラキ達に救われた。もう僕はプロト・ゼロでもゼロ・ムラサメでもない、レイ・レーゲンドルフとして生きていく。」
彼の処遇についてはシナプス艦長がコロニー破壊阻止に尽力した事で恩赦を与えれるように動いてくれているようだ。彼らを抱えていたアナハイムと繋がりがあるであろう高官が誰かは分からないが、甘い汁を吸えてただろうから無碍にはしないだろう。
シナプス艦長と言えば今回は流石に責任を取らされる事もなさそうなのが幸いだ、2号機を奪われた失態の責任はあるだろうが観艦式の襲撃は失敗してるし3号機も正式に受領しているから軍規違反でどうこうは言われないだろう。
「これで……一件落着……か。」
少なくてもデラーズ紛争に関しては。これで一旦は歴史に区切りが付くだろう。
「まだ。まだ終わっていないですよジェシー。」
「……アーニャ?」
アーニャから真剣な眼差しで見つめられる、何か伝えたい事があるのだろうか。
「そうさね、戦いは終わったけどシショーにはまだやる事が残ってるよ。」
「えぇ、貴方がいなかった2年間アンナ隊長が何をしていたか、それを知るべきですよアンダーセン大尉は。」
ララサーバルとグリムもまた迫真の表情でそう言った。
「貴方に会わせたい人達がいます。」
「会わせたい……人達……?」
「えぇ、───行きましょう地球へ。」
次回、第二部最終話『新しい未来へ』に続く。