難民キャンプから離れミデアに回収された俺達は現在の状況の再確認をしていた。
「成る程、お前達が襲われた時間と俺達が攻撃に遭った時間はそう変わらないのは確実となったか。」
俺やアーニャがいたキャンプが軍を離反した部隊から攻撃された時間帯とほぼ同時刻、ファズ大尉達が待機していたポイントにも同じく離反したと思われる部隊から攻撃が開始されていた。
これが意味する所は……。
「やっぱスパイがいるな、こりゃ。」
ジャン中尉が周りを睨みつけながらそう口にする。
疑いたくは無かったが流石にここまで都合良く二箇所に同時刻に攻撃するというのは偶然だとしたら天文学的確率だろう。
「まだ分からん。隠れていた俺達を偶然見つけ、そして前々から難民キャンプを敵が狙っていた場合は内部から情報を得なくとも攻撃出来るだろう。」
「大尉殿はスパイ説がお嫌いってかい?そんな偶然を信じるよりは内通者がいると疑った方が良いだろ。」
「確かにそうだがな。だが考えてもみろ、俺達パイロット、ミデアの搭乗員、
確かに内通者が分からない現状では疑っていてもキリが無いのは確かだ。
だが見過ごせるほど小さな存在でも無いのも事実である。
敵に先手先手を打たれている、しかも将校から直接任務を受けた『特務部隊』がだ。
敵はかなり連邦軍の根深い所まで俺達に絡み付いている、それを何とかしなければ……。
「であるなら、私達がやらなければならないのは敵が私達の動きを知る前に迅速に行動するべきでは?それか作戦の中止を願い出るかです。」
アーニャ扮するハンナ少尉がそう発言する。
前者はともかく後者は有り得ない選択だろう、放っておける存在とは言えなくなっているし上層部に内通者がいる場合は俺やアーニャを謀殺するのも一つの狙いの筈だ、中止になどさせてくれないだろう。
「ハンナ少尉の言葉は最もだ。だが俺達には肝心の情報が足りない。となると重要になるのはエイジスと共にザニーに乗っていた少女になる。」
俺の隣にはあの襲撃の時にザニーに先に乗り込んでいた女の子がいる。
見た目は普通の金髪の女の子だ。情報を持っていると自分では言っていたがどこまで信用出来るのか……。
ファズ大尉は俺を見て肩をクイっと動かす、どうやら彼女を見つけた俺に問いただせという事だろう。
「そう言えばまだキミの名前すら聞いていなかったな。名前は何て言うんだい?」
そう問うと今まで黙っていた彼女は口を開いた。
「私はイスカ、イスカ・リオーネ。貴方達は正規の連邦軍なんでしょ?」
イスカと名乗る女の子の問いに頷く。
「その通りだ。キミはあのキャンプにいて、尚且つ元々キャンプにいた人間じゃないと言っていた。そして襲撃があった時キミはMSに乗り込んでいた。単刀直入に聞く、キミは何者で何が目的であの場にいた?」
「うん、はっきり言ってくれた方が私もやりやすい。私は元々この辺りに住んでたの、パパとママがいて二人は教会……教会と言っても昔からあるようなのじゃなくて新興宗教って言うのかな。それの教祖様って呼ばれてた。」
その言葉に俺達はどよめく、その言葉通りだとすると彼女はかなりの重要人物と言うことになる。
「待ってくれ、教祖様と言ったな?俺達は今とある教団の存在を追っている、もしかしてキミが言っているのはその教団の事なのか?」
その問いにイスカは首を振る、そして語り始めた。
「違う、って言うのはまた別かな。少し長い話になるけど良い?」
俺達は頷く、止める理由もない。
「大きな戦争が始まった時にパパとママも教会のみんなも、子供の私から見ても凄い怖かったの。『裁きの時だ』とか『最後の審判』がどうのこうのって。頭がおかしいんじゃないかって思ってたけど……って話が逸れたね。その頃からかな、変な人達がどんどん集まってきたの。」
「変な人……ね、既に変人の集まりのようにも聞こえるがなぁ。」
ジャン中尉が茶化す、だがこの場合の変な人と言うのはおそらくは……。
「お金をいっぱい持ってる人だよ。子供の私ですらおかしいって思うような事をしてる大人にいっぱいお金を渡して応援してるって、変でしょ?それでどんどんパパとママはおかしくなっていったの。『こんな世の中にしたのは誰だ、それは連邦政府だ!』って連邦政府に対する悪口を含めるようになってね。」
「成程……。」
金を渡してカルトに扇動をさせる。そんな事をする手合いは限られてる。
「当時の公国軍、それもキシリア・ザビかギレン・ザビが擁する諜報機関の線が高いか。」
ファズ大尉の言葉に俺とアーニャが頷く、この子の言う両親がやっていたカルトがどれくらいの規模かは分からないが工作費を支払ってある程度の扇動を担わせて連邦政府の不信を抱かせるのは効果的な手だ。
現にそれが理由で反抗心を抱く者もいるのが現実だ、連邦軍からでもだ。
「それにしても貴女は年齢に似合わず感性や知識が豊富ですね、何か理由があるのですか?」
アーニャが少女に尋ねる、とは言ってもこの子の年齢は一年戦争当時のアーニャとさして変わらないようにも見えるが……いや、それが一年戦争時となればまだ小学生レベルか。確かにその当時で両親が異常と思うのは難しいだろう、そういう場所で育ったのなら親から洗脳に近い教育をされていただろうし。
「子供だからってバカにしないで。……時間はいっぱいあったよ、パパとママは私に興味無かったし。教会には色々本があったから知識とかはそこから学べたから……。」
ネグレクトか……。マルグリットやヘルミーナさんの事を思い出すが彼女はまだマシだった方なのだろう、少なくとも飢えに困っていた訳ではないだろうし学ぶ事も出来たのだから。
「……すみませんでした。」
「いいよ、……話がまた逸れたね。それで戦争が終わる前までずっとそんな感じで続いてて、79年の12月の始めの頃にパパとママは殺されたの。」
「殺された……?誰にだ。」
ファズ大尉が質問すると少女は重たく口を開く。
「多分ここからが貴方達の知りたい事、新しい『教祖様』にだよ。」
「教祖様……。」
思い当たる人物は一人しかいない、俺は事前に渡されていた資料から写真を一つ取り出す。
「君が言う教祖様はこの男かい?」
ギレン・ザビの若い頃に酷似している男、ジャミトフが言っていたニュータイプ教団の指導者とされている人物だ。
「うん……この男……っ。」
恐怖と怒りの混ざったような、複雑な表情をしながら彼女は頷いた。
「つまりこの男は……君のご両親の教会を支援して、その後信者が多くなった所でご両親を殺して教会を乗っ取ったって事で良いのか?」
こう考えれば今のニュータイプ教団と呼ばれる連中の成り立ちが何となく窺える。
一年戦争で市民に芽生えた終末思想を増幅させ、ある程度形になった後に都合よく乗っ取る。その後は更に過激な活動に移行して反連邦勢力を抱き込めば……。
これなら成功すれば良し、失敗しても少ないリスクで済む。ザビ家がしていた工作として見れば色々と符号も合う所がある。
「この男だけが乗っ取った訳じゃないけど……。その後、私はアイツらの悲劇のヒロイン役にさせられたの。パパとママは連邦のせいで殺された、私は遺された遺児だって……まるでプリンセスみたいにね。」
「だが君は今ここにいる。つまり逃げ出したって事か。」
「うん。何年も前からずっと準備して、アイツらの監視が緩んだチャンスを狙って逃げ出したの。それがつい最近。その後は貴方達が来たキャンプを何とか見つけて隠れるように暮らしてたの。」
「ふむ……。」
この子の言うことが本当なら今までの活動の成果を上回る結果になる。
彼女なら教団のアジトを把握しているだろうし今の教祖やその幹部の情報も掴めるだろう。
だが……懸念すべきは彼女すら敵のスパイの可能性があると言うこと。
俺達を信用させて敵陣深くまで進行させた所を狙われたら……そう考えると逆に恐ろしい結果が待っているだろう。
「本当に信じられるのかよ、この子は。」
俺の疑念を同じように感じていたと思われるジャン中尉がそう発言する。
「内部の情報の正誤までは俺達には分からん、だが連中の潜んでいる場所くらいは分かるだろう。周辺の航空写真を用意する、キミには教団が潜んでいる場所を教えてもらう、良いかな?」
ファズ大尉の言葉にイスカは頷いた。
「うん、私だって全部信用してもらえるとは思ってない。だって都合が良すぎるんだもん。」
「都合が良すぎる?」
彼女の言葉に疑問符が出た。どういう事だろう。
「それまで私は色々準備はしてきたけど本当にあそこから逃げ出せるなんて思ってなかった。それが運良く逃げ出す事ができて、そして運良くキャンプを見つけられて、そして貴方達みたいな強い人に出会えた。……都合が良すぎて怖いくらい。」
成程、向こうからしても今の状況は怪しく感じるようだ。
取り敢えずどうするか、アーニャをチラッと見て顔色を伺う。
「……。」
アーニャもこちらを見て3回素早く目を瞑る。肯定を意味するアイコンタクトだ。
敵意を感じない、それだけで信用するのはどうかとも思うが今は直感を信じるべきだろう。
「それで、奴らの潜む教団はどの位置にある?」
ファズ大尉の用意した航空写真を見せ確認を取る。
「うーん……。ここ……かな。」
疑問符のついている発言に一瞬困惑したが、彼女の経歴からして近隣の写真を見せられてもそこが何処かは正確には把握できないのだろう。碌に外にも出してもらえていないだろうし。
と思っていたが、彼女が示した位置は俺達も疑問符が浮かんだ。ジャン中尉が口を出す。
「ここ……って言われてもなぁお嬢ちゃん。そこはでっけえ『湖』じゃねえか。」
彼女の示した位置は恐らく一年戦争初期に落とされたコロニーの破片が落着した事によりクレーターとなって出来たであろうかなりの大きな湖を指していた。
「うん、だから多分ここ。他に大きな湖は見えないしキャンプからもそれなりに近いよ。」
「……ハァ?」
「ジャン中尉待ってください。イスカさん、貴方が言っている事はつまり……
「うん。」
「おいちょっと待ちなハンナ少尉、つまり……どういう事だ?」
ジャン中尉を始め、困惑する俺達より先にアーニャは何かに気づいたようだ。
「文字通りですよ。敵は
「……!ジャブローと同じ事してるって事かよ……!」
流石はアーニャ、分析力はやはり高いな。
そう考えれば軍が幾ら探しても碌な敵拠点が見つけられなかったのも合点がいく、簡易ジャブローみたいなものなのだから軍が以前から調べていないのであればどれだけ人や物資が集まって建設していたとしても気付く訳がないんだもんな。
信者を集まるだけ集めたらそこに向かわせれば後は簡単に隠せる訳か。
「湖の中に施設があると信じて……どう侵入する。キミはどうやって脱出した?」
ファズ大尉の質問にイスカは答える。
「私が逃げた時は潜水艦って言う乗り物。見張りの人が全くいない時に忍び込んで荷物の中に隠れたんだよ。その後は上手く逃げたって感じ。」
「他にも入る方法があるんだな?」
「うん。多分地上に直通してるエレベーターがあると思う、私は乗ったことがないし常に見張りがいたから何処に繋がってるかまでは分からないけど。」
侵入するにはどちらも難易度が高いな……。潜水装備で行くにしても人であれMSであれ敵施設の規模が分からない以上迂闊には手を出せない訳だからな。
「……イスカ少女の言葉を信じたとしてもこの先の作戦をどうするか悩み所だな。公国軍、そして連邦を離反した者達が俺達連邦軍が気付かない間にどれだけの規模の施設を作ったのかすら分からんのだからな。キミとて教団の施設がどれだけ大きいか分かるまい?」
ファズ大尉の質問にイスカは頷く。
「とても広い、としか言えないよ。私が出歩ける場所って多分そういう物騒な人達が集まる所は避けてたと思うし、それでも知ってる所だけ周っても数時間はかかるかも。」
「となると地底まで規模を広げていてもおかしくはない……か。」
「どうしましょうファズ大尉、こうなると自分達だけで任務を遂行するのは難しいがしれません。上層部に報告し正規軍を呼び寄せた方が良いんじゃ無いでしょうか?」
少なくとも俺達4機で制圧はまず不可能だろう、ここまで来ると。
スパイの可能性もあるのだから有無を言わさず物量で圧倒すれば間者が幾ら内部情報を教えようと対処しようも無くなるし。
「俺はエイジスの意見に賛成だぜ大尉。もはや俺達だけでどうこうするレベルの内容でもねぇだろ?」
「うむ……確かにそうではあるがな……。」
ファズ大尉はいまだに何か懸念しているようだ。
「お二人とも、幾ら敵がカルト団体だとしても『民間人』の信者がいる事をお忘れではないでしょう?」
アーニャ扮するハンナ少尉の言葉にハッとする。
確かにそうだ……、正規軍を巻き込んでの作戦となれば民間人の犠牲は必至だろう。そうなれば……。
「連邦軍による民間人の虐殺、その事実は例えニュータイプ教団が連邦政府に反する存在であろうと拭えません。敵はそれすら利用するでしょうね。」
「そうだ、後はその事実を引っ提げてキシリア・ザビなりかつてのエギーユ・デラーズのようにジオン残党の頭目が台頭するだろう。お前達が単純に考えるほどこの作戦は簡単ではない。」
「……申し訳ありません。」
その厄介さには思わず溜め息が出てしまいそうだ。
どう扱おうと火中の栗のような存在になるだろうし、かと言って放っておけば連中の増長は止まらないままだ。
「一度上層部に掛け合い対策を練る、ノーマッドにもイスカ少女の情報が正しいかどうか周辺を探らせる必要もあるからな。」
「了解です。」
「パイロット各位は一度自室で待機だ。……イスカ少女の面倒は任せても良いかハンナ少尉?ベッドは一つ空いているだろう?」
「私に問題はありません。」
「では、頼む。各員解散。」
大尉に敬礼をし、去って行くのを確認してからジャン中尉が愚痴を吐く。
「マジで面倒な案件だな、俺も甘え考えしてたのは間違いねぇ。ただ倒しゃ良い訳じゃねえってのが厄介過ぎる。」
その愚痴に合わせたのはイスカだ。
「やり方を間違えたらどうなるかは分かるよ、パパとママが死んだ時も気持ち悪いくらい周りの人は騒いでたから。」
「どんな理由だろうと自分達に都合のいい大義名分が出来ちまうんだからな。お前さんも大変だな嬢ちゃんよ。」
「私は……アイツらを倒してくれさえすればなんだって良い……。パパとママはおかしな人だったけど、それでも私の親だったから……せめて仇は討ってあげたい。」
その言葉に思う所があるのかアーニャは少し顔をしかめた。
似ている……所はあるのかもしれないな。アーニャも父や祖父の仇を取るために一年戦争に参加したんだし。
「一度部屋に行きましょうイスカさん、疲れてもいるでしょう。よろしいですねお二人とも?」
「あぁ、俺やお前らも昨日の襲撃からあんま休んでないだろ?この子もそうだが休める時に休んどけ。」
「それじゃあイスカ……ちゃん?で良いのかな、彼女を頼んだぞハンナ少尉。」
「分かりましたエイジス中尉、それでは。」
イスカを連れ部屋へと戻るアーニャ。
俺も少し疲れたな……、そう思いながらジャン中尉と共に俺達も部屋へと戻る。
微かながら糸口は見えた。後はどう動くか……。
ーーー
「ミデアの機内ですからあまり広くはありませんが、どうぞ休んでください。」
「ありがとう……ございます。」
イスカと名乗る少女を連れミデアで私に割り当てられていた部屋に到着する。
私への接し方が分からないのか少し無理に敬語を使おうとしている姿は少し可愛らしいと感じた。
「敬語はいりませんよ、普段通りの喋り方で構いません。」
「はい……じゃないや、うん……ありがとう。」
「こういう場所ではどうしても緊張するとは思いますが、それがストレスになってはいけませんからね。」
「優しいんだね、お姉さんは。」
「……あなたがそう思ってくれるのなら、そうなのでしょうね。」
彼女の中にある家族への愛、そしてそれを奪った物達への怨み。
それに以前の自分を投影しているところがあった。
あの時は私にはジェシーが、そして仲間達がいてくれた。だから復讐の心は燃えることなく、父や祖父の意志を受け継ぐことが出来たけど、この子にはそういう人がいないかもしれない。
それであったら、私がそういう人間になってあげたい。
烏滸がましいかもしれないけれど、そう思う心があった。
「そうだ、軍関連の放送が多いですがテレビでも見ましょうか。少しは気分転換になるかもしれませんから。」
そう思いテレビの電源を入れる。
軍用チャンネルばかりなので子供が楽しむ内容の物はないかもしれないが少しは気が紛れるかもしれない。
あまり期待はしていなかったがイスカ少女の反応は少し目が輝いていた。
「私……あんまりテレビを見たことなくてね。世界がどうなってるのかニュースさえあんまり教えてもらえなかったの。狭い世界の中で本だけが私の世界だった。」
「……。」
「だからね、こういうのでも嬉し……。──!?」
突然イスカ少女が飛び上がるように立ち上がった。何事かと思っていると彼女が震え出したのが分かった。
「ど、どうしたのですか!?」
「あ……あ……あの男……!パパとママを殺した時に新しい教祖と一緒にいた……!教団の幹部だよ!」
彼女が指を伸ばしているテレビの映像を見る。
「……?……っ!?イスカさん……、嘘をついてはいけません。そんな事は……有り得ません。」
「そんなことない!!!絶対にあの男もいた!あの私と同じ金色の髪……!忘れるわけがない……!」
彼女の言う『男』が映ったニュースをナレーションが読み上げる声が聞こえた。
『サイド8、ネオ・ジオン共和国共同代表キャスバル・レム・ダイクンは昨夜発生したサイド8宙域で起こったテロ活動と、それに対応した連邦軍の行動を厳しく批判されました。』
「キャスバル……代表が……?」
あり得ない、それだけは確実に言える。
だがイスカ少女のこの怯えようは嘘とは決して言えないような迫力がある。
一体……ニュータイプ教団とは何なのだろうか。
未だ全貌が明らかにならない謎の存在。
その疑問がどんどん膨れ上がっているのを私は感じるのであった。