「キャスバル!電波ジャックだ!我々の通信網……いや連邦も含む通信チャンネルが何者かによってジャックされていると報告があった!」
「電波ジャックだと……?」
ガルマの焦ったような声が響く。
電波ジャックと言えば一年前のエギーユ・デラーズが連邦政府に対して宣戦布告をした事が記憶に新しい。
そしてそれは簡単に行えるものではない、何らかの工作が行われていたと言う事だ。
「各方面への対応はどうなっているガルマ。」
「コロニー周辺の防衛はサイド8の自治防衛艦隊を配置した。かつリング・ア・ベル隊とアルビオン隊にも周辺警戒を頼んだ。バスク大佐に関してはこちらの通信に応じないので放置している。」
バスクめ……、自分から争いの火種になろうとするその下衆さには正直反吐が出そうだ。
敢えてこちらと敵対する理由など何処にもないだろうに。
「テロとの関連もあるかもしれない。コロニー内の軍、警察関係には警戒を厳にせよと再度伝え連絡手段が途切れないよう注意させるんだ。」
この状況で一番気を付けなければならないのは指揮系統の混乱だ。
テロリストが事を起こした時に現場の判断などで市民に被害が出てしまえば暴動に繋がりかねない、それだけは避けねばならない。
「コロニー住民に対しても既にシェルターや脱出用ポッドまでの避難経路を通達している、最悪の自体は起こらないとは思うが懸念はするべきだろうなキャスバル?」
「あぁ。ランバ・ラルの件も全くの無関係という訳でも無いだろう、あまりにもこの短期間に事が起こり過ぎている。何者かの陰謀が渦巻いていてもおかしくはない。」
謎のガンダムを複数機持ち、連邦の精鋭部隊相手にも引けを取らず消息が途絶えたテロリスト、そしてランバ・ラルがこのタイミングで謎の襲撃に遭い恐らくはもう死亡している可能性があること、そして彼が探っていたニュータイプ教団という存在。
繋がっていると考えるのは早計だが、何らかの繋がりがあると見た方が対応はし易いだろう。
念には念を、時勢もそうだが何かが起こりそうな予感がある。慎重に事態に当たらなければ……。
「キャスバル代表、ララァ様がお越しになられました。」
「ララァが?通してくれ。」
彼女が政庁に来るのは珍しい、恐らくは何かを予感してだろう。昔から彼女の勘は優れていたからな。
それに彼女をこの状況で一人にしておきたくはない、ここにいた方が安全だろう。
「ごめんなさいキャスバル、忙しいでしょうに。」
「大丈夫だ。だがどうしたのだララァ?此処に来るのは珍しいじゃないか。」
「えぇ……。どうしても此処にいなければ、と思って……。何と言えば良いのかわからないけど、そうしたくて。」
「ありがとう。ララァがここにいてくれるだけで私は助かるよ。」
周りも微笑ましく笑っている、全体が気が立っている状況なだけに良いクールタイムとなっているようだ。一息つくともうテキパキと作業を進め始めている。
「嫌な予感のする
ララァの小さな呟きが耳に入る。
確かに不穏な予感が先程から消えない、この宇宙で何かが起こるだろうという予感が。
「キャスバル様!ガルマ様!モニターを!」
政務官の慌てた報告を聞くと同時にモニターへ目を向ける、そこには……。
「なっ……!兄上……!?」
「ギレン……!?いや、違う……!」
目の前に映っている男はギレン・ザビに良く似た、しかし自分達が知るその男とはあまりにも若い。
《地球連邦国国民の方々、並びに各スペースコロニーの住民の皆様へ。まず突然の電波ジャックの非礼をまずお詫びします。私はニュータイプ教団のゼノン・ザビであります。》
「ゼノン・ザビだと……!?私はこの様な男は知らない……、一体何者なのだ……!?」
困惑しているガルマや他の者達。
我々の困惑などお構いなしにゼノンと名乗った男は言葉を続けていく。
クローン技術で生み出された存在だと言うことを。
「クローンだと……!」
「ガルマ、ギレンやキシリアは……。」
「……分からない、兄上や姉上があの禁忌の技術に手を出したどうかの真偽はな。だが、家族である私とてあの二人ならやりかねないと思っているのだ、彼の言葉が仮に真実で無いとしても誰も疑いはしないだろう。」
確かに……、ソーラ・レイのような虐殺兵器も生み出した彼らだ、クローン技術という技術に手を出していてもおかしくはない、普通の者なら尚更疑いもしないだろう。
「しかし……、奴はニュータイプ教団と言ったのか。それはランバ・ラルが最後に調べていた教団と同じ名だ……キャスバル、これは……。」
「あぁ、あの男が何かする事をランバ・ラルは知っていたのだ、だからこそ彼は狙われたのだろうな。」
陰謀に気付いた彼を教団が消した、その可能性は高い。
今となっては彼が何を伝えたかったのか知ることが出来ないのが惜しい。
《現在我々は連邦軍によって攻撃を受けています、それも核攻撃を!何故我々がこの様な攻撃にさらされているのか、その理由こそがこの電波ジャックの真の目的なのです!我々は地球連邦政府の悪しき歴史の証拠を、そして何故ジオン公国があの様な凶行に至ったのか、その遠因を手に入れたのです!》
《地球連邦政府の隠してきた『呪い』。我々スペースノイドが迫害されるに至った『呪い』、それが今我が手にある。地球連邦軍はそれの開示を許さぬと、今この様に核攻撃を仕掛けてきている、だが我々はそれに屈しない!今ここで滅ぶことになろうと我々は地球連邦政府に致命的な打撃を与えてから滅ぶ!》
「呪い……?何を言っているんだ、奴は……!?それにあのMSは……!」
ゼノンの言葉に困惑するガルマ、奴も気になるが奴が映している光景にもまた困惑する。
「それにガンダム試作2号機……核搭載MSだと……!」
あれは現在アルビオンに核装備を排除された状態で運用されている筈だ。そのMSが複数運用されている、つまりは……。
「アナハイム……。」
あの機体を造れるのは開発元であるアナハイム・エレクトロニクスだけだ。
つまりは彼らがあの地にいる連邦軍に供与した事になる……それが意味する所は一体……。
ゼノン・ザビはなおも演説を続ける。
《我々の持つ『呪い』!我らは今こそ、それを開示する!旧世紀の終わり、そして宇宙世紀の始まりに、彼らが自らの手で葬った真の歴史を今ここに開示しよう!》
その言葉と共にヴェールに包まれていた何かが姿を表す。
石碑だ。あれは……。
「宇宙世紀憲章……?」
かつてレプリカを見た事がある、と言うより現在連邦政府の所有している物ですらレプリカだろう、かつてラプラスの地で起きた悲劇によりオリジナルは失われている。
その筈だ。
《ここに刻まれていた本当の条文を!寄生虫どもが権力を失う恐怖から行った凶行を!宇宙に住む全ての者には知る権利がある!》
「キャスバル……、何だあの憲章は……我々の知るものより……条文が一つ多いぞ……!」
そう、刻まれている文字は明らかに我々の知るものより文章が多い。
映像はズームされ、その追加されている……、いや本来のものから失われてしまったという事だろう、その部分を映していく。
第七章 未来
第十五条
地球連邦は大きな期待と希望を込めて、人類の未来のため、以下の項目を準備するものとする。
1.地球圏外の生物学的な緊急事態に備え、地球連邦は研究と準備を拡充するものとする。
2.将来、宇宙に適応した新人類の発生が認められた場合、その者達を優先的に政治運営に参画させることとする。
《これこそが!宇宙世紀の始まりのその時から、この時まで連邦政府により隠されていた真実なのです!かつて宇宙世紀元年、時の連邦政府首相であったリカルド・マーセナスは宇宙世紀が始まる事により生まれるであろう新人類、
「誰でも良い、あの映像に書かれているサインの筆跡が初代連邦政府首相リカルド・マーセナスの筆跡と同じかコンピュータで分析するんだ、急げ!」
彼らを信用する訳ではない、突如電波ジャックをして妄想にもとれる演説をしている、その可能性も未だ高い。
目の前に映し出された宇宙世紀憲章も、それに追加されている条文も、幾らでも偽造など可能だ。
だが……だが仮にアレが本物だとしたらどうなる?
かつてラプラスの地で起きた悲劇、それが連邦政府による自作自演だったのなら……。
あの事件により、分離主義者を排除した連邦政府はその地位を確固たるものにした。
現在にまで続く既得権益の流れ、それが連邦政府の強硬派により行われ、そして本来であればスペースノイドにも平等の権利が与えられるはずであったのであれば……。
《その後、この石碑は月に持ち込まれ月の有力者であるビスト財団、サイアム・ビスト氏により秘匿されていました。それを我らニュータイプ教団が譲り受け、そして今開示するに至りました。この真実はこの演説が終わり次第、月からの
「月の独立宣言だと……?」
軽く目眩がするのが分かる、それが事実として行われると言うのなら今行われている演説は地球連邦政府に対する大規模な独立宣言の先駆けとなる。
……この電波ジャックは自体彼らのみで行えるほど簡単な事ではない……それにガンダム試作2号機を連邦に提供しているにも関わらず、彼らと縁の深いビスト財団が宇宙世紀憲章をニュータイプ教団に提供しているのはそれこそ自作自演だろう。
だとすればこれは本当に……。
「ガルマ……!」
「分かっている……!サイド8はこれより厳戒態勢へと移行する、国民に対しては非常事態警報を鳴らし指示があるまでの外出の禁止を命じる、警察関係はコロニー内の警備を厳重に、テロリストの介入を防げ。そして防衛艦隊はコロニー外からの攻撃に警戒するように伝えよ!」
『ハッ!』
方々が慌ただしく動く、最早この男の演説は真実を帯びていると想定して動かなければ事態に対応は出来ないだろう。
「ガルマ、我々は……。」
「キャスバル、この事態に君を失う訳にはいかない。そして私も死ぬ訳にはいかない、ザビ家の陰謀が渦巻いているだろうこの件で私が死ねばサイド8が連邦やかつてのジオンの政治の材料に使われてしまうだろうからな……。事前の打ち合わせ通りここは二手に分かれて最悪の事態を回避するぞ。」
有事の際に、どちらかが確実に生き残れるようにサイド8が樹立した時から逃走経路を打ち合わせていた。
この一件、ここで待機していれば何が起きるか分かったものではない。
連邦、そしてジオン、月のアナハイム……他の勢力も介入している可能性もある、いつテロの標的にされてもおかしくはないのだ。
「私は地下通路を利用し、非常時脱出用のシャトルでリング・ア・ベル隊に合流し状況対応するつもりだ、大丈夫かガルマ?」
「あぁ、彼らの隣であれば問題ないだろう。私は非常時用の逃走ルートを使用しながら指揮車内で指揮し、国民にその都度指示を通達する。」
「死ぬなよガルマ。」
「君もな、キャスバル。」
握手を交わす、今生の別れでは決してない。
事態が落ち着けばすぐにでもまた会えるだろう。
「行こうララァ。」
「……えぇ。」
ララァの手を取り、複数人の護衛と共にガルマとは別のルートを通り脱出用のルートへ進む。
その間にもゼノン・ザビの演説の音声が政庁内で響き渡る。
《地球連邦政府、そして地球連邦軍は我々新しい人類であるニュータイプを脅威とし、その存在を滅する事で自身の権力を変わらず確固たるものにしようとしています、いや……地球連邦軍のみならず、かつて一年戦争中に独立し連邦政府の庇護の中で権力を享受しているネオ・ジオン共和国もまた連邦政府と同じ俗物であると私は確信している!》
「なに……?」
ゼノンは、地球連邦政府のみならず我々ネオ・ジオン共和国にも敵意を向けている。
一体どんな思惑があると言うのだ……?
《ネオ・ジオン共和国の共同代表の一人であるキャスバル・レム・ダイクン、ジオン・ズム・ダイクンの遺児を騙り、人類を革新に導くと言いながらも、地球連邦政府の管理下で生きていくと言う矛盾を抱えた男。彼もまた偽りの存在であることを私は知っている!『彼』の存在を知っていればこそ!》
「彼……。」
一度立ち止まり、持っている端末からゼノンの演説の映像を見る。
恐らく奴の言っている『彼』と言うのは……。
そう思っていると、やはりゼノンは例のあの金髪の男を壇場に上げた。
その目を隠すようにサングラスをしている。
《皆様……、信じてはもらえないでしょうが私こそがキャスバル・レム・ダイクン。ジオン・ダイクンの意志を継ぐ、本当の嫡子であります。》
抑揚は無いが、はっきりと言葉が伝わるような口調で話す男。
その声を、鳶色の目の男を私は知っている……。
「シャア……、シャア・アズナブル……。」
《ネオ・ジオンに存在する私を騙る存在は、かつてシャア・アズナブルと呼ばれジオン公国の軍人であった事は周知の事実でしょう。彼はジオン公国軍人になる遥か以前に私キャスバル・レム・ダイクンと親交がありました、父がザビ家に暗殺され、私と妹はサイド5のテキサスコロニーに隠れ住んでいた、その時に出会ったのが彼……シャア・アズナブルだったのです。》
シャアはまるで自分こそがキャスバルであるかのように、かつての私の過去を騙る。
《シャアはザビ家の復讐に燃える私とは裏腹に、ギレン・ザビを信奉しアースノイドを憎み、スペースノイドが優れた種であると言う選民思想に染まっていました。そして彼は故郷を後にしてサイド3へと赴き皆様の知るところである『赤い彗星』として名を馳せる事となりました。》
《その後の事は語らずとも分かるでしょう、ジオン独立戦争でジオン公国がオデッサを奪われ地球に残った軍が窮地に立たされると彼はあっさりと公国を捨て、ガルマ・ザビと計り私の名を騙る事でネオ・ジオン独立という大義名分を得て立ち上がったのです!》
「キャスバル様……。」
護衛が逃走ルートの方を向きこちらに語りかける。
そうだ、ここで立ち止まっている暇はない。
「賊の戯言など聞く必要はありませんキャスバル様。我らネオ・ジオンの国民はガルマ様やキャスバル様の今までを見ております、例え仮に貴方が本当のキャスバル様では無かったとしても、誰も貴方を身限りはしないでしょう。」
「……ありがとう。」
護衛の言葉に救われた自分がいる。
そうだ、例え第三者には真偽がどうか分からない事であろうと、今まで行ってきた施政、ガルマと共に歩んだ軌跡を信じてくれるものは必ずいる。
信じてくれる者の為に戦うと、ネオ・ジオンを立ち上げる時にも決めたのだ。
「気を付けなければいけないのは、コロニー内に賊が入り込み暴動を扇動しないかです……、このコロニーに限らず各サイドも今火に油が注がれるかどうかの分水嶺でしょうから。」
「その為にも早くリング・ア・ベル隊に合流しなければな。」
元々リング・ア・ベル隊は治安維持活動を目的とした部隊だ、事態の対応に当たるにもコロニー内にいるよりは安全だろう。
それにガンダムという存在は賊にも影響を与えるだろう、その為にも急がなければ……。
《父、ジオンがこのラプラスに散った石碑を知っていたならば!ニュータイプという存在が政府に認められていたものだと知っていたならば、ジオン独立戦争などという人類の半分以上が死んだ悪夢のような悲劇は起こらなかった!貴方達の父や母!兄弟姉妹!そして隣人達がいなくなる悲劇も起こり得なかったのだ!》
シャアの言葉に同調するように、ゼノンが言葉を続ける。
《そう!スペースノイドに、ニュータイプに政府運営への参加が認められていればこの様な時代は訪れなかったのです!……この真実を以って、我々は皆様に判断を委ねます、我々が連邦の核攻撃によって潰えようと!放たれた変革の矢はいつか腐敗した連邦政府を打倒してくれると信じている!》
徐々に映像が乱れて行く、演説の終わりも近い様だ。
《我々の伝えたいことは全て伝えた……、どうか、どうか連邦政府の打倒を……!ニュータイプのあるべき未来を──》
映像が途切れる、恐らくは演出だろう。芝居臭さが目立ったが、それでも信じるものは多いだろう。
歩みを止めず進んでいると、端末に通信が入る。
『キャスバル様、先程の宇宙世紀憲章ですが……サインに残っていた筆跡の照合が取れました……リカルド・マーセナス、初代連邦政府首相の筆跡に間違いありません、他のサインに関しても当時の政治家のものと一致しております……。』
「……そうか。」
その事実は我々以外にも知る所になるだろう。
そう遠からず、あの宇宙世紀憲章を疑うものはいなくなる、そしてそれを隠蔽しこの世界へと誘った連邦政府への恨みはかつてのジオン独立戦争の頃よりも大きくなるだろう。
世界は変わる、だがそれは我々が望んだ平和な未来などではない。
混沌に満ちた、動乱の世界に変わるだろう。
憤りで握りしめていた手から血が滲み出ていた、それに気付いたララァがその手を握り、私を見つめている。
「諦めてはいけないわキャスバル。」
「……あぁ。そうだな。」
そうだ、例え世界が混迷に堕ちようと歩みを止めてしまえばそれで終わってしまう。
まだ、諦める訳にはいかない。
「キャスバル様、間も無く脱出用のシャトルに──グッ!?」
突然の衝撃、ゴゴゴと鳴る音に恐らくはコロニーの外からの衝撃だと判断する。
大きな揺れに倒れ込む護衛、そして同じく倒れ込もうとしていたララァを何とか抱きしめて地面に打ちつけられようとするのを阻止する。
「くっ……!まさかテロリストか……!?」
この宙域に潜伏しているとリング・ア・ベル隊が言っていた複数機のガンダム、それが攻撃を仕掛けている可能性が高い。
そう思った矢先だった。
『キャスバル様!連邦軍が……!連邦軍がこのコロニーに攻撃を仕掛けています!』
端末からの音声通信、そして間髪なく映像が流れる。
そこには複数のジム、メガセリオンと言った連邦軍機がコロニーに対して攻撃を始めていた。
「何故だ……!?何故連邦が……!」
あの演説で事を起こすのはテロリストだろうと踏んでいた、しかし実際はそうでは無かった。
だが、一人の男の姿が脳裏に浮かぶ。
「バスク・オム……!」
悪意に満ちた、何かをやりかねないと思える、あの男の姿を……。