指定された時間に何とか間に合いアーニャの部屋をノックする。
「どうぞ。」
「約束通り来たぞ、話って機体の事か?」
アーニャは「それもありますが……」と呟くも首を横に振る、つまり別の要件があると言うことだろう、一体何の話なのか。
「ジェシー、貴方は昨日自分が何を言ったか覚えていますか?」
「……?何のことだ?」
「貴方は昨日、ララサーバル軍曹にヴァイスリッターを完全に使い熟すにはニュータイプでもない限り無理だと言っていました。」
……、確かにそんなことを言っていたような気がする。気分が悪かったのでよく覚えてはいないが……何かおかしな事か?
「ニュータイプという言葉はジオン公国の生みの親とも言えるジオン・ズム・ダイクンが生み出した言葉です。」
「あっ。」
そうだ、確かにその通りだ。ガンダム好きならともかく、今この時代で今の時点でニュータイプなんて言葉を使っているのは殆どジオン……ヤバイ地雷を踏み抜いてるぞこれ。
「あっ、と言いましたね?やっぱり分かってて使ってたんですか?」
今までにない冷たい視線を向けてくるアーニャ、彼女はジオンに親を殺されている。そんな彼女にジオニズム的な思想を持っていると勘違いされたらどんな風に思われるか分かったもんじゃない。
「待て、待ってくれアーニャ。誤解だ。」
「誤解って、何が誤解なんですか?」
怒っている、確実に怒っているぞこれは。どうしよう、何を返せば良いか分からん。
「えーっとだな、まず俺は決してジオニズム信奉者では無い。それは分かってくれるか?」
「……。そうですね、ジェシーからはそういう思想は出てこなさそうではあります。」
言い方に含みがあるがちょっとは誤解が解けてるようだ、よしよしこのまま何とか切り抜けるぞ。
「ニュータイプって言うのは……そうそう前に何処かでスーパーパイロットは事前に動きを予知して超人的な行動を取るってのをどこかで聞いてだな、そういう人のことをニュータイプって呼んでたらしいんだよ。決してダイクンとかの思想からきたセリフじゃないんだ。信じてくれ。」
「信じたいですけど……でも私……。」
不安からか手が震えている、俺の不用意な発言のせいでいらん心配をさせてるようだ。やっぱりこの子を裏切るような真似はできないな、正直に話そう。それで信じてくれなかったからそれまでだ。
「ごめんアーニャ。さっきのは嘘だ、俺はダイクンの思想は知ってるよ。ニュータイプって存在の意味も。」
「えっ?」
「宇宙に進出した人類が大昔に猿から人へ変わったように人を越えたニュータイプへと進化する、確かそんな感じの意味で使われてた筈だ。そうだよな?」
「えぇ……その通りです。」
まだ不安の眼差しのままだ、正直ジオン寄りの思想だと思われるのは連邦派のガノタだった俺からしたら不名誉なので誤解を早く解きたい。
「はっきり言うけどあれはダイクンがサイド3の人間を納得させる為に使った方便だよ、遠く地球から離れた自分たちが優れた人間であるって自信を持つためのさ。」
「……。」
「ジオニズムって言う地球に頼らずコロニーだけで独立しようって思想は理解出来なくもない、実際連邦政府のコロニーに対する重税なんかは正直目に余るよ。けどザビ家みたいな過激なやり方は納得できない。そうだろ?」
「えぇ、同じスペースノイドである他サイドまで攻撃して多くの死傷者を出していながらスペースノイドの独立を謳うザビ家の行いは私も嫌いです。」
そう、ザビ家の掲げるジオニズムは基本的に自分達ジオン公国限定のものだ。自分達に賛同しないコロニーは同じスペースノイドでも虐殺するような連中の何処が新人類なのだ。
「ジオンにだって良い人はいると思う、家族の為だったり恋人の為だったり個人個人で戦う理由を持っている人の中には尊敬出来る人もいる筈だ。」
俺達が最初に戦ったジオン兵、あの人も家族の為にと戦っていた。それをジオンだからと一纏めにして嫌うことはできない。
「だからそういう人達を利用して人類を支配しようとしてるザビ家やザビ家の掲げるジオニズムには俺は全く賛同しない、信じてくれるか?」
「信じたいです、もちろん!だけど……怖かったんです!もしもジェシーがって……!」
優秀って言ってもまだアーニャは子供な方だ、戦場だと心身も不安定になりやすいから余計な一言のせいでここまで悩ませたんだろう。なら男としてしっかりけじめを見せないとな。
俺は震えてるアーニャの手を握る。
「アーニャ、ジャブローで誓ったよな。お前の名誉と誇りを傷つけない、そして剣となり盾となるって。」
「はい。」
「あれにまだ付け加えるよ、お前を裏切ったりしない。絶対に。」
ヴァイスリッター、白い騎士のMS。あれが俺に託されたのも騎士のMSを駆りアーニャを守れと言う将軍の意思が見えた。だからこそ。
「お前の為に、俺は戦う。」
嘘偽りなく、この世界で戦う理由を彼女の為にと。最初は歴史を変えたいってしょうもない理由が含まれていたが、一緒に戦って一緒に笑って一緒に泣いて、部隊のみんなと過ごしている内に歴史を変えるよりもまずみんなが死なずに済むように戦うことの方が大事になっていたから。
「ジェシー……ごめんなさい、疑ったりして。」
「いや、俺も悪かったよ。疑わせるようなこと言ってさ。」
何とか仲直りできたみたいだ。ところで気になった事が一つある。
「けど何でアーニャはニュータイプなんて言葉知ってたんだ?」
そう、基本的にジオンくらいしか今は知らなさそうな言葉、アーニャが疑問に思ったように俺もそこが疑問になった。
「それは……、私がまだ小さい頃の話です。」
今でも小さいけど……、と思ったけど流石にこの雰囲気で言う事じゃないので自重しよう。
「ジオン・ズム・ダイクンが地球連邦議会の評議員をしていた頃、彼の演説を聞いたお祖父様はその思想に感嘆したとよく話していました。」
そう言えばダイクンは自分の思想を実際に実践するために議会を抜けてサイド3に移住したんだったか、ならその前にアーニャの祖父が知り合っていてもおかしくないか。
『非現実的な事だとは思うが人類全てが宇宙に夢を抱いて宇宙に上がり、母なる大地を保全しながら過酷な宇宙環境下で新たな人種……ニュータイプに目覚める者が増えていけば未来は明るいだろうな。』
「そう祖父は私や父に何度も語っていました。ニュータイプという言葉もそこで聞きました。」
「そうだったのか……。」
「私が士官学校に入ったのも祖父の教えがあったからと言うのが大きいです、生まれて一度も宇宙に上がったことがありませんでしたから。宇宙に上がればニュータイプとはどんな風に人から変わって行くんだろうか分かるような気がして。でもあの時から私は祖父の理想が信じられなくなりました。」
あの時……、恐らくはあれだろう。
「ジオンのコロニー落とし……だな?」
「はい。スペースノイドの象徴であるコロニー、その住民を虐殺して……それを保全すべきである地球に落として……祖父や父は理想に殺されたようなものでした。」
地球を傷つけ、そして本来守るべき同胞である宇宙移民を虐殺して……確かにそれでは悔やみきれないだろう。しかし。
「でもアーニャのお父さんやお祖父さんの理想はジオニズムと似てはいるけど否定するべきものじゃないよ。」
「えっ?」
「だってそうだろ?地球を綺麗な惑星として残したいって思うこと。だからみんな宇宙に上がって生きて行こう、その中で進化して行こう。そう思うことは宇宙世紀に生きる人間なら大なり小なり考える事じゃないか。誰だって汚したくて地球を汚そうなんて思わないさ、だけど便利な生活から不便な生活になりたくないってエゴでこんな風になってるんだ。そんな人達のエゴを地球は飲み込めやしない。だからアーニャのお父さんやお祖父さんは頑張ってきたんだろ?」
本当にジオン・ズム・ダイクンのジオニズムに賛同していたなら一緒に行動している筈だ、だけどそうしなかったってことは感化はしても彼のやり方には否定的だったか或いは別の視点で未来を見たかだ。
「ジオン・ズム・ダイクンは宇宙から人の革新を夢見たのかも知れない、でもアーニャのお父さん達はこの地球から人の心を変えて行こうって思ったんじゃないかな。宇宙に憧れて士官学校に入ったアーニャみたいに、宇宙へ行きたい!って思わせるようにさ。」
そう言うとアーニャは言葉を失くしたかのように黙り込む。
「アーニャ?」
「……。」
アーニャは大きく息を吐き、顔を俯けたかと思ったら急に俺に抱きついてきた。
「あ、アーニャ!?」
「ごめんなさい……少し、このままでいさせて……。」
恥ずかしい話だが女性に抱きつかれたことは生まれてこの方一度も無いのでかなり心臓が高鳴っている、聞かれてなきゃいいけど。
「私……お祖父様達の理想を引き継いでも良いんですよね……?」
本当は今でも信じていたかったのだろう、ジオンによる凶行さえ無ければ潰えなかった夢を。
「あぁ、良いと思うよ。アーニャ達の夢はジオニズムとは近いのかもしれないけど描きたい未来は違うと思う。スペースノイドの独立とかそんな崇高な理想じゃなくて誰もが夢見る明るい未来、単純だけど一番難しいそんな未来だと思う。」
「……ありがとう。」
そう言うとアーニャは少し沈黙してから、また口を開いた。
「貴方の鼓動が聞こえます。」
「言わないでくれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだよ。」
「フフッ、どんな理由でドキドキしているか知りたいですね。」
「あーあー、絶対言わんからな!」
「貴方の心が読めれば面白いんでしょうけど。」
「それこそエスパー能力みたいなの持ったニュータイプにでもならんと無理だな。」
「いつか、なってみたいですね。お互いの心が分かり合えるそんな人に。」
「あぁ……。」
いつか会えることがあったらアムロやララァみたいなニュータイプに会ってみたいな、オールドタイプでも分かり合いたいって気持ちがあるんだと話してみたい。そんな事を思いながら俺たちは些細なことから始まった疑念を払拭して仲直りをしたのであった。