轟音が響き渡るコロニーの中、キャスバルはなおも非常用のシャトルへ向けて歩みを止めずにいた。
軍用、民間のチャンネルでは連邦軍からの攻撃を告げると共に避難を促している。
……例えこの攻撃を凌いだとしても、犠牲が出てしまえばサイド8全体が連邦軍、いや連邦政府への不満を募らせるだろう。
それがバスクの狙いだとすれば、思惑通りにさせてはいけない。早期に体勢を整え直して然るべき対処をしなければならない。
「……!キャスバル様!非常時用の無線に新たな情報が……!」
「何が起きた!」
「ハッ、現在サイド8防衛中のリング・ア・ベル隊より現在攻撃中の連邦軍艦隊は連邦軍から独立した地球独立軍を名乗る軍勢の攻撃だと!」
「……何だと?」
地球独立軍?連邦から独立した勢力だと言うことか?
だがこの数年、連邦軍内から造反した部隊というのは少なくはない筈だ、これもそれと同様に考えるべきか……?
いや、艦隊レベルの造反と言う事は一定数以上の人間が反乱に加担したと言うことだ、つまりは一勢力として考えるべき軍隊ということだ。
それに、先程のニュータイプ教団と名乗る者達が言っていて月の独立、それらも加味すれば、それらの勢力が共謀しての攻撃とも考えられるだろう。
向こうの『シャア・アズナブル』が私の名を騙った以上、本名のキャスバルという存在は邪魔でしか無いはずだ。
「急ぎ脱出せねばならないな、後どれほどかかる?」
「もう間も無く──、っく!?」
通路を曲がった直後護衛が絶句する、コロニーへの攻撃により通路が瓦礫で塞がってしまっていたのだ。
「まだ迂回路があります!こちらへ!」
別のルートでシャトルへ向かおうとする護衛に着いていく。
こんな事なら政庁の前に鎮座しているガンダムでも持ち出して自身も防衛に回った方が良かったのでは無いかとも思ったが、その時ふとアンダーセンの言葉が脳裏に浮かんだ。
『貴方は簡単に死んでいい人なんかじゃないんだから!MSで戦うのがいくら上手いからって自重くらいしてくださいよ!?』
あれは一年戦争の時と、デラーズ紛争の時だったか、戦場で戦うエースである事よりも政治家としての役割の方を彼はいつも私に期待していた。
その裏では政治家も政治家で似合わないとも言っていたようだが、それは確かに真実だろう。
今でこそサイド8の代表をしてはいるが、結局本来の自分の性分を隠している中での代表だ。
世界を未来をより良い方向に導きたいとは思ってはいるが、父ジオンの様に政治にのめり込む程の執心を抱く程ではない。
期待された中での役割なのだ。ジオン・ズム・ダイクンの遺児、救国の英雄、新たなジオンの象徴、それらの役割を演じなければならないのは苦ではない、だが重すぎると言うのも確かだ。
だが、やらねばならない。ドレンや失った同胞が願った優れた才能を持つ人間が世界を導く世では無く、親しき隣人や友人達によって世界を変えていける世へと。
「キャスバル……、何か嫌な予感がするわ……。」
「ララァ……?」
ララァの直感はニュータイプに通じるものがある、彼女がそう言うのならば何かが起きてもおかしくはない。
「大丈夫だ、ララァは私が守る。」
「キャスバル……。」
しっかりと手を握りしめ先へ進む、迂回するとは言え距離的には大きく変わらない筈だ、リング・ア・ベル隊と合流さえすれば立て直しは出来る、そう思っていた時だ。
『止まれ!』
シャトルに後一歩という所で制止される。
軍服、それも旧公国軍の物を着た男が複数人、こちらに銃を構える。
「キャスバル様!」
護衛が銃を構え敵に狙いを付けると同時に銃弾は護衛の額を貫く。
護衛は倒れ、その血が床に流れていく。
『キャスバル・レム・ダイクン様でお間違えありませぬな?』
「その通り、私がキャスバルだ。君達はジオン公国残党軍、いやアクシズの者か?」
『その問いに答える義務はありませんキャスバル様。我々の使命は貴方のこの舞台からの退場、それだけです。』
「私を殺すか、それで世界が良くなるのなら潔く死のう、だがそうではあるまい。」
あの宇宙世紀憲章によって、宇宙全体の勢力図は大きく変わるだろう。
その時に民衆を正しく導く者がいなければ、一年戦争のような大きな惨劇が再び起こるかもしれない。
私は今ここで死ぬ訳にはいかないのだ。民の為に、そして私を信じた盟友達の為にも。
『分かっているつもりですキャスバル様。貴方がいなくなれば、例えガルマ様が優れたカリスマをお持ちであろうと、ザビ家という血筋の因縁は消えず、サイド8の民衆は不信を抱くでしょう。』
「それが分かっていてなお私を討つか。破滅主義者とも思えないが。」
『これも
「
「これ以上は貴方が知る必要はない。」
そう言うと男はこちらに銃口を向ける。至近距離だ、まず間違いなく急所に銃弾は当たり即死するだろう。
「やめなさい!キャスバルは絶対に殺させない!」
ララァは私の前に立ち、盾になるように手を広げ銃口の先に立った。
「やめろララァ!……お前達もだ!殺すなら私だけで良いのだろう!?ララァには手を出すな!」
「嫌よキャスバル!私は貴方に救われた、その時にこの命は貴方の為に使うと決めたの!絶対に貴方を死なせたりしません!」
今まで見せる事のない程の迫力でそう叫ぶララァ、だが私も同じようにララァには死んで欲しくはない、この命が例え潰えようと。
『ご婦人の生死は問われていませんが……邪魔をするのなら貴方から先に排除しなければならない。』
「よせ!彼女には手を出すな!ララァ!ここから逃げるんだ、早く!」
「嫌です!例え何度繰り返しても、私は貴方を死なせたりなんてしない!」
『……やむを得ませんね。』
銃声の音、そして目の前で倒れ込むのは……。
「ララァー!!!」
『お別れですキャスバル様、貴方の犠牲で新世界の幕は開かれる。新世界でまたお会いしましょう。』
絶望の中、更に銃声が響く。
私の意識はそこで閉ざされた──
ーーー
「こちらグリム!グノーシス01、出るぞ!」
「カルラ・ララサーバル!グノーシス02出るよ!」
曙光に待機させていたグノーシスの1号機と2号機で再度出撃をする、ニグレドの損傷は激しく、この戦闘中では修復は見込めないだろう。
『グリム、地球独立軍を名乗った艦隊がアルカディアへ攻撃を開始した、まだ守備軍が対応しているとは言えコロニーに穴が開けば民間人に犠牲が出る!急ぎ敵を排除するんだ!』
「分かっている!反乱軍と言うならもう容赦はしない!」
もう、同じ地球連邦軍だからと言う理由は通じない、彼らは平和を乱す反乱軍となったのだ。
それが例えコーウェン中将が首魁だとしてもだ、どんな理由があろうと民間人に犠牲が出る行為に正当性なんてない。
かつてサイド4で、僕の故郷がジオンに滅ばされた時と同じだ。虐殺に正しさなんて何処にもある訳がないんだ。
『邪魔をするかリング・ア・ベル隊!』
「邪魔なのは貴様らだ!」
ジム改が数機立ち塞がる、だが僕とカルラの連携の前では大きな意味を為さない。
潜り抜けた修羅場が違う、そう自負するだけの練度は持っている。
『は、早い……!』
「墜ちろ!」
ビームライフルで敵を射抜く、残った機体もカルラが追い討ちをかけて撃破した。
「グリム隊長!ルベドとアルベドも合流致します!」
セレナの通信だ、ガンダム単騎で広い戦場を戦うより固まって戦った方が今は無難だろう。
「了解だ!ベアトリスは僕とカルラが逃した敵の排除を、セレナは狙撃スポットを確保後、敵を補足して足止めを優先しろ!」
「了解です!」
数的には不利だが、それでもやらなければならない。
大勢の人の命がかかっている。
「それにしてもグリム!なんだってコイツらはアルカディアを狙うんだい!?サイド8を今狙う理由なんて思いつきゃしないよ!」
「相手はあのバスクだ!僕らの考えなんて及ばないさ!」
大方ガルマ代表やキャスバル代表が気に食わないのだろう、モンシア達もキャスバル代表が偽者だと喚いていた。
この反乱を機に排除しておきたいのだろう、彼らのカリスマは連中にとっても都合が悪いはずだ。
「ジュネット!代表達の様子はどうなっているんだ!?」
曙光の通信能力であれば、ミノフスキー粒子散布化でもギリギリサイド8内に通信ができる筈だ。
ホットラインも確保している、彼らの身の安全を考えるなら曙光に避難させるべきだ。
《現在ガルマ代表がサイド8防衛軍と合流し指揮車からコロニー防衛の指揮をしている。キャスバル代表は緊急用の脱出経路を用いてシャトルへと向かっているとの事だ。グリム隊にポイントを送信する、そこに向かいキャスバル代表と合流せよ。》
「合流……、だがジュネット……!コロニーの攻撃も……!」
《状況が状況だグリム、我らだけでは全ては救えない。アルビオンもこちらに向かっている、先ずは最悪の事態の回避を優先するべきだ。》
「くっ……了解!」
悔しいがジュネットの言う通りだ。
今は彼らの救助を優先しなければ。
……だが。
「グリム隊長、こちらセレナ。狙撃ポイントに機体を固定しました。コロニーへの攻撃はこちらで出来る限り対応します、隊長達はキャスバル代表を!」
「ありがとうセレナ……!」
頼れる部下ばかりで助かる。
ルベドのビーム光が幾つかの機体を撃破していく、これなら侵攻をある程度抑えられるだろう、今の内に……!
「目標ポイントへ進軍する!」
「了解!」
指定された地点へ全速で向かう、頼む……間に合ってくれ!
そう思った直後だ。
「グリム!モニターの望遠を最大まで上げてポイントの確認を!」
カルラの言葉に嫌な予感を感じながら言われた通りにポイントを確認する、そこには……。
「高速艇……!?」
軍などでも使用する高速艇だ、もしかしたらあれにキャスバル代表が……?
「グリム隊長!あの船、私達とは反対方向に向かってますよ!?」
「どういう事だ……?キャスバル総帥はあれに乗っているんじゃないのか……?」
嫌な予感がずっと付きまとう、杞憂であれと願うが不安は消えないどころか増していく一方だ。
《ザ……ザザ……》
機体が何からの通信を傍受する、ノイズが酷いが徐々に音声がクリアになぅていく。
《誇りある──ジオンの兵士達よ、我々は──達成した、ダイクンの遺児を騙る──・アズナブルに天誅を下したのだ。繰り返す、誇りあるジオンの兵士達よ、我々は遂に達成した、ダイクンの遺児を騙るシャア・アズナブルに天誅を下す事に成功した。これにより全ての作戦は達成された、全ての部隊は艦隊に合流しアクシズに帰投せよ。》
「嘘だ……!」
敵の計略に違いない、僕らを油断させる為の罠だ。
そんな希望を裏切るように、広域通信で敵は映像を流した。
「……っ!」
「こんな……酷い……ッッウェェ……!」
カルラが絶句し、ベアトリスはその光景に嘔吐する。
映し出された映像には、キャスバル代表とララァさんが血を流して倒れている姿。
そしてその光景の数秒の後に画面が変わる、数分後の映像なのか急に変わった画面には先程映っていた通路から焼け焦げたような跡が残る通路に変わっており、そこには消し炭になった『何か』が二つあった。
「くっ……うわぁぁぁ!」
絶望に染まる、スペースノイドの希望であったキャスバル代表が、世界を混迷に貶めようとする勢力によって殺された。
そして目の前に映るのは仲間だと信じてきた同じ連邦軍だった者達によるコロニーへの攻撃。
目の前には地獄が広がっている。
「グリム隊長……、こちらセレナ。地球独立軍を名乗るバスク艦隊の部隊がコロニーへの攻撃を止め撤退を始めています。……追って一人でも多く撃破致しますか……?」
セレナの声から怒りが込み上げているのがわかる、気持ちは痛いほど分かる、奴らのせいで救援に向かうのが遅れ……いや、そもそも奴らさえいなければこんな事態にはならなかったのだから。
「……追撃は不要だセレナ少尉。」
「しかし隊長!」
「僕らの!……僕らの任務はサイド8の防衛だ……!コロニーには被害が出ている、市民の救助が最優先だ……!」
「……っ、了解です。出過ぎたことを言い申し訳ありませんでした隊長。」
「いいんだ……っ。全機!残存する敵部隊がいないか警戒を怠らずサイド8の防衛に回れ!曙光を安全に誘導させるんだ!」
「了解です!」
ここで奴等を追って、万が一にも反撃に出られコロニーに被害が出ればサイド8の連邦軍へのイメージは底にまで落ちるだろう。
それに、今奴らを追って攻撃した所でせいぜい数隻の艦艇と幾つかのMSを撃破できるかと言った所だ。
天秤に掛けるなら一般市民の命の方が遥かに重要なのだ。
「だけど……絶対に許しはしないぞ地球独立軍……!」
賊軍と共謀し、キャスバル代表とララァさんの命を奪った彼らを絶対に許しはしない。
この行いへの報いは必ず与えてみせる。
ーーー
ゼノン・ザビによる演説が行われてから数日後の中東、爆心地。
核爆発のクレーターが残る地に数隻のミデア級が多数の航空機の護衛を引き連れ飛行している。
「ここで間違いは無いのだな?」
「ハッ、エルデヴァッサー准将による特殊暗号通信にて救援要請が行われたと思わしきエリアはここで間違いありません
「ジャミトフによると彼女はアンダーセン少佐と行動していると連絡があった。恐らくは彼も一緒だろう。必ず見つけ出せ。」
「了解です。各部隊へ通達、救助対象の捜索を開始せよ、繰り返す──」
欧州より此処に到着する道中、ジャブローの中枢が核爆発により消失したとの報告があった。
恐らくは地球独立軍の手によるもの、コーウェンらであれば非常事態用の自爆装置を発動させる事は容易いだろう。
独立軍との接点を持った一部の
「……最早新しい時代に着いて行けるのは我々老人では無くなっている。彼らには生きていて貰わねば……。」
「閣下!山岳地帯に未確認のガンダムを発見!」
「ガンダム……。」
コンペイトウでの出来事を思い出す、この忌まわしい景色もあのアナハイムの2号機が起こした惨劇であるとの報告がきている。
ガンダム、今やその名前はたかが機体名とは一線を画す存在となりつつあった。
「それに二人が乗っているのかね?確かめたまえ。」
「ハッ!」
モニターには護衛機が映した映像が中継されている、確かに連邦軍には登録されていないガンダムであった。
「閣下!」
「見えている。」
非常用のコンソールで外側から開かれたコクピットには気絶している男女が二名、アンナ・フォン・エルデヴァッサー准将とジェシー・アンダーセン少佐で間違いない。
「生きているのだな?」
「ハッ!呼吸、心拍ともに問題ありません!」
「機体ごと回収せよ、地球独立軍がいつ嗅ぎつけて来るかも分からないのだからな。」
「了解であります!
世界は変わる、それが良い方向か悪い方向かは分からない。
だが、まだ希望は潰えてはいないと、かつて二人のニュータイプに助けられた男はモニターに映る二人を見てそう願うのだった。