機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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2.5部最終話 新世界より 前編

 

 宇宙世紀0133年、各サイドコロニーと木星を経て数百人からなる少年少女達を乗せたミノフスキードライブが搭載された外宇宙航行試験艦『エルデヴァッサー号』は、いよいよ後数日で目的地へと到着する。

 

 その航行の中で一人の女性が教鞭を執り終え、一息ついた。

 

「これが0084年に起きた、通称『ニタ教事件』と呼ばれる宗教団体によるラプラス事件の真相の暴露、そしてそれを引き金としたラプラスの箱と呼ばれるオリジナルの宇宙世紀憲章の存在を受けて月面企業体や一部連邦軍内の勢力が連邦政府から離反したという大事件までの流れです。皆さんちゃんと理解できたかしら?」

 

 オレンジ色のロングウェーブの髪を靡かせる女性がニコリと笑うと一人の少年が手を上げる。

 

「この出来事が数年後の統合戦争、企業戦争とも呼ばれる戦役の発端になったんですよね先生?」

 

「そうね、地球連邦政府に変わる新たな政府が生まれ再び人類が分け隔て無く共存されるようになった戦争。そしてメガコーポと呼ばれた戦争の裏で暗躍していた企業同士の戦い、それらがこの事件の数年後に起きるのだけれど……その話は少し休憩を挟んでからにしましょうかトビア君。」

 

「はい!」

 

 快活な少年の返事にそれを見ていた青髪の青年も気を良くしながら微笑む。

 休憩で一時解散となると子供達は未だ探索しきれていない船内を駆けに走って行った。

 

「お疲れ様ベラ。」

 

「貴方は疲れていないでしょうねシーブック、ずっと見ているだけなんですもの。」

 

 少し拗ねたような物言いで女性は返す。

 

「先生役なんて似合わないだろ俺には?」

 

「うーん……確かにそうね?」

 

 弟子と師、みたいな個人間の師弟関係は気質上似合ってはいそうだと思っても、大勢の前で教鞭を取る姿は想像すると少し滑稽で女性はクスクスと笑いながらそう言った。

 

「それにしても統合戦争に企業戦争か、それ以外にももう一つ呼ばれていた名前があったよな俺達の学生時代には。」

 

「……この船に乗るあの子達には教える必要の無い話よ。」

 

「だけどこの船に乗るのを選ばれたのはベラの親父さんが見つけたっていうスウェッセム因子の適正が高い人間ばっかりなんだろ?」

 

「あくまで噂よそんなのは、この船に乗っている子達は未来の希望。ニュータイプとかオールドタイプとかで区切って良い話じゃないわ。」

 

「……確かにな。」

 

 ()()()()()()、過激な人間達からはそうとも呼ばれた戦争でもあった。

 ニュータイプ教団が後の世に広めた、誤ったニュータイプ観とそれにより区別された旧人類、新人類という優性思想は今の世にも一部過激派がアングラで流布しているものだ。

 それを無垢な子供達にまで教えると言うのはどうかと思う気持ちの方が強い、そういう事実もあったと言う正しい歴史も教えなければならないとは思うけれど……。

 

「いずれにしても仮の教師みたいな事をしてる私が教えるべきではないでしょうね?」

 

「そうかな?結構似合ってると思うけど?」

 

「よしてよ、そもそもコロニーから木星……そこから目的地まで碌にすることが無いからって頼まれてやってる事なんだから。」

 

 それまでは往復に数年はかかると言われていた木星間との航行も今や航路次第では数ヶ月も必要もしないと言った短縮がされたとは言え、それまでの間好奇心旺盛な子供達が飽きずに艦内で大人しく待機出来るはずもなく、それならばと教師の真似事を提案したのが今の状況だ。

 

「でもまぁ、歴史の再確認ってのは必要ではあるなぁって感じるよ。先人達がどんな歴史を歩み、どんな風に未来を思って()()()()をしたのか、振り返るには持ってこいだろ?旅の終焉を子供達が見るにはさ。」

 

「そうね……。統合戦争が終わって()()()()()()()がああなってから40年近く……。英雄二人が何を思ってこの未来を選んだのか、私達も振り返るには丁度良いわ。」

 

 地球がアシュトレトとアクシズ・ショックにより実質的に不可侵の地となり、その浄化が終わるとされる刻が目前に迫っていた。

 

 旅の終わりに、私達の祖先の始まりの地が待っている。

 

 そう思うと子供達の為に授業の続きを再度予習しておくべきだろうと、女性は歴史書のページをまた1ページ開いていく。

 

 ニタ教が起こした事件、連邦軍の分裂、月の独立、この先の歴史は──

 

 

 

ーーー

 

 

 

 地球連邦政府首都ダカール

 そこにある権力の象徴とも言える大きな建物の一室で男は手に持った葉巻に火をつけた。

 

「ジャブローが落ちたか。」

 

「中枢だけ、ではあります閣下。」

 

「とは言え連邦軍に籍を置く議員も少なからずいた。中にはコーウェンの言う地球連邦政府の是正を願う者もな。」

 

 寄生虫と自認している自分などはともかく、自身の同志になり得る者すらお構い無しの愚行。

 所詮は地球独立軍などと言うのは建前である事は分かり切っている。

 

「結局はアナハイムに権力と言う首輪を付けられた猟犬と言った所でしょうな。」

 

()()を飼う君が言うならそうかもしれんな?()()()()()。」

 

「彼らは盟友ですよ閣下。共存の道を歩める。」

 

 少なくとも噛み付くべき相手とタイミングは心得ている、節操無しに誰にでも噛み付く野犬の群れとは違うだろう。

 

「エルデヴァッサー准将とアンダーセン少佐はワイアット提督が保護したと連絡が。」

 

「聞いている、自らが赴いて救助したのだとな。」

 

「彼はデラーズの反乱の折にコンペイトウで二人に助けられていますから。」

 

 ワイアットはコンペイトウで奪われたガンダムに追い詰められた時に、アンダーセンの倅が仕組んだシステムトラップにより核搭載MSは発射の直前で機能停止に追いやられ、救援に駆けつけたリング・ア・ベル隊とアルビオン隊により難を逃れた経緯がある、その義理を返したという事だろう。

 それとは別の思惑もあるのだろうが。

 

「コーウェンは二つミスを犯した。一つは二人を殺しきらなかったこと。」

 

 量産された核搭載MS、使用した核は何処からか調達したものか或いはジオンから提供された物か、かつてコンペイトウで使用されようとした戦術核だが威力は戦略核レベル相当だったものではなく、通常の戦術核レベルの物ではあるが二人を抹殺するには充分な威力なのは間違いない。

 それを使用したにも関わらず、二人を殺しきらなかったのは別の場面で二人を堂々と殺したいというコーウェンの私怨が入っているのだろう。

 だが、それは自分の首を絞めると同時に二人を支持する者達にも恨みを買うことと同義である。

 

「もう一つは二人の子を拉致したこと。」

 

 ダニエルとカール、そしてアンゼリカの孫。

 道が別れたとは言え、かつての私の盟友の子を、孫らを無碍に扱われ黙って見ているほど私はお人よしではない。

 

「……貴方を本当に敵に回せばどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。」

 

「小細工は無しだオクスナー、切れる札はとことん切る。今回だけは容赦はしない。」

 

 私の子や孫と呼んでも良い者達だ、手を出した相手が誰なのか奴にはしっかりと思い知って貰わねばならない。

 

「……()は一応ここに呼んでいます。」

 

「合わせて貰おうか。()の事もあるからな。」

 

「承知しました。」

 

 オクスナーは端末を操作し彼・に連絡を取る。数分もしない内に部屋をノックする音が聞こえた。

 

「開いている。」

 

 ドアが開かれるとそこには金髪の青年が毅然とした姿でこちらに敬礼をする。

 

「既に軍籍は無い、返礼はできないが気持ちは受け取ったよ()()。」

 

「アンタにはウチの跳ねっ返り達の面倒を見てもらってる義理があるからな。邪険には扱えないさ。」

 

 青年は空いているソファに腰掛ける。

 

「俺も今の世情が気になってる状況だ。面倒臭い御託は無しにして本題に入ってもらいたい。」

 

「こちらとしてもその方が都合が良い、良いなオクスナー?」

 

「はい。私とて閣下の後ろ盾が無くては上手く立ち回れるほど基盤が整っている訳ではありませんから。」

 

「だが最大限両者に配慮出来るようには努めよう、では本題に入る。まず少佐、状況が最悪の事態に陥るなら私は即座に()()()()()()()()をコロニーに対して起動させたい、それに対して何か意見はあるか?」

 

「何となく理由に察しは付くが敢えて聞こう、何故だ?」

 

「あくまで最終手段だ、月やスペースノイドがこれを機に一年戦争のような人類の絶滅に関わるようなレベルの暴挙に出るような事があれば使用する。殆ど有り得ないと思ってくれて良い。」

 

「地球連邦政府には滅んでもらいたいが、地球自体には滅んで欲しい訳では無いだろうからな月の連中も。」

 

「その通りだ少佐。だが月はそうでも『本来の君の飼い主』はそうでは無いかもしれんがな。」

 

「キシリア・ザビ……か。」

 

「仲違いしたとは言え、ギレン・ザビと共にスペースノイドの独立を掲げていた女だ。君の方が彼女の心理は詳しいのでは無いか?」

 

「あくまで上司と部下の関係だ。俺の上官だった男の方が彼女の思想には詳しかったろうが……。」

 

 既にそれを知る機会は永遠に失われたと、そう苦々しい表情をする男。

 

「しかし閣下、復讐装置など作る者達です。彼女が存命なら逆に地球に使用してくる可能性はあるのでは無いですか?」

 

「そうだな……。」

 

 有り得なくは無い、復讐装置自体はザビ家が全滅した時のまさに復讐の為の道具ではあるが、アレ自体には今後の戦局を左右する程の効果がある。

 奴らがそれを躊躇わない程の者達であれば……そう感じた直後、嫌な予感がそれを的中させた。

 

「ゴップ議員!オクスナー議員!」

 

 部屋の外で大声で二人を呼ぶ側近の声、この数日で頻繁に起きた流れだ。

 ニュータイプ教団を名乗りラプラスの箱を開示した存在、それに乗じて行われた月の独立宣言と地球独立軍の立ち上げ、そしてジャブローの自爆。

 

 次に何が起きても不思議では無い。

 

「入れ。何があった。」

 

「ハッ!北米の穀倉地帯が……!突如謎の植物の増加により植生が崩され、穀物が死滅して行っていると報告が!現地では危機的状況と判断し拡大を阻止する為穀倉地帯一帯を焼き払うと!」

 

「……先手を打たれたようだな。」

 

「かつてネオ・ジオン独立の際にキシリア麾下の一部の部隊がアスタロスのサンプルを持ち何処かに逃走したと報告を受けた事があります。それに間違い無いでしょう。」

 

 オクスナーの言葉に頷く、かつてアンダーセンの倅が軍の機密にアクセスしていると報告を諜報部から聞いた時に彼が調べていたのがオーストラリア大陸、そしてアスタロスというワードだった。

 私ですら復讐装置という産物を見つけてから知った代物だ。

 軍上層部や機密情報局ですら一部の者しか知り得ない情報を何故彼が調べていたかは疑問であった、だからこそ印象に深く残っている。

 

「どうするつもりだゴップ議員?北米の穀倉地帯と言えば地球市民の食糧事情に深く関わる事だろう?アンタの言う人類の絶滅にも関わりかねない案件だが……。」

 

「事情が変わった……、今復讐装置をコロニーに対して使ってしまえばそれこそ人類全体が飢餓状態になる。」

 

「これによりスペースコロニーの食糧プラントは地球に対しても優位に立つでしょう閣下。」

 

 地球最大の食糧生産を担う穀倉地帯を壊滅に追いやられては宇宙からの支援を頼らざるを得ない、彼らはスペースノイドの優位性を今度こそ離さないつもりのようだ。

 

「……良く練られた計画だ。月もコロニーもアクシズも、三者両得になるように地球のバランスを崩してきたな。」

 

「だが空気や水、コロニー公社、木星船団など連邦政府の管轄の機関はまだ生きているんだろう?」

 

「それを承知しているからこそだろう。地球、コロニー、月、これらのパワーバランスを均一にさせる為の状況を作り出したのだ。」

 

 地球は最早コロニーの支援無くしては生活を維持できず、コロニーは変わらず地球資源に頼らねば安心して生きられる状況ではない、月もまた両者が健在であればこそ商売が成り立つ。

 当面はこの均衡を崩すつもりは無いのだろう、そうでなければジャブローや穀倉地帯もわざわざ回りくどく攻撃などせず、地球環境を無視し、無人となった廃コロニーや資源衛星などを落としてしまえばよいのだから。

 

 力を得たものが新たに地球圏の覇権を握るつもりなのだろう、アクシズのキシリア・ザビが本格的な動きを見せていないのがその証拠だ。

 

「策を練り直さねばならない、奴らが我らとまだ交渉するつもりであれば政府は喜んで尻尾を振るだろうからな。レビルの帰還前の条約締結の二の舞にはするつもりはない。」

 

 こうなると数年先に地球圏の覇権争いが本格的に起こると予感する。

 だがそれは、二人の子を救出する為に大きくは動けないと云うことにも繋がる。

 その歯痒さに、握る拳に力が入った。

 それを少佐と呼ばれた男は見逃さず、フォローに入る。

 

「さっきも言ったが、アンタにはウチの連中を助けて貰った恩がある。連邦議員や軍が動きにくい事であれば俺達が動こう。」

 

「……助かる。だが計画は線密に練らねばな。」

 

 下手に動いてしまえばアンナ達の子らに危険が及ぶ。

 そうでなくても敵は策を用いて動いているのだ、それを下回る策で動いてしまえば失敗は目に見えている。

 それはあの二人も同じ様に考えるだろう、今は二人の為に策が有効に働く様に下準備を重ねるしかない。

 子供達……そう考えてから一つ頭に過ぎるものがあった、そうだ……奴らはまだ……。

 

「少佐、君達には欧州に飛んでもらいたい。」

 

「欧州?」

 

「あぁ。ある者達にも危険が及ぶ筈だ、欧州方面軍はワイアットの管轄であるから地球独立軍は早々に動けんだろうが目的の為に手段を選ばん者達だ、何が起こるか分からないからな。」

 

「それなら欧州方面軍に頼めば良い筈だろう?俺達である必要があるのか?」

 

「確実を確保する為、そして何より元は()()()同士だ、君の方が信頼に足ると判断してくれるだろう、頼む少佐。」

 

「……分かった。直ぐにでも準備しよう。」

 

「必要なら()にも準備をさせるが?」

 

「いや、アイツには今は負担を強いたくはない。成長途中で何が起きるかも分からない身体だ、何かあった時はアンタの近くの方が安心できる。」

 

「うむ……。」

 

「それでは準備が整い次第発つとしよう。欧州方面との折衝は任せても大丈夫だな?助けに行ったは良いが敵と間違えられてはたまったものじゃないからな。」

 

「ワイアットや他の幕僚には話を通しておく。任せたぞ少佐。」

 

「あぁ。」

 

 退室する少佐を見送り、残るは私とオクスナーのみとなった。

 

「動乱の時代が始まりますな。」

 

「一年戦争からそうであった。ただ統一政府が崩壊するという意味ではそうなのかもしれんな。」

 

 80余年続いた地球連邦というシステムは瓦解を始めた、最早それは修復不可能なまでに達した。

 だが連邦政府というシステムは崩壊しても、地球という星は残さねばならない。

 その為には寄生虫と自認している自分が動かねばならない、宿主あっての寄生虫だ。宿主が動けぬとなれば寄生虫が動くしかない。

 

「……話はここまでだオクスナー。また後程連絡する。」

 

「承知しました。」

 

 秘書を連れ退室するオクスナーを見送ると、一人室内に佇む。

 

「カール……ダニエル……そしてアンゼリカよ、お前達の理想は夢物語と内心嗤っていたが、そうとも言えん世になってしまった。」

 

 人類全てが宇宙(そら)に上がり、地球を拠り所とし新たに出発する。

 その理想の全てに私は共感した訳ではない、その途上で得られるものにメリットを感じたからこそ盟友として動いていた側面があった。

 

 だが、実際には思い込んでいただけで、実際この状況を目の当たりしたらどうだ、らしくもなく憤慨している自分が目の前にいるではないか。

 結局は自分も、アンゼリカという我らの太陽に身を焦がした一人であったようだ。

 

「アンナ……そしてジェシーよ、お前達の子が歩む未来くらいはせめて私が照らしてやる。それが私が今は亡き盟友達にしてやれる最後の事だ。」

 

 私にも義理だが娘が出来た、今なら子を想う親の気持ちも少なからず理解出来る。

 コーウェン、そしてこの事態を企てた者全てに、誰を敵に回したか理解してもらう。

 

 

 

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