新サイド5のあるコロニーの宇宙港、そこに数時間の待機時間から解放された青年は大きく腕を伸ばした。
「……ったく、たかが身分証チェックでこれだけ時間が取られるのかよ。スペースノイドも随分神経質だな。」
テロ対策と称して乗客全員の身分証の確認や書類に不備がないか、怪しい荷物を持ち込んでいないか等、まるでスパイのような扱いを受けた乗客はみな不機嫌そうな顔をしているが仕方のない事だと割り切ってもいる。
数年前のゴタゴタ以降、どこのコロニーもこんな感じだ。
一年戦争後、それまである程度曖昧だった地球とコロニーの関係が明確に対立と化してからどこも無用なリスクは避けようとしている、それは中立サイドと宣言している此処でもそうだ。
俺だって、偽造した身分証が無ければ更に時間を取られてただろう。
何せ地球生まれ地球育ち、しかも連邦軍のエリートときたらバレたら数日……或いは数ヶ月の拘留も有り得たかもしれない。
「そこは大企業様に感謝だな、……まっ、そもそも任務でも無ければわざわざこんな所にまで来ないんだがな……。」
誰に聞かせるわけでも無く独り言を呟く。
今の自分の身分証だってエルデヴァッサー・コーポレーション、通称EC社から送られた偽の身分証だ。
どこぞのサイドコロニーの物流会社の営業マン、仲間が見れば鼻で笑うような経歴だが不備が無ければこの通り問題なく通れる。
企業を怒らせては自分達の経済が成り立たなくなって行く、今やサイドコロニーは企業の顔色を伺うものばかりだ。
「今の戦争が企業戦争と言われる原因も分からなくはないな、経済を企業に依存しすぎだろ。」
アナハイム・エレクトロニクス、そしてEC社など戦艦から日用品まで幅広く扱うメガコーポ、そしてそれに連なる企業、それらがコロニー経済を仕切ることで各サイドは共栄している。
以前サイド8のガルマ・エッシェンバッハ代表が提唱したのも似たようなコロニー間で経済を回すサイド共栄圏という計画だったらしいが、今の現状は彼が思っていたものとは違うだろう、あまりにも企業に依存しすぎている。
「まっ、俺ら末端の兵士にはそんな事は関係ないんだがな。」
自販機でミネラルウォータを買い、目的地に向かうバスに乗り込む。
今の俺の任務はこのコロニーにいるEC社幹部との合流と、彼らを連れて隊長達との合流ポイントに向かう事、MS乗りとして連邦軍に入ったとは思えない任務だが、命令となればやるしかないのが末端の辛い所だ。
車窓からコロニーの景色を眺める、どうにも真上に空ではなく地上があると言うのにはいつ見ても慣れない。宇宙に出たく無いと言う人間がいまだ一定数いると言うのもある意味納得できる。
ようは変化を受け入れたく無いわけだ、新しい価値観や思想を持つより固着化した思考に縋りたいからいつまでも地球に残る人間ってのは減らない。
俺自身も前はそうだったがリング・ア・ベル隊に引き抜かれてからはまるで矯正施設並みの価値観を刷り込まれてそんな事は思っても口に出さないようにはなれた。
やれ「エリート思考を持つな、油断が生まれる。」「自分中心の考え方はやめろ、何処かで痛い目に遭うぞ。」と、まぁここら辺は分かる、油断大敵って言葉もあるくらいだからな。
だが「女っぽい名前だと感じても『なんだ男か』なんて絶対に言うな、歴史が変わるぞ。」みたいな事を言われた時は笑ってしまった、意味が分からないし名前程度で歴史が変わるぞなんて普段は冗談を言わなさそうな上官があまりにも真剣な顔つきで言っているのだから可笑しくて仕方が無かった。
そんな事を考えているとバスが目的地周辺の乗り場に着く。
降りて辺りを見渡し、ルートを再確認して歩み始める。
それにしても、かつてはこのコロニーにEC社の支社を置いていたとは言え、それはもう過去の話だ、何でこんな場所にEC社の幹部がいるんだ?
端末を開き、彼らが住んでいると思わしき居住地まで歩みを進める、隠れて暮らしているのかと思ってたがスラムのように暗過ぎず、かと言って高級住宅地のような煌びやかな場所でもない、言うなれば「普通」すぎる路地だ。
「……ここか。」
4階建ての少し古い、かと言ってボロアパートでもないアパート。
ここが指定されたポイントのようだ。
目的の階数まで上がり、部屋に対して7回ノックする。
これが決められた符牒だ。
少しの間が空き扉が開く。
「ジェリド・メサ中尉だな?」
「あぁ、そうだ。」
少し小太り気味の男がチェーン越しにこちらの顔を伺う、少しの間を置き扉が開かれる。
「入ってくれ。」
「あぁ。」
中に入るととても企業の幹部とは思えない簡素なリビングに通される、必要最低限の物と少しの雑貨が置かれているくらいだろう。
「よく来てくれた、軍の任務とはとても言えない物だったろう?」
ホットコーヒーを渡される、軽く飲みながら問いかけに答える。
「確かにそうだが、リング・ア・ベル隊司令のアンナ・フォン・エルデヴァッサー准将やアンダーセン少佐直々の命令だったからな。断る訳にもいかなかった。」
「そうか……、とにかく来てくれた事には感謝する。任務の内容は聞いているな?」
「簡単には。EC社幹部との合流後、指定されたポイントまで連れて行くこと。対象はアンタ一人で良いのか?」
男は首を振る。
「あと二人いる、二人とも女性だ。」
「ここには?」
「まだいない、あと半日もすれば帰ってくるだろう。」
要人救出かと思っていだ随分呑気なものなんだな、と感じながら話を進める。
「それで、なんでEC社支社も撤退したのにこのコロニーに幹部がいるんだ?」
「……。」
こちらを見定めるような目、何かを判定しているような目つきが少し癪に触ったが無視する。
「二人が寄越した男だ、信頼するとしよう。」
「そりゃ、有難いな。」
「幹部と言っても、実務はもう殆ど別の者に任せてある、僕らはある『
「女の子?」
「あぁ、アンナさんとジェシーさん、彼らの子だ。」
「あの二人に子供がいたのか?」
少なくとも俺は聞いたことが無かった。
「あぁ、若い隊員は知らないだろうが。とにかく、その子を守るために敢えてここにいた。」
「中立とは言っても、情勢が悪くなったからここを撤退したんだろEC社は?何故ここで?」
「信頼がおけなくなって撤退したからこそ、だ。木を隠すには森の中と言うだろ?敢えて目が向かない所で暮らすことで欺いていた。」
ふぅん、とある程度は納得する。
話を聞くに、要はあの二人の子供を守るために敢えてEC社が撤退したコロニーにいる事で相手の目を欺いたと言うことは分かった、だが気になる点がある。
「欺く必要があるって言ってたが、どこからだ?」
「地球独立軍、そしてアナハイム・エレクトロニクス。」
地球連邦、そしてEC社が目の敵にしている勢力だ。何となく背景が見えてくる。
「あの子は以前、地球独立軍に攫われた事がある。奴らもまさか以前子供達を攫ったコロニーにいるとは思いもしないだろう。」
「なら何故ここから脱出を?」
「君はこの数日のニュースを聞いていないのか?」
「生憎シャトルに缶詰めだったんでな、あそこはニュースすら封鎖されてる。何かあったのか?」
「……せめて道中で新聞だけでも見ておくべきだったな。先日、ペズンが陥落した。」
「……何だって?」
「地球独立軍の攻勢により地球連邦軍基地であったペズンは陥落、小惑星ペズンはリング・ア・ベル隊の手により爆発、多くの部隊は撤退出来たようだがアンナ・フォン・エルデヴァッサー准将及びジェシー・アンダーセン少佐は行方不明、地球独立軍の声明によると二人の戦死を確認したと公表があった。」
「冗談だろ……あの二人が……?」
訓練では一度も勝てなかった、士官学校でエリートと言われた自分でさえも、その二人が戦死……?しかも二人は現連邦軍の主力だったんだぞ……?そうなったら反攻作戦も立ち行かないんじゃないのか?
「僕は二人の戦死は信じていない、特にアンダーセン少佐はそういう前科がある。だが、念には念を入れなければならない。」
「ま、待ってくれ。そもそも話の前後がおかしくないか?俺は二人からアンタらを連れて合流しろって任務を言い渡されてここに来た。ペズン陥落以前から危機が迫ってたって事だろ!?」
「その通りだよジェリド中尉。前々から危機が迫っていた、そしてペズン陥落によりその危険性は遥かに高くなった。だから脱出をするんだ。」
「だが合流ポイントは二人が指示した場所だ、そこに行っても二人がいなかったら意味が無いだろ……?」
「二人は二手、三手考えて動いているんだジェリド中尉、最悪の事態に備えての指示だ、恐らく別の者を手配しているだろう。」
なら良い……いや良くないな、そもそも俺は連邦軍でのし上がっていずれは地球連邦軍を、歴史を動かす男になるつもりで入隊したんだ。
アンダーセン少佐だって「お前は言葉一つで歴史を変える可能性を持っている。」と言っていた。だが、後ろ盾が無くのし上がれなかったら意味がない。
「自分の保身を考えているのだなジェリド中尉、二人が本当に死んでいたら今後の将来に関わる、無理もない。だがもう遅い、僕達に関わった以上君はどう足掻いても僕達の側なのだからな。」
「……分かっているさ。」
失敗したらそれまで、世渡りが下手だったって事だ。
だったら踏ん切りをつけて気持ちを切り替えた方が少しはマシだ。
「ならさっさと移動しちまおうぜ、他の二人は何をやってるんだ?」
「あの子には普段通りの暮らしをさせている、これからの事を思うと有りふれた日常の時がどれだけ大切か分かるだろうからな。もう一人は然程しない内に戻ってくるだろう、全てを引き払う準備をしているからな。」
それから脱出経路などの少しの話し合いをしていると部屋のドアが開く音が聞こえた。
「アルベルト、只今戻りましたわ。」
どこか気品のある女性が帰ってくる、俺を見るとやや顔を顰めた。
「これが、あの二人が寄越した人なのですか?随分頼りなさそうに見えますが。」
「顔の割れていないリング・ア・ベル隊員としては優秀な方らしい、ベアトリス君やセレナ君であればここまで来れなかっただろう。」
「アンタら、あの二人とも知り合いなのか?」
「無論ですわ、リング・ア・ベル隊と我が社は長く接点があるのはご存知でしょう?アーニャ様……いえ、アンナ様とは遠縁にも当たります。アレクサンドラ・リヴィンスカヤと申します。」
その佇まいには確かに総司令に似た雰囲気があった。
「それで、あと1人。2人の子供ってのはいつ帰ってくる?」
「もう間も無くですわ、スクールももう終わったでしょうし。」
呑気に学校か、普段通りの暮らしをさせているとは言っても、こっちはペズン陥落の報告で気が気じゃない、少なくてもこんないるだけでリスクが高い場所とはさっさとおさらばしたいんだが……。
そう感じていると入り口のドアから鍵を開く音が聞こえる、噂をすれば……か?
「お父さん!お母さん!ただいま!」
元気よく声が部屋まで通る、性別は聞いていなかったが女の子のようだ。
「お客様が来てるの?」
俺を見つけたのだと思い振り返る。
そこには俺より数歳下、恐らくハイスクールの上級生くらいの子が陽気な顔でこちらを見ていた。
「アイリスです!初めまして!」
屈託のない笑顔が、こちらに向けられていた。