敵の奇襲から辛くも逃げ切り味方に回収されて基地へと帰還して数日、俺達第774独立機械化混成部隊の面々は非常に疲れ切っていた。
肉体的にというのもあるが、問題は精神的な面の方が大きい。ヴァイスリッターはワンオフ機で元々一機しかなかったプロトタイプグフの素体を利用して造られた物だったので当たり前の話だが予備パーツはまだ潤沢ではない。図面はあるので交換自体は時間を掛ければ可能なのだが生産ラインなんてものは無いので更に時間がかかると言う。
ザニーやザニーヘッドの代替機も目処が立っていない、そもそもどちらも正規のMSではないので予備機がないのだ。現状は鹵獲ザクもザニーも他の部隊は喉から手が出るほど欲しい機体だ、その取り合いに今から参加出来るわけもなく。
「暫くは英気を養うしかありませんね。」
アーニャの言葉に全員が頷く、腹が減っては戦は出来ぬと言うが戦が出来なければメシを食うくらいしかやる事がない。まぁヴァイスリッターの修理やらOSの調整など細かな仕事は幾らでもあるのだが。
「それにしても一回の奇襲でこれだけの損害ってのは洒落にならんな……。」
生きてるだけで儲けものだとジュネット中尉は言ってはいたが部隊としてまともに機能出来なくなったのは辛い、現状使えるのは中破したヴァイスリッターと電子装備のホバートラックだけなのだ。
それにしても驚くべきは奇襲部隊の練度の高さだ、黒い三連星とか赤い彗星とかああいう歴戦のエース以外にも名もなきエースパイロットみたいなのが大勢いるのだろう、これからはそう言った相手との遭遇にも気を付けないと命が幾らあっても足りなさそうだ。
そう考え込んでいると憂鬱になってる気分を吹き飛ばすような大声が聞こえた。
「よっし!じゃあ偶には街にでも出掛けるとするかね!」
大声の発生源は言わずもがなララサーバル軍曹、何というか非常にタフネスだ。だが今はそのポジティブさが良い薬なのだろうみんな呆れながらも笑っている。
「あー、それ賛成。ここの所ずっと整備続きだったし偶にはお買い物に行きたいかも。」
これに真っ先に同調したのは何とクロエ曹長、普段の仕事人間っぷりも流石に仕事が無ければやる気が湧かないみたいだ。
「私も賛成ですね、最近本を読んでいませんでしたから新書でもあれば買い溜めしておきたいです。」
女性組は全会一致で賛成のようだ、俺も偶には出掛けようかな。ジュネット中尉はどうだろう。
「ん?私か、別にこれと言った用は無いし撤退戦時のデータも纏めておきたいから少尉一人でーーー」
「待って、待って待って。あの女性三人に囲まれて遊びに行けと?着いて来てくださいよ!」
普通なら美女三人に囲まれて買い物なんてハーレム展開だと喜ぶシーンなのだろうが我が部隊は個性派揃いだ、絶対に嫌な予感がするので犠牲になるのは一人でも多い方がいい。
「えっ、いや……しかしだな。」
恐らく同じように察しているのだろう、一人も男性陣が行かないとなると何か言ってくるであろうが誰か一人いれば面目は保てるという算段……間違いないな。
「一緒に行きましょう、行ってくれますよね、来てくださいお願いします。」
「そこまで頼まれたら流石に行くしかないな……了解だ。」
凄く嫌そうな顔をしていたが何とか犠牲者をもう一人確保できた俺は喜び、基地司令官に数日の休暇申請を出した俺達はジープで意気揚々と街へ向かう、と言っても街までの距離はそこそこあり今から向かうと日を跨ぐので途中宿を取る必要があり、それならゆっくり道を眺めながらドライブできるなぁと思っていた……のだが。
「あっははははは!」
ハンドルを持つと人が変わる、稀にそんな人がいると言うのは聞いた事があるがまさか身近にいるとは思いもしなかった。「あっ、運転は私がします。みなさんはゆっくり休んでてください。」と申し出たクロエ曹長に甘えた結果がこれである。
一応軍用道路で対向車もいないし道路自体が軍用車両が通る前提から広いので事故る心配は無いがかなりの猛スピードである。
「やるねえセンセー!風が気持ちいいよ!」
ララサーバル軍曹はいつも通り、この人の辞書に恐怖の二文字は無さそうだ。
「まるで遊園地のアトラクションみたいで楽しいですね!」
アーニャ……お前もか……。戦慄する俺達男性陣を尻目に女性陣はこの暴走特急を楽しんでいるようだ。
俺とジュネット中尉は気分を悪くしながらも酔いを抑えるために遠くを眺める。こうやって外を眺めていると日本にいた頃とは見える景色が全く違って新鮮だ。こういう経験さえしなければ海外の景色なんて見ること無かったし。
こうやって考えるとMSにしてもそうだが未来の世界にいるという実感が今更になって湧くな。憑依してからが忙しかったのもあって気にする暇が無かったが自分のいた世界と比べると色々とハイテクな所が多い。
「こんな状況じゃなきゃもっと感慨に耽ることも出来るんだろうけどうぉおぉぉぉ……!?」
レースゲームかな?ってくらいカーブでドリフトをかますクロエ曹長、掟破りの地元走りみたいなえげつない走り方はやめてほしい。さっきから胃液が込み上げてヤバイ。
「ク……クロエ曹長……もっとゆっくり……。」
「何言ってるんですか少尉!時間は待ってくれませんよ!1分1秒を無駄なく使って休暇は消化しないと!」
更にスピードは加速し俺達は未知の領域へと突入していくのだった……。
それから4時間ほど地獄の時間を堪能して俺達は暗くなって来たので道中にあったモーテルで宿を取ることにした。本当は途中幾つかのモーテルがありそこで休もうと必死の懇願をしたのだが、女性陣は俺達男性陣を無視し最終的にここに決まったのだ。
「と……とにかく助かったな……。」
「そうですね……。」
ゲッソリしながらモーテルへと入っていく俺達。明日のための経費節約だと男女分かれての相部屋になった。
「おっ、浴槽付きの風呂だ!」
基地内では基本的にシャワーしか無かったので風呂にはこの世界に来てから一度も入ったことは無かったのでこれは嬉しい!やっぱり日本男児たる者(今は違うけど)風呂に入らないと疲れが取れた気はしないものだ。それに余裕で4、5人くらいは入れそうな広さなのも温泉みたいでグッドだ。
「先にシャワーだけ使わせてもらう、大丈夫か少尉?」
ジュネット中尉はどうやらシャワー派らしい、まあこっちの人はあまり風呂の風習は無いのかもしれないので仕方ない。ジュネット中尉がシャワーを終わらせた後に服を脱ぎ風呂へ入る。
「む……!?これは硫黄臭!」
驚くことにどうやら源泉が少し流れているようで天然の温泉になっている!更にグッドだ!心地良さを堪能しながらお湯に浸かる……とその時だった。
「うわー、おっきなお風呂!でもちょっと匂いません?」
!?クロエ曹長の声だ、何ということだ!壁が薄いぞこの温泉は!
「センセー、これはオンセンだね。ジャパンで有名なお肌に良いお風呂さ。」
「えー?本当に?」
「あ、お湯の効能と言うのが書かれてますよ!血行促進、疲労回復……それに美肌効果も!」
ララサーバル軍曹に続きアーニャの声まで……!何と言うことだ……これはアニメやゲームで定番のお風呂イベントではないか……!?アニメじゃないと思っていたがやはり現実はアニメだった……?
「言われてみれば確かに肌がスベスベになってるような?」
「詳しい成分とかはアタイは分からないけど色々含まれてるからそれが良いんだろうねぇ。」
「はぁ……極楽ですね。」
声が微妙に聞こえ難いな……そう思っていると身体が勝手に壁のほうに動いていた。動くな!何故動くジェシー!と自分の意思とは無関係に本能で動く身体に何処かの木星帰りのようなセリフを吐きながら壁へ壁へと向かっていく。
すまねえ◯神隊長……今迄「身体が勝手に……!」なんてなる訳ないだろとか思っていたがこれは動く……動くぞ!
「それにしてもララサーバル軍曹は大っきいよねえ〜。」
なんてこった……!今回何度目かの衝撃を何連発も浴びせてくるとは……。
「ふっ、認めたくないものだな。若さ故の過ちというやつは。」
言った本人が聞いてたら殴られそうなシチュエーションで壁に耳を当てる。
「なんだい?センセーだって大きい方じゃないか。」
「そうかなぁ?普通くらいだと思うけど。」
「クロエ曹長が普通なら私は一体……。」
落ち込むアーニャの声、まぁあの二人と比べたら確かに落ち込むのは分かるけど。
「何言ってんだい!少佐はまだまだこれからじゃないか!」
「うんうん、まだまだ成長できますよこれは。」
「ひゃん!や、やめてください!」
くそっ!俺がニュータイプだったら「見える……!見えるぞ!」とか言えただろうに……!悲しいけど俺、オールドタイプなのよね!
「迷信らしいけど好きな男に揉ませると大きくなるって聞いたことあるよアタイは。」
「えー、本当に?だったらアンダーセン少尉にでも揉んでもらったどうです?」
「な!なんでそこでジェシーが出てくるんですか!?」
俺も驚いて思わず声を出しそうになったが壁が薄いことを思い出し何とか抑え込んだ。
「だって少佐と少尉って互いに名前と愛称で呼び合ってるじゃないですか?やっぱりそういう関係なのかなーって。」
「ちっ、違います!それはジャブローで色々あって互いに敬称はいらないって約束したからで……!」
「そういえば隊長ってなんでアンナなのにアーニャって呼ばれているんだい?」
「あぁ、それでしたら祖父や父が私の愛称で呼んでいたからです。小さい頃に亡くなった母が私を呼ぶ時にもそのように呼んでいたと聞いています。」
「あー、野暮なこと聞いちまったね……。」
「構いませんよ、とても優しい母だったと聞いています。雪国の出身で過酷な環境の中でも強く輝いていたのだと父は言っていました。その姿に惹かれて恋に落ちたとも。」
「へー、ロマンチックな話ですね。私もそんな風に見てくれる人と出会いたいなぁ。」
「センセーはまず優しさとか包容力ってのを身につけた方が良いんじゃないかい?」
「なぁぁんですってぇ!?包容力なら今見せつけてあげましょうかー?」
恐らくヘッドロックをかましているのだろう、ララサーバル軍曹の悲鳴が聞こえてくる。嬉しい悲鳴とはこう言うことを言うのだろうか……多分違うな。
「イテテテテ……でもさ、そんな家族にしか呼ばない愛称をシショーに呼ばせるなんてやっぱり怪しいよねえ?」
「実際のところどうなんですか〜?観念して答えてくださいよー。」
恋バナに華を咲かせてる女性陣、実際のところどう思われているのかは単純に気になるな。
「うーん、大切な人だとは思いますけど色恋の話となると……それにジェシー自身も私みたいな貧相な身体つきの女の子よりクロエ曹長とかララサーバル軍曹みたいな大人な女性が好きなのでは?」
「えぇー、そんな事無いんじゃないですか?少尉ってほら、小さい子の方が好きかもしれないし!」
んんん?なんか変な流れになっていないか?
「実際シショーってそういう趣味あるのかね?ほら……ロリコンっていう……。」
違う!俺はロリコンじゃない!可愛いな〜って思った子がたまたまロリなキャラが多いだけだ!と昔日本にいた頃によく言っていた台詞を叫びたかったが此処で叫んだら変態という属性も付与されかねん。
「ロリコン……と言うものなんでしょうか?そう言えば以前ジェシーに抱きついた時に凄くドキドキしていました。」
「えっ!?」「はぁ!?」
以前というのはあのニュータイプについて話をした時のことか!?と言うか今の流れでその話は不味いぞアーニャ!
「やっぱり……。」「ねぇ?」
二人が声を揃えて言う。
『もしかしたら少尉(シショー)はロリコンかもしれない(ね)。』
俺は愕然と膝を突き、修復不可能な疑惑に頭を抱えて風呂から出て眠りに着いた。
翌日、俺を見るクロエ曹長とララサーバル軍曹の視線がやけに痛いのが更に追い討ちをかけながら。俺達は再び車で街へ向かうのだった。
なお流石に運転手はジュネット中尉が頑固として譲らず安全運転での出発となった。それだけが唯一の救いだろう……。