〜サイド6、フラナガン機関〜
クルスト・モーゼス博士が連邦に亡命した。その話を聞いたのは月日が8月になってからの事だった。彼とは殆ど面識が無かったが、彼の研究に参加していたマリオン・ウェルチと呼ばれる少女とは少なくない接点があった。
「お兄さん、マリオンさんが意識不明と言うのは本当ですか?」
「あぁ。検査では脳や身体に問題は無いと言っていたけど未だに目が覚める気配はないらしい。」
「あの子の心は此処にいないよグレイ、バラバラにされてるもの。」
ヘルミーナがそんなことを言う、確かに彼女はまるで精神を失った抜け殻のような状態だった。クルスト博士の研究が原因なのか?いずれにせよマリオンが危険な状態だと言うことには変わり無い。そう思っていると部屋のインターホンが鳴った。モニターを確認すると何度かマリオンと一緒にいる所を見かけたことがある男性が立っていた。
「すまない、私はニムバス・シュターゼン大尉だ。マリオンの事で貴官に折り入って相談したい事がある。部屋に入らせて貰えないだろうか?」
真剣な眼差しに悪意は無いことを確認する、念の為マルグリットとヘルミーナの方も確認すると二人とも頷いた。
「今開けます、少し待っていてください。」
ドアのロックを解除してニムバス大尉を部屋に招き入れる。大尉は辺りを見回してマルグリットとヘルミーナを確認すると。
「すまない、人払いは出来ないだろうか。あまり多くの人間に知られたくない話なのだが。」
「安心してください、この二人は俺の身内みたいなものです。それに俺が黙っていても心を読まれたら意味ないですから。」
「そうか……この子達も優れたニュータイプと言うことだな。マリオンと同じように。」
「それで、相談と言うのは?」
彼の表情からしてあまり時間をかけたくないように見えた、マリオン絡みの話なら事は性急に運んだ方が良いだろう。
「クルスト博士の研究内容は知っているか?」
「確か……EXAMというOSの開発をしているという話は聞いた事があります、詳しい内容は俺の担当じゃなかったから分からないですけど。」
「EXAMシステムは簡単に言えばニュータイプの人間が持つ驚異的な戦闘能力をシステムで再現させ、私のようなニュータイプで無い者をサポートする為のシステムだった。『本来は』だが。」
「つまり今は違うと?」
「ある時からクルスト博士はニュータイプという存在そのものに恐怖しているように思えた、最初は娘のように接していたマリオンにすら何処か怯えているようにも。」
つまり彼が連邦に亡命したのはニュータイプという存在に恐怖して、という事か。だがイマイチ話が見えてこない。
「それがEXAMとどう関係が?」
「あれは数日前……マリオンが昏睡したと判明する前の日だ。私はEXAMのテスト機を操縦していたのだがシステムの起動時、『声』が聞こえた。それは間違いなくマリオンのものだった。その時のシステムは今までより数段も上の機動すら可能にしたがその結果に博士は満足していなかったのだ。私が次の日マリオンが昏睡状態になっていると知り博士に報告をしに行った所、彼の部屋は既にもぬけの殻だった。完成したEXAMという手土産を持って連邦に亡命したのだよ奴は。」
という事はEXAMというシステムの完成とマリオンの昏睡は対になるということか。ヘルミーナの言っていた精神は此処には無いと言うのもそれなら理解できる。つまりシステムに彼女の精神は囚われたと言うことだ。
「話が逸れたな、つまり博士の実験が原因でマリオンは目覚めなくなった。だがそれは研究所の人間が知ったところではない、彼女は博士の亡命が原因で殺されるかもしれない。奴らは『廃棄処分』すると抜かしていたが。」
『廃棄処分』……本来人間に対して使うべき単語ではないが俺達の扱いを見れば研究所の人間の中にはそのように見ている連中も多いだろう。
「私は彼女を護ると騎士の誓いを立てたのだ、私の騎士道精神を彼女は馬鹿にせず真摯に接してくれた。その恩返しという訳では無いが無惨に殺されて欲しくはないのだ。」
「それで俺のところへ?」
「あぁ、マリオンは君達三人の話をよくしていた。信頼できる人達だと、だから手助けをして欲しくて此処を尋ねたのだ。」
マリオンが俺達のことを……ならその信頼には応えなくてはならない。
「何をすれば良い?」
「リボーコロニーに金さえ払えば面倒を見てくれる医者がいる、其処に彼女を運びたい。」
「……分かった。マルグリット、ヘルミーナ、お前達も大丈夫か?」
「勿論。」「マリオンの為だもの。」
「すまない……助力に感謝する。」
その後俺達は極秘裏にマリオンを運び出しサイド6のリボーコロニーへと移送した。昏睡状態と言うこともあり彼女の監視は殆ど無く、あっさりと彼女を医療室から運び出すことに成功した。その後積荷を装いニムバス大尉が事前に手回ししたシャトルのパイロットにマリオンを頼み彼女は無事リボーコロニーへと運び出された。研究所は一時騒ぎになったが犯人が見つからず、厄介の種が消えた事もあり騒動はすぐに落ち着いたのだった。
それから更に数日後、軍からクルスト・モーゼス博士の追跡、その奪還或いは抹殺の指令が出された。それにはEXAMシステムのテストパイロットだったニムバス大尉がまず選ばれ、その他に数人のパイロットの出動要請が出された。
「これはチャンスだ、待ちに待った地球行きのチケットみたいなものだ。」
「願ったり叶ったりではありませんかお兄さん、今まで無駄に頑張って上げてきた評価を上層部に見せつけてやるべきですよ。」
少し毒を含んだ物言いをするマルグリット、少しでも研究所内での評価を上げる為にかなりの数の模擬戦に付き合わせた事が原因だろう。妹に劣らず拗ねる時は拗ねる姉だ。
「ニムバスさんもマリオンの件で融通くらい利かせてくれるかもねグレイ。」
確かにあの一件でニムバス大尉には貸しがある、それを返してもらうのに今回の要請は使える。
「俺は地球に何としてでも降りる、お前達はどうする?」
「着いていく。」「一緒ですよ、お兄さん。」
二人は俺と共に地球に降りることを躊躇わなかった、素直に嬉しいし今までの訓練でも彼女達は俺に勝るとも劣らない実力を持っている、一緒に戦ってくれるなら百人力だ。あの白いMSだって倒して見せる。
俺達は研究所の上層部にクルスト博士の追跡任務を志願した、ニムバス大尉の推薦もあり許可を得た俺達は新型MSを受領し大尉と共に地球に降下した。
〜北米、キャリフォルニアベース〜
久方ぶりの地球だ、コロニーと違い空気に味を感じる。しかし初めて地球に降り立ったマルグリットとヘルミーナは地球の重力に困惑していた。
「重い……魂がへばりつく……。抱っこしてグレイ……。」
「おいおい普通に歩けるだろ、コロニーより少し重力を感じる程度だぞ?」
「いや……結構キツイですよお兄さん。コロニー育ちには堪えますね。」
そんなものか?と思ったが単純に二人の場合は基礎体力が無いのが原因か、生まれてこの方まともに運動もしてないだろうし。
「しばらくは運動でもするか?鍛えるのも訓練の一つだし体力が無いとMSの操縦もしんどいぞ。」
「えぇー……。」「面倒ですね……。」
はぁ、と思わず溜息が出た。宇宙ではそこまで体力を使わなかったからか地球でここまで体力不足が露呈するとは思わなかった。取り敢えず簡単な基礎訓練から取り入れてせめて地上でもまともにMSが運用できるレベルまで鍛えなければ。
「グレイ少尉。」
「ニムバス大尉、どうかされましたか?」
「いや、話がある。クルスト博士の捜索だが君は彼女達を連れて探すと良い、私は一人で探すことにする。」
「どういう事です?」
「EXAMは危険だ。システムに暴走の危険性があり同士討ちが発生する可能性がある、だから単独行動の方が都合が良いのだよ、友好的な味方を討つのは私の望むところではないしな。」
暴走する可能性があるとは初耳だ、だがそういう理由なら納得だ。互いにデメリットを抱えたまま行動するのは確かに望ましくない。
「分かりました、こちらでクルスト博士の情報が手に入ったら大尉に連絡が行くようにしておきます。御武運を。」
「すまない、私も君達の武運を祈ろう。」
そう言って大尉は去っていく。唯一残されたEXAM搭載機であるイフリート改を連れて。
それから数日、最低限の訓練を済ませギリギリ戦闘に出しても問題ないレベルになった二人を確認し、俺達は訓練を伴う夜間での敵地侵入を試みていた。
地上に配属された俺達に配備されたMSはいずれも新型のMSだ。
まず俺に配備されたのはニムバス大尉のイフリート改と同型機であるイフリート・ゲシュペンスト、EXAMは搭載していないがグフを遥かに凌駕する機動性と多数の冷却機構による排熱処理でステルス性能が上がっており『
そしてマルグリットとヘルミーナには生産されたばかりのドム、それも特殊部隊用にカスタマイズされた機体だ。此方も俺のイフリートとの連携を想定してステルス性能に特化した仕様になっている。彼女達はこれをドム・グリージアと呼んでいる。その理由は着色された色だ。
「この機体もグレイの機体も同じ灰色。」
「お兄さんはグレイ……グレイにグレーなMS……。いや、忘れてください。」
いや、ダジャレで名付けたのか……?と言うかセンスが壊滅的だなと思った。しかし此処での迷彩としてはそこそこ理に適っているカラーリング、此処らは山岳地帯が多いから岩肌に似た色で敵の認識阻害に少しは役に立つだろう。
「……おや。お兄さん、お喋りしてる暇は無くなったみたいです。」
マルグリットの言葉と同時にセンサーに反応が現れた。連邦のMSだ。
「距離は近い、接近して数を確認する。」
ブースターを起動して敵機との距離を詰める、かなり近づいた所で再度確認する。
「敵MSは5機……データベースにあったジムとか言う機体が2機とメガセリオンという奴が3機か。」
「どうしますかお兄さん?全機撃破しますか?」
今のMSの性能と俺達の実力ならそれも簡単にこなせるだろう、だがそれでは面白味がない。クルスト博士の居所とあの白い機体の情報も欲しい、それならば。
「いや、全機使用不能にして情報を引き出させる。コクピット以外を狙い敵を無力化させる、できるか?」
「簡単。」「やってみます。」
シミュレーションと模擬戦で実力は分かってはいるが実戦は今回が初だ。俺もマゼラからの転向後初のMSでの実戦となる。正直上手く行くか不安だがニュータイプと呼ばれる力の見せ所でもある。
「よし、全機突撃!」
「了解。」「了解です。」
ーーー
それは一瞬の出来事だった。突如センサーに敵機の反応が現れたと思ったら隣にいた味方機が呆気なくバラバラにされていた、奇襲が判明し味方が一斉に射撃を開始するも敵と思われる機体は暗闇に溶け込んだかのように姿を消し一機、また一機と仲間を撃破していく。これはなんだ……?悪夢か何かか!?そう思っていると二振りのヒートサーベルを持った灰色の機体がまるで揺らめきながら此方に近づいてくる。
「うわぁああ!」
慌ててジムのビームサーベルを取り出して攻撃に移る、だか真正面から振り下ろした筈のビームサーベルは擦りすらせず幻影のように消えた。
「ど……何処に!?」
センサーを確認すると正面にいた筈の機体がいつの間にか背後に表示されている、馬鹿な……こんなことがあり得るのか……?
「ま……まるで
そう思った途端、自分の機体も制御不能に陥った。ここで殺されるのか……!?
ーーー
蓋を開ければ呆気なく、物の数分で敵MSは全て無力化された。機体性能もあるだろうがやはり実力が違うと言ったところか。
「楽勝だったね、グレイ。」
「あぁ、だが毎回こんな風に行くとは限らないからな。あまり浮かれるなよ。」
ヘルミーナに一応の忠告を入れると敵機の残骸に触れ直接通信を試みる。
「聞こえるか連邦のパイロット、今から俺が質問する。それに答えなければ殺す。他の味方と通信して話を共有しろ、いいか?」
「あ、あぁ!何でも答える!だから殺さないでくれ!」
見苦しく命乞いをするパイロットに正直苛つきを覚えたが、こんな雑魚どもを狩ったところで何の意味もない。
「ジオンの研究者が亡命したのを知っているか?奴が何処にいるか知っているなら答えろ。」
「し!知らない!本当だ!仲間達も知らないと言っている!末端の俺達にそんな情報は入って来ねえよ!」
クルスト博士の情報は無しか、そもそもこの北米付近にいるとも限らないしコイツの言うように末端の兵士じゃ居所が分からないのは当たり前か。
「それならもう一つ、お前らの量産機とは全く違う白塗りのMSは知っているか?以前中米の基地を襲ったMSだ、左腕部だけお前らの使っている量産型の物だった。」
白いMS、隊長達の仇だ。戦線も近いし知っている人間がいてもおかしくはない。
「お、俺は知らねえ!ちょっと待っててくれ仲間に聞いてみる……あぁ!知ってるって奴がいた!」
雑魚を餌に大物が釣れた気分だ、ドクンと心臓が煮え立ってくるのがわかる。
「そいつは今何処にいる。」
「ちょっと待ってくれ……あぁ、……そうか……。」
早くしろ、と思わず舌打ちをする。苛つく心を抑えながら返答を待つ。
「あ、あのよ!そのMSが今何処にあるかは分からねえ!ただ乗ってたパイロットは違うMSのテストをしてる最中に事故を起こしたか何かで意識不明の重体だと言ってる!」
「なんだと……?冗談で言ってるんじゃないだろうな!?」
「嘘じゃねえ!嘘じゃねえよ!命が惜しいんだ!嘘ついてどうすんだよ!?」
「……クソ!」
拳を叩きつける、意識不明だと?戦う前からリタイアされたら何の為に地球に降下したんだ。
「落ち着いてグレイ。」
ヘルミーナの言葉で我に帰る、怨みもそうだが任務もあるのだ。腹立たしいが今はそちらを優先しなければ。
「貴様ら全員生かして返してやる、このまま無様に自分達の基地に帰るんだな。そしてこう伝えろ、クルスト・モーゼスの居場所を吐かない限りお前たちは悪夢を見続けるとな。」
「あぁ!分かった!伝える!伝える!」
俗物どもが……そんなに命が惜しいのか、お前らのその見苦しさが地球を汚染し続けていると言うことも分からずに……!殺してやりたいがそれは今後、居場所を吐かない連中に対して行うことにしよう。
「お兄さん、あまり殺意をばら撒かずに。大丈夫ですよ、多分白いMSのパイロットは生きて戻ってきます。」
「適当なことは言うなよマルグリット、今はそんな言葉は気休めにもならない。」
「勘ですよ、ニュータイプの。」
未来予知が出来るなら信用できるがマルグリットにそんな能力があるとは聞いたことがない、だが……まぁいいか。生きて戻ってくるのならその方が良いのだから。
「俺が殺してやる……だから絶対に戻って来い……。」
そう思いながら、俺達は連邦兵を残し暗闇へと去っていった。再び奴と出会えることを願いながら……。