「なんで!」
一撃目、大振りのアッパーだから難なく躱す事に成功。
「勝手に!」
二撃目、清掃用のモップでの攻撃だ。リーチが長いので攻撃を見極め避ける事が重要だ……!よし、何とか躱せた。
「リミッターを外すんですかぁ!」
三撃目、よしこれもーーー
「さっきから何で避けるんですか!」
ビシィ!とハリセンが頭を打ち付ける、どっから出てきたんだこれ。
「いや……明日はアーニャのボディガードしなきゃならないから、それの予行練習にちょっと良いかなって。」
「……まずそこに正座して貰えますか?」
「あっ、はい。」
整備ハンガーにて俺はクロエ曹長にお説教されていた、理由は勿論ヴァイスリッターのリミッターを許可なしに外したことである。
「外す事自体は良いんですよ?元々の性能に戻す訳ですから、ただOSも機能調整もリミッターを掛けた状態を前提として調整してあるんですから!」
今言われた通り、リミッター前提の調整をされていたヴァイスリッターはあの戦闘の後多くのパーツがオーバーヒートによる金属疲労を起こしていて久しぶりにヴァイスリッターと再会した時のクロエ曹長は「私のヴァイスリッターがぁぁぁー!?」と何処かのパープルトンさんみたいな事になっていた。幸いメガセリオンと規格が似通っているので修理自体は問題無かったのだが整備士泣かせの作業になるのでクロエ曹長を始めメカニックの人達をかなりヘトヘトにさせてしまっている。
「ごめんなさい……。必死だったもんで……。」
素直に謝るしかない、状況が状況だったとは言え一歩間違えば故障して逆に全滅もあり得たのだ。何とか退けられたから良かったものをあのまま継戦していたらどうなっていたかと思うとクロエ曹長の言葉にも謝るしかなくなる。
「ふぅ……、まぁ良いですよ。少尉……あぁ中尉でした。中尉も中佐も無事だったんですから今回は結果オーライで見逃してあげます。」
「見逃すってさっきの攻撃はーーー」
「何か言いましたぁ?」
「いえ!何でもありません!」
危うくまた逆鱗に触れるところだった、気をつけないと。
「ヴァイスリッターの方もちゃんとリミッターを外した状態の調整しておきますから、前回の戦闘記録に合わせてOSも最適化しておきます。今度からは物足りない所があったら言ってください。」
「了解、迷惑をかけるけどよろしく頼むよ。」
「それが私達の仕事ですからね、あぁそれと中尉。」
「ん?」
「おかえりなさい、みんな首を長くして待ってたんですからね?」
「……あぁ、ありがとう。」
ニコリと笑うクロエ曹長にやっぱり帰ってこれる場所があるってのは良い事だな、と思いながら感謝して整備ハンガーを後にする。次はララサーバル軍曹とグリムの待つ訓練ルームへと足を運んだ。
「せいやぁ!」
「ぐえっ!」
技を掛けられ何とか当て身をしてダメージを抑える。何度目かの敗北、やはり見た目と言動通り肉体派のララサーバル軍曹に勝つのは難しい。
「シショー、反射神経は良くなりましたけど肝心の肉体はだいぶ衰えてませんか?」
「当たり前だよ!こちとら病み上がりだぞ!?」
何とかMSに乗れるくらいには回復してはいるが筋肉の衰えも含め身体的な面はかなり弱くなってしまっている、幸い反射神経なんかは精神的には意識を失っていた時の時間の経過を感じていないので此方は問題ない。まるでガンダムの速度に不満を持ったアムロみたいだなぁと思わず苦笑する。微妙に例えが違うけど。
「笑い事じゃないでしょうシショー、これならアタイが行った方がマシだと隊長が思っちまいますよ!」
「カルラさんがSPなんてしてたらネオ・ジオンの人達も怖がって会談どころでは無くなりますよって痛てててて!」
「どういう事だいグリムー!」
ヘッドロックが綺麗に決まり絶叫するグリム、俺のいない間に何というか面白コンビみたいになっててホロリと感動した。
「感動……してる……場合じゃないですよ中尉……!」
何というか以前もどこかでやったシチュエーションだった。
「まぁ冗談はさておき、会談にはあのランバ・ラルもいるらしいからな。少しでも鍛えておかないと。」
「青い巨星ですね、ネオ・ジオンの主要人物に連なる人物の中で最も武闘派らしいですからね。ゲリラ戦術に関してはかなりのものだとか。」
そう、少ない兵員と物資でホワイトベース隊にかなりの猛攻を仕掛けた人物だ。彼の為人なら会談で何かするとは思えないが少なくとも彼に相当するレベルの対策をしておいて損はないだろう。敵が何処に潜んでいてもおかしくないのだから。
「まぁ近接格闘なんて余程の場面じゃない限り使うこともないですからね、次は射撃場へ行きましょうかシショー。」
護身術は基礎レベルさえあれば良いだろうと言う判断で次は射撃場へ、確かに基本的に対人同士で戦う場面になったら余程のことがない限り基本的に銃撃戦だろうからな。
「10発中8発命中、動いていない的なら上出来ですね。」
内3発は急所に当たっている、確かにこれなら上出来ではあるが……。
「あくまで動いてない敵なら当たるってレベルだな。実戦や緊急時は敵が棒立ちしてくれる訳はないし次は動いてる的を準備してくれグリム。」
機械に入力をして設定を組み込むグリム、出現速度や移動速度がランダム化されているので当てるのは先程よりも難しいだろう。
「よし、始めてくれグリム。」
「了解です、行きますよ。」
機械音と共に標的が動きながら移動を開始する、狙いを定め的確に狙いを……。
「そこまで!……中尉、10発中6発命中です。しかしどうしたんですか?」
グリムが少し驚きながら反応してきた、俺も命中した的を見て少し驚いている。着弾率は先程より落ちたが命中した弾は全て急所に当たっているのだ。
「へぇ、隊長程じゃないですがシショーも射撃が上手くなったって訳ですか?」
「うーん。自己判断は難しいけど集中力は前より良くなっているのかもしれないな。」
動いていない的が相手の時は気づかなかったが今回は何となくではあるが動きがスローに感じるような感覚があった、ブルーに乗った副作用みたいなものなのだろうか?EXAMに飲み込まれていたあの時の感覚と少し似ている気がする。前回の戦闘でも似たような事があったし。擬似的にとは言えニュータイプの戦闘を体感した事で認識力が上がったのかもしれないと思っておこう、死にそうになったのだからこれくらいの恩恵はあっても良いだろうし。
「射撃の方は問題なさそうですね、そろそろ休憩にしませんか?時間もお昼ですし。」
「おっ、もうそんな時間か。今日のメニューはなんだろうな。」
「ここの食堂は美味いメシがたらふく食えますからねぇ、何が来てもノープログラムですよシショー!」
前線の兵からも評判の良い品揃えでここ最近は食事に辟易する事は無くなっていた、いつかのレーション地獄が遠い日のようだ。
俺たちはウキウキしながら食堂へと向かうとジュネット中尉が先に食事をしている所に鉢合わせた。
「おや、先に失礼しているぞ。」
「いえ、構わないですよ。ジュネット中尉はコア・イージーの調整でしたか?」
「あぁ、昔取った杵柄とは言っても半年は戦闘機に乗っていなかったブランクもあるからな。それにしてもあのコア・イージーは凄いぞアンダーセン中尉、戦闘機としての実力も折り紙付きだが何と言っても電子戦機としても申し分の無い性能を持っている……あれは良い物だ。」
ミノフスキー粒子があるとは言え散布濃度の少ないエリアでは未だに電子戦闘機は有能だからなぁ、ジュネット中尉が喜ぶのも無理はない。ただこのネオ・ジオンの和平さえ上手くいけば恐らく宇宙へ上がる事になるからあんまり思い入れしない方が……とは流石に言えなかった。まぁこの人なら無理矢理宇宙用に換装させてもおかしくなさそうだが。
それから談笑しながら昼食を済ませる。美味い食事はそれだけでコンディションを整えてくれるから昼からの訓練にもやる気が出ると言うものだ。
「よし、今度は実際に起こりそうなシチュエーションを想定して訓練するか。グリム、敵のスパイ役として襲い掛かってきてくれ。」
「えぇ!?なんで僕なんですか、カルラさんの方が適任でしょう!?」
「いきなり難易度ベリーハードで練習できるかよ!俺を殺すつもりか!」
「……二人とも、アタイを怒らせたいのかい?」
いかんいかん、ホントにベリーハードになってしまう。ララサーバル軍曹を何とか落ち着かせ、敵が会談中に襲い掛かってくるシチュエーションで訓練を行う。
これは会談に参加している人間の中にスパイが紛れていると想定した内容で敵は銃は持っていないがナイフを持っている状態だ。
「動くな!コイツがどうなっても良いのか!」
グリムがよく映画にいるチンピラみたいな台詞で要人役のデコイにナイフを突き立てる、…………あれ?今更になって気づいたがこんな状況になったらどうしたら良いんだ?
「すまん、何か詰んだ気がするんだがこう言った場合どう対処するべきなんだ?」
「シショー……自分でやっておいてそりゃないでしょう。……まぁこの場合ナイフが突き立てられる前に対処するべきだね。会談を行う人間の中にスパイがいるなら不意に立ち上がった瞬間、ボディガードがスパイだったら走り込んだ瞬間にこちらも動かないとまず助けられない。」
「となると、一瞬の勝負ってことか。」
「そうは言っても歴戦のプロでもない限り、まず動いた瞬時に察知して反応って言うのは難しいよシショー?場合によっては人質の身が危なくなっても発砲しないといけないって場合もあるだろうしね。」
ふむ……と考え込む、確かに用心していても突発的に行動されたら対応出来るか怪しいし事後判断になる可能性の方が高いのか、中々難しいな。
「正直な話、中尉はエルデヴァッサー中佐だけ護れれば御の字じゃないですか?中尉のやろうとしてることって何か要人全員護ろうって感じで、それは無茶な話ですよ。」
「確かにそうだねえ、将軍やら政府高官まで護ろうとしてちゃ流石にシショーだけじゃどうしようもないし惚れた女だけ護れればそれでOKじゃないかい?」
それもそうか、レビル将軍の事もあって少し気を張りすぎてるような気もするしあくまでアーニャの護衛なのだから身を挺してでも彼女を守る事だけに専念するだけなら大丈夫だろう。
「二人の言う通りだな、少し気を張り過ぎてたよ。」
「まぁネオ・ジオンの方もスパイの疑惑がある人間は参加させないようにするとか対策はするでしょうし会談中の用心はあんまりしなくても良いような気がするよシショー。アタイが気になるのは本家ジオンがMSで攻撃して来ないかだね。」
「カルラさんの意見に僕も同意です、誰か一人を暗殺するよりもMSで会談中の所を一網打尽にする方が手っ取り早いですからね。」
「うーん、そうなるとみんなに期待するしかないか。」
会談中に奇襲されてもMSに乗る余裕なんてまず無いし、そうなったら味方の防衛に期待するしかない。一人では彼方が立てば此方が立たずみたいな状況にはどうしてもなるし少しでも味方を頼るしかないな。
どんなに考えてもなるようにしかならないんだから精一杯やれる事をやって備えるだけだ。そうさ一兵士に出来ることなんてたかが知れてるんだ、難しく考えはより身体を動かすしかない。
「よし!ウダウダ悩むのはやめだ!やれる事やって万全な状態にして後は待つだけ!これで行こう!」
「中尉もやっと本調子になって来たみたいですね。」
「この方がシショーらしいよホント、後は何事もないように神様に祈るだけだね。」
明日の会談で何が起きるかは見当もつかないが俺には俺のやれる事、アーニャを守る事だけを精一杯やるだけだ。そう決意して予測のつかない未来に挑むのであった。