機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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今回はジェシー君ら未登場のオジさん回、内容的には飛ばしても問題ない展開の回なので途中飽きる事がありましたら次話はすぐ投稿するので待って頂けると幸いです。


第40話 老兵は静かに立ち

 

 宇宙艦隊再編の為各地の連邦軍将校や士官が南米ジャブローに集まる中、欧州の軍とは全く関係ない小さな港町に似つかわしくもない軍服を着た男がこれまた似つかわしくない高級車から降り立った。

 

「ふむ……こんな辺鄙な所で隠遁しとるとはな。報告書で見るよりも更に酷く感じるな。さて、此処から先は私1人で行くとしよう。」

 

「閣下、せめて護衛を。」

 

 副官と思われる男が少し苦い顔をしながらそう忠告をする。

 

「いらん、なに古い友人と会うだけだ。ジオンのスパイもこんな所にまではおらんよ。」

 

「……せめて数百メートル離れた所からは見張らせて頂きます。この時期に御身に何かあれば大変ですので。」

 

「君も中々に頑固だね、まぁそれくらいは許してやるとしよう。では行ってくるよ。」

 

 男はその重苦しい肥満体を杖で支えながらトボトボと歩き出す、小さな港町だが1人で歩くには中々に広い、突然の訪問でもあるので尋ね人も自宅にはいないだろう。だが事前に聞いた報告ではこの時間帯には殆ど海岸で釣りをしているとの事だったので足は自然にそちらへと向かっていた。

 

 歩く事十数分、少し息を切らしながらようやく目的地である海岸へと到着する。既に何人かの釣り人が各々のスポットに陣取って釣りを始めている。

 その中で1人、釣り人にしては目を引くような綺麗な姿勢で釣りをしている初老の男がいた。彼はその男に向かい少しずつ歩み寄る。

 

「釣れますかな?」

 

 釣り人に向けて男がそう呟くと釣り人は一目男を見て小さく息を呑み、周りの誰もが驚くような綺麗な敬礼を見せた。

 

「お恥ずかしい所をお見せしたようだ。どうやら大物が釣れたみたいだな。」

 

「構わんよ、貴様も今はただの一市民なのだろう?似つかわしく無い敬礼などいらんよ。」

 

「そうは言っても連邦軍大将閣下にお会いして敬礼を返さない元軍人などいないだろうに。」

 

「ん?それもそうか、ハハハ!」

 

 少しの雑談を経て、釣り人の男は再び神妙な面立ちとなり大将閣下と呼んだ男の顔を見る。

 

「それで、まさかこんな老体とただ話をする為にこんな所に来たわけではないのだろう。何の用だゴップ……。」

 

「少しは昔の顔に戻ったようだな、今の戦争についてはそれなりに知っているだろう?」

 

「こんな田舎では風聞が少し耳に入る程度だ、レビルがオデッサで死んだと聞いたが。」

 

「事実だ、ジオンの核攻撃を受けてな。おかげで軍部は大混乱、宇宙艦隊の編成もスムーズには行われておらんな。」

 

 序列を繰り上げ昇進させた将校も多いがそれでもレビルやエルランの穴埋めとしては上手くは行っていないのが事実だ。更にレビル閥の引き抜きなどの政争が余計に遅れを生ませている。これに関してはゴップ自身も大きく批判することはできないが。

 

「それで……私に再び艦隊でも率いろと言うつもりか?」

 

「ハハハッ既に現役を退いた貴様に今のミノフスキー粒子下の以前とは違う戦場で艦隊指揮を取れとは言わん。……艦隊指揮を取れとは言わんがある部隊の艦長でもやってくれたらと思って来たつもりだ。」

 

「貴様の子飼いの部隊か……。」

 

「まぁ世間から見たらそう思われているな、だが私にとっては新たな世代を率いる為の子供のように思っているつもりだ。」

 

「らしくないな、自分の事しか考えてこなかった貴様の言うセリフではないが。」

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー。」

 

 その名前を聞いた瞬間に男の顔が一層引き締まる。

 

「今私の指揮下でMS部隊を率いている少女だ。お前のよく知るエルデヴァッサーの娘だよ。」

 

「カールとアンゼリカの子か……。」

 

「あぁ。お前が護れずこの沖合に沈んだ女の娘だ。」

 

 その言葉を聞くと同時に彼はゴップの胸ぐらを掴む、其処には初老とは思えない程の力が込められていた。

 

「ゴップ……言葉には気をつけろ……!」

 

「ふん、そうやっていつまでも昔の事を引きずっているから息子とも不和なのだろう。士官学校に勧めたのはお前の最後の子供への義理立てだったのか?」

 

「くっ……!」

 

 掴んでいた胸ぐらを離し、男はバツが悪そうに座り込んだ。

 

「ジェシー・アンダーセン……。何の因果か親の縁が子にまで巡ってな、戦争の始めの頃にアンナが私にMS運用の為の部隊を率いさせろと懇願してきてな。飛び級で士官学校を卒業する程の才媛ではあるがまだ未熟な子供だ、私としては軍を退役しエルデヴァッサーの家の子として一生を過ごして欲しかったのでな、周りの兵に威圧をして彼女に従う意思がある者が1人でもいれば部隊を作るのを認めてやろうと言ってやったのだ。」

 

「……普通なら大将閣下にプレッシャーを掛けられた状態で従う者などおるまい。」

 

「あぁ、普通ならな。だが1人だけ手を挙げ、尚且つ雄弁にMSの有用性を私に講釈してくる若造がいてな。名を聞いて驚いたよ、貴様の息子だった、ダニエル・D・アンダーセン。」

 

 ダニエルと呼ばれた男は大きくため息を吐き、顔に手を当てる。

 

「息子とは士官学校に入る前に少し会話したのが最後だった。それも会話とは言えるような物でもなかったがな。その時に息子はこう言ったよ『アンタのような人間にはならない!』とな……。これは何かの皮肉か?なぁゴップよ。」

 

「……さてな、どんなに歪み合おうと血の繋がりは早々切れないと言うことではないか?アンナの方は分かりやすかったな、エルデヴァッサー家の悲願を成就させたいつもりらしい。」

 

「カールの父親が目指した完全なる宇宙世紀の実現か……、夢物語でしか無い。」

 

「貴様もかつては根ざした理想ではないか、それともなにか?アンゼリカが死んでしまったから、かつての誓いは無くなったとでも言うつもりか。」

 

 そう言うとゴップは持っていた端末を取り出し、1つのファイルを広げる。それは2人の男女が騎士の誓約を交わしている動画であった。

 

「これはアンナが部隊を作った日に撮らせてもらったものだ、様式は簡略化させてもらったが昔見たものを真似させてもらったよ。」

 

「とことん皮肉が効いているな貴様は……。かつて叶えられなかった理想をこんな老ぼれになってから叶えろと?老人に夢を見させるな……。」

 

「夢はどれだけ年老いても見るものだ、お前にとっても悪い話ではないと思うがな。」

 

 ダニエルは少し考え込み、ゴップの目を見て呟いた。

 

「俺はまだ……戦えると思うか?」

 

「『俺』などとかつての若さを思い出させるような口ぶりをするのだ、戦えないと思っているのか?そもそも私が戦えもしない老人を誘いにこんな辺鄙な片田舎に足をわざわざ運ぶと思っているとでも?」

 

「ミノフスキー粒子と言ったな、詳しい話は流れて来ないがレーダーを使用不可にすると聞いた。私が退役していた間に進んだ技術について知っておきたい。」

 

「今動画を見せた端末を渡しておこう、元々お前に渡すために用意しておいたものだ。集められるだけの艦隊運用と戦闘データ、それにMSの運用データに最近作られた戦術論を纏めた物を用意してある。それと南米行きのチケットとこのカードを持っておけ。これを空港で渡せば快適にジャブローまで連れて行ってもらえるぞ。」

 

「……今から連れて行かれるものだと思っていたが。」

 

「何年も此処に暮らしていたのだろう、別れを済ませる相手がいるなら済ませておいたほうがいいと思ってね。」

 

 ゴップは沖合に目を向けてそう喋った、別れを済ませるべきは此処にいる人々では無く、この地で亡くなった者にと言うことなのであろう。

 

「……身支度を整えたら直ぐにでも出発する、軍が宇宙に上がるのはいつだ。」

 

「心配せんでも後1週間以上は艦隊編成で時間を取られる、でなければ私も時間を割いて此処まで来るのは止められただろうからな。まぁ私自身は宇宙には上がらんと思うがね。」

 

「ふん、その重苦しい身体では慣性が効いて動き難いだろうからな。」

 

「ハハハッ、そこまで皮肉が言えるなら心配せんでも良さそうだな。……待っているぞアンダーセン。」

 

 ゴップは背を向けスタスタと帰路に着く、ダニエルは彼が見えなくなるまで敬礼を行いその後自宅へと戻った。

 

「アンゼリカ……。」

 

 古い写真立てを手に取る、其処には若き彼と先程話していたゴップ、それとは別に男女が2人写っていた。

 

 

 

ーーー

 

「いいことD・D?時代は宇宙世紀なの!いつまでもこんなチンケな船で海なんて走る時代はもう終わったのよ!」

 

 また始まった、そう思いながら俺は彼女の言葉を右から左に受け流すと小太りの男に話しかける。

 

「そうは言ってもお上はしっかり予算出して連邦海軍なんてやってるんだからそれに従うのが軍人ってもんだ、なぁゴップ?」

 

「私を巻き込むな。今金勘定で忙しいのでな。」

 

 相変わらず連れない男だ、端末を弄りながら計算をしているゴップに呆れながら俺はアンゼリカに一応の抗議をする。

 

「そもそもお前が海を渡りたいと言うからわざわざ有給を取ってまで俺たちは船をチャーターしたんだぞ?連邦軍将校2人をレンタルしておいて文句はやめてくれよ姫様。」

 

「それだけのレンタル料をカールが支払ったんでしょう?全く金で釣られるような情け無い男達よアンタ達は。」

 

「お前なぁ……。」

 

 破天荒を地で行く女だ……自分で頼んでおいてこんな事を真顔で言ってくるのだから。確かに金で釣られた事は否定しないが。

 

「すまんなダニエル、ゴップ。親父殿の話を聞いてからずっとこの調子なんだ。」

 

 黄金の髪を持った美青年は申し訳なさそうに謝罪をする、一方発言者は大海原を見つめている。

 

「広い世の中と言えど貴族様と連邦軍人様を動かせる女なんてコイツくらいだよ全く。」

 

「こんなのがもう1人いたら私は神の存在を信じるぞダニエル、カール。」

 

「アンタら……言ってくれるじゃない……神様がいるかいないか今からでも教えてあげましょうかぁ?」

 

 触らぬ神に祟り無しとはこの事か、どうやら神は目の前にいるようだ。……とんだ疫病女神だが。

 

「しっかし海は広いわね!見渡す限りの青一色!地球の海でさえこんなに広いのに宇宙空間って言う大海原は無限大なんでしょう!?」

 

「そんなに宇宙が好きならシャトルでも何でも使って宇宙に上がれば良いじゃないか、それこそこんなチンケな船と船乗りといるより壮大だぞ。」

 

 近頃のアンゼリカはカールの親父殿の理想に感化されたのか宇宙愛好家みたいになっている、なら最初から宇宙に行けば良いのに。

 

「うーん……確かに宇宙へ上がってみたいのは確かよ、宇宙世紀も始まって既に半世紀も過ぎたってのに未だに地球には何十億って人間がいるなんておかしいし。」

 

 元々は増え過ぎた人口を地球から減らす為の棄民政策から来ている宇宙移住だ、中には大志を抱いて宇宙に上がった者もいるだろうが殆どは無理矢理宇宙へ押し上げられ、空気や水そして重力などを管理されながら暮らしている。そんな厳しい環境下の中なのに更に政府による多重の税金を納めなくてはならないと来ているのだ、かつてラプラスで起きた事件のように未だに政府への不満は大きい。

 それとは裏腹に富裕層は未だに地球で快適な暮らしを営んでいる、多数の宇宙移民者を犠牲に生活が成り立っているとも知らずに。

 

「けど私は宇宙に上がるなら最後の1人が良いわ!そして最後にこう言うのよ!グッバイ地球!また会う日まで!ってね。」

 

「馬鹿だコイツは……。」

 

「何よD・D!私は至って真面目よ!」

 

「真面目に馬鹿だって言ってるんだよ……そもそもD・Dって呼び名は何なんだよ。」

 

「ダニエル・D・アンダーセンでD・Dよ!なに?呼び方に文句でもあるの?」

 

 これ以上言い合いをしていても無意味だな……この破天荒さには勝てる気がしない。

 

「しかし今更地上に残ってる人類全てを宇宙に上げようなんて夢物語じゃないか?ジャブローにいる老人達なんかは精神的にも体力的にも動こうとはしないだろうし。」

 

「動くつもりの無い連中は端から全部ボコボコにしてシャトルに張り付けてでも宇宙に上げてみせるわ!」

 

 コイツならやりかねん……、と言うかボコられた時点で別の意味で空に上がりそうだ。

 

「しかしさダニエル、アンゼリカの言うようなやり方は難しいが俺も親父殿の理想には付き合うつもりだ。いつまでも人はこんな綺麗な星を占有してる訳にも行かんと思う。知っているか?数百年前よりも砂漠化はどんどん進んでいるんだ。」

 

 知らない訳はない、海軍をやりながら各地を見ているが大昔の話と比べると地上の砂漠化は深刻なレベルで進んでいる。

 

「水の惑星か……そう言ってられるのも今の内なのかも知れないな。」

 

「だからその為に私達が頑張る訳でしょう!これから生まれてくる世代に、宇宙世紀を担う人達の為に宇宙で頑張らないと。」

 

 普段の言動はアレだが確かに未来の為に俺達の世代に何が出来るのか、少しでも未来を変えていけるのか……アンゼリカを見ていると途方も無い事でも実現出来てしまうのでは無いかと言う錯覚に陥る。

 

 そのひと時は、正に俺にとっての黄金の時代であった。

 

 

ーーー

 

 

 写真立てを戻し、大きく息を吐く。思えば遠くに来たものだ。あれからカールとアンゼリカは程なくして結婚し、カールは父親と同じ連邦議員となり宇宙移民政策に熱意を持って当たり、妻であるアンゼリカもまた往年よりは鳴りを潜めたがその破天荒さで彼を支え続けた。

 しかし強すぎる意志は保守的な人間、傲慢さを嫌う人間に大きな反感を与える。結局彼女は敵対する勢力、それが単なるテロリストだったのか或いは誰かに雇われたヒットマンだったのかは最早真実を知る由もないがこの海の沖合で講演へと船で向かっている所を船ごと爆破されてしまった。まだ幼い産まれたばかりの娘を残して。

 あの時この近辺の海域の防衛をしていた私は自責の念に駆られた、海上パトロールが不十分だったのではと、彼女が船で移動していたのなら職権濫用と言われてでも護衛を出すべきではなかったのかと……だが全ては後の祭りに過ぎない、結局私は彼女を護る事が出来なかったのだ。

 

 それは十年以上時が経っても変わらず、ある時この海域を通ったその瞬間に前触れもなく心は折れた、理由などなく結局はずっと楽になりたかったのだろうその時がこの瞬間であっただけだ。

 私は軍を引退し、この港町に骨を埋める事にした。贖罪と言うわけでもなく単純に全てから逃げたくなったのだ。妻は何も怒らずにただ一言「お勤めご苦労様でした。」と言った。

 此処に骨を埋める決意を告白しても「後の事は私が引き受けます、ジェシーの事も。」と終始私の不甲斐なさを叱る事は無かった、私は妻に甘えこの地に逃げた。

 

 それから数年、息子がこの地を訪ねてきた。妻の死の報告と共に。息子は私を詰り、貶し、罵倒した。当然の事だ……妻には多くの苦労をかけた、そして私は死に目に会う事すら……いや家族の事すら気にせずに生きていたのだから。

 

『俺は軍に入る!だけど絶対にアンタみたいな人間にはならない!大切な人をちゃんとこの手で守ってみせるんだ!』

 

 私は息子のその力強さにかつての時代を感じてしまった、最後の義理になってしまうのかもしれないと思いながら士官学校の知人に手紙を送り少しの融通を頼み、それ以降息子とは何の連絡もせずにこの地で朽ちていた。

 

「親の因縁が子に巡る……か。」

 

 ゴップの言葉を思い出しながら奴が渡した端末の動画を開く、アンゼリカの娘と私の息子の騎士の誓約、かつて私も同じような事をし彼女の騎士となった事がある……実際にはパシリの様なものだったが。

 

「アンゼリカ……私はお前を護る事はできなかったが、せめてお前の娘を護る事が贖罪になるだろうか。」

 

 ならないだろう、それは分かっている。だが自分自身のけじめは必要だ、それが私に残された命の最後の使い道になればいい。後の世代の為の礎になれば……。

 

「さらばだアンゼリカ、私は宇宙へ上がる。お前がついぞ行くことの無かった宇宙へ。」

 

 少ない荷物を纏めると、タクシーを呼び空港へと向かう。その中にこの数年毎日見る事を欠かさなかった古い写真は含まれていなかった。

 





ジェシー君の父親、アンダーセン提督回。
オリキャラの親父のバックボーンがいるか?と言われたらあんまり必要無いのだけれど唐突に登場させるのもアレなのでこう言うお話も昔あったらしいくらいの認識で見てくれると有り難いです。

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