「隊長!ブライアンのザクが!ブライアン!畜生……応答しろブライアン!」
マゼラ乗りの部下が必死になって応答を促すが敵の直撃弾を喰らい爆散したのだ、仮に助かってたとしても死んだ方がマシな状態だろう。
「よせ!もう死んじまってる!それより敵が来るぞ、俺達を狙って来たんなら良いが恐らく狙いは積荷だ!」
この状況で攻撃をしてくるって事は中身を知ってるかどうかは知らないが積荷狙いなのは間違いない、足の遅いトレーラーでは逃げるのもままならないし俺達さえ片付けたら後は楽な仕事だと思っているのだろう。舐められたものだ。
連邦かゲリラかは知らんが舐めて掛かったツケは払ってもらう、そう思っていると崖の方から土煙が上がっているのが見えた。ザクマシンガンを構えスコープを覗き込みハッと驚く。
「MSだと!?」
頭部は違うが他は殆どザクだ、こんなシロモノ連邦くらいしか用意できんだろうから敵は間違いなく連邦兵だ。ザクを弄ぶなど……と憤りを感じなら部下に命令を出す。
「マゼラは下がれ!後方から敵を狙い撃つんだ!俺が牽制する!」
マゼラが下がるのを確認すると大きく溜息をつく、敵の総数が分からん状況でどこまでやれるか。
コクピットに貼り付けてある写真を見て気合いを入れる、こんなアースノイドの巣窟なんてさっさと出て行って家族の待っているサイド3に帰らなければならないのだ。ここで負けてたまるものか。
「来やがれ連邦!格の違いを教えてやる!」
決戦の火蓋が幕を開けた。
移動しながら諸々の計器の動きを確認する、今のところ異常ナシ……物はザクとは言えザニーの頭部を乗せてるので何かしらのエラーが起きてもおかしくはないしこんな状況で何かあったら命取りだ、焦らず丁寧に……だが大胆に使って敵を倒さないと。
「アーニャ!敵戦車後退中!そちらから狙えるか!?」
崖を降った俺とは違い、まだアーニャは高所に構え敵に牽制を与えている。こちらからでは位置的に狙えない為彼女に頼るしかない。
「……駄目です!地形を利用してこちらの射線を遮ってます!中々の判断力ですね……侮れないですよジェシー!」
「最初から侮ってなんかいないさ!初陣だってのに!」
既に弾切れしているランチャーを破棄し、マシンガンに切り替える。残ったもう一機のザクがこちらを確認し接近してくる。
「来たか……当たれぇ!」
ザクに向けマシンガンを放つが相手のパイロットの技量か全く当たらない、それどころかジグザグと射線を巧みに交わし更に接近してくる。
「アースノイドがMSを手にした所で!こちらとは年季が違うんだよ、年季が!」
敵のザクがヒートホークを構え白兵戦を仕掛けてきた、こちらも負けじとヒートホークを構え応戦する。鍔迫り合いとなり激しく火花が散る。
「ジェシー!くっ……此処からではもう狙えない……!」
最早高所のアドバンテージは活かせない、アーニャはそう思い崖を降りようとした時ホバートラックから通信が入った。
《エルデヴァッサー少佐!敵の戦車に狙われているぞ!》
「なっ……きゃあっ!」
そう遠くない位置に砲弾が通過する。流石に油断し過ぎていた……敵の練度は新兵である自分達よりも遥かに上だし踏んできた場数が違うのだろう、咄嗟の奇襲や地の利の不利すら対応して攻撃してきている。
だけどこちらも負けてはいられない勝たなければ死ぬだけなのだ。
「ジュネット中尉!敵の位置は!」
《2時の方角!稜線上に構えて狙っているぞ!》
「了解!」
モニターを確認し敵を確認する。残りのロケット弾は2発だ、外せば射程距離の面でこちらが完全に不利になる。
「当たって!」
放たれたロケット弾はキャタピラに命中し敵機は炎上した。
「くっ!隊長ォ!マゼラベースに被弾!もう保ちません!」
「脱出しろ!マゼラトップで戦線を離脱して救援を求めるんだ!」
「そんな!隊長はどうするんです!?」
「心配するんじゃねえ!コイツら倒して救援でも待ってるとするさ!さっさと行け!」
「くっ……御武運を!」
戦線から離脱していくマゼラトップにアーニャは狙いを定める。
「やらせるかよ!いつまでも調子に乗ってるんじゃねえ!」
ジオンのパイロットはジェシーのザクを突き飛ばしクラッカーを取り出すとザニーに向けて投げた。
「アーニャ!」
《ザニー被弾!エルデヴァッサー少佐、応答せよ!》
「……」
応答が無い。嫌な汗が身体から伝うのを感じると同時に怒りが込み上げる。
「てめええええ!」
ヒートホークをなり振り構わず振り回し敵の追撃を止める、だが次の瞬間。
「……っ!腕が動かない!?」
ヒートホークを持っている右腕部が突然動きを止める、モニターを確認すると負荷がかかり過ぎて機能停止のエラーが出ていた。
「隙有り!これで終わりだ!アースノイド!」
敵のヒートホークがこちらに向けて振り上げられる、初陣で死ぬのか俺は……?と諦めかけたその時、ザクが動きを止めた。
何故なら直後にザニーから放たれたロケット弾が直撃しザクに致命傷を与えていたのだ。
「ザニーからの砲撃!?アーニャ 、無事なのか!」
「ごめんなさい、少し気を失ってたみたいです。それより……終わったみたいですね。」
戦力として数えられるザクは微動だにせず、トレーラーは既に逃げ切るのを諦めているような感じだ、流石に非武装ではどうしようもないか。
「コクピットには直撃していないみたいですが……。」
「生きているかどうか確かめる、アーニャは下がってくれ。」
機体をザクに近づけてから俺は銃を取り出すとコクピットから降りてザクに近く、金属の熱と匂いに少し咽せながらコクピットハッチまで辿り着いた。
「聞こえるか、ジオンのパイロット!決着はついた、生きていたらハッチを開けてくれ!捕虜の扱いは南極条約に則る!」
少し待つが応答が無い、気を失っているかまさかそのまま……そう思っているとコクピットハッチが開き始めた。
そして完全に開いた時、俺は絶句した。直撃した衝撃でコクピットブロックの機材がパイロットを貫いていて既に重傷となっていのだ。
「畜生……あぁ……畜生ォ……。」
息も絶え絶えとなりながら呪うようにパイロットは呟き続ける。その悲惨な光景に耐え切れず思わず吐きそうになる。
「ジェシー!大丈夫ですか!?」
それを見ていたのかアーニャがコクピットから降りてこちらへと向かってくる、いけない!彼女にこんな光景は見せたくは……!
「駄目だアーニャ !見るな!」
「……!」
既に遅く、彼女の視線はパイロットへと目を向け大きく息を呑んだ。
「何だ……テメェらガキじゃねえか……、こんな連中と戦ってたのか俺は……。」
ジオンのパイロットは虚な目をしながら呟いた、俺はアーニャに目を向けると彼女は首を横に振った。もう助からない、そういう意味だろう。
「ハハッ……だがよ……これが戦争なんだな……ガキだろうと、女だろうと……関係ない……戦って殺して、殺されて……俺も殺される。あぁ……サイド3に……家に……帰り……。」
言葉を全て言い切る前に彼は息を引き取った、アーニャは彼に近づき開いていた目を閉じさせた。
「ごめんなさい……。」
消えそうなくらい小さな声で呟くと、気持ちを切り替えたのか大きな声で命令を出す。
「撤退を開始します!逃した敵機が援軍を要請する可能性は高いです!ジュネット中尉達は急ぎミデアに戻り撤退の準備を、ジェシー!貴方はトレーラーのドライバーを捕縛してください、私は積荷とザクをミデアに積む準備をしておきます。」
「……このザクも持っていくのか?」
「中破していますがパーツ取りには使える筈です、……これが戦争ですから。」
「分かった。」
非情な事を言っていると分かっての行動だ、俺がとやかく言うことじゃないしそれは失礼でもある。言われた通りトレーラーへ向かいドライバーに投降を促す。
「わ!分かってる投降する!勘弁してくれ、俺はジオンに脅されてドライバーやってただけなんだよ!」
「理由はどうであれ捕虜として拘束はさせてもらうぞ。安心しろ、変なことさえしなければ扱いは悪いようにはしない。それでこのトレーラーは何を積んでるんだ?」
「わ、分からねえ!本当だ、だけどよ重さからしてMSだと思うぜ。連中運転には注意しろって再三言ってたからよ!」
もしもMSであればわざわざトレーラーで運ぶくらいの物だ、新品か或いは新型の可能性もある。その話が本当ならかなりの成果になる。
「ミデア、到着しました!準備急いでください!」
クロエ曹長がミデアから指示を促す、俺は機能しているザニーヘッドの左腕部で何とか中破したザクを積み込み、アーニャのザニーがトレーラーの積荷を積み込んだ。
「なぁアーニャ……パイロットの人はどうするんだ?」
「此処に置いていくしかないですね、衛生上の問題もありますし。撤退した敵が回収してくれると思います。」
ザクのコクピットからパイロットを慎重に降ろす、所々から血が流れ出しパイロットスーツが汚れるがそんな事を気にしてはいられない。その時だった、コクピット内にふと目が行った時写真が見えたのだ。
「……。」
そこには家族と笑いながら写真に写っているザクのパイロットがいた、サイド3に、家に帰りたいと言っていた、その理由が手に取るように分かる。大事な家族が彼にいて戦うしか無いから戦って……そして死んだのだ。俺達が殺したのだ。
アニメの世界に入れた?劇中を変える?正直そんな風に楽観的に考えて世界を見ていた、だけど今は違う。これはアニメじゃないし此処には実際に生きてる人達がいて、ちゃんと生きる理由があって戦っている……戦っていたんだ。
「ジェシー……?」
アーニャの声で我に返る。今は感傷に浸っている余裕はない、敵が戻ってくる前に撤退しなければ。
「大丈夫、大丈夫だ。ただ、この人をそのまま放置したくない。せめて少しでも綺麗な状態にしてから置いていきたいんだ、良いかなアーニャ?」
「……はい。私も手伝います。」
俺とアーニャで持っていた飲料水とタオルを使い血を拭う、これは偽善だと分かっている、だけどそれでもと思ってしまったのだ。
身体を拭き終わり、遺体を家族の写真と共に目立つ色のシートに包む。これならジオンが発見しやすくなるだろう。俺達はミデアに乗り、この戦場を後にする。
離陸後、機体の固定を確認してからMSから降りようとするが異様に身体が重くなり血の気が引く、今になって自分が人を殺したのだと実感が湧いたのだ。思わず吐き込んでしまう。
「ジェシー?どうかしましたか?降りて来てください。」
降りて来ないのを心配したのかアーニャがこちらへ向かってくる、外部からコンソールを使い俺の機体のコクピットハッチを開いた。
「ジェシー……。」
「すまん、情け無い所を見せたな。」
「いえ、身体は大丈夫ですか?」
労わるように俺を気遣う、なんとも無いよと強がるが数秒俺を見つめ彼女はこう言った。
「私、今日初めて人を殺めました。」
アーニャが俺を見てそう呟く。俺も返すように応える。
「俺もだ。」
「これからも大勢の人を殺めて行くと思います、この戦争が続く限り。」
「……あぁ。」
「それでも。」
そう言って彼女は俺の手を取る。
「それでも最初の人殺しが貴方を守る為のものであって良かったと思っています。」
彼女のその一言に思わず堪えていた涙が溢れていた、彼女だって平気では無いだろうに大丈夫だと言わんばかりに強く俺の手を握っている。
この先、このジオン独立戦争がどれだけ続くのか、原作通り一年で終わるのかそれは分からないが一つだけ確かな事がある。
「今度は俺が守ってみせる、次もその次もそのまた次も、絶対に。」
「えぇ、期待していますよ。」
彼女と共に歩むと決めたこの戦争、途中で逃げ出したりは絶対にしない。どれだけ血を汚そうと護ってみせると自分自身に誓おう。この子の信頼を無碍になんて絶対にしない。そう心に誓い俺はアーニャの手を取り、コクピットから降りた。
その後簡易シャワーを浴びてさっぱりした後ミデアの操縦室に向かう。ジュネット中尉とクロエ曹長がこちらに顔を向けた。
「お疲れ様です少尉、こちらをどうぞ。ジュネット中尉の淹れたコーヒーです。これが中々美味しいんですよ。」
クロエ曹長から温かいコーヒーを貰う、口をつけ飲み込むと身体の中に染み渡るように溶け込んでいく。
「美味しいです、ありがとうございますジュネット中尉。」
「ゆっくり飲むと良い、親父さん……いやアンダーセン提督が常日頃から言っていた言葉の受け売りだが『大抵の悩みはコーヒーを一杯飲んでる間に解決する』だそうだ。直接戦っていない私がとやかく言えることではないが、あまり気を落とすな。」
何処かで聞いたような台詞だが今はありがたい、少しずつコーヒーを飲みながら気持ちを落ち着かせていく。
「そう言えばアーニャ……いや、エルデヴァッサー少佐は?」
「少佐なら先にお休みになられてますよ、少尉もお疲れでしょうから少し休んでいたらどうですか?此処は私とジュネット中尉だけで大丈夫ですから。」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。」
お気持ちには甘えてミデア内に設置されている簡易ベッドに横になる、コーヒーを飲んでいたのに横になった途端どっと疲れが溜まり泥のように眠りに落ちた。
目覚めた時、そこは既に連邦の中継基地で荷下ろしが始まっていた。焦って外に出るとちょうどトレーラーのコンテナを開ける直前という場面でギリギリセーフで俺達の活躍の最大の成果を見逃さずに済んだ。
「何が入ってるんだろうな?まさか爆弾とかだったら怖いけど。」
ちょうど基地内の整備兵と一緒に立ち会っていたクロエ曹長を見つけ話しかける。
「爆発物チェックはしましたけど問題ありませんでしたよ?やっぱり重量的に何かの機体みたいです。」
周りの整備兵が慌ただしく作業に取り掛かり始めた、まもなく中身がお披露目になる。
コンテナのウイングが上がり始め、周りが大声で叫び始める。やはり目の前に現れたのはMSであった。色はサンドカラーだがこの形状は……。
「グフ……!?」
この時期にグフって開発されていたか?いや、正式な量産は後だった筈だがプロトタイプとかならこの時期でも作られていたか……?MS-Vの知識はそこまで詳しく無いのがここでは残念だが、ただこの現実を見て思うことは。
「ジオンの新型ですよ!大戦果じゃないですか少尉!」
クロエ曹長が目を光らせてグフを見つめる、そうだ時系列云々なんて今はどうでも良くまだ情報が一つも無い新型を入手できた。これは大きな戦果だ。
「大騒ぎですねジェシー。」
アーニャとジュネット中尉が並んで歩いてくる、話を聞くと基地の司令と打ち合わせをしていたようだ。
「あぁ、敵の新型だ。色々とおかしく感じるところもあるが大戦果だよ。」
新型を運んでいたにしてはあの部隊は正直数が少なすぎるように感じた、台所事情もあるのだろうが複数回のパトロールで安全と踏んでの行動だったのだろうか?そんな疑問も浮かぶが答えはジオンのみぞ知るところなのだ。幾ら考えても意味はないだろう。
「当分この機体の解析と初戦で得たデータを踏まえた調整に入ります、ザニーヘッドもパーツ交換などありますから暫くは整備の仕事に取り掛かってくださいねジェシー。」
「了解!」
あの戦いは公式的な記録には処理されず、此処にいる数十人の基地の人間と俺達四人の記憶にしか残らないだろう。
だからこそ、あの時感じた思いを忘れることなく胸に刻みこれからも歩んで行こう。それが自分に出来る唯一のことなのだから。
空を見上げ、雲一つない青空を眺める。この空のようにもう俺の心に迷いは無かった。