機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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第55話 破滅への序曲

 

 激しい戦闘の様相を伝えるかのように、損傷の激しい艦隊が漸く安全な宙域まで撤退する事に成功した。艦の通信士にグラナダとの通信回線を繋ぐように指示し、数分の後モニターにグラナダの総司令官であるキシリア・ザビが映る。

 

「……ソロモンが陥ちたか、残存戦力はどうなっている?」

 

「は、ゼナ様を始め残存艦隊の一部は我々グラナダからの救援部隊により回収されました。ドロスや殆どの艦隊はア・バオア・クー方面へ撤退したようで。」

 

 ふむ、と数秒考え込んでから彼女は口を開く。

 

「考えによってはこれで良かったのかもしれんな。ドズルの忘れ形見であるミネバを擁立するのはアレの派閥だったのものを引き抜くのにも使えるだろう。ギレンに対抗する手札が一つ増えた。」

 

「キシリア様、ソロモンが陥落した事で連邦はア・バオア・クーかこのグラナダを侵攻すると思われますが。その様な政局を未だ考える余力があるのですかな?」

 

 少し煽るような口調で意見をする、この程度の事で気を荒げる事はないだろう。これはあくまでも彼女が今後をどう見ているのかの確認である。

 

「連邦軍がどちらを狙おうが、この戦争ジオンの負けは殆ど決まったようなものだ。私が必要としているのは『その後』の事だよ。」

 

「戦争の後、ですか。」

 

「ギレンのジオン公国が敗れる、これが一番の理想ではあるがな。いずれにせよ幾つもの手は既に打っている、後は連邦の動き次第でやり方を変えるだけだ。」

 

「伏して待つお覚悟があると?」

 

「私はギレンとは違う、最後に勝者として残れれば良い。そういうお前はどう考えている?」

 

「どう、と言われましても。この命はキシリア様に救われた物であります。全身全霊を持ってお仕えするのみです。」

 

 確固たるビジョンがあるのであればそれに乗ずるのも良いだろう。この方は仕えるものが有能であるならば無碍にはする事はない。成果さえ上げれば例えどんな人間であろうと重用するだろう。今の私の様に。

 

「お前はこのままグラナダへドズルの艦隊を引き連れ帰投せよ。その後で恐らくは私はア・バオア・クーへ招集がかかるだろう、お前も同行してもらうぞ。」

 

「連邦はグラナダへは来ないとお思いで?」

 

「この局面、サイド3本国を攻めた方が分があると連邦は判断するはず。グラナダへは兵力は割くだろうがあくまで牽制程度で終わるだろう、それにギレンに貸しを作るのも避けたいからな。」

 

 まだこの戦争自体にも勝てるという展望が見えているのだろうか。連邦は今回のソロモン攻略にソーラ・システムなる物を使用したそうだが、此方にもまだソーラ・レイが残っている。それを使い連邦の艦隊を一網打尽という手段も可能であるからこそ未だ政争をする余裕があると言うことか。いずれにせよ戦いはこの一戦で終わりではない、最終的に勝利さえすればその過程は重要ではないのだ。自分の命があるという前提の話だが。

 

「了解しましたキシリア様。グラナダへ急ぎ帰還します。」

 

 通信を切ると同時に暗くなったモニターに自分の顔が写る。未だに慣れないものだ、どうしても他人を見ているかの様に感じてしまう。

 

「慣れんものだな。」

 

「は?」

 

 副官の男が怪訝な表情で此方を窺う。フッと笑いながら知らぬ振りをする。

 

「グラナダへの帰還を急げよ、キシリア様の機嫌を損なわれては困るからな。」

 

「ハッ!了解であります。」

 

 艦は速度を上げグラナダへと向かう。さて、事態はどう動くのか今から楽しみなものだ。

 

 

ーーー

 

 

「……ッ。」

 

「グレイ?」

 

 頭が重い、身体全体が鈍重に感じる。これは前に独房に入れられていた時と同じ感覚だ。どうやら少なくはない時間意識を失っていたようだ。

 

「ヘルミーナか……?俺は……いや、事態はどうなっている?」

 

 意識が少しずつ鮮明になって色々な思考が頭を巡る、最後の記憶はサイド6であの白い機体と戦った時のことだ。あの後何があったのか。

 

「グレイは戦闘中敵の新型に不意打ちを食らったんだよ。それで何日か意識不明で、今はサイド6からグラナダに向かっている最中。もうすぐ着くみたい。」

 

「グラナダ……?そうか……。」

 

 どうやら事態はあまり良くないようだ、サイド6から撤退しているのであればコンスコン提督の部隊も上手くは行かなかったのだろう。

 

「ヘルミーナ、少し知らせる事がーーーお兄さん……?目が覚めたんですね。」

 

「心配をかけたみたいだなマルグリット、知らせる事とはなんだ?」

 

「……ソロモンが陥落しました。」

 

「なんだと?」

 

「ドズル中将は戦死、残存艦隊はグラナダかア・バオア・クーへ撤退中との事です。」

 

 良くない報せだ、ソロモンが陥ちたとなれば連邦の次の目標はこのグラナダかア・バオア・クーなのは確実だ。どちらにしても本国を護る最後の防衛戦となるのは間違いないだろう。戦況はそこまで悪化している。

 

「事態は深刻だな、恐らく次の戦いがジオンと連邦の命運を分ける分水嶺になるだろう。」

 

「それでも私達は生きて帰るんですお兄さん。これを受け取ってください。」

 

 マルグリットはそう言うと近くのデスクに置かれていた小さく包まれた箱を手渡してきた。

 

「これは?」

 

「マリオンが、お兄さんにと。」

 

「……そうか。」

 

 包装紙を綺麗に取り、箱を開ける。其処には今では珍しいアンティークの腕時計が入っていた。

 

「古い物ですが昔ながらの作りでデジタルの物より耐久性がしっかりしていると言っていました。戦場の衝撃にも今の物よりずっと耐えられるみたいです。」

 

「有難いな、パイロットスーツを着ないと行けないから身体には付けられないがコクピットに貼り付けておけば時間を確認するのに役立つ。……最後に会っておきたかったな。」

 

 今からではサイド6に戻ることなど無理な話だ。せめて礼くらいは伝えておきたかった。

 

「まだ最後じゃありませんよ。」

 

「ん?」

 

「私達はこの戦争を切り抜けて、またマリオンに会うんです。絶対に。」

 

 マルグリットは今まで見た事の無いくらいに強く、ハッキリと自分の意志を発言する。

 

「マルグリット……。」

 

「約束したんです、また絶対に会おうと。だから私達はこの戦争を生き抜いてまたマリオンに会うんです。そうですよねお兄さん。」

 

「……あぁ、そうだ。連邦を叩きのめして、この戦争を終わらせたらまたサイド6に行ってマリオンに会おう。」

 

「ヘルミーナ曹長、マルグリット曹長。そろそろグラナダに到着します……おや、ジェイソン・グレイ少尉もお目覚めになられましたか。」

 

 女性の兵士が此方に連絡を伝えに来たようだ、外を見ると月の景色が一面に広がっていた。こうやって見ると神秘的なものだ。

 

「グラナダ到着後はキシリア様が面会されるとの事です。御準備をして頂きますようお願いします。」

 

 頭を下げて女性は去っていく。軍服に着替えておいた方が良さそうだ。

 

「よし、ヘルミーナもマルグリットも謁見の準備をしておけ……っとマルグリット、お前イヤリングをしているのか?」

 

「はい?……あぁそうでした。これも外しておいた方が良いですね。」

 

 鈴の装飾が施された綺麗なイヤリングだ、これもマリオンから貰った物だろうか。普段は着飾る事をしないマルグリットがかなり気に入ってるように感じた。

 

「姉さん、四六時中付けてるから忘れがち。」

 

「……良いではないですか。」

 

 どうやら本当に気に入っているようだ、ヘルミーナに少し拗ねている辺り余程嬉しかったのだろう。これはちゃんとサイド6に戻れた時にマリオンに報告しておきたい事だな。と少し微笑ましく感じながら、キシリア閣下に会うための準備を進める。

 

 

 

「キシリア閣下、ジェイソン・グレイ少尉とマルグリット、ヘルミーナ両曹長到着致しました。」

 

「開いている、入りたまえ。」

 

 グラナダの司令室、彼女の趣味趣向か前世紀の骨董品等が色々置かれている。それを気にする事なく彼女の前に立ち、三人合わせて敬礼をする。

 

「楽にしたまえ。サイド6では手痛い目に遭ったそうだな。」

 

「ハッ、敵の新型とは言え隙を突かれ……お恥ずかしい所をお見せしてしまいました。」

 

「気にすることはない、報告書を読んだが少尉が苦戦したのも無理はない。木馬の部隊は君達と同じニュータイプで構成されている可能性が高い。これを見たまえ。」

 

 司令室のモニターには先日行われたと思われるソロモン戦の映像が映し出されていた。そこにはガンダムと呼ばれるMS、そして俺の仇でもある白い機体が映っていた。

 

「閣下……これは。」

 

「こちらに撤退してきた部隊が回収したソロモンでの戦闘記録だ。これは戦闘初期の映像だ、此方の新型であるゲルググに対しても臆する事なく戦闘をして尚且つ撃破している。」

 

 映像を進め、また別の映像が出てくる。そこにはチベ級を謎の装備で撃破している例の白い機体がいた。

 

「映像からでしか判断はできないが恐らく物理的に装甲を貫通した後に刀身が展開し其処にビームを撃ち込むと言った兵器だろう。これであのコンスコンが沈んだとの事だ。」

 

「……これはコンスコン少将のチベなのですか。」

 

 あのコンスコン少将ですら木馬の部隊に対して歯が立たなかったと言うことか……。

 

「一瞬の隙を突かれた、と言えばそれまでだがな。連邦はソロモンを叩くに辺りソーラ・システムなる物を使用したそうだ。太陽光を利用したレーザー兵器と思えば良い、それによってソロモンは焼かれ多くの部隊が沈むこととなった。」

 

「ソーラ・システム……。」

 

 ソロモンの護りは堅固だった筈だ、兵力にしても連邦に引けを取るものでは無かったのに壊滅したと言うのはこの兵器があったからなのか。

 

「この後ドズルは試作モビルアーマーであるビグ・ザムに乗り連邦の艦隊に特攻を掛けた。これはその映像を記録していたMSのものだ。」

 

 先程の映像より少し画質が落ちるがそれでも充分に確認できる。大型のモビルアーマーが次々と艦隊を撃沈していく様は凄まじいものだった。

 

「稼働時間に難があるシロモノだったが少ない時間でドズルは良く戦ったよ。しかし相手が悪かった。」

 

 その後の映像にはまたしてもガンダムと白いマゼラン級にいたMSが映し出された。ビームバリアーを駆使するモビルアーマーに臆することなく突撃を敢行し見事な連携でドズル中将を撃破する……、これをあの白い奴と同じく北米で戦った青い機体がやったということが俺を苛立たせる。

 

「報告書は読ませてもらっている。君が中米でプロトタイプのグフを奪取された時の話だ。あの時君達の輸送部隊は2機のMSに襲撃されたと書いてある、そして君がドズルとコンスコンを撃破したこの白い機体に以前から固執していると言う報告も聞いている。つまりだ、点と点では繋がらない話だが線を引けばこうなる『君の部隊を襲撃したのはこの白い機体達のパイロット、だから執着をしている』とな。私の想像となるが違うかな?」

 

「いえ、その通りです。フラナガン機関で訓練を受けていた時、連邦が初めて自分達で製造したMSを使い基地を襲撃したという報告と映像を見た時に白い機体が俺の隊長だった人と似たような動きをしたんです。戦域も同じだったので間違い無いと思いました。」

 

「流石と言うべきか、ニュータイプの勘と言うべきか、君の推測は間違っていなかった。時間は掛かったが連邦に潜ませていたスパイからの報告がある。もっとも木馬を探っていた時の副産物に近い形での発見であったのだがな。見たまえ。」

 

 戦闘画面から白いMSと青いMS、そこに小さく映る人物……恐らくはパイロットという事なのだろう。

 

「連邦軍の最初期のMS運用部隊、それを指揮するのがアンナ・フォン・エルデヴァッサー中佐という少女だ。連邦軍では珍しく15歳で少佐という異例の地位からMS部隊の運用を始めたとあるがそれは彼女の家柄が貴族由来から来ているものらしい。」

 

 見た目で言えばマルグリットやヘルミーナと然程変わらない、この小さな少女の指揮によって隊長達は殺されたと言うのか……。

 

「そして君の固執する白い機体のパイロット、彼の名はーーー。」

 

「ジェシー……ジェシー・アンダーセン……。」

 

 マルグリットが小さな声で何かを呟く、が何を言っているかまでは聞き取れなかった。

 

「ジェシー・アンダーセン、現階級は中尉という話だ。彼もまた最初期からMSを運用しアンナ・フォン・エルデヴァッサー中佐と共にゴップ将軍の麾下として活躍していると報告を受けている。つまりだ、彼らは我々ジオンから見れば黒い三連星、青い巨星、赤い彗星と言った古参パイロットと同等の経歴のエースパイロットと言うわけだ。我々の方はいずれも戦死、或いはジオン公国からの離反はしているが。」

 

 ジェシー・アンダーセン……コイツもまた俺達を襲撃し、更には隊長の動きを猿真似までした男だ。許せはしない……そう沸々と怒りが込み上げて来るのが分かる。

 

「フフフ、闘志は漲っているようだな。殺気がここまで届くぞ少尉。」

 

「……ッ。申し訳ありません。」

 

「いや、やる気があるのは大いに結構。この映像を見せたのもそれが理由の一つだ。君達にはある任務についてもらいたい。これを見てほしい。」

 

 戦闘の映像から次は何かの機体の資料が映し出される、サイズからして先程のビグ・ザムと同じようにモビルアーマーなのだろうか。

 

「現在調整が完了したばかりのニュータイプ専用の試作モビルアーマー、エルメスだ。合計2機ロールアウトしており既に1機はテストパイロットによって運用中だ。サイコ・コミュニケーター、通称サイコミュと言ったニュータイプのみが使える特殊な脳波を利用することで操作が可能になる無線誘導の兵器『ビット』を使用し敵を攻撃する機体だ。」

 

 映像が変わりテストパイロットが操作していると思われる場面へと切り替わる、其処には以前の戦闘で宇宙を漂うデブリと化した戦艦の残骸を瓢箪の様な機械が数個、独特な動き方をしながら接近してビームを放ち攻撃していた。

 

「これが……無線誘導なんですか?」

 

 にわかには信じ難いが、仮にそれが可能であるならば様々なパターンで敵の意図しない場所から攻撃が出来る。

 

「そうだ。上手く操作できるニュータイプさえいればこの1機で局面を変える事も可能であろう。それでだ、君達にはこのエルメスを1機使用して現在ソロモンに駐留している連邦艦隊に奇襲を仕掛けてもらいたい。既にもう1機のエルメスと護衛のニュータイプ部隊は君達と入れ違いで出立している。彼らには木馬の部隊、君達には白いマゼラン級の部隊を攻撃してもらいたいのだ。私の予感だが彼らのニュータイプとしての素養は高い、我々の脅威になる前に排除しておきたいのだよ。」

 

 数々の戦闘で自軍のエースパイロット、更にはドズル中将すら撃破した部隊だ。確かにあの木馬と白いマゼランのMSパイロット達は脅威に値するだろう。このままにはしておけない。

 

「分かりましたキシリア閣下、我々がドズル中将の弔い合戦をして無念を晴らして見せます!」

 

「頼んだぞ。それとだ、遅くはなったが君達の地上での活躍はかなりの評価がされている。グレイ少尉は中尉、ヘルミーナ、マルグリット両曹長は今後少尉に昇格とする。エルメスのパイロット選定は3人の中で1番ニュータイプとしての能力が高い者が使用し、残る2名は新型のゲルググを使用してエルメスの護衛にあたれ。指示は以上となる、下がりたまえ。」

 

「ハッ!了解であります!」

 

 敬礼し、司令室を後にする。ドアを開けると先程から待機していたのか大佐の階級章を付けた男性と入れ違いになる。

 

「失礼。」

 

「ハッ。」

 

 大佐の男は軽く敬礼をし司令室へと入って行った。キシリア閣下も多くの将兵との打ち合わせがあるのだろう。俺達も自分達の役割を果たさなければ……そう思いながら先ずはエルメスの適正を確認しにグラナダ工廠へと向かうのだった。

 

 

ーーー

 

 

「只今戻りましたキシリア様。」

 

 司令室に入り敬礼をする、彼女は返礼を返すと指先を椅子へと差した。再度礼をし椅子に腰掛ける。

 

「時間通りだな大佐。首尾はどうなっている?」

 

「ゼナ様らはスイートルームでお休み頂いております。夫に先立たれたと言うのと今後のミネバ様の待遇に不安を感じているのか心身共にあまり良い状態とは言えませんな。」

 

 ドズルを失った今、後ろ盾となれるのはデギン公王くらいか。それすらもギレンという男の前では霞んでしまう、生まれたばかりの娘が政治に利用される運命しかないのを悟った後では心労も多いだろう。

 

「ミネバさえ確保出来るのであればゼナの容態などどうでも良い、アクシズとの連絡は?」

 

「マハラジャ・カーンにはグラナダ単独での極秘の物資移送はかなり怪しまれましたが幸いにもゼナ様らを回収出来た恩恵で彼女らも最悪の場合はアクシズに行って貰うと話をしたら納得した様子でした。移送船団の護衛にマハラジャの娘達を同行させたのも覿面でしたな。」

 

 必要最低限ではあるが、それでも今後拠点をアクシズに構える時には充分過ぎる程の機材、資源、データを極秘裏に送っている。マハラジャ・カーンはギレン・ザビとの折り合いも悪いので彼から情報が漏れる事はないだろう。

 その為に娘達を護衛として送っている側面もある。もし情報が漏れるような事があれば彼女らの身の安全は保証されないのだから。

 

「ミネバの後見が出来ればまた政治に返り咲く事も可能であるからな。奴にもまだ欲があると言う事だ。多少の欲目がある方が此方としてもやり易い。」

 

「しかしよろしかったのですかな?」

 

「彼らの事か?」

 

「えぇ。先程話しているのが聞こえましたが、キシリア様は側から見ればまるで彼らを捨てるかのように見えましたが。」

 

「ふむ。そうだな、お前はニュータイプについてどう思っている?」

 

「個人的には、ではありますがパイロット能力だけをみれば即戦力で尚且つ生存能力が高い故に戦術的には魅力的な素材ではありますな。しかし精神的な脆さが不安材料ではありますが。」

 

「私も概ねお前と同じ意見だよ。フラナガン機関が回収した自然発生したニュータイプと言うのはその大半が過去に自分を変えてしまう程の精神的なダメージを受けた者が多かった。それ故に安定性に欠ける。」

 

「それに余計な知恵を付ければ第二のダイクンに成りかねますからな、人類の変革というのを見せてしまえばこの戦争で疲弊した民衆はそれを拠り所にしかねないでしょう。」

 

 この戦いもある意味では連邦の圧政により疲弊した民衆をダイクンのジオニズムという宗教によって成り立たせた聖戦と言えるだろう。それほど迄に人が何かに縋るという行動は強いエネルギーを産むのだ。それ故に懸念すべき事柄でもあるのだが。

 

「だからこそのソロモンだ。痛手を与えられれば良し、敵に撃破されてもそれほど痛くはない。既にエルメスのデータも取れているからな。」

 

「今後もニュータイプを使う予定で?」

 

「人為的に作ったニュータイプだがな。私に対する忠誠を強く持つ者を強化したり、最初からクローン体を使用し反乱の恐れのないニュータイプを使用すれば有用な兵士として使える。既にキマイラで運用している最中だ。」

 

 倫理的なタブーなど戦争でタガが外れてしまえば関係ないのだろう。

 連邦でも既に非人道的な実験をしているという話も聞く。こういうのは一度でも手を出してしまえば次へ次へと進むものだ。

 

「成る程、だからこそ彼らは捨て駒にされてしまったと言うことですかな。私もそうはならない様に心掛けなければなりませんな。」

 

「ふっ、安心しろ……とまでは言わないが私はお前の能力は高く評価しているつもりだ。だからこそ兄やドズルに嘘をついてまでお前を生かしたのだ。」

 

「心得ていますよキシリア様。私とて本来なら軍法会議で死刑を言い渡されてもおかしくない所を助けられたのです、この恩義には報いるつもりです。」

 

「その言葉信じよう。これからも私の片腕として活躍してもらうぞマ・クベよ。」

 

「……。」

 

 

 

 策謀渦巻く月面。真実を知らず戦いに赴く人形(マリオネット)に、破滅への序曲が静かに流れ始めたのだった。


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