『クソッ!離れやがれ!』
「させるかよ!」
ヴァイスリッターで敵のゲルググの動きを何とか押さえつけながら膠着状態が続く。これなら奴からの攻撃は抑えられ、エルメスも正確な射撃で無ければゲルググを巻き込む事になる。懸念すべきは……。
『グレイを……離せぇ!』
もう一機のゲルググだ、この一機だけは完全にフリーとなっているから的確に俺だけを狙われたら危険だ……だが。
「行かせません!」
フィルマメントがビームライフルで牽制を仕掛ける、アーニャの腕ならそう簡単に此方に近づけさせはしないだろう。こうなれば後は味方が駆けつけてくれるのを待つだけになる……そう、エルメスさえ動いてくれなければだが。
『お兄さん……ヘルミーナ……っ!』
エルメスが独特な動きをしながら機動を変える、やはり動かないのを期待するのは無理な話か……!なら……!
「くっ……うおおおお!」
『クソッ……!』
ヴァイスリッターのバーニアを全開にしゲルググもろともデブリ帯に突っ込む。かなり危険な行為だが、やらないよりやる方が今はマシだ。
「ジェシー!?」
『コイツ……何を!?ーーーぐっ!』
漂流している艦艇の残骸へ体当たりするようにぶつかる、それと同時にゲルググから離れる。
モニターからデブリに激突するタイミングが分かる俺とは違い、奴には突然の衝撃となった筈だ。幾ら機体の状態で差があるとは言ってもこの状況なら機体よりもパイロットが持たない筈だ、これなら……!
「喰らえぇぇぇ!」
ビーム・ルガーランスを動きが止まっているゲルググへ向けて突き刺そうとする瞬間、突然のビーム攻撃により攻撃の手が止まる、これは……。
「エルメスか!?」
『お兄さんを……やらせる訳にはいかないんです!』
「君は……マルグリットなんだろ!?俺だ、サイド6で会ったジェシー・アンダーセンだ!」
敵に向かい短距離通信を試みる、せめて受け取ってくれれば……。
「分かっています……!ジェシー・アンダーセン、連邦軍中尉。そして連邦軍最初期からのMSパイロット、ドズル中将を倒した部隊の……お兄さんの大切な人の命を奪った……!パイロットなんでしょう!?」
瓢箪のようなビットがエルメスから舞い踊る様に放たれ、此方へ向かいビームを放ってくる。ビットを視認できる状態からの攻撃だったから何とか反応出来たが……。
「なんで……そんな詳しい内容まで。」
「貴方は貴方が思ってる以上に私達にとっては脅威な存在だったんです!だから……だから此処で斃れてください!」
再びビットからビームが放たれる、繊細さは欠くがそれでも立て続けに攻撃されて回避を続けられる程、俺も機体も万全では無く、細部に攻撃が当たっていく。
「ジェシー!」
『姉さんの所には行かせない!グレイにだって攻撃させるもんか!』
アーニャのフィルマメントが俺の援護に向かおうとするも、逆に今度はもう一機のゲルググに阻まれる、やはり彼らの個々のパイロット能力は俺達を上回っているようだ。
「アーニャ……!クソ……攻撃を止めてくれマルグリット!君とは戦いたく無い!」
「あの時貴方が言ったんです!相見えたなら戦うしかないと!」
「それでもと言った!」
「これが運命なんです!貴方と私のーーー」
【これは、きっと運命だったんだ。】
「……っ!?」
「なんだ……?俺の声……?」
脳に響くような声、声の主は俺であって俺が言った言葉ではない。これはーーー?
「私を……惑わさないでください!」
ビットが更に増えて攻撃をしてくる、いよいよ回避しきれず頭部が破壊された。
「くっ……!」
メインカメラが潰れた……!流石にアムロの様にたかがメインカメラがなどとは言えない状況だ。サブカメラに切り替えるものの、その精度はメインカメラより遥かに劣る、視界が少し確保された程度のレベルだ。
「だがっ……!まだ動ける……!」
モビルアーマー相手に先程のゲルググと同じ行動が出来るかは怪しかったが、出力を上げて一気にエルメスに近付こうとする。ビットの攻撃を凌ぐという手段でもあるが……俺はどうしても彼女と戦うのを避けたかった、敵である筈なのに……。
「何を……っ。」
「捕まえた……!」
右腕部のみの不安定な形ではあるが、エルメスに掴まるようにヴァイスリッターを固定する。その瞬間であった。
【何故!僕達が戦わないといけない!】
「アムロ……!?」
【それが分からないから!坊やは坊やなんだよ!私は私が好きだから……自分を守る為に戦うのよ!】
【シャリア・ブル!それだけの力を持って、何故使い道を誤る!】
【ニュータイプと言えど、国という群に縛られれば、例え優れた個であっても使い潰されると言うことです。キャスバル・ダイクン!】
アムロとシャアの声、そして嘆き。そして対峙する者の痛みと諦観。
それらの感情がエルメスのサイコミュを通してなのか、俺にも伝わってくる。宇宙が……まるで青空の様に蒼く輝いていく。
【助けてーーー。】
【声が、聞こえたんだ。助けを求める君の声が。】
先程までいた筈の宇宙空間から、何処かの寂れた街並みに景色が変わる。其処には俺……ジェシー・アンダーセンがボロボロになっている少女に手を差し伸べている光景だった。
「これは……私?なんで……。」
顔を上げた少女は今戦っているエルメスのパイロットであるマルグリットだった、何故彼女と俺が……?
「何なんだこれは……。一体何がどうなって……?」
見覚えない景色の筈なのに、何処か懐かしく、何処か悲しくも感じる。この不可思議な現象もサイコミュの影響なのだろうか。まるで時間が止まっているかの様に静かだ。
「貴方は……貴方は一体何者なんですか。」
其処には機体はなく、マルグリット本人が俺の目の前に現れていた。まるでニュータイプ同士の共感による異空間のようだ。
「分からない……。何で君と俺があんな出会い方をしているんだ、まるで……まるで……。」
そう、まるで
「貴方はサイド6で偶然出会っただけの存在でしかないのに……!なんでこんなにも私の心が掻き乱されるんですか……!」
リィン、リィンと鈴の音が鳴る。それは俺が彼女に渡した鈴のイヤリングから聴こえてくる。音が鳴る様な作りにはなっていない筈なのに。だが、この鈴の音を聴いているとふと考えが過ぎる。
「……きっと、もしかしたらだが。俺が『ジェシー・アンダーセン』になったからこんな事になっているのか……?」
そう、俺が憑依しているジェシー・アンダーセン。本来であれば恐らくアムロ達と出会う事も、ヴァイスリッターと呼ばれる機体にも搭乗する事は無かった歴史を辿っている彼の本当の未来が、今見えている光景なのか……?
「私は今まで、お兄さんから言われるまではずっと人の心を読んで、人の顔色を伺っていました。なのに、貴方からは心が読み取れません……。」
「お兄さん……?」
「ジェイソン・グレイ、貴方が襲った部隊のパイロット。お兄さんは貴方達に大事な人の命を奪われて、復讐に取り憑かれたんです。」
イフリート、そしてさっきのゲルググのパイロットの事だろう。俺の初陣で撤退したマゼラに乗っていたと思われる男が、彼女がお兄さんと呼んでいる人物なのか。
「復讐に取り憑かれても、私や妹を兄妹の様に接してくれて。人の心を読んでいた私達にそんな生き方をするなと言ってくれた、私達を人形から人間にしてくれた大事な人なんです。」
【貴方が私を人形から人間に変えてくれた。】
また幻聴と共に景色が移り変わる、それは夢で見た部屋と同じ場所だった。
「私は妹が愛している人の為に、私達を救ってくれた人の為に、貴方を倒さなくてはいけない……なのに……っ!」
きっと同じ事を思っているのだろう。本当はこんな出会いがあった筈なのかと。その出会いがこの光景の二人にとってどれだけの価値があったのかを。
「退いてくれないかマルグリット。君の言う通り、俺達は偶然サイド6で出会っただけの関係だ。だけどこうやってお互いに戦うのに迷いがある!なら……っ!」
「そんな理屈が通るほど……戦場は優しくはありません!だから……!」
何とか戦うのを避けたいが、今は戦争で、戦闘中なのだ。戦いたくないの一言で簡単に済むほど甘くはない。それを示す様に、再び俺達の間を声が駆け巡る。
【坊やにならいいわ……。これで良かったのよ、さよなら……坊や。】
【あ、あぁ……。僕は、取り返しのつかないことをしてしまった……っ!】
悲惨な運命を歩み、そして報われる事なく死んで行った女性の思念が、アムロに消える事の無い傷みを残していく。
【それで良いのです、新しい時代を作るのは老人ではありません。本当のニュータイプの革新をどうか……。】
【これではニュータイプはただの人殺しの為の道具に過ぎないではないか……!互いの心が分かっているのに何故こんな事が起きなくてはならない!お前はそれで良かったと言うのか、シャリア・ブル……ッ!】
例え互いに戦う事を望んでいなくても、戦争が、そして状況が敵を作り出し戦いを生む。その虚しさに行き場を無くした慟哭がまた俺達を駆け巡った。
「アムロ……、キャスバル……。」
二人も今の俺達と同じ様に、互いを共感出来ていたのにこんな結果にしかならなかった。こんな結末であって本当に良いのか?……そんな訳がない!
「君もこの哀しさが伝わっている筈だ!分かり合えるのに敵同士だから戦うしかないなんて間違ってると!」
「私は……、私は……っ!」
彼女の中にある戦いへの躊躇い、それは俺と同じ筈なんだ。だからこそ戦いは止められる筈だ……。
しかし、そんな期待を壊すように、俺達の間を暗く歪んだ感情が阻んだ。
『マルグリット!ソイツから離れろ!』
『……ッ!お兄さん……!』
「ジェシー!一体どうしたのですか!?」
先程まで二人を形成していた空間が崩れ去り、目に見えるのはヴァイスリッターのコックピットだ。どうやら感じていたほどの時間は流れていなかったのか、辺りは先程の戦闘状況のまま、グレイと呼ばれる男が衝撃から目を覚ました直後のようだ。
『お前との因縁も此処で終わりだ!死ねぇ!ジェシー・アンダーセン!』
現実に引戻らせるその一瞬、ゲルググが正確に俺に狙いを掛けてビームライフルを放つ。
「これ以上やらせは……しません!」
フィルマメントもまた、もう一機のゲルググの攻撃を回避して俺に攻撃を仕掛けたゲルググに向けて直撃コースのビームを放った。
『何……!?直撃だと!?』
『駄目ぇぇぇぇぇ!』
その刹那の瞬間、マルグリットの乗るエルメスが俺のヴァイスリッターをビームが当たらない様に突き飛ばす様に引き剥がすと同時に、ジェイソン・グレイと呼んだ男のゲルググを庇うようにビームの射程へと入る。
「そんな……!やめろ!やめるんだぁぁぁ!」
心の中から湧き上がる衝動が雄叫びの様にコクピットに響く。しかし、それも虚しく宇宙に消える。
『キャァァァァァ!』
『馬鹿な……マルグリットォォォ!』
『あぁぁ……嘘だ……姉さん……お姉ちゃぁぁぁん……!』
「あ……、私……どうして……涙が……止まらない……?」
エルメスが爆散していく、此処にいた全員がまるで時間が止まったかのように静まり返る……俺もまた同じだった。
宇宙がまた、蒼く……染まる……。
ーーー
「マルグリット……!どうして俺を庇った!なんでお前が……お前が死ななきゃならないんだ!」
「お兄さん、貴方が死んだらヘルミーナが悲しみます。」
「それはお前だって同じだ!俺なんかより姉のお前の方が大切に決まっているだろう……!?」
「ふふふ、やっぱりお兄さんは鈍感で朴念仁ですね。今のあの子は私なんかよりもずっと、ずっとお兄さんの方が大切なんですよ?」
「何を言って……。」
「前にお兄さんはフラナガン機関で何で私達がお兄さんの為に協力するのかって聞きましたよね。それに私は家族同然だからと言いました。あれは、私がお兄さんの妹として、ではなく。『お兄さんの将来の義理の姉』として家族も同然だから、って意味で言ったのですよ。」
「……っ、それはつまり……。」
「えぇ、ヘルミーナは貴方を愛しています。貴方に出会って、人形から人に変われた時からずっと。だから、護ってあげてください。私の代わりに……。」
「マルグリット……!」
「そして、出来れば……彼を、ジェシーを許してあげてください。二人が争うのを私は見たくないから……。」
「何故だ……何故奴を……。」
「幸せな『刻』を貰えたから。そういう未来もあったんだって、教えてもらえたから。……さようならお兄さん。妹を、ヘルミーナをお願いします。」
「駄目だ……行くな!行くなマルグリット……!!!」
ーーー
「此処は……一体?」
見慣れたコックピットがいつの間にか無くなっている、それどころかノーマルスーツも無く、一面がまるで青空のように蒼く輝いている。
「貴方が……
「この声……コンペイトウで聴こえていた声と同じ……?」
あの時、逃げてとずっと叫んでいた声。それと同じ声が今私の中で響き渡る。
「皮肉なものですね。彼に向けて発していた想いは、彼を一番想っている人にだけ伝わっていたと言うのは。」
「貴方は一体……?」
「私は貴方にとってはただの敵パイロットにしか過ぎません。ただ、私にとっては今のあの人が護る、あの人の大切な人。」
「あの人……、ジェシーの事を言っているのですか?」
彼女とジェシーは何処かで知り合っていたのだろうか?いや……この心の中に感じる暖かさは、それとは別の何かもあるのを伝えてくる。
それは今とは違う何処かで、確かにあった【刻】の流れの暖かさなのだと、理解し難い現象に襲われているのに、それを納得してしまう何かがあった。
「私はもうあの人の未来が見れないから、貴方に私の代わりに見て欲しい。彼の目指す未来を。」
「……私には貴方が何者で、ジェシーとどういう関係なのかは分かりません。でも、あの人と一緒に未来を歩むと決めました。だから、貴方の代わりに私はずっと見つめて行きます。彼との未来を。」
「良かった……、あの人の未来に貴方がいてくれて。私と一緒だったら、悲しい結末しか待っていなかったから。」
それは違う、何故だかは分からないが強くそう思った。きっとそんな事は誰も思ってはいないのだと、それに気づいたのか彼女は優しく私に微笑む。
「優しい人で良かった。これで悔やむ事なく死ねそうです。あの人をお願いします……。」
そう言って彼女は、蒼い鳥になり宇宙を飛び去り、消えていった。
ーーー
「これで良かったんです、ジェシー。今……全部分かりました。」
「どうして……何が良かったって言うんだ!こんな……こんな結末なんて誰も望んじゃいなかった筈なのに……!」
「誰もが望む未来を手に入れる事は不可能なんですよ。誰かが幸せになる刻もあれば、悲しい結末を迎える刻もあります。私の事はこの世界では偶然出会ったジオンの少女がただ死んだだけ、端的に見ればそれだけなんです。」
結果的に言えばその通りだ。だがそれはあくまで本当にただ結果だけを見た話であって実際は全然違う、この駆け巡るような彼女との記憶、本来あった筈の時代の流れ、それを無視した結果がこの結末なのだ。
「分かっているんだろ……!?俺が本当のジェシー・アンダーセンじゃない事を!本当は全く別の人間が取り憑いているだけだって!そのせいで君と彼の間にあった筈の本当の未来は……っ!」
「確かに本来の【刻】の流れであれば、私達は結ばれていたのかもしれません。でも最期は虚しく2人とも死んでいく、そんな悲しい未来なんです。」
「それでも!君も彼も幸せな時間を刻めた筈だ!俺はそれをぶち壊したんだ!」
「でも、だからこそ救われる命が生まれたんです。貴方が皮肉にもお兄さんの仇にならなければお兄さんはこの戦争のどこかで死んでいて、妹もまた飢えて死んでいました。その未来はまだ変えられる、変えて欲しいんです。今の貴方に。」
歴史を変える、最初にこのガンダムの世界に憑依した時に簡単に思っていた事だった。だがレビル将軍の死や、マルグリットのこの結末を迎えてなお、そんな事を考えられるほど俺は……。
「変えてください。貴方と、貴方を愛する人の手で、悲しいだけの世界を……どうか。」
「俺は……俺は……っ!」
「ねぇジェシー。私は前にコロニーで、地上と変わらない様に飛んでいる鳥を見ました。動植物が宇宙に簡単に適応しているのに、人間はそうじゃないなんておかしいでしょう?」
「……あぁ、そうだな。変わって行かなくちゃいけない……人間も……俺達も。」
「ジェシーは本当に分かってくれますか?」
「分かるよ……君ともこうして分かり合えたんだ。悲しい世界にならない様に……か、変えてみせるさ……!」
「ありがとうジェシー……。」
そして彼女は、この宇宙から消えていった。