「どうですかドクター、彼の容態は?」
アンゼリカのメディカルルームでまるで死んだ様に眠っている彼を見つめながら、ドクターに問いかける。
「肉体の方は軽傷で命に関わるような傷はありません。しかしながら脳波の方が異常に乱れています。こちらの方がかなり危険な状況ですね。」
「……分かりました。何か変化がありましたら連絡を。」
「ハッ。了解しました中佐。」
あのモビルアーマーの撃墜後、信号弾に気付き反転して駆けつけたララバーサル軍曹とグリム伍長に、形勢不利と見たのか灰色の新型2機は撤退して行った。
その直後、ジェシーはコックピット内から叫ぶ様に大声を出し続け、そして駆け付けた時には既に意識が途絶えていた。
私達は急ぎアンゼリカに帰投しメディカルルームに彼を運んだが、1日が経った今でも彼は目覚める様子が無かった。
「……ハァ。」
少し溜息を吐く。原因は分かっているのだ、あのモビルアーマーのパイロットだった彼女、その死が影響しているのだろうと直感があった。
しかし彼女が何故ジェシーを知っていて、ジェシーもまた彼女とどういう関係であったのかは私は知らない。
ただ敵と通じているだとかそういう戦争に起因した関係というのとはまた違う、それ以上の何かもあの時感じたのもまた事実だ。
だからこそ余計に、今の状況に頭を打つのである。あの不可思議な現象もまだ私の中でキチンと整理できていない。モヤモヤがずっと頭の中をぐるぐるしている様で考えが上手く纏まらない。
「悩み事ですかな、エルデヴァッサー中佐。」
「アンダーセン艦長……。」
いつの間にかアンゼリカのラウンジまで来ていた私に、アンダーセン艦長が声をかけてきた。
「コーヒーでも如何ですかな?大抵の悩み事はコーヒーを一杯飲んでいる間に解決すると言うのが私の持論でしてな。」
「……いただきます。」
どうやら私が悩んでいるのは艦長には筒抜けのようだ。気を張り過ぎるのもいけないしお言葉に甘える事にしよう。
「持論を掲げるだけあってコーヒーを淹れるのは得意でしてな、さぁどうぞ。」
既にコーヒーポットに用意されている所を見ると誰か来るのを待っていたのかもしれない。それとも私が此処に来ると最初から分かっていたのだろうか?湯気の立つコーヒーを口に含む。
「美味しい……。」
心を落ち着かせる程よい暖かさと優しい風味がすぅっと私の心を穏やかにさせていく。
「昔はこうして、貴方のお母上にも飲んで頂いたものです。」
「艦長……やはりお母様とお知り合いだったのですね。」
アンゼリカというこの船の名前を決めてもらった際にもしかしたらと思っていたけれど、やっぱりアンダーセン艦長は母を知っていたようだ。
「えぇ、中佐のお父上でもあるカール・フォン・エルデヴァッサー、そしてアンゼリカ・フォン・エルデヴァッサー、それにゴップと私を含めた4人は盟友でありました。」
「盟友……?」
「はい。宇宙世紀という新時代、そしてその時代を生きる新世代の若者の為に、人々が宇宙に希望を抱き宇宙へ上がる、その為に各々できることをやろうと。アンゼリカの言葉から始まった話です。」
お母様、私が生まれて物心が付く前に亡くなった人。その足跡を知る者は今はもう多くはない。
「ゴップは余り乗り気ではなかったのですがな。アンゼリカには天性の魅力と言うか人をその気にさせる力強さがありました。渋々ながら奴も出来る限りの支援をしていた様です。」
ゴップ叔父様は生まれてからずっと私に親身にしてくれた人の一人だ。お祖父様やお父様が亡くなってもそれは変わらず、部隊設立から機体の融通まで今も無理をさせてもらっている。
「お母様はどの様な人だったのですか?」
「ふっ……失礼な話になりますが、まるで嵐が野を駆けるようなまさに破天荒と呼ぶのに相応しい人でした。」
「そ、そうなのですか……!?」
父や祖父からは優しい人だったという話をよく聞いていたので、想像していた母のイメージ像が少し崩れてしまった。
「人々が不満無くどう宇宙へ上がらせようか、確実に不満を出してくるであろう上級層の人間はどう対応するべきか、そう話し合っていた際にアンゼリカは『不満を言ってくる連中は端から全部ボコボコにしてロケットに縛り付けてでも宇宙へ上げてやるわ!』と豪語しておりましたからな。」
想像していた優しいお母様の姿が音を立てて崩れて行くのと同時に、宇宙へ上がったばかりの頃にジェシーとアンダーセン艦長の三人で話をした時に艦長が笑った意味が分かった。遠からず私も母と同じ事を言っていたから艦長はそれを思い出したのだろう。
「中佐はやはりカールとアンゼリカの面影があります。それは聡明さよりも心の芯の強さ、想いの強さと言った部分の方が大きく感じますな。」
「それを言うならジェシーの力強さもアンダーセン艦長譲りかもしれませんね。あの人は普段は頼りない所もありますが、肝心な場面では誰よりも頼もしい人ですから。」
「倅を褒められて悪い気はしませんな、ジェシーの方はこれを聞いたら怒るかもしれませんが。」
「でも、以前と比べたら艦長に優しくなったと思いますよ?」
再会した直後は彼のお母様の事もあり常に喧嘩腰ではあったけれど、最近は普通に会話する所も散見している。仲直りはまだできるのだ。
「そうですな。こう言っては失礼ですが息子は以前とまるで別人のように変わりました、それは中佐を始めとした仲間の影響だと思っております。そこは一人の父親として感謝させて欲しいですな。」
「ふふっ、そう言われると私も彼の彼女として嬉しくーーー」
そう言って顔が赤くなるのを自覚する、確かに恋人ではあるのだから間違ってはいないのだけれど、今の状況は艦長と中佐としての会話というより彼氏である人の父親と話をする彼女ではないのか?
そう思うと一気に恥ずかしさの方が大きく出てしまった。
「ハハハ、顔が真っ赤になっておりますな中佐。」
「あ……う……。」
「鈍感な所もありますが、あれは元来優しい子なのです。貴方を支えようと空回りする所もあるでしょうが、支えてやってくだされ。」
「……はい。」
互いに護り、護られて。そんな関係であり続けられればどれほど幸福であろうか。
私の中にある彼への気持ちがまた一層強くなるのが分かる。
結局彼があの異質な空間で出会った女性とどの様な関係であっても、私は彼を支えて行くのだ。それが彼と共に歩む私に出来ることなのだから。
「ありがとうございましたアンダーセン艦長、おかげで気分もだいぶ晴れました。」
「その様ですな。少しお休みになられるとよろしい、ジェシーの事が心配なのは分かりますが、ジオン本土決戦も近く休める時に休んでおかねば。」
「そうですね、お言葉に甘えて少し休息を取っておきます。……アンダーセン艦長。」
「はい。」
「また、お母様のお話を聞かせてください。私はまだまだお母様の事についてさっぱりだった様ですから。」
「……分かりました。時間がある時にまた幾らでもお話ししましょう。語る話題はまさに山の様にありますからな。」
アンダーセン艦長に別れを告げ、自室へと向かう。ジェシーの事も気になるがアンダーセン艦長に言われた通り休める時に休んでおくのもまた必要な事だ。彼が目覚めたら、それをちゃんと支えてあげられるように。
ーーー
【ウワァァァァァ!!!】
かつてない程の慟哭。俺の中にあるもう一つの魂が、それを認めない様に、許さない様に、怒りを、悲しみを、そして恨みを魂ごと吐き出していた。
それに飲み込まれる様に……いや同調するように俺もまた感情の渦へと落ちて行く。まるで深い深い暗闇の中へ。
「……っ。」
目を開くと、白い光が一面を照らす。どうやらコックピットの中ではない様だ、自分の部屋ともまた違う景色だが。
「目が覚めたのかアンダーセン中尉……?おい!誰かブリッジに報告をしてくれ!」
「ドクター……?此処はメディカルルームなのか?」
目の前にいるのはアンゼリカのドクターだ。彼がいると言うことはここはメディカルルームのベッドの上と言うことか。
「中尉、まだ動かないでください。貴方は先程まで脳波が異常に乱れていましたからまずは少し検査をしてから。」
起き上がろうとした所を制止させられる。異常があったのなら確かに無理に動く必要は無いだろう、今は安静にしておくか。
少し落ち着くと、身体が異常に軽く感じる。身体と言うよりは心がだろうか、まるで空洞が出来たかの様に虚しさだけが残っている。
……俺が結果的にマルグリットを殺したからだろうか、本来のジェシー・アンダーセンが歩む筈だった未来を消して、彼の心を完全に消す様な行いをしたのだ、悔やんでも悔やみきれない。
「ジェシー、目を覚ましたようだな。」
「親父……。」
いや、今の俺がこの人を親父と呼ぶのはもう失礼なのではないのか……。彼を乗っ取って、ガワだけが同じな別人なのだ。この人を父親として見ていいのか不安になる。
「どうした?普段のお前なら何をしに来たと憤慨している所ではないか。いつもの威勢は何処に行ったのだ。」
「今は……そんな気分じゃない。」
「ふむ、そうか。」
そう言うと親父は椅子に腰掛ける。単純に心配していてくれるようだが今の俺にはあまり心地の良い状況とは言えなかった。
「親父……。変なことを聞くが……仮に、仮にだ。もしも今過去に引き返せて、何かをやり直す事ができて、それをした結果本来救われるべき人が死ぬ運命に変わったとしたら親父はどう受け止める?」
「ふむ。おかしな事を聞くな、何かをやり直せたらか。」
「仮にで良いんだ。それをした事で本当にあった未来を消してしまうとしても、親父は未来を変えたいと思うか……?」
答えを聞いたところで気休めにしかならないのは分かっている、だけど今は少しでも何かに縋りたかったのだ。
「そうだな。例えばだ、過去に戻った私がお前や母さんを見捨てずそのまま職務を全うしたとしよう。そうなればお前はもしかしたら軍人を目指すこともなく、エルデヴァッサー中佐や隊の皆と関わることのない人生になり、そこでもしかしたら隊の誰かが死ぬ運命に変わるかもしれない。私が未来を変えようとした選択が今のこの瞬間を変える結果になるだろう。」
そうかもしれない、ジェシー・アンダーセンにとっては親との不仲が無くなり普通の市民としての人生に変わる。行動一つでこれだけ人の未来は変わってしまう。
「だがなジェシーよ。そんなものは結局想像の話にしかならんし、運命というものは後出しの予言と同じだ。全てが終わった後にそれが運命だったと言うしかない。今この瞬間、この場にいる事こそがお前の運命でもあり私の運命でもある。仮に誰かが知り得る本当の歴史があった所で、今それが違うのであればそれは運命などではない。運命とは今この瞬間この場にいる人間が決める事だ。」
俺は……此処にいても良いのだろうか、それが今のジェシー・アンダーセンである俺の運命だと言うのなら俺は……。
「ドクター!ジェシーが目覚めたと言うのは本当でーーー痛っ!」
感傷に浸っていた俺を吹き飛ばす勢いで猛烈な勢いでメディカルルームに飛び込み、そのまま止まらず壁にぶつかるアーニャが現れた。続いてグリムとララサーバル軍曹、クロエ曹長にジュネット中尉が入ってくる。
「アッハッハ!幾ら心配だからって勢いが良すぎだよ隊長!」
「大丈夫ですか中佐!?結構派手な音がしましたけど……。」
「まさか自分もわざと怪我をしてアンダーセン中尉と一緒にメディカルルームで仲良くお眠りする魂胆……?中佐も中々大胆なのかも……?」
「四人ともはしゃぎ過ぎだ。アンダーセン中尉を見てみろ、呆けているじゃないか。」
其処には俺がこの世界に来てからずっと行動を共にしてきた仲間達がいた。
そう、俺の生きる今を共にする大切な仲間達が。
「みんな……。」
「シショー、大丈夫かい!?相変わらず怪我をしまくるんだからこっちは心配でしょうがなかったよ!」
その奔放さと、誰にも気兼ねない豪胆さで常に元気を絶やさないララサーバル軍曹。
「まぁまぁカルラさん、こうして無事に目覚めた訳ですから良いじゃないですか。」
そんなララサーバル軍曹の抑え役、何事も真面目にこなして安心して後ろを任せられる頼れる後輩グリム。
「それよりも中尉はせっかく改造したばかりのヴァイスリッターをボロボロにしてどうするつもりなんですか!?」
俺よりもMS、三度の飯より整備好きのマッドメカニスト……と言うのは冗談で何だかんだみんなを心配して日夜パイロットの為に整備をかかさないクロエ曹長。
「落ち着きたまえクロエ曹長、それにみんなもだ。まだアンダーセン中尉は病み上がりなんだぞ。」
頼れる年長者、堅物であるが的確な判断能力と戦況把握で隊に無くてはならない存在であるジュネット中尉。そして……。
「ジェシー……。」
誰よりも護りたいと思う存在であるアンナ・フォン・エルデヴァッサー。この仲間達がいるから、俺は戦えるんだ。
「心配をさせたな、アーニャ。もう大丈夫……大丈夫だ。」
親父の言う通り、俺が決めた行動で今という運命があるのなら、俺はもう迷わない。アーニャを護り、より良い未来を目指してみせる……。
だから……これで良いんだよな、マルグリット……。
ーーー
それから半日が経ち、司令部から作戦概要が通達されたとの事で、アンゼリカの主だったクルーとパイロットの俺達はブリーフィングルームに集まった。
「全員集まったようだな。これより第一艦隊総司令ティアンム大将からの最終作戦概要を説明する。」
最終作戦……、ソロモンが落ちた今残る敵の重要拠点は目前にあるア・バアオ・クーとサイド3本国、少し離れて月のグラナダに限られる。恐らくは前者の方だろうがどうなるか。
「まずティアンム大将率いる第一艦隊、そしてグリーン・ワイアット中将が率いる第二艦隊、そしてワッケイン少将率いる第三艦隊は敵要塞ア・バオア・クーへ進軍し敵要塞の無力化を狙う。本来であれば要塞を無視してサイド3本国に直接向かう方が確実ではあるが情報によれば敵はア・バオア・クーに主力を集結しているという事だ。挟撃を避ける為にもまず此方を叩く。」
「それで親父……いやアンダーセン艦長。このアンゼリカは、いや第13独立部隊の配置はどうなってるんだ……じゃなくてどうなっているのでありますか。」
「ふむ、軍人らしくなったではないかジェシー……。コホン、アンダーセン中尉よ我々第13独立部隊は本作戦を前に解散、ホワイトベース隊は第三艦隊と共にア・バオア・クー攻略へ向かう。そして我々には極秘任務が言い渡されている。」
「極秘任務……!?」
アムロ達がア・バオア・クーに向かう事自体は問題ないしホワイトベース隊がいれば要塞攻略なんて何とかなるだろうって安心感はあるので良いのだが、まさか俺達に極秘任務が言い渡されているとは思いもよらなかった。
「このアンゼリカ、そしてサラミス級2隻、コロンブス級3隻で編成され艦隊でサイド3、1バンチコロニーであるズム・シティへと向かう。」
「そんな少ない戦力でサイド3へ……!?」
これに驚くのはグリムだ、と言うか俺も驚いているしみんなざわざわしている、それだけインパクトのある発言だ。
「我々は主力艦隊の影に隠れた隠密行動で動くが、それでもグリム伍長が驚くようにこの少ない戦力では本来サイド3本国を攻め入るのは不可能だ。だがこの戦力で行くのにもまた理由がある。何も無策に攻める訳ではない。」
「此処からは私が説明しますアンダーセン艦長、これは諜報部が接触したジオンの停戦派、ないしダイクン派と呼ばれる勢力の手引きがあってこその作戦なのです。このア・バオア・クー攻略が始まるのと同時に、月のグラナダではダルシア・バハロ首相が連邦軍との停戦協定に応じる為に動いたとの情報があります。」
確かガンダム4号機とか5号機が出てくる奴でそんな話があったな、つまりジオン側の停戦派に合わせての動きと言うことか?
「更にズム・シティの方では首都防衛大隊師団長のアンリ・シュレッサー准将がダイクン派を率い蜂起するとの話です。」
「彼は元々連邦軍の士官でありましたからな。それがジオン・ズム・ダイクンの思想に感化され、彼に直接招聘された事でジオンの側になった経緯がある故に今のザビ家は気に食わんでしょう。」
「更に攻めて来ているのはその息子であるキャスバルとなれば蜂起するのも当然……って事か。」
この戦況ではまだ利が有る内に停戦したいという人間が出てくるのも当然か。更に局面が最終決戦に近いと言うのだから、これ以上ギレン・ザビらの好き勝手にはさせたくないと言う派閥が台頭するにはチャンスだものな。
「私達がズム・シティに向かうのは反抗勢力の立ち上がりによって浮ついている所に押し寄せる事で敵に冷静に判断する状況を減らす事にあります。そうなれば首都防衛大隊も速やかにズム・シティを制圧する事が可能になりますしザビ家派も此方の交渉にも応じる可能性がありますから。」
「兵は神速を尊ぶってヤツか、相手に考える隙を与えないくらい速く動けば判断能力も鈍るし首都さえ制圧すればア・バオア・クーだって後ろ盾が無くなるもんな。」
「えぇ、少ない戦力ではありますがそれだけに敵も察知するのは難しくなるでしょう。更に私達の艦隊は増設された使い切りのブースターを使い一気に侵攻しますから敵が我々に気づかなければ、まさに虚を突く事が可能になります。」
首都防衛大隊が蜂起中に突如連邦軍が現れれば流石に向こうも大混乱になるだろう、敵が確実な情報を入手する前に此方が優位な状況で大軍が迫っている様に見せかければそれだけ焦りが生まれ全ての行動に綻びが生まれる筈だ。
確かにこれなら少ない戦力で効果的な結果をもたらす事ができる。
「しかし危険な任務である事には変わりません。もし作戦が失敗すれば私達は孤立無援で敵の本拠地の真っ只中にいる事になります。そうなれば命は無いと思って良いでしょう。」
成功すれば少ない戦力で大きな戦果となるが、失敗すれば目も当てられない悲惨な状況になるのは間違いない。こればかりは本当にどうなるか予想もつかない。
「しかし私達は死にに行くつもりは全くありません。此処で戦争を終結させて、この命が失われるだけの無駄な争いを止めなければなりません。」
「そうだな……これ以上無駄な血は流す訳にはいかない。」
ソーラ・レイという兵器の存在がまだ懸念されるが、俺個人では結局どうする事も出来なかった。だからこそ、この作戦で一刻も早く戦争を終わらせる事が出来れば少しでも救われる命が生まれる筈だ。
「各員にはこれより3時間の休憩を設けます。各自最後の時間を好きに過ごしてください。以上で解散します!」
『了解!』
各々が思い思いに動き始める、最後になるかもしれない時を使う為に。
ーーー
「はぁ、流石にボロボロだな。」
目の前に佇む愛機ヴァイスリッターを眺めながら大きく溜息を吐く。あの時の戦いで撃破には至らずとも多くの箇所が破壊されてしまっている。
「中尉?何してるんですかそこで。」
駆け寄って来たのはクロエ曹長だ、自由時間の筈だがやはり此処が居心地が良いのだろうか。
「クロエ曹長こそ、休憩してなくて良いのか?」
「こんな哀れな姿になってるヴァイスリッターを放っておけないですからね。せっかくテム博士がお土産をくれたんですから。」
「テム博士……?どういう事だクロエ曹長?」
「聞いて驚くことなかれ!先程到着したコロンブス級からヴァイスリッターとフィルマメント用の強化ユニットが届いたんですよ!」
強化ユニット……!?というか俺達にそんな物を送る余裕があったのかテム博士……!?
「中佐の一族の企業からかなりの額が動いたって聞きましたから中佐に会ったらキスの一つでもしてあげた方が良いですよ中尉。」
「おいおい……。おっと、それより強化ユニットって一体どんなの何だ?」
これが気になる、ジャブローにいた時に色々な機体の色々な強化プランを提案したりもしたが、色々提案し過ぎて何が通ってるのかさっぱりだからな。
「えっと……ヴァイスリッターには大型のバックパックの追加と武装と装甲の強化、所謂フルアーマータイプのユニットですね。運良く殆どがパーツの換装になるから破壊された箇所は頭部以外はこのユニットと交換って形になります。」
「フルアーマーか……響き的に重量が増えないか心配だが大丈夫なのか?」
「テム博士もそこは配慮してくれてみたいで、追加装甲には多数のブーストスラスターが追加されてますから機動性は損わない筈ですよ。それに追加武装は使い切りのミサイルポッドやバズーカみたいな実弾系が殆どで、それらは使い切ったらパージできるようになってますからデッドウェイトにもならないです。」
「成る程……最終局面用には持って来いの機体って事か。それで、フィルマメントの方も同じ様にフルアーマーなのか?」
「フィルマメントは新たに増設したサブアームに専用の狙撃用シールドを装備し、それを利用して艦隊攻撃用のバストライナー砲による長距離砲撃用に強化した感じですね、機体直接にはそこまで強化はありませんがバストライナー砲の威力はシミュレーション通りなら艦船すら簡単に撃沈できる筈です。」
イメージ的にはヴァイスリッターが広範囲に実弾をばら撒きながらMSを撃破し、フィルマメントで艦隊を攻撃する感じで良いのだろうか。これなら少ない戦力でも戦えそうだ。
まぁ、戦わないに越した事はないのだが……。
「テム・レイ博士に感謝する事ねアンダーセン。ホワイトベース隊の強化よりも貴方達を優先した博士の気持ちを裏切らない様にしなさい。」
「そうですねマチルダ先輩……、って!?マチルダ先輩!?」
突然誰かが話し掛けて来たと思って相槌を打ったら相手は何とマチルダ・アジャン先輩、いや今は結婚したからマチルダ・マルデンか。一体どうしてアンゼリカに……?
「マチルダ中尉がサイド6からわざわざ届けてくれたんですよアンダーセン中尉。」
「あー、そういう事か。確かコロンブス級に配属だって言ってましたもんね。
」
「えぇ、それにこの補給だけが任務と言うわけではないわ。ウッディと共に貴方達のサイド3侵攻作戦にも行く事が決まったのよ。」
「えっ……!?こんな危険な作戦に2人とも……!?」
せっかく2人とも原作の様な死は回避できたのにこんな危険な作戦に参加するなんて……そんな風に憂いているとマチルダ先輩が声を掛ける。
「そんな顔をするなアンダーセン、本来であればお前達の様な若者を前線へ向かわせる私達の方が心苦しいのだから。」
「先輩……。」
「我々は常に自分のやれることを精一杯やるだけよアンダーセン。そして生きて帰って来るのが使命、それを忘れないで。」
「……はい!」
生きて帰る、絶対に。そしてその先の未来を見るんだ。
それからマチルダ先輩に別れを告げ、クロエ曹長から機体は責任を持って調整するから少しでも休んでいろと言われたので取り敢えず自室で休む事にした。
最終決戦か……、ア・バオア・クーの総力戦に参加出来ないのが心苦しいが、俺達には俺達の任務がある。戦争を終わらせる重要な任務が。
色々と考え込んでいると部屋をノックする音が聞こえる、誰か来たみたいだ。
「どうぞ。」
「失礼しますジェシーさん。」
「アムロ……?それに……。」
「私が一緒だとおかしいか?アンダーセン中尉。」
アムロとキャスバル、何でこの2人が……?いや、理由は何となく分かっている。
俺があの戦闘中に感じた事は、恐らく2人にも伝わっているだろうから。
「いえ、お互いにあの戦闘では色々と感じる事があったのは分かっています。」
「君はマルグリット曹長と戦い、そして彼女は死んだ。その時君から溢れ出した悲憤、絶望を私もアムロ君も感じた。」
「僕やシャアはあの人達と分かり合えながらも倒すことしか出来なかった、ジェシーさんも。ニュータイプなんて持て囃されていても、これじゃあただの人殺しの道具にしか過ぎないって、そうシャアと話をしていたんです。」
「君は以前からエルデヴァッサー中佐とニュータイプについて話していただろう?君はこの実情にどう思うか聞きたくて私達は来たのだよ。」
人殺しの道具……、原作でも散々言われている事だ。誰かと分かり合えても悲しい結果しか訪れない事の多いこの世界のニュータイプは素晴らしい能力を持っていても、その使い道を戦争でしか活かせていない。
「俺は、ずっと前からニュータイプってのは殺し合いの道具じゃない。この宇宙世紀という宇宙開拓時代で人が順当に進化する為の段階で必然的に産まれる新しい能力に目覚めた人間だって思ってる。」
人類の祖先が海から陸に上がったり、四本足から二本足に形態を変えたり、生きる上で便利になる為に進化をする、生命としての当然の変化の一つだと。
ニュータイプだって宇宙で生きるのに必要な能力がこの時代になって目覚めて来ただけだと思っている。
「ただ……、本来緩やかに進化する筈だったニュータイプを、戦争という過酷な状況が加速度的に進化させてしまったんだ。宇宙空間で相手を認識したり、相手の攻撃に超反応出来たりするのだって本来は宇宙って閉鎖された空間で仲間とコミュニケーションを取るための進化だったのかともしれないのに、戦争によってパイロットを殺すのに便利な能力に変化したって思ってる。」
敵なんて本当は何処にもいないのに、状況がそれを作り、感情がそれを判断する。分かり合える、分かり合えた筈なのにそのせいで……。
「……一刻も早くこんな馬鹿げた戦争は終わらせるべきだと言う訳だな。戦争を始めた原因であるジオンの私が言うのもおかしいが。」
キャスバルの言葉に俺もアムロも頷く。
「でもシャアはそれを分かった上でネオ・ジオンとして蜂起した。なら最後まで責任を持って使命を果たすべきだと僕は思う。」
「人柱になる覚悟はあるさ、新しい時代はガルマが導いてくれると思っているからな。その為に人身御供になるつもりだ。」
「でもそれじゃ駄目だ、新しい時代は誰かを犠牲にして作るものじゃない。必要なのは優れた指導者じゃなく、良き隣人だ。そうだろキャスバル総帥?」
「……ああ、そうだな。ドレンもそう言っていた。」
カリスマのあるギレンや、本来の歴史で反乱を起こしたシャア。確かに彼らみたいな指導者がその手腕を持って世界を導いてくれるなら民衆は苦労しないだろう。だけどそんな指導者が一人欠けたらどうなるか分からないアンバランスな世界じゃこの先の未来は原作と変わらなくなる。
だからこそ、みんなで築かなくちゃいけないんだ。
「本当の意味でニュータイプに変わる為に。」
「そうですね、みんなで変わって行かなきゃいけない。」
「その為にこの戦争を終わらせなければな。」
全員が頷く、同じ悲劇を繰り返さない為に。ここで終わらせないといけない。
「話が出来て良かったアンダーセン中尉。君達の作戦はホワイトベースのみんなも聞いている、健闘を祈ると言っていた。」
「カイさんもジェシーさんに絶対に死なないでくれと言っていました。」
「カイにも同じ様に言っておいてくれ、復讐に気を取られ過ぎるなと。」
俺の中にもマルグリットを戦場へ誘ったジェイソン・グレイという男に復讐の心はある、だけどそれは彼にとっても同じ事だろう。俺が彼の仲間を殺した因果が巡ってしまったのだから。
「戦争が終わったらまたこうやって話をしたいものだ。死ぬなよアンダーセン中尉。」
「分かってます、二人も絶対に死なないで……ってこの中で一番弱い俺が言うのも野暮か。」
少しの談笑が生まれ、二人と分かれる。次に会うのはこの戦争が終わった時だ。
それから最後の休憩が終わり、アンゼリカとアンゼリカが率いる艦隊は使い切りのブースターにてサイド3へと発進を開始した。
ちなみにウッディ大尉とマチルダ中尉がコロンブスに配属されているのとは別に、あのモルモット隊の面々もサラミスに配属されていると作戦始動時に判明した。本来彼らはア・バオア・クーで戦う歴史であったが何かの巡り合わせだろうか、何かと縁があるのは嬉しいしユウの実力は頼もしい。
「後は上手くこの作戦が終わる事を祈るだけか。」
アンゼリカのブリッジでボソッと呟く、今はパイロット全員がブリッジにて待機中だ。
「あと数刻もすればア・バオア・クーも戦闘が開始されます。泣いても笑ってもこれが最後の戦いになるとわかると緊張しますね。」
普段は冷静なアーニャもこの時ばかりは流石にハラハラしているようだ。それはみんなも同じだろう。
俺としてもソーラ・レイの存在がいつまでも気掛かりだった。だがよくよく考えると戦争も一月くらい原作より早まっているので、ソーラ・レイももしかしたら完成していないのではないかと言う期待も少しはある。
だが、そんな楽観はすぐ打ちのめされるのだった。
ーーー
同時刻 ア・バオア・クー海域進路上 連邦軍第一艦隊
「総員第三種戦闘配備、敵の伏兵があるかもしれん。気は抜くな。」
「閣下!艦隊に接近する熱源あり!」
「何……?識別照合はまだか!最大望遠での目視も急げ!」
「ハッ……!閣下、これはジオン公国軍グワジン級、グレートデギンであります!」
「グレートデギン……?デギン公王か!」
「敵艦船より通信が入りました!我に交戦の意志なし、和平交渉を願うとの事です!」
「デギン公王が和平を……?そうか、辛いのだなジオンも。」
「閣下!更に熱源接近……これは─────」
「何だ─────」
大きな光が宇宙を飲み込む様に輝き、消えた。
ーーー
「嫌ぁぁぁぁぁ!」
突然アーニャが叫ぶように大声を上げる。周りが困惑する中、俺には嫌な予感が頭をよぎった。
「このまま進んでは行けない……!憎しみの光が……撃ってはならない人の悪意が……人を飲み込んで行く……!お願い逃げて……逃げてください……!」
その言葉の直後、眩い光が遠くから通過していく。恐らくは……ソーラ・レイが放たれてしまったのだろう。
「アンダーセン提督!高エネルギー源が海域を通過!これは何と言う事だ……主力艦隊のいる方向です!」
「何……だと……?ジュネット中尉!発射源の特定は出来るか!?」
「今最優先でやっています……、これは……!最大望遠で映像を表示します!」
モニターに映し出されたのは精度は粗いが兵器と化したコロニー、マハルだった。短い期間とは言え、やはり完成させていたのか。
「馬鹿な……なんだアレは……、自分達の故郷であるコロニーを虐殺の兵器にしたと言うのか……!」
親父が静かに怒りを込み上げる、既にジオンはコロニー落としというコロニーを質量弾に見立てた攻撃をしてはいるが、これはそれとは違う……最初から人を殺す事だけを考えた悪魔の兵器だ。
「ア・バオア・クーに向かった艦隊はどうなったかすら分からず……このまま作戦を継続するか……それとも反転してア・バオア・クーに駆け付けるべきか……。」
このソーラ・レイが、原作通りデギン公王も狙ったもので、それを最優先としてギレンが放ったものなら、恐らくはまだギリギリ戦える兵力が残っている筈だ。
だがギレンが連邦軍艦隊のみにその攻撃を向けたのであれば……被害の損害は計り知れないだろう……俺としてもどうすれば良いのか判断しかねていた。
【ジェシー、お願い。あの憎しみの光を、もう一度撃たせないで。】
声が、声が聞こえた。この声は……マルグリット?もう一度撃たせないで……?と言う事は……。
……考えられない話ではない、小説版では少なくとも数発は撃てる描写があったし、時の流れが変わり、不必要なMS開発が行われなくなった結果、他の事柄が本来の歴史より早くなった可能性は高い。実際にソロモンにゲルググが数機現れていたんだ、可能性は高い。
「行かなくてはいけません……!私達はあの兵器を止めなくちゃいけないんです……!」
涙を流し、顔を赤く腫らしながらアーニャがそう呟く。
「……中佐の言う通りですな。我々は止めなくてはならない、宇宙開拓者達の住むべき家であるコロニーを、あんな殺戮の道具のまま捨て置く事などできはしない……!」
親父の言葉にクルー全員が頷く。
その通りだ、宇宙世紀を生きる俺達が生きる為に生まれたスペースコロニーが、人を殺す道具であって良い筈がない!
「ジュネット中尉!全艦に通信を流せ!」
「ハッ!」
「全艦聞こえるか、マゼラン級アンゼリカ艦長であるダニエル・D・アンダーセン少将である。これより我々の艦隊は作戦を変更!あのコロニー兵器の起動停止、或いはその破壊を最優先に行動する!各艦は進路を変更、敵兵器に向け一気に突撃を仕掛ける!敵の戦力、兵器の次発発射までの猶予時間等が不明で特攻となる可能性が高い作戦ではあるが、我々はやらねばならぬ!」
『此方サラミス、アンダーセン提督の指示に従います!』
『同じく、この兵器を見逃せばア・バオア・クーの味方がやられ、戦闘継続は不可能となります。我々はあの兵器を叩かねばならなりません。』
更にはコロンブス級からもマチルダ先輩やウッディ大尉が追従すると応えた。これで艦隊全てがソーラ・レイの破壊に賛成した形だ。
「艦隊の指揮はアンダーセン艦長にお任せします。私達MS部隊は海域に到着次第発進し、護衛にいる筈の艦船やMS部隊を叩きます。」
「承知しました。……これより我が艦隊は敵兵器攻略作戦を開始する!各員、各々の使命を果たし必ず生きて帰るぞ!」
「了解!」
艦隊は進路をソーラ・レイへ変更し、残ったブースターを最大稼働させ急行する。俺達もまたMSデッキへ向かい、最後の戦いに向けて準備をする。
「ジェシー。」
「どうした、アーニャ?」
「絶対にあの兵器を止めましょう、あんな兵器は絶対にこの宇宙に存在してはなりません。」
「あぁ、人が住むべきコロニーをあんな姿のままには出来ない。」
「ねえジェシー……私、貴方と一緒に同じ未来が見たいです。」
「俺も同じだ、アーニャならこの先の未来だって平和な世界に出来ると思ってるから。それを支えられる様に、隣を歩くのに相応しい存在であり続けたい。」
ジャブローで誓った様に、彼女の名誉と誇りを傷つけない存在でありたい。
「私はこの戦争で、例え連邦軍内部での反感を買おうとも功績を上げて私達の名とこの戦争での実利を取ろうと今まで戦って来ました。MS運用部隊も、この強化した機体もその一つです。」
本来アーニャみたいな子は、幾ら連邦軍内部でのコネがあったり、その実力が優秀と言っても簡単に連邦での地位を高めるのは難しいだろう。だからこそ名実を得るために色々として来たのだろう。
「一族の主要だった方々は祖父や父を始め殆どが死に、残った後継者である私はその財力と人脈を引き継ぎ、それを利用した事で今の私がいます。私は貴方が思うほど綺麗な存在ではないのです。」
「そんな風に言わないでくれ、アーニャだってそうしてでも変えたい世界があったからこその行動だろ?」
「はい……祖父や父が目指した本当の意味での宇宙世紀を始める為に。私が願うのはそれだけです。」
「なら俺はその為に粉骨砕身で働くだけさ。初めて会った時にジャブローで誓っただろ?」
「……貴方に出会えて、本当に良かった。生きて……、絶対に生きて帰りましょうジェシー。」
「あぁ、分かってる。」
小さな肩に手を回し、優しく口付けを交わす。絶対にこの子を死なせない、死なせたりなんかしない。
「ヒュ〜!お熱いねえお二人さん!」
「あぁ〜!もうララサーバル軍曹!せっかく二人のイチャイチャシーンを隠し見る事が出来たのに!」
「趣味が悪いですよ二人とも……。」
この状況でもいつもの調子を変えない仲間達、誰も死なせたりするものか。
「行こう、そして必ず帰って来よう!」
「はい、行きましょうジェシー。みんなで生きる未来へ。」
最後の戦いの火蓋が、間も無く切られようとしていた。