機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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第65話 宇宙要塞ア・バオア・クー

 

「ジェシーさん達は大丈夫なんだろうか?」

 

 ホワイトベースの艦橋にて、サイド3へと向かった彼らを心配しアムロはソワソワしながらそう呟いた。

 

「彼らの戦力は心許ないがサイド3に彼らが着く頃には情報が正しければ首都防衛大隊が蜂起している筈だ。そうだなランバ・ラル?」

 

「ハッ、内々に忍び込ませているスパイからの報告でも既にグラナダにダルシア・バハロの一派が向かったという情報と首都防衛大隊師団長のアンリ・シュレッサー准将が彼らの到着予定時間より先駆けて蜂起すると連絡がありました。彼が到着する頃には向こうも対処する程の余力があるかどうか。」

 

 地球連邦との折衝を終え、ガルマの指示によりサイド6を経由後エルデヴァッサー中佐の部隊に補給物資を運んだコロンブス級と共にラル隊の面々とMSを携え合流したランバ・ラルがそう報告する。

 ジオン公国における反ザビ家派はギレン、キシリア、そしてデギン公王がア・バオア・クー宙域から離れられない状況を利用し、それぞれの思惑と共に動いていた。

 

「しっかしジオンもガタガタね。開戦当初は異常なくらい纏まっていたように見えたけど実際はそうでもなさそうなのかね?」

 

 カイ少尉が悪態を吐く。

 

「ギレンのカリスマあっての纏まりだったと言う事だカイ少尉。この戦争が始まる前はそれこそ公国の人間は思いを同じくしてスペースノイド独立の為という御旗の下に戦えていたが今は違う。地上に同胞を見捨て、それらは新たに我々ネオ・ジオンとして独立したし、私と言うダイクンの遺児に刃を向けると言う独立運動の要としていたギレンのジオニズムに疑念を与える行為が彼らの士気を下げている、その結果が今の状況だ。」

 

「結局連中は自己陶酔に覚めちゃったって訳ね、冷静になりゃどれだけ馬鹿げた事をしているのかって分かって来たんだろうな。」

 

「思った事をハッキリという面白い少年だな。だがジオンとてそこまでしなければならない程に戦争の前も、そして今も追い詰められている事を忘れていると痛い目を見ることになるぞ。」

 

 ランバ・ラルが釘を刺す。確かにその通りだ、私のザビ家への復讐心を無しに冷静に考えても、ジオン公国の民は連邦政府からの圧政で追い詰められていた。だからこそ父は独立運動に躍起していたし、サイド3の住民もそれを支持した。

 それらの背景を無視すれば、この戦いが終わったとしても第二第三のジオン公国が何処かで生まれる事になる。憎しみの連鎖が形を変えるだけになるのだ。

 

「窮鼠猫を噛むという言葉もある。追い詰められた者ほどその脅威は計り知れない。気をつけなければな。」

 

「その通りですなキャスバル様。ギレンもただ指を咥えてソロモンを見捨てた訳ではありますまい、何か策を弄している可能性が高い筈です。」

 

「確かにあのギレンがこのまま律儀に本土決戦をするとは思えないな。何か裏が有りそうだが……。」

 

 そう考えているとララァが青褪めた顔で崩れるように倒れ込む。

 

「どうしたララァ……!?」

 

「あぁ……っ!このまま進んでは行けない……っ!光と人の渦が溶けて行く……!」

 

 ララァの叫びと共にアムロもまた苦痛に耐えるかのように踞る。

 

「に、憎しみの光が宇宙(そら)に溶けていく……!あれは撃たせてはいけない光だ……!」

 

 その言葉と共に宙域のすぐ近くを大きな閃光が通過する、その時になって二人が何故戦慄をしたかが分かった。

 人の意識が飲み込まれて行く。それは絶望であり怨嗟であり多くの人々の感情が光と共に渦を巻き消えて行く。この感覚は何とも言えない気味の悪さであった。

 

「なんだ!?あの光は!?」

 

「主力艦隊のいる方向よブライト……!まさか……!」

 

 ミライ少尉の懸念通りだろう、あの光は主力艦隊を飲み込みその戦力を一掃した。この局面でそれが意図する事は……。

 

「全滅じゃない……全滅では無いけれど……。」

 

 アムロが呟く通り主力艦隊の全てが全滅した様には感じない、予感でしかないがそう思える何かがあった。

 

「先ずは現状の確認が先だ!フラウ・ボゥ、艦隊から通信は来ているか!?」

 

「第一連合艦隊のルザルより通信が、ホワイトベースを基点に艦隊を集結させているので動くなと。」

 

「それだけか!?」

 

「はい、向こうもだいぶ混乱しているようで……。」

 

「分かった、各員第二戦闘配備のまま待機せよ、警戒を怠るな。」

 

 艦内は慌しくなり私もまた状況を掴むのにアムロらと共に行動する。

 

「敵はどうやらソーラ・システムを使ったみたいだ。連邦が使ってた物とは威力がケタ違いだけど。」

 

 アムロの言葉に頭の中で合点が行った、ソロモンで使われたあの兵器と同等……いやそれ以上の威力の物を用意しているとなればギレンが今まで異様に静かだった事に納得が行く。

 

「ギレンめ……ア・バオア・クーで総力戦を挑むものだと思っていたが、よもやこんな隠し玉を用意していたとは……!」

 

 ランバ・ラルも憤慨する、今に思えばあの男がそんな手を出してくる筈もなかった。今までの全てがあの攻撃の為の布石だったという事だ。

 

「こんな状況でア・バオア・クーなんて攻められるのかよ!?かなりやられちまってるんじゃないのか?」

 

 カイ少尉の懸念ももっともだ。見える範囲だけでも多くの艦船に被害が出ている……だが。

 

「何かおかしい、ギレンが確実に主力艦隊を叩くつもりであったなら目に見える被害が多過ぎている。」

 

 あの巨大なビーム砲で主力艦隊を狙ったにしては小、中破で済んでいる艦船が多過ぎる。ギレンが確実に主力艦隊を狙っていたならばその半数は消滅して消え去っている部隊の方が多くなっている筈だ。

 

「一体ジオン公国では何が起こっているのだ……?」

 

 絶望的な状況ではあるが、まだ抵抗の余地はある。そう思えて仕方が無かった。

 

 

 

ーーー

 

 

「ソーラ・レイ、ゲルドルバ照準で発射されました」

 

 眼前を過ぎ去って行く巨光を見つめながら、通信手がそう伝えるのを聞く。

 

「な、聞いたろ?」

 

「あ、ああ。」

 

 艦内のクルーが困惑しながら話をしている。

 

「おい、レーザーセンサーの方はどうなんだ?」

 

「ああ、聞こえていたがな。そっちでも聞けたか?」

 

 あまりにも意図の分からない会話に、若干の苛つきを感じながら嗜める様に口を出す。

 

「どういうことなのか。第二戦闘配備中である、不明瞭な会話はやめよ。」

 

「キ、キシリア様。グレートデギンの識別信号がゲルドルバの線上で確認されたのですが、どうも……。」

 

「グレートデギンが?」

 

 グレートデギンは父の搭乗する艦だ。それがゲルドルバの線上にいたと言うのか?

 

「はい。しかも敵艦隊の主力とまったくの同一地点であります。」

 

 それが意図する意味は父がグレートデギンに乗っていたか否かで変わっては来る。もし搭乗していたのであれば……。

 

「グレートデギンの出撃の報告はあったのか?」

 

「いえ……。」

 

「わかった。敵の残存兵力の監視を。おそらく半分沈んだとは思えん。」

 

「了解であります!」

 

 ゲルドルバの線上にいたグレートデギン、そしてこの主力艦隊を狙ったにしては的外れとも言える狙い。自分の中で疑念が芽生える。

 

「おかしいですなキシリア様。」

 

「お前もそう思うか?」

 

 副官としてグワジンに同乗しているかつてマ・クベと呼ばれていた男もまた疑問に感じていたらしい。

 

「えぇ、ソーラ・レイが連邦の主力艦隊を一掃しようと思えばあの程度の被害が済んでいるのはおかしく感じます。それに今のグレートデギンがゲルドルバ線上にいたという報告……。」

 

「言うな。まだ決まった訳ではあるまい。」

 

 点と線が繋がるだけの要因はある。グレートデギンが主力艦隊と接近していた事実がギレンにとって都合の悪いものであったのなら、敢えて連邦の犠牲を少なくして放ったと言うのは合点がいく事だ。

 だがそれが意味する事は()()()()()()()()()()()()という結論に至る。幾ら総帥と言えど父殺しが認められる訳ではない、実権はギレンが握っているとはいえジオン公国の公王は父であるのだから。

 

「ア・バオア・クーへ急ぐぞ。何にしても先ずはそれからだ。」

 

 要塞までは目と鼻の先だ、事実もまたそこで分かる事だろう。

 

 

 

ーーー

 

 

「ルザルより通信、第2大隊と第3大隊がNポイントから進攻します。我々はルザルを旗艦として残存艦艇をまとめてSポイントから進めとのことです。」

 

 アルテイシアが主力艦隊からの通信を伝える、連邦もここで引く訳には行かないだろう。戦力の不足や作戦遂行の為の戦術面での懸念はあるが、ここで引いてはギレンの思う壺だ。

 

「いかにも戦力不足ね」

 

「こちらもソーラ・システムを使えればな」

 

 ミライ少尉とブライト艦長の言葉に頷く、ソロモンで使用されたソーラ・システムなる兵器は主力艦隊諸共消え去っている、我々は残された艦艇とMSで戦うしかない。

 

「でも、大丈夫だと思います。ア・バオア・クーの狙い所は確かに十字砲火の一番来る所ですけど、一番脆い所だといえます。作戦は成功します。」

 

 クルーの大半が悲観的な状況である中で、アムロが自信を持ちながらそう発言する。

 

「ニュータイプの勘か?」

 

「はい。」

 

「……よし。総員、第1戦闘配置だ!10分後にFラインを突破するぞ!」

 

 各々が自身の持ち場へと向かう、私もまたアムロらホワイトベースのパイロットやランバ・ラルらと共にMSデッキへと向かう。

 

「なぁアムロ。さっきお前が言ったこと、ありゃ嘘だろ?」

 

「えぇ。ニュータイプだからって未来が見えるわけじゃありませんから。」

 

 移動の最中、カイ少尉の質問にアムロがそう答える。

 

「そりゃそうだな。逆立ちしたって人間は神様になんてなれやしないんだから。」

 

「だがあの時アムロがああ言ってくれたからこそ、皆は逃げ出さずにいられた。」

 

 少なくとも士気は下がっていただろう、藁にも縋りたくなる状況である故に。

 

「これは本当に予感ですけどあのビーム砲だってきっとジェシーさん達が止めに行っている筈です。あの人達ならきっとそうする筈です、だからまだ本当に絶望する場面じゃないと思ってますから。」

 

 少数の艦隊ではあるが、確かに彼らの決死の覚悟でも我々の為に動いてくれる筈だ。彼らはそう言う絆を大切にしているから。

 

「それなら俺達はジェシーさん達に無様だと笑われないようにしますかね。」

 

「その通りだな。作戦はもう始まっている、急ごう。」

 

 愛機であるガンダムに乗り込み各種動作の点検をしながら発進準備に取り掛かる。

 

『良いわねカイ、無茶は禁物よ?』

 

「へへっ、わかってますよセイラさん。」

 

『ガンダム 、発進どうぞ。』

 

「愛してるぜーセイラさん。カイ・シデン、ガンダム行くぜ!」

 

 相変わらずのフランクさを崩さぬままカイ少尉のガンダムが発進する。それに続きハヤト軍曹のガンキャノン 、リュウ中尉のコアブースターとラル隊の面々も発進していく。

 

『アムロ、発進良くて?』

 

「大丈夫ですセイラさん。」

 

『無茶は駄目よ?生きて必ず帰ってくる、良いわね?』

 

「分かりました!アムロ、アレックス行きます!」

 

 アムロのガンダムも発進し、残る機体は私のガンダムのみとなる。

 

「キャスバル・レム・ダイクン、発進準備完了。いつでも出られるぞ。」

 

『……。』

 

 モニターで不安そうに私を見つめるアルテイシアに、プライベート回線に切り替えてから気さくに笑いかける。

 

「心配する事はない、私はまだ死にに行くつもりはないアルテイシア。」

 

『兄さん……。』

 

「ザビ家の復讐は私の悲願だった。それは今も変わらずデギン公王、ギレンやキシリアを許すつもりはない。だがそれにお前を巻き込むつもりも無いし、今はその先を見てくれる同志にも巡り会えた、変革を遂げる必要があると感じたのだよ未来の為にな。」

 

『私は兄さんがシャア・アズナブルだと予感した時に、きっと兄さんは復讐の為に優しかったあの頃を捨てたのだと思っていたわ……。』

 

「それは事実だ。本物のシャアを犠牲にして、刺し違えてもと願った。だがガルマの変革を目の当たりにし、そしてララァやアムロと言ったニュータイプの素養の高い者、エルデヴァッサー中佐やアンダーセン中尉といった新たに生まれるであろうニュータイプに理解を示している者。そういった人達に出会った事で、復讐の先よりもまだ父が根ざした未来に目を向ける余裕ができた。」

 

 ザビ家への復讐心は恐らく消え去るものではないだろう。今は冷静でいられても実際に対峙すれば再燃する可能性も高い。

 だが、それでも彼らと出会って変われた自分ならと願うのみだ。

 

「もしも私が死ぬような事があっても、お前はお前の道を行け。アムロ君達と共にな。」

 

『兄さん……!』

 

「良い女になるのだなアルテイシア。ホワイトベースへ、こちらキャスバル・レム・ダイクン。ガンダム発進する!」

 

 赤いガンダムと共に宇宙を駆ける、これが最後の戦いになると信じて。

 

 

 

ーーー

 

 

「ギレン閣下!連邦軍はビーム撹乱幕を張りつつ侵攻しています!」

 

「ソロモンと同様の戦術だな。ミサイル攻撃へと切り替えて対応しろ。MS隊はまだ動かすな。」

 

 此方の衛星砲を無力化しながら侵攻する作戦だろうが、要のソーラ・システムはソーラ・レイの攻撃で無力化されている。少しの優位は保てても時間が経てば此方が優勢になるのは間違いない。

 

「空母ドロスは予定通りに少し待たせてから動かせ。Sフィールドの層は薄い、Nフィールドへ艦隊の半分を回せ。」

 

 連邦は残存していた主力艦隊の残りをSフィールド、壊滅を免れていた大隊の殆どをNフィールドへ回している。

 E,Wフィールドにはそこまで部隊を向けてはいない、それならば最低限の艦隊を残して主要な戦域であるNフィールドの敵を先に叩いてしまえば後は各個撃破して行くだけで事足りる。

 

「Eフィールドよりグワジンが進入、キシリア少将のものと思われます。」

 

「よし、Nフィールドへ回せ。しかしキシリアめ、事前に通達していた部隊より数が少ないがどういうつもりだ……?」

 

 アレが目論んでいる事はある程度想像は付くが、この局面で事を起こすにはまだ早い筈だ。何を狙っている……?

 

 

ーーー

 

 

「気をつけろ!ソロモンにいた新型の数が多い!」

 

「分かってるてぇの!」

 

 カイ少尉のガンダムがビームライフルで敵を貫く、敵の新型は多いがその全てがエース級という訳ではない。逆に動きがぎこちない所がある、これは一体……。

 

「キャスバル様、何か解せませんな。」

 

「お前もそう思うかランバ・ラル。新型の動きがやや鈍く感じるが……。」

 

「元々ジオニックやツィマッドのMSでは操縦方法が異なるので練度の低いパイロットや乗り換えてから間も無いパイロットであれば慣熟が終わるまで動きが鈍いというのはあり得ますが、マ・クベによる統合整備計画後の新型であるならある程度は改善されている筈……となると。」

 

「そもそもMS自体の操縦に慣れていない、という事か……えぇいギレンめ。国民を総動員させてまで防衛させているとはな。」

 

 国家存亡に関わる一戦である故に予備役や学徒兵を導入するのは仕方がない事ではある。だがそれでも不愉快である。

 

「だが憐れんでいる余裕も無い……か!」

 

 少なくとも敵が誰であれその殺意は兵士としては充分である、殺さずというのは難しい。ビームライフルで敵を射抜きながら戦場を進む。

 

「キャスバル様、戦いを早期に止めるには……。」

 

「分かっている、ギレンやキシリアを直接叩けと言うのだろう?要塞に先ずは取り付かなくてはな。」

 

 少なくとも要塞に取り付けさえすれば戦いは安定する、敵の対空迎撃も要塞にまで向けては来ないし何より地の利が得られる。

 

「このまま要塞内部まで突き進むぞ!援護を頼む!」

 

「ハッ!了解でありますキャスバル様!」

 

「命令するんじゃねぇっての!」

 

 決着をつける為に、今は前に進む。

 戦うだけしか出来ない自分だが、その先を切り開いてくれる者が、託すべき者が未来を築いてくれるのであればその為の人柱となっても構わないのだ。

 

「ふっ、それではアンダーセン中尉に嗜められるか、無様にでも生きろと言いそうだな。」

 

 優れた指導者にだけ頼るのではなく、宇宙(そら)を生きる者全てでより良い未来築けと彼ならそう言うだろう。人柱として死ぬことなど許してはくれなさそうだ。

 

「シャア!危ない!」

 

 アムロのアレックスが敵機を貫く、少し気を抜き過ぎていたか。

 

「行こうシャア!倒すべき敵は彼処にいる筈だ!」

 

「……あぁ!分かっている!」

 

 より良い未来の為、殺された父の弔いの為、この戦いを終わらせる為。

 様々な想いが交錯するが、自分の信じた、そして自分を信じてくれている者の為に進むとしよう。それを思いの外、心地が良いと感じている自分がいた。


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