機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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幕間2 帰るべき場所

 

 目の前に立つ男女、ビスト財団の現当主であるカーディアス・ビストとマーサ・ビストの二人に困惑する俺を尻目にアーニャは二人と何事もなく話している。

 

「アンナさんの手腕は月でも噂になっていまして、まだお若いと言うのにEC社の代表として、そしてMSパイロットとしても非常に活躍をされていて同じ女性として私も努力しなければと常々思っていたのですよ。」

 

「そんな……、まだまだ至らない所も多く支えてもらってばかりなので。」

 

「妹は貴方のファンなのですよ。私も貴方のお父上であるカール殿とは面識がありましたからその活躍に一喜一憂していました。」

 

 照れているアーニャを見ながら頭の中で思考を巡らせる。本当にこの二人はアーニャ側になるような人材なのかと。

 

 元々俺のアナハイム嫌いがあるからだろうがカーディアスはともかくマーサの方はキシリア並に策謀を張り巡らせるタイプだから敵味方の判別を誤るとそれこそ酷い目に遭いかねない。それが無くともビスト財団にはラプラスの箱って存在もあるのだ。

 

「それで、こちらの殿方は?」

 

「はい。フィアンセでもあり連邦軍大尉のジェシー・アンダーセンです。……ジェシー?」

 

 小声でこちらを窺うアーニャにやっと意識が現実に向く。

 

「あぁ、すみません。こういう場には慣れてなくて、どうにも緊張していまして。俺……いや、私はジェシー・アンダーセン。彼女の紹介した通り連邦軍大尉で……彼女と婚約させてもらっています。」

 

「それは素晴らしい。若い世代の喜ばしいニュースです。」

 

 本当に喜んでるのか怪しいが全部疑ってかかってもしょうがない、取り敢えず話を合わせよう。

 

「アナハイム・エレクトロニクス社には戦中非常に助けられました。我が社とも今後変わらぬお付き合いを頂ければと。」

 

「えぇ、それはこちらこそ。それで同業でもあるアンナさんにお聞きしたいのですが、この戦争が終わり今後どういう風に世界を変えねばならないと思いますか?」

 

「まだアクシズへ撤退したキシリア・ザビの勢力や地上で反抗中のジオン公国軍残党も含めて地球圏全てに平穏が訪れた訳ではありませんから、私達は軍備を整えて備えると同時に彼らに呼応する勢力が増えないように連邦政府としても行動を起こす必要があると思っています。」 

 

「連邦政府の行動……興味が有りますね。」

 

「そもそもの話、今回何故サイド3がジオン公国として立ち上がり地球連邦政府に独立戦争を仕掛けてきたのか。それを改善しなければ第二、第三のジオン公国が生み出される事になります。」

 

「ジオン公国が独立戦争を仕掛けてきた理由……。地球連邦政府による圧政が原因でしょうね。」

 

 アーニャとマーサは会話を途切らせる事なく喋り続ける。

 

「そうです。更に宇宙だけで自立できるという意識もジオン・ズム・ダイクンの台頭で高まりましたし、実際に食料プラントなどを含めてサイドのみで自給自足が可能なのが現実です。彼らにとっては地球の庇護を受けなくとも生きていける根拠がありますから。」

 

「私達のいる月にしてもそうだけれど、地球という存在は以前より影響力が薄まっていると言うのは間違いないわね。逆に言えば地球の方が資源の面にしても宇宙を頼る事が大きくなっている。」

 

「はい。ですからこのまま地球に居続けてその特権を振りかざす様な行いが目に余れば再び地球連邦政府に対する反乱は起きてもおかしく無いと私は思っています。」

 

「貴方ならどの様な手を打つべきだと思うのですかアンナさん?」

 

「既に共和国となったジオン共和国やネオ・ジオン共和国なども含めて新たな政治形態を生み出すのが理想ではあります。……難しいのは分かっていますが。」

 

「そうね。既に支配の枠組みが出来ている連邦政府やその高官が今更そのシステムを崩して自分達の既得権益を破棄する訳がありません。崇高な理想であっても現実問題としては夢物語の部類でしょう。」

 

「ですから今は無理でも少しずつ歩みを進めることが今の私達に出来る精一杯の努力だと思います、1から100を一度に進む事は不可能でも1つ1つを積み重ねて行けば数年後、数十年後には未来が切り拓かれて行くと信じていますから。」

 

「壮大な計画ね。しかしそれを実行するだけの手立てが現在あるという訳では無いのでしょう?」

 

「……えぇ。ですが私はこの戦いで私達とは違う価値観を持ち、また多感な才覚を発揮するニュータイプとジオンが呼んだ人々と出会いました。」

 

「ニュータイプ……。」

 

 その言葉にカーディアスとマーサがピクリと反応する、言われなければ気づかないくらいの小さな反応だった。

 

「はい。これからの時代、ニュータイプと呼ばれる様な我々とは違う視野を持った人達こそがこの先政治に参加する様になれば今よりもより良い未来が築けると思っています。」

 

 俺は思わずアーニャの顔を見る、その言葉はまさに『箱』が示す答えそのものだ。彼女は初代連邦政府首相と同じ価値観を抱いているのか。

 

「……大変参考になりました。ニュータイプ、確かに我々とは違う見識を持った者が我々には思いもつかない様な改革を見せれば地球も宇宙もより良くなると思いますね。」

 

「はい。今は遠くともいずれは平和が築けると……、まだ夢物語ではありますが。」

 

「いいえアンナさん、大変参考になりました。またお話しする機会があれば是非今回の様に語り合いたいものだわ。」

 

 付き人と思わしき人物がカーディアスとマーサに別の人間が待っていると報告をする。二人もそれを了承し軽い挨拶と共に去って行った。

 

「大変聡明そうな方でしたねジェシー、あれが月の女帝と恐れられているマーサ・ビスト・カーバインとアナハイムと密接な関係にあるビスト財団の当主カーディアス・ビストなのですね。」

 

「……。」

 

「ジェシー?」

 

「あ……あぁ。すまない、何でもない。」

 

 彼らが箱の答えと同等の言葉を出したアーニャに何を思っているか不安ではあるが、それより今は。

 

「ちゃんと考えているんだな。未来の事を。」

 

「えぇ。お父様やお祖父様、そしてお母様の意志を継がなくてはなりませんから。」

 

 彼女の根底にあるのは家族の願いだ。それが彼女の芯を支え続けている。

 

「護ってみせるよ、絶対に。」

 

「何か言いましたかジェシー?」

 

「いや、何でも無いよ。」

 

 俺も俺で彼女の決意を護る騎士として支え続けて行かなくちゃならない。それがジェシー・アンダーセンとして今を生きる俺の成すべき事なのだから。

 

 

 

ーーー

 

 

 それから夜になってパーティーも終わり、宿泊していたホテルに辿り着く。入口にはジェイソン・グレイが立っていた。

 

「ジェイソン・グレイ?」

 

「あぁ、すまないが此処で待たせてもらっていた。」

 

「それは構わないけど……一体どうしたんだ?」

 

 ジェイソン・グレイは一旦本国に戻り、そこで除隊申請をした。

 本来であればその罪に関わらず一度軍事裁判に掛けられるのだが、ソーラ・レイの破壊に尽力した多くの兵に恩赦が与えられており、シーマ様みたいな毒ガス作戦に加担してしまった人物などは罪状が罪状なので厳しく審議されてしまうのだが、グレイ達みたいなパイロットはその殆どが罪を免責されている。

 

もう兵士としては戦うつもりは無いと言っていたのだが。

 

「頼みたい事があってな。俺が……本当は俺が一人で行って報告しなきゃならない事なんだけど。この近くに疎開している隊長の家族に会うのに着いてきてほしいんだ。」

 

「隊長……。」

 

 俺とアーニャが軍人として初めて人を殺したザクのパイロット、ジェイソン・グレイにとっては親も同然の人だった大切な人の事だ。

 

「君達に一緒になって謝って欲しいんじゃないし、隊長の家族に顔を合わせなくたって良いんだ。ただ……俺はどうしても顔を合わせず逃げ出しそうで……そうなった時に止めて欲しいんだ。俺がやらなきゃいけない事だから。」

 

「……あぁ、俺達も一緒に行くよ。」

 

 彼の心苦しさも分かる、俺達にも責任はあるのだからついて行きたいとも。

 

「一度着替えを済ませてから行きましょう。少し待たせてしまいますが大丈夫ですか?」

 

「あぁ、ヘルミーナも連れて行きたいから俺もすぐ戻ってくるよ。」

 

 そしてホテルで私服に着替え直して再び入口に戻る、そこにはマルグリット瓜二つの少女がいた。

 

「──っ。」

 

 一瞬彼女が生き返ったかの様に感じたが、それは違う。あの子はもう何処にもいないのだ。

 

「初めまして。私の事はヘルミーナ・グレイって呼んで。」

 

「おいヘルミーナ何言ってるんだ。」

 

「この前は夫共々迷惑をかけました。」

 

「ジェイソン・グレイ……結婚を?」

 

「そんな訳あるか、まだ独身だよ俺は。」

 

「まだ冗談だよ。二人とも険しい顔してるから。」

 

 どうやら場を和ませる為の嘘らしい。『まだ』という部分が強調されていたが。

 実際助かった、このままだと泣いていたかもしれない。

 

「行こう?夜も遅くなったら失礼だよ。」

 

「あ、あぁ。すまないなアンダーセン、迷惑をかける。」

 

「いや、構わないさ。」

 

 エレカに乗り、彼の隊長の家族がいる場所へと向かう。ホテルの近くでは気づかなかったが辺りは暗く電気の消えている場所が多い。

 

「この住宅街の殆どが今は無人なんだと最近知ったよ。戦中はわざわざ無人なのを知らせない為に灯火管制までしてたって聞いた。」

 

 グレイの説明に感傷を覚えながら街を眺める。

 

「疎開が終われば帰ってくる人もいるんだろうが、いなくなった人はどうしようもない。俺は……。」

 

「お前だけが気に病む事じゃないだろグレイ。戦争で……どうしようも無かった事だ。俺も……大勢殺したんだ。お前の隊長だって。」

 

 そうしなければ生き残れないのだから、殺される前に殺すしか無かった。誰もが自分が生きる為に仕方なくやった事だったんだから。

 

「暗くなってても仕方ない。姉さんだって悲しんだって生き返らないんだよ。」

 

「……そうだな。」

 

「アンダーセンさんやアンナさんを恨んでないって言ったら嘘になる。けど姉さんは多分後悔してないから。」

 

「強いんだな君は。」

 

「強くなんかない、本当は今でも悲しいから。」

 

「後悔しても仕方ない……か。」

 

 辛い事があっても前に進む事が必要なんだ。いなくなった人の為にも。

 それから数十分、ようやく目的地に到着した。

 

「ここに……。」

 

 集合住宅のような建物だ、ここに亡くなった隊長さんの家族がいる。

 

「行ってくる、すまないが待っててくれ。」

 

「あぁ。」

 

 一人歩くグレイの後ろ姿を見送る。

 

「よかったのかな、俺達も着いて行かなくて。」

 

「グレイはけじめを付けたかったんだよ。二人を呼んだのもきっと過去を振り切りたいから。本当は恨みたいけど前に進むんだって気持ちを見せたいからだと思う。」

 

「彼のこと、理解してるんだな。」

 

「うん。」

 

 真っ直ぐな瞳で迷いなく返答する。その関係を少し羨ましくも感じた。

 この二人には俺とアーニャに劣らないくらい強い絆があるんだな。

 

 

ーーー

 

「ママ!パパが帰って来たよ!」

 

 隊長の家族がいる部屋の番号に近づくと、大きな声が響く。

 ドアが大きく開き、そこから少女が現れる。隊長の娘さんだ。

 

「何言ってるの、あの人はもう……、──グレイ?」

 

「おかみさん……。」

 

「お帰りなさいグレイお兄ちゃん!」

 

「あ、あぁ。ただいま……。……帰って来ましたおかみさん。」

 

「そうかい、この子があの人が帰って来たなんて言うから何事かと思ったけど、連れて帰って来てくれたんだねグレイ。」

 

「すみません……っ!俺は……俺は……!」

 

「地球に降りるって聞いてからいつかはそうなるんじゃないかって思ってたよ。グレイ、アンタが責任感じる事じゃないよ。」

 

「けど……!」

 

「昔からアンタは気に病み過ぎるんだよ。悲しんでいない訳じゃない、けどねアンタに責任取ってくれだなんて言う訳無いよ。アンタが悪いんじゃ無い、時代が悪かっただけさ。」

 

「これ……隊長がずっと肌身離さず持っていた物です……。」

 

 アンダーセンとエルデヴァッサーが隊長の遺体と一緒に添えていた写真、家族三人が仲睦まじく写っている写真だ。

 

「あぁ……お帰りなさいあなた……。」

 

 写真に優しく触れ、抱きしめるように包み込む。

 

『あぁ、ただいま……。やっと帰ってこれた……。』

 

「……っ。隊長……?」

 

 聞こえた気がした、隊長の声が。

 

「お帰りなさいパパ……ゆっくりお休みしてね……。」

 

 きっとこの子にも聞こえているのだろう。泣くのを我慢して母親と共に抱きしめあっている。

 そして、おかみさんの暖かい腕が俺を包み込む。

 

「ありがとうよグレイ。……アンタはこの先どうするんだい?」

 

「……ネオ・ジオンのコロニーで働こうと思ってます。」

 

 此処には今はまだ思い出すのが辛い思い出が多い。逃げ出していると思われるかもしれないが変わりたいのだ。

 

「そうかい。大丈夫かい一人で?」

 

「あ……いや、実はもう一人着いてきてくれる奴がいて。」

 

「……女の子かい?」

 

「……はい。」

 

「大事にしてやりな。こんな世の中だ、人と人の繋がりが一番大事なんだからね。」

 

「分かってます。……すみません、本当はここにいるべきなんでしょうが。」

 

「アンタの人生だ、いつまでもあの人の事引きずって生きるのなんてアタシらは見たくないよ、好きに生きるべきさ。偶に思い出したら会いに来てくれれば良いよ。」

 

「ありがとうございます……おかみさん。」

 

 別れを済ませ、エレカへと戻る。いつかまた心が癒えた時にもう一度会いたい、その時はヘルミーナも一緒に。

 

 

ーーー

 

 

 

「お帰りなさいグレイ。大丈夫だった?」

 

 1時間弱の時を経て、ジェイソン・グレイが戻ってきた。

 その顔は先程よりも気が晴れたかのように清々しいものだった。

 

「あぁ、何とかな。二人にも礼を言うよ、ありがとう。」

 

「いえ、私達は殆どお役に立たなかったのでは……?」

 

「いや。君達がいなければ逃げ出してた、心の中で二人のせいにしてな。」

 

「なぁ、二人はこれからどうするんだ?」

 

 二人とも原作では影も形もなかったがニュータイプとして、パイロットとしてとても優秀だ。これからの時代どうするのだろう。

 

「ネオ・ジオンのコロニーで運び屋でも始めるつもりだ。」

 

「運び屋?」

 

「あぁ。この戦争で俺は色んな人の命を奪ってきた。戦争だから仕方のない事だと皆は言うだろうけど、奪ってきたからこそ今度は何かを届ける仕事をしたいと思ってな。」

 

「もうパイロットはやらないのか?二人ともあれだけの力があればネオ・ジオンでだって──」

 

「ジェシー。それ以上は二人に失礼ですよ。」

 

 アーニャに釘を刺されやっとハッとする。俺は結局アーニャの為に実力の高い二人を何とかパイロットのままでいさせたいと心の中で思っていたのだ。

 それがどれだけ傲慢な考えかもわからずに。

 

「っ……、すまなかった。デリカシーが流石に無さすぎた。」

 

 二人にとっては辛いものとなった戦争だ。フラナガン機関で実験を受け、家族同然のマルグリットは死んだ。グレイ自身多数の死者の念を受けて精神的に壊れかけていたし本当はもう戦いたく無いという気持ちの方が強くなっている筈なのだ……。

 

「大丈夫だよ、アンダーセンさんも悪気があって言った訳じゃないでしょ?」

 

「いや、それでも言って良い事と悪い事がある。二人の事を考えればこれから先は戦いなんてせず、平和に暮らして欲しいって願うのが普通だ。」

 

 本来の未来でマルグリットとジェシー・アンダーセンが歩んだ様に、戦いとは無縁の道を歩むのが彼らにとっての幸福じゃないのか。

 

「アンダーセン。」

 

 グレイに肩を叩かれてまた現実に引き戻される、どうやら俺は自分勝手に思い込む悪い癖がある様だ。

 

「お前の気持ちは分かるよ。彼女の為に力になれる人間が多く欲しいんだろ?見ていれば分かるさ、それで気持ちが空回りするのもな。」

 

「グレイ……。」

 

「今はまだ時間が欲しい。何年……何十年後かは分からないが自分の道がちゃんと見えた時、その時はお前達の力になれるようにするよ。」

 

「けど、二人とも俺を恨んでいるだろ?無理して力にならなくても良いんだ。」

 

「アンダーセン、確かに俺はお前が憎いよ。隊長もマルグリットもお前達に殺されたようなものだと今でも心の何処かで薄暗い感情が残ってるが分かる。けど隊長やマルグリットが言ったんだ。死んだ人間に囚われずに未来を生きろってな。」

 

「マルグリットが……。」

 

「俺にはまだ未来がどうなるのかだなんて分からない。平和に暮らすのが許されるのか、それともまた戦争が始まってパイロットとして使われるのか。ニュータイプなどと戦争中は言われて来たけれど未来なんて予知できないんだ。」

 

 そうだ、ニュータイプだからって未来の全てが分かるわけではない。普通の人間と変わらないのだ。

 

「だから今は自分の道をはっきりさせたい。そしてやるべき事が見つかったら、未来を見る仲間と共に歩んでみたい。そこに過去のいざこざを持ち込まずにな。」

 

「グレイ……。」

 

「だから、その時まで時間をくれ。いつか絶対にお前達の力になると誓うよ。それが死んでいった人達への俺なりの弔いだ。」

 

「あぁ、分かったよグレイ。ありがとう。」

 

 握手を交わし、再びエレカでホテルへと戻る。

 

「グレイ、そしてヘルミーナさん今日は話せて良かったよ。」

 

「うん。私達も同じ。」

 

「次に会う時は今よりマシな姿で会えるように努力するよ、さようならだアンダーセン、そしてアンナさん。」

 

「はい、私達もお二人に笑われないように努力して行きます。次にお会い出来る日を楽しみにしていますね。」

 

 そして去って行くエレカを見送り、感傷に浸る。

 

「二人とも戦場での顔は一切見せなかったな。」

 

「えぇ。二人とも過去を振り返らないようにと必至に努力しているのが分かりました。」

 

 恨むなら簡単に恨める、でもそれをしなかった。未来を見るために。

 

「……強かったなあの二人は。」

 

「はい。それこそ心身共に。私達も見習わなければならないですね。」

 

「あぁ。次に会う時に笑われないように……な。」

 

 その時がすぐなのか、それとも永遠に来ないかはまだ分からない。

 だからこそずっと恥じない生き方を心がけて行こうと誓う、次に会う時にお互いが笑い合えるような再会にする為に。

 

 

 

ーーー

 

 

サイド3 ズムシティの一画に建てられた壮大なホテルのスウィートルームの一室にカーディアス・ビストとマーサ・ビスト・カーバインが年代物の美酒を飲みながら話をしていた。

 

「戦勝を祝うパーティーにしてはそれなりの成果が得られたわね。」

 

「あぁ、『箱』の影響力の再確認も出来た。それ以外の収穫もな。」

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー。忘れもしない、あの女の娘。」

 

「危険だな。母親と同じ思想を胸に秘めている。『箱』の中身こそ知らぬのにそれが示す答えを既に見出しているとは。」

 

「どうするのです?先代と同じ様にあの娘を殺すのですか?」

 

「此処で決める事ではない、一度月に戻り先代の意志も仰ぐ必要がある。それでなくともこの戦争で台頭し始めて来たEC社には利用価値がある、下手に関係を拗らせるよりは上手く吸収するべきだ。」

 

「……所詮私達はあの人の掌からは逃れられないと言う訳ね。」

 

「あの人あっての今の我々だ。……逆に言えばあの人の意に背けばどうなるかは分かっているだろう。」

 

「……えぇ、痛いほどに。」

 

「なら全ては月に戻ってからだ。『箱』をどう処理するかは先代次第なのだからな。」

 

 ワインを飲み干して部屋を退室するカーディアスをしっかりと確認してから、マーサは大きく溜息を吐く。

 『箱』の影響力はこの戦争で大きく価値が増した、先代である祖父は往年ほど政治に関心はないがそれでも『箱』を開示するタイミングには常に目を光らせている。

 下手なタイミングで箱を開示させられでもすれば、それで悔やむ事なく死ねる祖父とは違いこれから先がある我々には不都合でしかない。兄は祖父の意向に従うだろうが私は違う。男共に食い物にされて終わるなど許せる訳がない。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー……。」

 

 かつて地球至上主義者に立ち向かい、そして『箱』と同意の意志を持ち台頭してきた女性であるアンゼリカ・フォン・エルデヴァッサーの忘れ形見。

 彼女は自分の母と同じように志半ばで死ぬかそれとも……。

 

「足掻いて見せなさい、それが貴方の成すべき事よ。」

 

 せめて男達に対してせめてもの反抗くらいは女の意地として見せて欲しい。

 そう願いながら再び彼女は美酒に手をつける。これから世界に踊らされる事になるだろう少女を憐れみながら。


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