機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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終幕 月に吼えるもの

 月面、フォン・ブラウン市

 

「それでは、新型ガンダムの開発状況は随時そちらへ報告が行くように……。」

 

 黒服の男が、気品の高そうな服を着た男性にそう報告する。

 

「よろしく頼む。それで……ペズンで起こったと言う事件のその後の進展は?」

 

「数週間前に起きたEC社のガンダム開発計画の?謎の襲撃とは聞いていますがこちらには詳しく話は流れて来ません。ただテスト中であった機体もパイロットも恐らくは消失し、EC社代表でリング・ア・ベル隊隊長のアンナ・フォン・エルデヴァッサーもあの事件以降表舞台には顔を出さず、ガンダムの開発も頓挫していると聞いていますが。」

 

「アナハイムが仕掛けた物だと思っていたのだが違うのかね?」

 

「まさか、リスクが高すぎますよ。我々としてはEC社に動かれるのは厄介では有りますが何も同じ連邦軍に肩入れしている言わば身内同士で騒動を起こすほどヤケにはなりません。」

 

「確かに……な。となるとやはりジオン公国残党辺りと言うことか。」

 

「そうでしょうね、アクシズの可能性も無いとは言えませんが。」

 

「アクシズなら余計にそちらの分野だろう?」

 

「それはグラナダ工廠のみですよカーディアス様、我々フォン・ブラウンのチームは殆ど別会社の様なものです、キシリア・ザビと縁の深かった向こうと違い情報は入ってきません。」

 

「そういう事にしておこう。ではまた何かあればこちらから連絡する。」

 

 黒服の男と別れ、近くで待機していた護衛と共にリムジンに乗る。

 

「先代は?」

 

「アナハイムの重役との会合を済ませ、マーサ様と共にフォン・ブラウンの別邸でお待ちです。」

 

「なら早々に戻らねばな。急げよ。」

 

「ハッ!」

 

 リムジンは途中で専用のルートへ移行し他の車とすれ違う事なくビスト家に用意されたフォン・ブラウンの別邸に到着する。その規模は本邸にも劣らずだ。

 

「お待たせしました先代。」

 

「うむ……。」

 

 昔よりはその熾烈さは鳴りを潜めてはいる、とは言え今でも面と向かえば圧倒されるような威圧感が彼にはある。

 

「例のEC社のペズンでの事件、フォン・ブラウンは関与していないと。」

 

「メラニー代表の方も手の者は差し向けてはいないと言っていました。」

 

 マーサの方でも同様の報告があったようだ、であればやはりアナハイムは関与していないという事か。

 

「私は先代……貴方が差し向けたものだと思っていたのですが。」

 

「マーサ……何を言っているかわかっているのか。」

 

「よいカーディアス……お前達の父にした様にそう思うのは仕方ない事だ。」

 

 私とマーサの父、先代にとって息子と呼ぶべき人は連邦と手を組み箱と先代の命を奪おうとした為に彼に殺された。その事実がマーサに同じ様に疑念を与えているのだろう。

 

「それに私がエルデヴァッサーの家の者を葬った事があるのもまた事実……、箱の真実に近い者であれば理由も充分だ……だが此度の件は私もその全容を知り得ていないのだよ。」

 

「先代ですら把握していないとなればやはりジオンが?」

 

「分からぬ……、だがアナハイムが関与していないのであれば我々が何かをする必要も無かろう。」

 

 確かにそうだ、新型ガンダム開発という競争において懸念すべきはEC社の進捗であってアナハイムの利に繋がる行動で無ければ無意味に関わる必要もない。

 報告では開発も頓挫していると言っていたしアナハイムがこのまま開発を継続するのであるなら我々が手を下さなくとも連邦軍内での評価はこちらが上回るだろう。

 

「アナハイムにガンダム開発を委託したコーウェン中将は我々の後々の為に役に立つ……。今の内に関係を深めておくのが無難だろう。」

 

「彼がこの計画で評価を得れば散り散りになったレビル閥の吸収も完全なものとなるでしょうね、そうなればゴップ将軍の去った後の連邦軍内での最大派閥となるのは間違いないでしょう。」

 

「MS開発の分野でアナハイムが優位に立てば箱の力に頼らずとも連邦軍に対して影響力を高める事が出来る。そうなれば先代、貴方の望んだ箱の開示も相応の者に託せるのでは?」

 

「カーディアス……貴方はやはり箱の開放を望んで……!」

 

 マーサが怒気を含む声を上げる、彼女にとっては切り札に最後まで取っておきたい存在なのだからこの反応は最もだ。だが箱は切り札にもなるがタイミングを見誤れば破滅に繋がる存在にもなり得る、後生大事に持っておく必要もまた無いのだ。

 

「箱は……まだ託せる者がおらんよカーディアス……、あの若きエルデヴァッサーの娘がその存在になり得るかとも思ったが、まだ青すぎた。」

 

「ならば……まだ箱は秘匿しておくと言う事ですな先代。」

 

「うむ、真に宇宙世紀に変革を齎す者にこそ……ラプラスの箱は必要となる、その為に────」

 

「ギャハハハ!コイツは傑作だ、変革を齎す者にぃ!?たかが羊飼いが偉くなったもんだなぁ、神にでもなったつもりか!?サイアム・ビスト!」

 

「何者だ!」

 

 護身用の銃を構える、何故SPはこの部外者をミスミスこの場に通したと言うのだ……!

 姿を確認すると仮面を付けた人間がいた、恐らくは声からして男だろう。

 

「おいおい落ち着けよカーディアス・ビスト、俺は別に喧嘩をしに来たわけじゃない、それに軍を退役して久しいアンタじゃ俺に弾を当てるなんて無理だ。アンタらの精鋭の護衛だってこのザマなんだから……なぁ!」

 

 男は片手で護衛の身体を軽々と放り投げる、普通の身体能力ではまずあり得ない事だ。この状況……まさか奴の手によって護衛が全員倒されたと言うことか……?

 それに、何故この男は私が軍に所属していたことを知っている……?身分を隠して入隊していたので知る者は一族の者を除けば多くはないというのに。

 

「そう身構えるな、無駄に敵対心を持たれるとこっちも神経がイラつくんでな。俺はアンタらに良い話を持ってきたんだ。」

 

「良い話……だと?」

 

「お前らが後生大事に持ってる初代連邦政府首相達の記したアホな寄せ書きよりは遥かにな。」

 

「……っ。」

 

 この男は……連邦軍ですら知る者の少ない箱の中身を知っている……何故だ?

 

「よろしいでしょう、我々は貴方と敵対する意志はありません。貴方の望みは何なのですか。」

 

「マーサ!」

 

「黙ってなカーディアス・ビスト、元よりお前らに選択肢はない。それを分かってるからこの女もこう言ってるんだ。」

 

 敵対すれば命はない、協力する以外最初から道は用意していないと言う事だ。

 

「……。何が目的だ。」

 

「まずは手土産だ。お前らが気になってたEC社のガンダム、その実物とデータをくれてやる。」

 

 そう言うと彼は無造作に電子端末を放り投げる、拾い上げデータを確認すると其処には先日失われていたと思っていたEC社のガンダムのテスト機の写真と機体データが内包されていた。

 

「ペズンの事故も貴方が引き起こしたものと言うことかしら?」

 

「御明察だマーサ・ビスト。俺……いや俺達と行った方が良いか、EC社にガンダムなんぞ開発してもらっても困るんでな。クックックッ……『より良い未来』って奴の為にな。」

 

「貴方の目的は?このガンダムのデータを私達に渡して何がしたいと言うのかしら?」

 

「こっちとしては箱を手に入れただけの羊飼いになんざ助力を頼みたいとは思ってないんだが、どうしても活動するには金と人がいるんでな。それにお前らと同盟を組むのも悪くないだろう?俺の『知識』があればアンタらに悪い思いはさせないぜ?」

 

「知識だと……?それが我々の為に何の役に立つというのだ?」

 

「さっきからゴタゴタと偉そうにうるせぇんだよカーディアス・ビスト、言葉は選んだ方が良いぞ……?確かエルデヴァッサーの所と同じアンナって名前の妾を孕ませてガキが産まれたばかりだろ?子供は大事にするもんだぜ……ククククク。」

 

「……ッ!貴様……!」

 

「カーディアス……貴方は……。」

 

「可哀想になぁマーサさんよぉ、テメェは羊飼いの奴隷だった爺さんの築き上げた財団の為に好きでもねえ男と政略結婚させられといて、コイツはコイツでやりたい放題女に手を出してんだ、男ってのは欲望に忠実だからなヒャハハハ!」

 

 下卑た笑い声が響く、この男は何故知り得る者の少ない情報を手に入れている……?これが奴の言う『知識』だと言うのか?

 

「君が……何処から私や孫達の経歴を知り得て、そして我々一族が秘匿していたラプラスの箱の真実に辿り着いたか……聞いてはみたいが答えてはくれぬのだろうな。そうやって敵意を振り撒かねば気が済まぬのだろう?」

 

「あぁその通りだ、すまねぇなぁどうしても感情が昂るとこうなっちまうんだ、悪いとは思っているんだぜククククク。」

 

「我々に危害を加えないのであれば……その知識は我々にも得となる。盟を結ぶのも良かろう、良いな2人とも。」

 

「……。」

 

 いずれにせよ、ここで拒否すれば奴は我々を殺すことに躊躇いは無いだろう。

 答えは最初から決まっていた。

 

「と、言う訳で。よろしく頼むぜビスト財団の皆様よぉ?共にあるべき世界へ行こうじゃないか、ハハハ!ヒャハハハ!」

 

 この男が我々の破滅に繋がる、分かってはいても今は成す術が無かった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「それで、僕が戻って来た理由はアンダーセン大尉の代わりにMS隊の隊長をやれと言うことなんですか……ジュネットさん。」

 

 小惑星ペズン、リング・ア・ベル隊に割り当てられたミーティングルームで促成士官教育を終わらせ少尉として帰還したヨハン・グリムにアルヴィン・ジュネット大尉が頷く。

 

「私も君も、アンダーセン大尉が不在になった事で部隊を指揮する為に昇進が言い渡された。だが私は通信技術に長けているだけの特技兵としての階級だ、君がMS隊の隊長を率いてくれなければ……大佐も今はどうにもならん。」

 

「こんな形で中尉に昇進なんて……全く嬉しくないですよ……!なんでアンダーセン大尉が……こんな……!」

 

「アタイが……アタイがもっとちゃんと捜索出来ていりゃ……。」

 

「カルラも新米達も、必死になって何日も探したんでしょう!?だったら……見つからなかった大尉はまだ何処かにいたっておかしくない……!」

 

「グリムくん、それ以上はダメよ。」

 

 クロエの制止でグリムが黙り込む。彼は死んでなんていない、そう信じたいのはこの場にいる全員が同じだった。

 

「今は現実を受け止め、リング・ア・ベル隊として大佐の名に恥じない動きをせねばならない。大佐が指揮を取れなくてもだ。」

 

 ジュネットの言葉に全員が頷く。

 

「だけどさ、ガンダムの開発はどうするんだい?あんな事があって、しかもデータのハッキングだってあったんだろ?」

 

「えぇ、あの日ジェシーくんの乗っていた1号機の基礎設計図に何者かがアクセスした形跡があったわ。……ただね、これにアクセス出来る人間は本当に一握りだけ。セキュリティだって最高機密で守られていたんだから余程のハッカーか……。」

 

「内部からの犯行と言いたいのか?」

 

 ジュネットはクロエに問う。

 そもそもこの機動テストはペズン司令部くらいしか把握しておらず、想定される一つの解答としての『ジオン残党軍による攻撃』は彼らがその情報をどうやって入手したか、そして装備がまともにされていなかったとは言え、その機体性能とパイロットの能力ならジオン残党が余程の規模のMS隊を差し向けるか、或いは最新型のMSやMAクラスの機体でも差し向けない限りは勝てはしなくとも逃げ切れる筈なのだ。

 しかしあの事件の際に撤退するMS隊の形跡は全く無く、また母艦となる艦艇の存在も確認されなかった事から小規模な艦隊すらあの場には存在していないと決定付けられた。

 となると必然的に内部の人間が巧妙に仕組んだ罠の可能性も出てくる、それこそ自分達に近い人間が裏切っている可能性すら。

 

「2人ともやめましょう、これ以上答えの出ない事で不和を広げる必要はないでしょう?ガンダムの開発もそうですけど一番の問題は隊長ですよ、あの人が一番今回の件で辛い筈だ。」

 

「確かにね、私達にすらまともに会ってくれないんだから相当よ。……仕方のない事だけどね。」

 

「シショーも隊長も強い絆で結ばれてたからね……鳥だって片翼だけじゃ飛べないんだ。今の隊長は翼をもがれた鳥みたいなもんさ、見ちゃいられないよ……。」

 

「カルラ……結構詩人みたいな事を言うのね?」

 

「センセー、アタイだって真面目に物くらい言えるよ!?」

 

 そのやりとりに気が抜けたのか4人から少しばかりの笑い声が生まれる。

 

「いずれにせよ大佐が動けないのであれば彼女が立ち上がるまで支えるのが我々の仕事だ。大佐とアンダーセン大尉、2人の絆には及ばなくとも我々もあの戦争を共に駆けた盟友なのだからな。」

 

「ジュネットさんの言う通りだ、MS隊の指揮は僕に任せてください。一年以上ここを空けた分の仕事はやってみせます。カルラもサポートを頼む。」

 

「分かってるよグリム、新米達もシショーやアタイにしごかれてそれなりにはなって来てる、後はチームワークを磨くだけさ!」

 

「ガンダム開発の方は引き続き私が進めるわ。ただ今回の件で上からEC社にこれ以上ガンダム開発を継続させるのもどうなのかって圧力も掛かってるから当初より予算が減らされるかもしれない、その点は把握しておいてね。」

 

「部隊の総括は大佐が動けない間は私が担当しよう、大佐がいなくとも我々は我々のやれる事を全力でやるのみだ良いな。」

 

『了解!』

 

 例え絶望的な状況であっても彼らは決して諦めたりはしない。それがあの戦争で彼らの学んだ希望なのだから。

 

 

 

ーーー

 

 

 ピピピッ、ピピピッと時計のアラームが連続した鳴り続ける。

 

「……。」

 

 アラームを止め時間を確認する。時間は深夜、隊の殆どが活動を終えた時間である。

 用意されていた食事を温め直し口に含む。気持ちの悪さに吐きそうになるがなんとか堪えて食事を済ませる。

 

 これが、この数ヶ月間の私の日常。まるで死人同然だ。

 ……死人と言っても過言は無いのだろう、今の私は抜け殻のようなものなのだから。

 

「ジェシー……。」

 

 ここにいない、どこにいるのかも分からない彼の名前を呼ぶ。返答は返ってくる事はなかった。

 

 

 

「……。」

 

 ペズンでリング・ア・ベル隊に割り当てられた施設は、この時間帯は警備の人間が数名巡回しているだけで殆ど静まり返っている。

 私はMS整備場のロックを解除し、今は乗り手のいない白き騎士のMS(ヴァイスリッター)に乗り込む。

 

『システム起動、パスワードを入力してください。』

 

 彼は自分の愛機が誰かに乗り込まれない様にシステム起動時にロックを仕掛けていた。軍の識別コードかとも思い何度か入力したが結局全てハズレだった。

 クロエに頼めばロックの解除は容易だろうが、頼みたくはなかった。

 

「……、今日は私と彼が初めて出会った日にしましょう。」

 

 パネルに彼と出会った日を入力する。月日のみや年数も含め、何回か入力する。

 

『パスワードが不一致です。もう一度入力してください。』

 

 何度も聞いた機械音声がまた流れる。結局これもハズレだった。

 

「ジェシー……、今貴方は何処にいるのですか……。」

 

 胸を刺す痛みに耐えきれず涙が流れる。これからもずっと一緒だと言ったのに、どうして彼は私の隣にいないのだと……。

 

『数ヶ月に渡るパスワード不一致を確認、ジェシー・アンダーセンが生存している場合彼によるパスワードの解除を求めます。』

 

「……なに?」

 

 今まで聞いたことのない音声が流れる、どうやら長い期間間違ったパスワードを入力していると発生する警告のようだ。

 

『ジェシー・アンダーセンが死亡、またはパスワードを入力出来ない状況の場合は特定人物の識別コードを入力してください。』

 

「……?それなら……。」

 

 私の軍の識別コードを入力する。これでヴァイスリッターのロックが解除されると言うことだろうか、……乗り手のいない機体のロックが解除された所で意味は無いのに……。

 

『アンナ・フォン・エルデヴァッサーのコードを確認、システムはジェシー・アンダーセンの現在の状況を確認します。生存している、或いは生存しているが機体に乗れない状況であるなら1を。死亡している、或いはMIAに認定されている場合は2を。老衰、或いは自然死をしている場合は3を入力してください。注意、この入力は一度限りのものです。再度入力は出来ないので間違えないように確認をしてから入力してください。』

 

「……。」

 

 生きている、そう思いたい。だけど彼はこの場にはいないのだ。

 であるならば、入力すべきは2なのだろう。システムに2を入力する。

 

『ジェシー・アンダーセンの死亡、或いはMIAを確認。アンナ・フォン・エルデヴァッサーに対しての音声記録を再生。システムの起動年は宇宙世紀0081、音声ファイル0048を再生。』

 

「何が起きているの……?」

 

 彼は以前からそう言った状況が発生する事に備えてこのシステムを入れていたのだろうか?特定の状況下でのみ起動するシステムをわざわざ組み込んで彼は何をしていたのだろう?

 

『俺の名前はジェシー・アンダーセン。アーニャ。君がこの記録を聴く時、俺はもうこの世にはいないのだろう。』

 

「ジェシー……。」

 

 彼の声だ、何ヶ月も聴いていなかった彼の声だ。

 

『システムとの整合、……どうやら俺は死んだか行方不明になっているようだな、そしてこの音声記録は0081年にそうなった場合に再生される記録だ……こんなに早くに死ぬとは思っていなかった。』

 

「死んでない……貴方は死んでなんて……絶対にない……!」

 

『いずれにせよ、この記録を聴いている時。俺がこの場に存在し得ない状況であるなら、今から聞かせる記録が君の未来になる。どうか役に立てて欲しい。』

 

「ジェシー……。」

 

『宇宙世紀0081年、この年代に起きる大きな事件はジオン公国軍残党が月面のマスドライバー施設を占領し、同施設から質量弾を放つというテロ行為を行う「水天の涙作戦」が行われる。』

 

「な……、どうして……。」

 

 ジオン公国軍残党が月面のマスドライバー施設を占領しようとし、二度に渡り攻勢が仕掛けられた事件は確かに発生している。

 

 しかしそれは()()M()I()A()()()()()()()()の話だ。

 この記録を彼が付けているだろう時は()()()()()()()になる。

 

『この事件に君が関わるか、関わらないか。或いは既に時が過ぎ去っているか、それは俺には知る由もない。だがこの事件は君が関わる関わらないに限らず別の部隊が対処する、その作戦が完遂される事はないだろう。』

 

 その通りだ、記録にはそれらの作戦は全て現地の部隊により阻止されている。

 彼は……彼は未来を予知していたのだろうか、ニュータイプとして未来を予知しその未来を予言しているのだろうか。

 

『その事件の後は……0082年は特に大きな事件は発生しない……筈だ。少なくても俺の知る時代の流れでは、問題は0083年10月に起こる新型ガンダム強奪事件だ。』

 

 その言葉の後、彼が綴った言葉はこれから数年後の未来を事細かに記したものだった。2年後に起こる事件、その内容が大まかに説明される。

 彼の意志は此処にある、いなくなってもまだ此処にいるのだ。

 

『これが俺の知り得る事件の全てだ、それより先の未来は君が知り得るにはまだ早すぎる。それに俺のこの記録が役に立つ事が無ければ、既に大きく未来が変わっている事になる。そうなればこの音声記録もただの世迷言として認識してくれて構わない。絶望の未来は変わったのだと。』

 

 彼が見ている未来は一つでは無いのだろうか、この予言とも言える言葉が外れる可能性もあると。

 

『この先の未来、君が歩む世界は過酷なものになると思う。けれどアーニャ、どうか自分を見失わずこの世界をより良い未来に変えて欲しい。』

 

「ジェシー……。」

 

『最後に一言だけ、俺は君を愛している。後は頼んだぞアーニャ……。』

 

 プツリと音声が途切れる。記録が全て再生し終えたのだ。

 

「より良い……世界の為に……。」

 

 彼の願いはまだ生きている。私がそれを継がなければならない、それが私と彼に残された最後の繋がりとなるのかもしれないのだから。

 

 0083年……数年後に起こると言ったその戦いの為に……私がしなければならない事は……。

 

 

ーーー

 

 

「それで、わざわざ私にそれを伝える為にここに来たのかなコーウェン中将。」

 

 軍を引退し、現在連邦議会議員としての活動の為自身の支持者向けの政治パーティーを行っている最中、コーウェン中将に呼び止められる。 

 

「ハッ、あらぬ憶測を生ませても仕方のない事ですから。」

 

「ははは。甘く見てもらっては困るな、あれはアナハイムや君の勢力が情報を知り得るには時間が無さすぎた事件だ。ペズン司令部にテストの申請をし、それがジャブローで受理された時にはテストまで殆ど時間の猶予は無かった。それに仮に君達がEC社のガンダム開発を阻止するのであれば、あの様な事件になるのでは無く整備中の事故を装うか、或いは機動試験中の事故を装って機体ごと爆破させた方がまだ分かると言うものだ。」

 

 内外からも怪しまれる様なミノフスキー散布後に奇襲を仕掛けると言った行為はそれこそ怪しんでくれと言っている様なものだ。だからこそ、この男はその疑念に目を向けられない様にここに来たのであろうが。

 

「そう言って頂けると幸いです。貴方がアナハイムとEC社の両方にガンダム開発を命じた事で今回の件に我々が加担したと思われては厄介でしたのでな。」

 

「ふん、だからと言って今の君の態度は褒められたものではないがね。犠牲になったのは仮にも君がメガセリオンを開発するに至らせたアンダーセンだぞ。」

 

「彼については残念ではありますよ。今思えばパイロットとしてそのまま置いておくには勿体無い人材でありましたからな。今回リング・ア・ベル隊は彼のパイロットとしてのモーションパターンを記録したOSの提出を軍にして来ました。アムロ・レイには及ばずともベテランパイロットのモーションパターンはOSの質を向上させるには十分なものですからな。……時に将軍、その件でも聞いておきたい事が。」

 

「将軍はよしたまえ、軍を退役した身だからな。それでなにかね?」

 

「提出された彼のモーションパターンには何故かブラックボックスとなるモーションパターンが一つだけ確認されました、ペズンにも問い合わせましたが生前彼が自身の操縦データ以外に敢えて手動で特定のモーションを行った時にのみ作動するシステムトラップを仕掛けていたと回答が来たのです。」

 

「システムトラップかね?」

 

「はい、その様な怪しいデータを使用するには懸念が生まれるますからな。アンダーセン大尉は貴方の子飼いでもあった、使用について助言を求めたいと言うのもあります。」

 

「……あの男は小細工を仕掛けるタイプではない、そのモーションパターンと言うのは通常の戦闘において作動するものでは無いのだろう?君の言葉から読み取るのであればな。」

 

「一定数のパイロットに彼のデータを組み込んだOSを入れたMSを操縦させましたが通常戦闘ではそのトラップが作動される事はありませんでした。」

 

「ならば使ってみれば良いではないか。逆にそのシステムトラップが作動する瞬間というのも一見の価値があるのではないかね?ペズンのエースが残した遺産が解放される時に何が起きるのか。」

 

「……そうですな。その様にしておきましょう。」

 

「私はもう軍を引退した今は一政治家に過ぎん。ガンダム開発計画についてはこれ以上私に何かお伺いを立てようとしても意味は無いと思いたまえ。」

 

「ハッ……それでは失礼します。」

 

 去って行くコーウェン中将を無視し、1人誰もいないバルコニーに佇む。

 

「馬鹿な男が、助力を願えるとでも思っていたか。」

 

 奴の勢力は亡くなったレビルの派閥を一定数引き入れはしたが他の勢力と比べれば拮抗しているかやや劣る状況だ。

 そこで私に媚びる事で勢力図を安定させたいと思っていたのだろうが見積もりが甘すぎる。

 

「敵の敵は増やしたぞアンナ。後はお前が道を切り開くしかないのだ、例えアンダーセンの倅がいなくなったとしてもだ。」

 

 ここから先は本当に何もしてやれる事はない、勢力としては小さいが確かな基盤のあるアンナにこれ以上加担すれば私とて部外者ではいられなくなる。

 まだ私の地盤はここで失われる訳にはいかない。例えその片翼が折られてもエルデヴァッサーという獅子の魂はまだ失われてはいない筈だ、だからこそ一人でも道を切り開かねばならないのだ。

 

「貴様もまだ騎士の誓いを果たせてはいない、生きているのなら使命を果たせよアンダーセンの倅よ……。」

 

 

 

 様々な思惑、陰謀が渦巻く宇宙と地球で、また大きな戦乱が訪れる。

 それは決められた刻の流れなのか、変えられた刻の流れとなるのか今はまだ誰も知ることはない。

 

 




 次回予告

「この機体と核弾頭は頂いて行く!ジオン復興の為に!」

「その機体を奪わせる訳にはいかない!」

 奪われた新型ガンダム2号機と核弾頭、それに立ち向かう1号機と若きパイロット。

「あんな機体を何故アナハイムが開発していたんだ!?僕は父から何も聞いていない!」

「だから貴方は御曹司だと言うのです!今ここにある真実が全てなのですよ!」

「痴話喧嘩と変わらぬ政治闘争は他所でやりたまえ!今は軍事行動中だ!」

 アナハイムとビスト財団、そしてEC社を巡る政争。

「さぁ、あるべき未来へと至ろうじゃないか。その力を見せろガンダム!」

 かつて失われた黒きガンダムが時代の流れに牙を剥く。

「お願い……!ジェシー……!私に……撃たせないで!」

 紅のガンダムが絶望の空を舞う。

「再びジオンの理想を掲げるために!星の屑成就の為に!ソロモンよ!私は還ってきた!」

 定められた運命は変えられないのか、世界は再び暗黒の時代に向かうのを止められないのか。


 次章、機動戦士ガンダム 紺碧の空へ
 第二章 暗黒の宇宙へ

To be continued...

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