コーウェン准将と話してから数日が経ち、機体の調整と補給が完了した俺達はまたメキシコへと向かっていた。前回と違うのは今回向かっているのは市街地、ジオンとの軍事境界線に近いという点だ。
街の目立つ所に作られていた前線野営地にミデアを降ろし俺達は司令官に挨拶をしに行く。
「只今着任しました。第774独立機械化混成部隊、隊長のアンナ・フォン・エルデヴァッサーです。」
「同じく第774独立機械化混成部隊、パイロットのジェシー・アンダーセン少尉であります!」
ビシッと敬礼をすると野営地の司令官も綺麗に敬礼返す。
「君たちの噂は聞いている、正直援軍に来てくれて助かったよ。現在我々はこの街を拠点に活動しているのだが最近ジオンの攻勢が増していてね。何とか凌げてはいるが兵の疲労が大きい。そんな中モビルスーツを率いた部隊が援軍に来たと兵が知れば士気も上がるだろう。」
「司令官殿、失礼ではありますが私達は正規の部隊ではありません。なのでMSを使用しているとはいえど……。」
アーニャが自分達の行動が記録に残らない旨を伝えようとすると、司令官は途中で言葉を遮った。
「政治が絡んでいる事は分かっている、君達がどのような活躍をしてもこの戦線にはいなかったと言う扱いになる事もな。だがそんな事はお役所仕事の連中の書類の中の話で我々にはそんな事は関係ないのだよ。君達はここにいるし我々と共に戦う同士だ。そのことを忘れないで欲しい。」
おぉ……っと素直に感動してしまった。普通なら厄介者扱いされるかと思っていたからこんな風に言われると嬉しく感じてしまう。隣にいるアーニャも目に気迫が篭っている。
「御好意に感謝します!我々が必要な場面がありましたらお声掛けください!」
「そうか……なら着任早々済まないが部隊の全員を引き連れてここに向かって欲しい。」
司令官はサラサラとメモに走り書きをして俺に渡してきた、これは……街の地図か?
「あの……これは何ですか?」
「あぁ、行けば分かるよ。そこで手伝いをして貰えると助かる。」
手伝い、恐らくは整備か何かか……?まぁ頼まれた手前やれる事をやってみせる!そう意気込んで部隊のみんなと共にメモに書かれた場所へ向かったのだが……。
「はい!これ7番テーブルに持って行って!」
「おーい兄ちゃん!ビール切れちまったよ!おかわり頼むわ!」
「アンタ美人だねえ!俺の彼女にならねえか!?」
次々と頼まれるオーダー、酔っ払いの絡み、そして目まぐるしく動く人々……人々というか殆ど連邦兵。
頼まれて来た場所は連邦軍の整備ハンガーとかではなく街に設営された連邦兵用の食堂キャンプだった。
現地の人が切り盛りした料理をどんどん持っていき酒を注ぎ愚痴を聞く、そんな事をかれこれ数時間させられてる……クロエ曹長はなんでこんな事を引き受けたのと言いたそうに時折こちらを睨み付けながらも他の人にはニコニコして接客している、女って怖い。ジュネット中尉は黙々と指示された注文を少しも間違わず持って行ってる、なんでそんなにミスせず出来るのか聞くと「戦況把握で培った努力の賜物だな。」とか言ってた、そうですか。
そして我らが指揮官、アンナ・フォン・エルデヴァッサーはと言うと……。
「離してー!離してくださいー!」
「くぉらぁー!子供がこんな所いちゃダメだろーが!早く家に帰らないとーー!」
酔っ払いに絡まれて何か普段のクールさが剥がれ落ちてしまっている。なんだこれ。
「子供じゃありませーん!階級章が見えないんですか!?少佐ですよ少佐!」
ムキになりながら階級章を見せびらかすアーニャ、すまんが今のお前の行動は子供のそれだぞ。
「オメーみたいな少佐がいるかぁ〜!バカ言ってんじゃない階級章は誰から取って来たんだ〜?返してこーい!」
「あぁぁぁー!助けてジェシー!クロエ曹長ー!ジュネット中尉ー!」
面白いからそのままにしておこう、目を合わせた俺達三人は気持ちが通いあったことを確認すると知らんふりを決め込んで仕事に戻った。
ーーー ーーー
「お嬢ちゃんよぉ〜俺の娘はよぉ〜生きてたらオメーと同じくらいの歳になってたんだよ……」
年配の兵士は空になったグラスをグラグラと揺らしながらそう呟いた。
「お子さんがいらしたんですか……?」
そう言うと彼は胸のポケットから綺麗に折り畳まれた写真を取り出す、其処には彼とその家族と思われる女性と子供が幸せそうに写っていた。
以前戦ったジオンのパイロットを思い出す、あの人も家族の写真を持っていたから。
「あぁ……『いた』んだ。ジオンの毒ガス攻撃で女房諸共死んじまったがな。」
ジオン軍によるコロニーへの毒ガス攻撃、大勢の民間人が無差別に虐殺され……そのコロニーは……。
「私も……コロニー落としで父を亡くしました。」
そう、ブリティッシュ作戦で最終的にオーストラリアに落ちたアイランド・イフィッシュ。あれで私の愛する父と祖父、そして多くの一族が亡くなった。
「あー……悪いな、酔いが醒めてきちまった。しんみりした話なんざするもんじゃねえな。」
バツが悪そうに頭を掻く彼に似ても似つかないのに父の姿を一瞬重ねてしまった、私に格好の悪い所を見られると父は決まって頭を掻く癖があったからそれを思い出したのだ。
「構いませんよ、今だけ私をお子さんと思って頂いても構いませんよ。今日だけは無礼講です。」
「はぁ……生きていたらエレメンタリースクールを卒業してジュニアハイスクールに通ってる頃か……ちゃんと勉強はするんだぞお嬢ちゃん。」
「私は15です!今年で16ですよ!?どこを見たらそう見えるんですか!」
「どこってそりゃ身長だろ。」
「触れてはいけないことをーーー!」
そんな感じで私の着任初日は散々な目に遭いながら終わって行った。
ーーー ーーー
翌日、俺達はアーニャの裏切り者を見るような冷たい視線を感じながらミデアに向かって歩いていた。
野営地の司令官の話によると昨日の件はいつも応援に駆けつけた部隊恒例のイベントらしく親睦を深めるのに役立ってるという話らしかった、実際俺とクロエ曹長とジュネット中尉の三人は確かにひと段落した後で他の兵士達と一緒になって騒げたがアーニャだけはその中に入ることが出来ず面白いことになっていたせいで朝から凄い不機嫌なのだ。
「ねぇ少尉、何か言ってくださいよ。少佐めちゃくちゃ怖いんですけど……。」
「嫌に決まってるだろ、昨日の恨みが相当たまってるぞあれ。」
「触らぬ神に祟りなしと言う言葉がある、今は触れないのがベストだろう。」
そう話しながら不機嫌なアーニャの冷たい視線を浴び続けて足を進めていると昨日アーニャと面白いことになっていた年配の兵士がこちらを見てアッと驚いていた。
「お前……いや、嬢ちゃんあんたマジで少佐だったのか!?」
「昨日ちゃんと少佐だと言いました!自己紹介をしておきます、第774独立機械化混成部隊アンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐です!」
怒気を含んだ自己紹介をするが何というか昨日の出来事のせいで迫力とか威厳とか全く無く、ただの年相応の女の子が拗ねている姿だった。
「いや、ま。ホント失礼だったな、見慣れない顔だからてっきり軍服のコスプレした民間人だとばかり思ってたよ」
「昨日はお酒が絡んでいましたから無礼講だとも言いました、今後気をつけてくれたら結構です。」
まだ少し不機嫌な様相だが年配の兵士は気にせずポンポンとアーニャの肩を叩く。
「アンタらは上官かもしれんが歳は俺の方が遥かに上だ、例のMS部隊が来たって同僚が言ってたからそれがアンタらなんだろうが無理して活躍してもらおうとは誰も思っちゃいねえ。お互い助け合ってやっていこうや。こっちも戦車乗りの意地もあるしな。」
昨日は悪かったよ、と謝罪の言葉を言って彼は去って行く。俺は彼の上官相手でもフランクに接する姿勢に好感を持った、戦場にいる以上は階級関係なく同じ仲間だって強い繋がりを意識させてくれる。
「はぁ……取り敢えずミデアに行きましょう。今日は私、一日頑張れるか不安です。」
俺とは真逆に精神的に疲れてるのか既にヘトヘトなアーニャをフォローしながらミデアへと向かった。
「さて、司令部からの通達だ。」
ミデアでの移動中、ジュネット中尉が状況説明に入る。
「現在ジオンはこの街に向けて散発的に攻撃を仕掛けてきていた、攻撃の規模も時期も全てバラバラで統一された攻撃は確認されていなかったが。本日前線で今までとは比較にならない程の部隊が進軍して来ていると連絡が入った。」
「ここは要所ではありませんが取れるに越した事はない地点ですからね、敵にとっても攻めるか攻めないか判断に迷う所でしょう。それが意を決して攻撃を仕掛けて来たなら簡単には対処できないでしょうね。」
此処は攻める側も守る側も基本的に地形を利用したりなど出来ない平野部の市街地だ。守る側の方が建物を利用すればそれなりのアドバンテージもあるだろうが民間人がいる以上戦闘は出来るだけ街から離れなければならないので完全に同じ条件での戦闘となる。
「敵の戦力は航空戦力と地上戦力、どれも相応の数になるが地上戦力で注意しなければならないのはやはりMSだ。この対処は基本的に戦車で行うと司令部から連絡が入っている。」
「俺達のMSじゃ駄目なのか?」
「司令部からは我々には敵戦車部隊への対処を求められた、機動力を活かし戦車の数を減らしてくれれば味方も安心してMS部隊に対処できるとの事だ。」
つまり戦車同士、MS同士で戦うよりMSの機動性で戦車を駆逐して戦車の数の暴力でMSを撃破するって事か。確かにこの方が戦いやすい。
「敵は私達連邦がMSを使用してくるとは思っていないでしょうから、その点でもアドバンテージがありますね。活躍できるかは別として敵は少しの間混乱はしてくれるでしょう。」
「確かにそうだな、自分達しか使っていないと思っているMSがいきなり攻撃してきたら慌てそうだ。」
そう言った意味でも開幕の撹乱がどれだけ上手く行くかが勝負だな。鉄は熱いうちに打てと言うし同じ様に敵は弱いうちに討てれば文句無しだ。
「間も無く戦場に到着します、各機発進準備を!」
「「「了解!」」」
俺がザニーヘッド、アーニャがザニー、ジュネット中尉が独自で電子装備を積み込んだホバートラックに乗り込みミデアの着陸を待つ。
今回アーニャのザニーは狙撃兵装の開発が間に合わなくて用意できず通常装備の120mm低反動キャノン砲とザクマシンガンを装備。俺はヤシマ重工と呼ばれる企業が試作した100mmマシンガンと開発部が設計したMSの試作シールドを装備している。ホバートラックの方は大きなレドームを付けてある以外見た目は変わっていないが内部が結構変わっているらしい。
「ミデア、着陸完了!発進どうぞ!」
クロエ曹長の誘導でMSを発進させる。今回ミデアはそのままにしておけないので発進後は戦線を一時離脱する。
「ジェシー・アンダーセン!ザニーヘッド発進する!」
「アンナ・フォン・エルデヴァッサー 、ザニー発進します!」
《ホバートラック発進!後方から支援する。》
「皆さん御武運を!」
ミデアが飛び立つのを確認して戦線へと向かう、既に戦闘は開始している模様で砲撃音と爆発音が入り混じっている。止まってはいられない、支援をしなければ。
「こちらジェシー!前方で敵を撹乱する!アーニャはホバートラックの支援を受けて後方から援護を!」
ミノフスキー粒子が戦闘濃度に達してしまったら少しの距離でも簡単には通信できなくなる、ここからは独自判断での行動が増えるだろう。
「了解、ジェシー……機体はまだ安定性に欠けていますから無茶はしてはいけませんよ?」
「分かってる!」
一応の調整は済んでいるが戦闘機動は今回が久しぶりだ、頼むから故障だけはするなよ……と愛機に語りかけ敵の戦車部隊へと突撃をかける。
「MSが攻撃を仕掛けてきた!?何処の味方部隊だ!」
「馬鹿野郎!ありゃ連邦だ!ザクじゃない!ザクじゃないぞ!」
味方と誤認しているのか敵のマゼラアタックの攻撃が鈍い、このチャンスを逃さずマゼラトップ部分へ直撃弾を叩き込む。脱出されても厄介だからな。
「一つ!二つ!」
無理をせず射撃後に後退し戦車の支援を受けながら追撃を入れる、敵もこちらを完全に敵と認識して狙いをかけてくるが。
《アンダーセン少尉に釣られてこちらの動きが見えていないようだ、エルデヴァッサー少佐、現在の敵の位置情報と環境情報を送信する。》
ミノフスキー粒子散布化では無線通信の類は影響を受けるが有線ではその限りではない、ホバートラックから直接戦術データを受け取ったザニーは敵の位置と風速などの地形情報を読み込み最適な状態で射撃に入る。
「優先順位の高い敵機から狙い撃ちます、引き続き索敵を!」
《了解した!》
アーニャの援護で丁度痒い所に手が届くようにスムーズに敵戦車を撃破していく、だがそんなにずっと上手く行く筈もなく……。
「連邦のMSなんぞにコケにされてたまるか!ザクで囲め!」
敵のMS部隊がこちらに狙いを定める、流石に複数機相手では分が悪い!
「一つ目どもが!敵はMSだけじゃねえぞ!」
焦っていた所を味方の戦車隊が攻撃を集中させる、一輌一輌では敵わなくても群れて攻撃をすれば流石のザクも溜まったものではないようだ、次々と撃破されていく。
「畜生!連邦にこんなコケにされ続けてたまるか!」
ジオンもジオンで必死だ、次第に戦況は膠着化し始めてきた。一進一退の攻防が続きどちらも決定打に欠けていた。
「嬢ちゃんどもが頑張ってるってのに俺らが頑張らねえでどうすんだ!行くぞテメェら!敵のMSに突撃だ!」
突如味方の戦車隊が進撃を開始した、敵は突然の突撃に焦ったのか少し動きが鈍る。
「隙が出来た!この機に乗じて……!」
俺は戦車隊を支援する様に敵に攻撃を仕掛ける。結局この攻勢が有効打を与えたのか敵は徐々に後退を始めた。
「やったぜ嬢ちゃんども!見たかジオン!俺達もMSがありゃこれだけやれーーー」
直後、戦車にザクのバズーカが直撃する。俺はその戦車の撃墜には気付いたが、その戦車に乗っていた人物の事までは認識出来なかった。味方の損害も大きかったし何より自分のことで精一杯だったのだから。
結局、戦闘は連邦軍の辛勝で終わった。敵は壊滅的打撃を受けて撤退し当分は攻撃もままならない状況だろうがこちらの損害も大きい、戦車部隊は著しく損傷し補給が来るまではどうにもならないだろう。ただ人的損失は少なく戦車の補充さえ整えば攻勢に転じられる可能性も出来たと司令官は言っていた。
その日は戦勝パーティーと称してまたキャンプで飲み会が始まり俺達も食事に誘われて盛り上がっていた。
「あの、すいません。戦車乗りの方を探しているんですけど……。」
アーニャは昨日の人を探しているようだが見当たらずにいるようで色んな人に話しかけていた。俺も手伝い道行く人に印象を伝えていた所……。
「悪いなお嬢さん……アイツ死んじまったよ。」
「えっ?」
同僚という兵士からそんな言葉が出た、俺もアーニャもすぐには信じられなかった。
「ザクのバズーカに直撃喰らって、中の隊員全員が全滅しちまってた……クソ……。」
ここは戦場で、誰かを殺して誰かが生きて、誰かに殺されて誰かが死ぬ。そんな事は分かっている、戦うということはそういう事なのだ。
「そう……ですか。」
気を落としてトボトボとキャンプから離れて行くアーニャ、昨日あれだけ揉めてたといえ俺達を心配してくれた人だ。ショックは大きい、俺ですらそうなのだからアーニャはもっと傷ついている筈だ。
だが決して涙を流さず、強がって彼女は喋った。
「戦場ですから、誰が死んでもおかしくはないですものね。」
そうだ。俺達だっていつ敵から直撃をもらって死ぬかなんて分からない。
「戦いに人の生き死には当たり前ですから、慣れないと身が持ちませんね。」
誰かの死を一つ一つ受け入れてたら、確かに心がパンクして壊れてしまう。どこかで納得して、受け入れて、割り切らないと次は自分が死ぬかもしれない。
ーーーだけど。そう、『だけど』だ。
「泣きたい時は、泣いて良いんだぞアーニャ。」
「ーーーッ。」
目に大粒の涙を溜めて、今にも消えそうな声出して、悲しいけど割り切らないとって我慢してても。それでも。
「泣きたい時は、泣いていいんだ。」
「ーーーう、あぁぁぁぁぁ!」
堰が切れたように泣きだすアーニャ、優しく抱きしめて肩を叩く。
「あの人……っ!父様に全く似てなかった……けど……っ!父様みたいな癖があって……っ!うぅぅ……っ!」
父親の面影を重ねて、少しの間子供の頃に戻ったように感じたのだろう。だからこそショックは大きかったのだと。
「戦いが終わったら……もっと話したかったのに……っ!話したかったのに……っ!」
「俺もだよ……。」
冗談を言いながら酒を飲ませて盛り上がって、アーニャで遊んでいるところをみんなで笑って。そんな光景が見れればよかった、けどそれは叶わなくて。
戦う以上、こういう事は付き纏う。それでもその光景が見たかった。
泣き叫ぶアーニャをしっかりと支えて、戦うということの辛さを俺はただ噛み締めることしか出来なかった。