機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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第5話 先の見えない空の中で

 

 地球とルナツーを挟むラグランジュ3に位置するサイド8、ネオ・ジオン共和国1バンチコロニー『アルカディア』

 

「キャスバル、今大丈夫か?」

 

 ネオ・ジオン共和国、共同代表のガルマ・エッシェンバッハが執務室で執務中であった同じく共同代表であるキャスバル・レム・ダイクンに話しかける。

 

「構わないさ、何かあったか?」

 

 キャスバルは慣れない作業だったと言わんばかりに大きく背筋を伸ばし、立ち上がる。

 

「……例の件、進展があったみたいだ。」

 

「……そうか。」

 

 キャスバルは一度辺りを見回し、他の誰もいないかを確認する。

 

「人は既に下がらせてある。盗聴の可能性もない。」

 

「流石だなガルマ。それで、何があった。」

 

「連邦軍のオーストラリア方面にあるトリントン基地がジオン公国軍残党勢力によって襲撃を受けた。」

 

「オーストラリア方面?あそこは残党が拠点を構えるには……。」

 

「あぁ、ネオ・ジオンに合流し早期に降伏しているオーストラリア大陸にはまともな残党勢力はない筈だ。その筈だった。」

 

「だが結果的にそのトリントン基地は襲われたと言うわけだな。それでガルマ、例の件と一体どんな関係性があると言うのだ?」

 

「その基地ではEC社とアナハイムが各自で開発した新型ガンダムのテストを行う予定だったとの事だ。」

 

「ガンダム……。」

 

 執務室の窓から政庁の入り口に大々的に飾られて今では記念碑として鎮座している赤いガンダムを見つめキャスバルはそう呟く。

 

「そう、連邦軍そして我々ネオ・ジオン共和国の勝利の象徴であり、ジオン公国残党にとっては忌むべき機体だ。」

 

「だから公国残党が攻撃したと言うのか?」

 

「いや、問題はその新型ガンダムのコンセプトだ。戦術核を用いた拠点攻撃用MSとして開発されていたらしい。」

 

「核搭載型MSか……南極条約は失効したとは言えジオン共和国を含む三国協定ではそれに準じた条例が締結された、それを踏まえるとあまりよろしくないMSだな。」

 

 

 ジオン公国軍残党が連邦政府、ジオン共和国、ネオ・ジオン共和国の三国による協定で両共和国に帰順しない者に関しては正規軍としての扱いを受けない謂わばテロリストとしての認定がされた。

 しかしそれは正規軍ではないジオン公国残党勢力に関しては捕虜の人道的扱いも、核の使用も問題なく使用が可能になったと認識する事もできる。

 そうなればそれを理由にこの様な機体を開発する事も可能にはなるが、我々を含むスペースノイドの多くには、それらがいつ自分達に向けられるのかという不安を与えかねない諸刃の剣となる。

 ジオン公国が生まれた経緯を考えれば、同じ轍を踏む可能性があるその機体はあまりにも軽率だと言えるだろう。

 

「ここまで言えば分かるだろうが、残党軍は基地を攻撃しそのガンダムを奪った、そして連邦軍やリング・ア・ベル隊の追撃にも関わらずそのガンダムは逃げおおせたと言うわけだ。話ではそのパイロットは公国軍にいたアナベル・ガトー大尉だったと聞く。」

 

「アナベル・ガトー……。ドズルの麾下であったソロモンの悪夢か……。」

 

 数度しか顔を合わせた事はないが、パイロットとしての実力は折り紙付きだろう。リング・ア・ベル隊の面々と言えど相当分が悪い戦いとなった筈だ。

 

「しかしガルマ、それが『例の件』と何の関係がある?」

 

「例の機体がそのトリントン基地に現れたと。」

 

「……そうか。」

 

「どうするキャスバル。『箱』を開けるべき時が来たと思うべきか?アレは未だ開かれずに安置されていると報告があった。」

 

「いや、まだだろう。あれは『彼』がその時が来たら開かれると言ったモノだ。我々の手で開くべきでは無い。」

 

「しかし良いのか?危機的な状況に陥っているのであればアレは早くにでも開いた方が……。」

 

「だが、今より更に危機的な状況になる可能性もある。『箱』が開かれればそれも分かるだろう。『彼』が決めた刻を待つしか無い。」

 

 こちらとて今下手に動けば連邦軍に痛くもない腹を探られる事になりかねない。慎重に動かなくてはならないのだ。

 

「……実はその可能性も考えて『運び屋』の方に仕事を頼んでおいた。」

 

「彼らに?……良いのか?」

 

「あぁ。快く引き受けてくれたよ。今は『箱』の回収と機体の調達を頼んでいる。」

 

「そうか……。よし、彼らには『箱』の回収後ペズンに行ってもらう。」

 

「ペズンに?それこそ良いのか?」

 

「かなり厳しい賭けとなるがな。この選択が吉と出るか凶と出るかは『彼』の判断次第だ。」

 

「分かった、彼らにはそう伝えておこう。」

 

 下手をすればネオ・ジオンにも事が飛び火する事もあり得る。しかし少しでも良い方に事態が傾いてくれれば良いが……。

 

「また、戦争が始まる……。」

 

 地球圏はまた荒れるだろうという予感が、キャスバルに過ぎった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 地球連邦軍管轄小惑星ペズン基地、リング・ア・ベル隊用の専用ドックにてアマテラス級旗艦アマテラスにEC社所属リング・ア・ベル隊機専任技師長であるクロエ・ファミールが帰還したカルラ・ララサーバル軍曹を出迎えていた。

 

「ただいまセンセー。」

 

「お帰りなさいカルラ、お土産を早く確認したいわ見せてもらえるかしら?」

 

「あいよ。」

 

 そう言ってディスクをクロエに渡す、クロエは持っていた端末で中に入っている映像を確認する。

 

「……間違いないわね。ガンダムニグレドよ。」

 

 数年前にジェシー・アンダーセンと共に消えた筈の機体。それが眼前に映っている、その事実にクロエは息を呑んだ。

 

「図体はあの頃よりずっと変わっちまってるね?」

 

「基礎フレームはそのままでしょうけど、これルナ・チタニウム……今で言うガンダリウム合金ね、それが装甲に使用されているわ。」

 

「ってなると……一度大々的にどっかで改造してるって事かい?」

 

「えぇ。そうなるわね。」

 

「けどさぁセンセー、そんなことが出来るとこなんて……。」

 

「アナハイムくらいしかないわね。勿論連邦軍も関与してるでしょうけど。」

 

「ズバリと言うねえ、やっぱり技術屋としての見解かい?」

 

「えぇ、まず第一に背景の考察ね。報告によればこのニグレド、ジェシーくんが裏切った後で状況が危うくなったから機体を捨てて逃げたなんて与太話だったらしいけど……まぁ仮にその通りだったと仮定するわよ?」

 

「仮定でもシショーが裏切ったなんて考えたかないけどね……。」

 

「だから仮によ、それでこの機体を連邦軍から認可を得て報酬で受け取ったのが例のアーウィン・レーゲンドルフとかいうジャブローの内偵として、まずそのままジャブローで改造したとは思えないわ。」

 

「なんでだい?」

 

「まず改造資金よ、幾ら今回のガンダム開発計画で予算を認可したとは言えど連邦軍は潤沢な資金を持ち合わせてるとは言えない状況よ。そんな中でこれだけの機体を個人の為に装甲から装備まで改造するとは思えないの。」

 

「確かにそういえばそうだね、あの時だってニグレドの件で軍は開発資金を値切ってきたしねぇ。」

 

「その件は今は置いといて装備の面でもちょっとおかしいのよ。見て。」

 

 そう言うとクロエはトリントン基地襲撃時のガンダムニグレドの戦闘の光景を映す。

 

「凄いビーム砲だねぇ。ビームキャノンって奴かな、艦船の主砲並じゃあないか。」

 

「そこも凄いけど問題はこれよ。」

 

 場面が変わりドムが2機、有線から伸びた装備がドムのコクピットを貫き撃破している。

 

「センセー……こいつぁ……。」

 

「サイコミュ……。っぽいけど多分違うわ。」

 

「え?違うのかい、アタイはてっきりシショー達の話で聞いた奴かと。」

 

「えぇ。私も最初はそう思ったけど、よく見て。」

 

 コンマ送りで映像が送られる、射出された装備はそれ自体がバーニアとしての機能も果たしているのか単独で推進器としての役目も果たしている様に見える。

 それがまさにコンマ数秒置きに小さな噴出を何回も繰り返し、有線もまたその都度敵のコクピットへと細かに動きを変える。

 

「……これ、まさかとは思うけど手動でバーニアも有線も調整してないかい?」

 

「多分そうよ。この装備は恐らくサイコミュを再現出来なかったんじゃないかしら、それにしても地上で飛行させるだけの出力を持った小型のバーニアを、単独で開発した事自体驚きだけど。」

 

「それだけの装備を開発する資金を持ってるのは隊長の実家かアナハイムくらいかって事か……それにしてもこれを手動で動かすなんて本当に可能なのかい?こんな短い時間でバーニアの向きや出力、更に有線の調整もしなきゃならないだろ?これじゃあ脳味噌が幾つあっても足りないよ。」

 

「複座なのがその為なのか、或いは高性能な学習型コンピュータを搭載しているかその両方……或いは強化人間かニュータイプか……。」

 

「強化人間ねぇ……マハル孤児院の子供達を見たら確かにコンピュータ並の処理能力を持ってる奴がいてもおかしかないけど……。」

 

 一年戦争時にフラナガン機関と呼ばれたニュータイプ研究所で非人道的な実験が多く行われ、その中には超人とも言える様な肉体能力、反射神経を身に付けた者も多かったと聞く。

 ……しかしそれらの多くが薬物などの拒否反応で死んでしまったとも聞いたが。

 

「いずれにしても、この装備に関しては軍が接収したサイコミュ技術を参考にしてる可能性があるわ。それに一年戦争の時にだって有線でボールを動かして擬似的なオールレンジ攻撃が出来るようにって設計された機体もあったらしいし。」

 

「ふむふむ。センセーの所見は分かったよ。でさ、結局ニグレドに乗ってるコイツはなんなんだい?この動き、シショーにそっくりじゃないか。」

 

 地上でスラスターを使いまるでホバー移動の様にジグザグと移動しながら斬りつける攻撃をするガンダムニグレドの動きに、カルラ・ララサーバルはジェシー・アンダーセンの面影を写していた。

 

「これについては私も気になるわ。アマテラスのブリッジに行きましょう。曙光にはない高性能AIに判断を任せましょう。」

 

 アマテラス級のフラグシップであるこの艦には2番艦である曙光とは違い、ミズ・ルーツ博士が現在マリオン・ウェルチと共に開発中であるニュータイプアシストシステム、通称NT-Aで使用する為の技術を艦に応用して実装している。

 ニュータイプの動きを再現しパイロットを補助する為のシステムなのだが、そのままOSに組み込む事が今のEC社の技術では難しく、AIによって更に補助する形で現在開発を進めているのだがMSサイズで実用化させる為にまずテストモデルとしてアマテラスのメインコンピューターに実験的に高性能AIが設置された。

 その技術を応用する事でなんとかMSにも組み込む事が技術的には可能になったのだが未だシステム自体の開発は難航している。

 

 とは言えAIの知能は高くコンピュータとして計算に使うのであれば一級品なのだ。

 

「えーっと、ジェシーくんの戦闘データはっと……。」

 

 端末からデータを移しガンダムニグレドの戦闘の光景をAIに読み込ませる。

 ニグレドの方はルベドから観測された戦闘風景のみなので精度は荒いが、それでも挙動のクセからある程度の判別は可能な筈だ。

 

「さて……頼むわよメルクリウス。」

 

 メルクリウスと名付けたAIが起動し、高速で計算し続けている。

 本来なら艦隊運用の面で敵の動きを予測したり今まで行われた戦闘から敵の行動を予見し回避運動を行うのが主目的なのだが物は使いようだなとクロエは思った。

 

『照合が完了しました。機体コード【ガンダムニグレド】の戦闘から算出されたモーションパターン94580通りから71327の動作がジェシー・アンダーセンと合致しました。コンピュータは様々な要因を考慮し、約71%の確率で本機のパイロットがジェシー・アンダーセンと判断しました。』

 

「……!?」

 

「センセー……コイツ壊れてる訳じゃあないだろうね?」

 

「馬鹿言わないでよ、アンナちゃんがどれだけこの子にお金注ぎ込んだか分かるでしょ……?けど、流石におかしいわね。」

 

「最後の通信で今回のシショーのスパイ疑惑、そして事件の時にニグレドに乗ったシショーと戦ったって言うアーウィンなんたらってのとの戦闘映像の記録が渡された時にグリムが言ってたけどさ、隊長が仮面付けてたそいつの顔を引っ叩いた時に仮面が外れて、ソイツの素顔は上半分が火傷の跡だったって言ってたよ、もしかしてソイツはシショーなんじゃないのかい?」

 

「それだったらアンナちゃんもグリム君もジュネットも気づいてるわよ、顔や声が変わってたとしてもその人が持つ雰囲気は早々変わるものじゃないわ。それにアンナちゃんが彼を見誤るとでも思う?」

 

「そりゃ、ないね。」

 

 即答するカルラに同感だとクロエも頷いた。

 

『クロエ技師長。』

 

「何かしらメルクリウス。」

 

 突然AIであるメルクリウスから呼びかけられる。自立した人工知能を持っているのである程度の会話も可能なのだがやはり機械から呼びかけられるのは慣れていないのか少しの驚きがあった。

 

『先程渡されたデータに一部改竄の跡が見受けられました。改変前のデータの再現は不可能でしたがご確認なさいますか?』

 

「ん、何処かしら?」

 

『こちらの映像に改変された痕跡があります。』

 

 それはペズンでの事故の直後に発生したと言われる、アーウィン・レーゲンドルフが弟のレイ・レーゲンドルフと共にガンダムニグレドと戦闘をしている場面だ。

 

「ちょっと待って。メルクリウス、これが改竄されているとするとこの戦闘自体が行われていないという事?」

 

『現在の情報からでは判断不可能です。』

 

「貴方はどう感じる?それを聞かせて。」

 

 機械の見識ではなく人工知能としての『人』に聞くようにクロエは問う。

 

『可能性としては【戦闘行動自体を改竄している】か【別々に行われている戦闘を繋ぎ合わせた】かです。このデータを改竄した人物は真実を隠す意図を明確に持っています。』

 

「……。」

 

 改竄した人物、例のアーウィン・レーゲンドルフと言う男しかいないだろう。

 彼がどの様な意図を持ち、この戦闘を改竄し真実を隠蔽したか。その真実次第では、彼の言っていたジェシー・アンダーセンの裏切り自体が嘘になる。

 

「メルクリウス。この改竄って貴方じゃないと見抜けないレベルかしら?」

 

『いいえ、ある程度の性能を持ったコンピュータであれば簡単に判別できるレベルの改竄です。』

 

 となると、相手は最初からバレる事を前提としてこの映像を用意したと言うことになる。

 しかし改竄前のデータの復元が不可能であるのなら如何に捏造された映像と言えどここからでは真実に至れない。

 

「ねぇカルラ、アンナちゃん達に連絡は?」

 

「無理だよセンセー。ここからピンポイントで曙光まで通信は難がある。それにしたって隊長達は今追撃任務中で下手に通信して敵に居場所を晒しちゃマズイよ。」

 

「はぁ……。ねぇカルラ?」

 

「なんだい?」

 

「貴方ってホント、戦闘に関する事だけなら的確過ぎる助言をしてくれるわね。さっきのニグレドの話でもそうだったけど。」

 

「ハハハ!なんだい?褒めても何も出やしないよ?」

 

「褒めてないわよ?」

 

 次にまともな連絡が取れるのがいつになるか分からないが、それならそれでこの案件を今のうちに突き詰めておいた方が良さそうだとクロエは感じた。

 

 何かが、始まろうとしている。

 

 

ーーー

 

 

「ガンダムルベド、間も無く偵察を終え帰投します。」

 

「分かりました。グリムには帰投後私と共にアルビオンへと出向してもらいます。そう伝えてください。」

 

「了解です大佐。」

 

 ジュネットに指示を与えるとアルビオンへ向かう為の準備を始める。

 

「ア、アンナさん。少し良いかな?」

 

「何でしょうかアルベルト様。」

 

 あの一件の後も、アナハイムの不祥事は叔母であるマーサに任せ、彼は未だ曙光にて我々と行動を共にしていた。

 

「いや、この艦に未だ同行させてもらっていることの感謝を伝えておこうと思ってね。」

 

「いえ、私としてはこちらが逆にアルベルト様に要らぬ不安を与えないかの方が不安です。アナハイムの一件はともかく、こちらは未だ不安な種を残している状態なのですから。」

 

「アンナさんのフィアンセ……ジェシー・アンダーセン大尉が裏切っている可能性の事かな?」

 

「はい。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフの言葉の全てを信じているわけではない。

 しかし対外的な印象は良くないのも事実だ。こちらが彼の裏切りはないと断言できる証拠など無いのだから。

 

「それについては僕自身の考えになるけど、無いと思っているよ。」

 

「……?何故ですか?」

 

「ん……。同じ女性に惚れた者同士としての勘だけれどね。貴方の様な人を裏切るなんて好いた人間なら絶対にする筈がないと思うんだ。」

 

 随分とキザなセリフではあるが、そう言ってもらって少し救われる自分もいる。

 

「ふふっ。アルベルト様、格好はついていらっしゃいますがお顔は赤いですよ。」

 

「むぅ……参ったな。」

 

 しかし彼の優しさに救われたのは事実だ、こうやって彼を信用してくれる人がいてくれるのであれば私も彼を信じて戦える。

 

「ありがとうございますアルベルト様、本当はそう言ってもらえるだけで私は嬉しいのですから。」

 

「彼の本意がどうであれ、生きているのであれば本意を聞ける筈だけど……僕はあのアーウィン・レーゲンドルフという男の言葉はあまり信じられない。」

 

「確かに彼の言動は人を逆撫でさせるような物が多いですね、連邦政府の密偵であるにしては個人的な私怨が見え隠れしているような……。」

 

 偏見もあるのだろうが、そう感じさせるくらいには彼の言動は何かに対する恨み辛みの感情を感じる。

 何が彼をそこまで憎しみに染めているのか……。

 

「エルデヴァッサー大佐、グリム中尉が帰還したとの事です。」

 

 女性士官がそう伝えてくると了承する。

 

「それではアルベルト様、私はこれで。」

 

「あぁ。……アンナさん、あのガンダムは絶対に見つけ出して止めなければならない、僕は何も出来ないけれどリング・ア・ベル隊の健闘を祈らせて欲しい。」

 

「ありがとうございますアルベルト様。」

 

 彼に別れを告げ、グリムと合流し小型の連絡機でアルビオンへと向かう。

 

 

 

「そうか、敵基地と思わしき場所は発見出来ず終いが……。」

 

 少し焦りを見せるように息を吐くシナプス艦長。

 既に捜索に数日を費やしているにも関わらず進展がないのだから焦る気持ちも分かる。

 

「この辺り、鉱山跡地は多くないとは言えそれでも少なくもありません。アナハイム側のスパイだったニック・オービルの言葉が真実だとしても探し出すのは中々難しいと思われます。」

 

 グリムの発言に頷く、ジェシーの予言通りニック・オービルは敵のスパイであり敵の潜んでいる地もアフリカ大陸のキンバライト鉱山跡地だと自白したが、敵もHLVを発射するまでは絶対に見つかる訳にはいかないだろう、痕跡を少しも見せる事なくこの地に潜んでいる。

 

「間も無くウラキ少尉のコア・ファイターも帰還する。そこで次の捜索範囲を──」

 

 シナプス艦長の言葉の途中で艦が大きく揺れる。

 

「何事だ!」

 

「まさか……敵の奇襲……!?」

 

 あり得ない話ではない、我々が敵を探すように、敵も我々を探している筈だ。

 いつ攻撃があってもおかしくはない。

 

「ち、違います!どうやらカタパルトデッキで着艦トラブルがあったようです……!」

 

 通信士の女性がカタパルトデッキの詳細を知ろうと通信回線を開くが怒号が大きく響いて内容が聞き取れない。

 

「僕が現場に向かいます。」

 

「私も行きましょう、何があったか見ておきたいですから。」

 

 グリムと共にカタパルトデッキへと向かう。そこには着艦したコアファイターが本来の着艦位置から大きく外れた状態で佇んでいた。

 

「何があったのです!」

 

「アンタ……いえリング・ア・ベル隊のエルデヴァッサー大佐!聞いてくださいよ!コイツら賭けのネタにウラキ少尉が上手く着艦できるかどうかを賭けて、挙句に基盤に細工までしたんですよ!」

 

 恰幅のいい女性整備士が怒りの声を上げる。彼女の指が示す先を見ると、今回のガンダム追撃の為にアルビオンに補充されたバニング大尉の元部下3人がニヤニヤと笑いながらコチラを見ていた。

 そしてその横には、着艦用のシステムを管理する基盤にトランプのカードが差し込まれていた。

 

「お前達……自分が何をやっているのか分かっているのか!」

 

 これに大声を上げたのはグリムだ。普段冷静な彼がここまで怒りを露わにするのも理解できる。

 下手をすれば機体……いや、パイロットやアルビオンクルーにまで被害が及びかねない行為だ。

 

「んだぁテメェ?問題があるならちゃーんと着艦出来なかったウラキ少尉の責任じゃあないのか?俺だったら誘導なんて無くても完璧な着艦が出来たぜ?」

 

「ふざけるな!お前達もパイロットなら誘導の無い状態での着艦がどれだけ危険か分かってる筈だろう!」

 

 胸ぐらを掴み怒鳴るグリムに、悪態を吐いた男が殴りかかる。

 

「男が気安く触んじゃねぇ!それにしたってテメェは俺より年下だろうが!先任の中尉に対して何様のつもりだ!」

 

「先任がどうだの話じゃない!」

 

「あぁ?しかもお前、その歳で中尉ってこたぁどうせ士官育成プログラムか何かで成り上がった甘ちゃんだろうが!偉そうな口を聞きやがって!」

 

 はぁ、と大きく溜息を吐く。

 一年戦争後、顕著となり始めた士官の質の低下、優秀な将校や士官の多くが失われてしまった事で一部ではこう言ったならず者の様な人間も出てくる。

 それを懸念したからこそ上層部に士官即成プログラムを提案したのだ、下士官でも優秀な人材は大勢いるのだから有効活用しなければと。

 

「おやめなさい。グリムの言は最もな事です、非は貴方達にあるのですよ。」

 

「なんだこのアマ?……へぇ中々の美人じゃねぇか。」

 

「モンシア、口を控えた方が良さそうだぜ。階級章をよーく見な。」

 

「あぁん……?な、大佐……?って事ぁ……。」

 

「リング・ア・ベル隊、隊長のアンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐です。貴方達は上官に対しても非礼を行うつもりで?」

 

「い、いやぁそんなつもりは……。」

 

 しどろもどろになりながら後退りしていくモンシアという中尉。

 その時コアファイターのキャノピーが開きウラキ少尉が顔を出す。

 

「ウラキ少尉!大丈夫か!」

 

「え?グ、グリム中尉?は、はい少し気を失ってしまいましたが何とか。」

 

「ヘッ。甘ちゃんが、これが戦場だったら死んでたぞウラキ少尉よぉ?」

 

「お前……まだそんな事を!」

 

 再び口論になろうとするグリムとモンシア中尉、彼の態度もあるのだろうが彼らも彼らでここ数日の実りのない捜索でストレスが溜まっているのだろう、これ以上無駄な悩みの種を増やすよりはそれの解決へ向けて動いた方が良さそうだ。

 

「おやめなさいグリム、それにモンシア中尉も。モンシア中尉、ウラキ少尉やグリムの練度に不満があるのでしたらその実力を確かめて見たら如何ですか?」

 

「それはつまり模擬戦の段取りでもしてくださるって事でよろしいのでありますか大佐殿?」

 

 皮肉めいた物言いで下卑た微笑みを見せるモンシア中尉をあしらう様に頷く。

 

「えぇ、貴方達三人と此方はウラキ少尉にグリム中尉、後1人を用意して模擬戦をすれば良いでしょう。私はウラキ少尉やグリムの実力は知っていますが貴方達の力量はバニング大尉から聞いた一年戦争当時の実力しか知りませんから。その腕が錆び付いていないかも確認したいですからね。」

 

 皮肉には皮肉を返す、見ると青筋を立てて怒りを露わにするモンシア中尉がいた。

 

「へぇ……そりゃあ大層な事で……だったら早いとこ始めようじゃあないか。」

 

「おや、模擬戦だって?それなら僕も混ぜてくれよ。」

 

 新たにカタパルトデッキにやって来たのはジャブローからの特使、レイ・レーゲンドルフだ。

 

「何だぁテメェ……。」

 

「テメェと呼ばれる筋合いは無いよ、君とは違って僕は連邦政府から特命を受けている人間なんだ。」

 

「特命だか何だか知らねぇが大口叩いて後で泣いて謝っても許さねぇぞ!」

 

「弱い犬ほどよく吠えるって言うけどね。実力はそれなりだとこっちも良い暇つぶしになるんだけど、アーウィンは忙しくて相手にしてくれないからね。」

 

 この言葉には後ろに控えていた二人も苛立ちを隠せないでいた。年端も行かない少年から歴戦の戦士であると自負している自分達がコケにされているのだ。

 さっきは煽りはしたが彼らもあの一年戦争という激戦を誰一人落伍する事なく生き残ったエース達だ、実力もプライドも他のパイロットより高いのは間違いない。

 

「それではこの三人で模擬戦を行う事をシナプス艦長に進言してきます、作戦行動中ではありますが現場の士気に影響する事ですから艦長も許してくれるでしょう。グリム達は模擬戦にしようする機体を選定しておいてください。」

 

「了解です大佐!」

 

「見てろよ……俺達をコケにしてくれたツケは払わせてもらうからな……!」

 

 各々の感情が交差する中で、本来ならする必要のない模擬戦が始まろうとしていた。


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