機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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第8話 暗礁に潜む影

 

「援軍がサラミス級二隻だけとはな……。」

 

 アフリカ大陸での一戦の後、宇宙へ上がったガンダム試作2号機の追撃の為、アルビオンと曙光は宇宙へと上がった。

 その追撃に連邦宇宙艦隊から送られたのはサラミス改級が二隻、連邦軍の事態への軽視は目に余るものだった。

 

「仕方ありますまい、連邦軍にとっては事態の収束よりも如何にこの件でコーウェン中将の勢いを削ぐかの方が重要なのですからな。逆にこの状況でサラミス級を二隻も派遣できたコーウェン中将の実力を評価するべきですよ。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフが皮肉混じりにそう発言する。

 

「軍閥政治などしている状況ではない、それが分からぬ訳でも無いだろうに……!」

 

「嘆いた所で仕方ありますまいシナプス大佐。今は敵の逃げ込んだ暗礁宙域をどう捜索するかが重要でしょう。」

 

「分かっている、しかしエルデヴァッサー大佐が本調子でない以上戦力は落ちる、それを踏まえてもこの暗礁宙域を捜索するのは困難を極める。」

 

「MS隊に影響が出なければ大丈夫でしょう。リング・ア・ベル隊は既に数年間彼女の指揮無しでも機能していたのだから。」

 

「うむ……、曙光へはユイリンとナッシュビルを両翼に従えてアルビオンに追従する様に伝える。」

 

 通信士へ指示すると大きく溜息を吐きながらシナプス大佐は物思いに耽る。

 

(敵の狙いはなんだ……?奪った試作2号機で一体何をするつもりだ。)

 

 未だ敵の狙いが見込めない状況に苛立つを募らせる。あの威力の戦術核弾頭であるなら一発で様々なテロ行為を行える。

 だからこそまずはその引き金となる2号機を奪還、或いは撃破せねばならない。ただそれだけの話すら今の連邦軍は渋っている。

 それが後々自分達の首を絞めると、分かっている筈なのに。

 

 

ーーー

 

 

「これがリング・ア・ベル隊のガンダムなんですねグリム中尉。」

 

「あぁ、ガンダム ルベド。実戦の最中で何度か見ているとは思うけど。」

 

「実戦の最中だとじっくり見る機会が無かったからなぁ、そうだろコウ?」

 

「あぁ、僕の乗っている1号機とはまた別の方向性で作られた機体だしなぁ。」

 

 曙光のMSデッキでウラキとキースにルベドを見せる、暗礁宙域の捜索は始まったがウラキの試作1号機は現在空間戦闘に適した状態では無い為、時間的に余裕がある事もあり連絡艇で曙光の見学に来ていた。

 

「RX-78 EC-02 ガンダム ルベド。正式な機体名称はこれだ。」

 

「機体自体は狙撃戦を重点的に置いてますね、専用のバイザーや光学センサーなどは戦争末期に生産されたジムスナイパーⅡを順当に進化させてる様に感じます。」

 

「……流石だなウラキは。確かにその通りだ、機体自体は一年戦争時に大佐が乗っていたフィルマメントとジムスナイパーⅡから得られたデータを発展させて各種機材のアップデートと高品質化させて基本性能を上げているだけだ。目新しい部分は少なく感じるだろうね。」

 

「はい。でもこの機体の本質は機体の基本性能というよりは狙撃機や指揮官機としての優秀さではないのでしょうか?地上でもそうでしたが、この機体から出される情報というのは凄く重要なものが多いですね。」

 

「あのフライトユニット?でしたっけ、あれも連邦で使ってるコルベットブースターより高性能な感じがしたなぁ。」

 

 ウラキもキースも、やはりバニング大尉に指導されているだけあって着眼点は良い。特にウラキは1号機でもそうだが機体の本質を見抜くセンスがある。

 

「ルベドの特質は各種センサー類や通信機器、そしてキースが言ってる様に独自のフライトユニットだ。ジオン製の技術も多数組み込まれたセンサー類にミノフスキー粒子下でも使用すること前提に造られていたジオン製の通信機器を更に強化している。更にバイザーに使用している光学機器もジオニックから得られた技術と連邦の技術をミックスさせた物を使用しているから狙撃以外でも射撃の精度は高いよ。フライトユニットはキースの言ったようにコルベットブースターを高性能化しルベド専用を前提として滞空性能の強化と狙撃時のブレを抑えるように各種スラスターを強化してあるんだ。」

 

「この曙光もそうですけど、未だに大艦巨砲主義の根強い連邦軍の艦船にしてはMS部隊との連携が重視されていますね。」

 

「あぁ、元々リング・ア・ベル隊は大所帯じゃないからね。機動性とMS部隊との連携を視野に造られた実験艦だ。勿論対艦戦闘も出来るくらいには主砲の威力は高いけど、基本は対空性能を重視している。」

 

「宇宙艦隊旗艦のバーミンガムとは真逆の発想って事かぁ。」

 

「違うよキース、設計思想自体はバーミンガム級と殆ど同じさ。ただ向こうはその運用方法が大艦隊の指揮艦だ。護衛は他の艦船やMSに任せて戦場の指揮を一手に担える。僕達の場合は指揮もしながら対MS戦闘もやる必要があるって事さ。」

 

「成る程……。少数の部隊だからこそと言う訳ですね。」

 

 ウラキもキースもうんうんと頷く、こうやって物分かりの良いパイロットと話をしているとこちらも楽しくもある。

 ベアトリスもセレナもそうだが真面目な人間の方が自分としても気が合う、そう感じているとその二人もMSデッキに現れた。

 

「あれ?アルビオン隊のウラキ少尉とキース少尉?」

 

「お疲れ様ですベアトリス少尉セレナ少尉。」

 

 互いに敬礼を交わしウラキ達が目を向けていたルベドに二人も視線を向ける。

 

「ガンダムを見にいらしてたのですね。」

 

 セレナがウラキにそう話かける。

 

「えぇ、僕の1号機は今はまだ空間戦闘向けじゃないと言われて。時間にも余裕があったので。」

 

「あのガンダム、確かバックパックがそのままメインスラスターとなる仕様上コアファイターの換装で地上仕様と宇宙仕様に変えられるんでしたね。ルベドのように外付けに出来れば良かったのでしょうけど。」

 

「と言う事はこのガンダムは地上での空戦用のフライトユニット以外にも?」

 

「えぇ、ジム・インターセプトカスタムなどに使用されていたフェロウ・ブースターのルベド仕様の物が。元々ルベドもニグレドもア──」

 

「セレナ。」

 

「す、すみません隊長。」

 

「……聞いてはいけない質問でしたか?」

 

「いや……、そうでは無いのだけどね。」

 

 少し言葉を濁す。この件については多くを語りたくはないが、せっかく聞いてくれているのだから少しは説明しなければならないな。

 

「深い部分はEC社の機密にも関わるから言えないけど、元々僕らの開発していたガンダムはどれもMS本体はスタンダードな物なんだよ。目新しい技術はそこまでない、強いて言えば全天周囲モニターの採用かな。」

 

 かつて自分が乗っていた試作型のジム改に搭載されていた全天周囲モニターのデータは、それを開発したテム・レイ博士に引き渡され連邦軍とアナハイムにも渡ったが機体も機材もそのまま博士が僕達への手土産として引き渡してくれた事でEC社でも全天周囲モニターの技術が引き継がれた。

 ルベドはその機体の特質上、全体を統括するのに全天周囲モニターの採用は不可欠だったので博士には感謝しかない。

 

「それを補うのがこの多種多様な兵装の付け替え……ということですか?」

 

「そうだよウラキ。僕の乗っているグノーシスもそうだけど、僕らは基本的に機体の拡張性を重視した機体開発を重視している。戦場と状況に合わせて適宜兵装を切り替え対応する、その為の雛形になるガンダム開発だったんだ。」

 

 状況に合わせた機動性のある兵装に切り替え、戦場をコントロールし的確に敵の指揮系統を崩すための狙撃機ルベド、単機で複数機を相手取る為に高火力の装備を付け替え圧倒的な火砲で敵を圧倒するニグレド、そして──

 

「とまぁ難しい話はここまでだ。ウラキもキースもそろそろ時間だろう、一度アルビオンに戻った方が良い。不測の事態になれば下手に移動も出来ないからね。」

 

「ハッ、ありがとうございましたグリム中尉!」

「ありがとうございました!」

 

 敬礼する二人にこちらも敬礼し、二人はアルビオンに戻る。

 佇むルベドを見ながら、大きく溜息を吐いた。

 

「それでセレナ、大佐はどうしている?」

 

「先日の件が影響しているのか……今も自室に。」

 

「……やっぱりまだ精神的に不安定だったみたいだ。」

 

 アンダーセン大尉がいなくなって数年、ようやく落ち着きを取り戻したかに見えたけれど、こうやって任務に支障が出るレベルで塞ぎ込んでしまうのは同じ連邦軍人に対しても良い反応はもらえないだろう。

 

「ジュネットはなんて言っていた?」

 

「一先ずはアルビオンのシナプス艦長の命に従い動くと。」

 

「それが良いだろう。指揮系統を無駄にバラつかせる必要もないからね。」

 

 これまでの戦いでシナプス艦長の実力の高さは分かっている、下手に大佐の指示のない状況で僕らが独断で動くよりはシナプス艦長の指示に従う方が確実だろう。

 

「それにしても暗礁宙域か……。嫌な記憶が甦るな。」

 

 かつてルウムの暗礁で戦った時を思い出す、スナイパー部隊との戦いで一時は本当に死ぬかと思ったほどだ。

 あの時、僕は……。

 

「アンダーセン大尉……。貴方が助けてくれたから、僕はこうして生きているんですよ。その貴方が本当に生きてまだこの宇宙(そら)にいるんだったら、次は僕が助ける番の筈です……。」

 

 二人には聞こえない様にそう呟く。

 彼が何故、僕達の前から姿を消しているのか。アーウィン・レーゲンドルフの言ったスパイ説が本当なのか、それともあの事故で死んでしまったのか、事実を知らなければならない。大佐の為にも。

 

 

 

ーーー

 

 

「ガトー少佐の2号機はどうか。」

 

 一面に広がるデブリの中に数隻の艦艇、そのブリッジで指揮を執る男が通信手にそう問い掛ける。

 

「先程回収艇が茨の園に到着したとの報告です。デラーズ閣下は数刻後、連邦政府に対して宣戦布告を行うとの事でした。」

 

「了解した。それまでの間、露払いをさせてもらうとエギーユ・デラーズに通信を入れておけ。……連邦軍の追撃部隊は?」

 

「ハッ、アフリカ大陸で確認されたペガサス級と新型の巡洋艦が確認されています、更にサラミス級二隻。」

 

「ふむ、聞いた通り連邦も積極的ではないようだな。此方としては都合が良いと言うことでもある。」

 

 男はしばし考え、それが纏まると指示を開始する。

 

「このまま微速前進し敵がエリアに侵入次第攻撃を開始する、此方の動きを気取られる様にエンジンは最低限の出力で動かす。噴出光を見せず移動せよと僚艦のムサイにも通達せよ。」

 

「了解しました。」

 

「さて各員へ、狐を狩るのが猟犬の役目だ。我々の飼い主に牙の一つでも見せつけてやらねば、いつお役御免を言い渡されるかも分からん。気を引き締めたまえ。」

 

 冗談を言ったつもりであったのだろうが、周囲の反応は焦りを見せるものが多く男はそれを見て笑うのであった。

 

「ふっ、連邦も連邦なら我々も我々か。」

 

 士気は高いがやはり気持ちが先行してしまうのだろう。だからこそ自分のように冷静に采配を下す者がいなくてはならない。

 男はそう感じならデブリの先にいるであろう艦隊に思いを馳せる。

 

「さて、戦争の英雄ガンダム……その実力を見定めさせてもらおうか。」

 

 ニヤリ、と男は笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

ーーー

 

 

「うーん……やっぱりバランサーの調整が必要かなぁ。」

 

 1号機のコクピット内で四苦八苦しているウラキに対し、同僚のキースは溜息を吐きながら話しかける。

 

「だからさぁ、今の1号機は空間戦闘に適してないって言われただろコウ?やるだけ無駄だって、何かあった時はバニング大尉のジム・カスタムを使えば良いだろ?」

 

「グリム中尉達にはああ言っだけどさ、コイツだって調整さえすればまだまだ戦える筈なんだ。……ここかなぁ。」

 

「やめとけってコウ。そもそも本来の整備スタッフのニナさんとかならともかくさぁ。」

 

「ニナ……ニナさんか。」

 

 作戦行動中の混乱もあって、現在アルビオンの独房にて軟禁されている彼女に話が聞ければ一番良いのだろうけれど難しい話だろうなと思った。

 スパイ容疑は晴らされていないが、ニック・オービルという整備員と違い彼女は敵の行動などのまともな情報を持ち合わせていなかった。

 勿論全てが事実では無かったり隠していたりすれば分からないけれど、敵に利用されていたという可能性の方が高いと思われているらしい。だから監禁ではなく軟禁で済まされているのだ。

 

「一度会ってみようかな?」

 

「おいおい、冗談は勘弁してくれよコウ〜!?流石に艦長や大尉に叱られるに決まってるぜ!?」

 

「ははっ、分かってるよ。流石に無理だって────!?」

 

 話の最中、突然艦が大きく揺れる。これは……!

 

「て、敵襲!?」

 

『総員、第一種戦闘配置!繰り返します、第一種戦闘配置!』

 

 敵襲だ!暗礁宙域に敵が潜んでいるのは予測はされていたが即座にこちらを狙ってくるなんて……!

 

「コウ!俺は自分の機体に行くからな!」

 

「あ、あぁ!気をつけろよキース!」

 

 自分に出来ること……!バニング大尉用の予備機のジムで出撃するしか……!

 

「ウラキ少尉!このジムは今は出撃できないよ!」

 

 モーラ中尉から注意を受け立ち止まる。

 

「そんな、どうしてですか!?」

 

「今の衝撃で機体のシステムにエラーが発生したんだよ!出撃までは少し時間をもらわないと……!」

 

「くっ……!」

 

 既にキースやモンシア中尉を始めとしたパイロットは出撃を開始している、今は少しでも戦力が必要な場面だ。

 

「シナプス艦長に連絡を!1号機で艦の直掩に回ります!」

 

「そんな……!1号機は空間戦闘を行える状況じゃないのは知っているでしょ!?」

 

「だから、ニナさんに少しでも調整させるんです!今から独房へ向かいます、艦長へ連絡を!」

 

「無茶だよウラキ少尉!……あぁもう!ブリッジへ!こちらMSデッキ──」

 

 艦内が騒々しくなる中、一人独房へと向かう。今出来ることをやらなければ……!

 

 

ーーー

 

 

「敵影確認!間も無くこちらの主砲射程内に入ります!」

 

「よろしい、それでは作戦の説明に入る。今より我々は敵艦隊に攻撃を仕掛け、デラーズの連邦軍に対しての宣戦布告までの刻を稼ぐ。このまま放置していたとしても敵が茨の園の所在を掴めるとも思えんが念には念を、更に言えばデラーズに対しても見せねばならない。星の屑の為でもありその先の為でもある、諸君らの奮戦に期待する。」

 

『了解です!』

 

「まずは艦砲射撃で敵艦を狙う。その後リック・ドム隊で砲撃を行いながらドラッツェ隊が一撃離脱を仕掛け敵が浮き足立った所で本命のゲルググ隊が仕留める、地の利は此方にある油断せずに掛かれば性能が良くとも間に合わぬ。」

 

「『大佐』!MS隊の準備が整いました!」

 

「よろしい、では5分後に総攻撃を仕掛ける。各員時計を合わせよ。」

 

「ハッ!」

 

「私も出る、敵の実力を知りたいのでな。」

 

「了解いたしました!MSデッキ!大佐が出撃する、機体の準備を!」

 

 その間、他のMSが順次この【ザンジバル】から発進していく。僚艦のムサイのMSも続けて発進を開始する。

 

「大佐!MSの準備出来ています!」

 

 敬礼する整備士に返礼するとライトパープルと濃紺に染まった我が機体に乗り込む。

 

「ファルシュ・リューゲ、【ギャン・へーリオス】発進する!」

 

 

 暗礁の宇宙で、新たに蠢く野望が襲い掛かろうとしていた。


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