「ニナ・パープルトンさん、貴方のスパイ容疑は晴れました。一時的とは言え拘束していた非礼を詫びさせてもらいます。」
「そんな……当然の事です。頭を上げてくださいシナプス艦長。」
先の戦いで1号機を直した事と、オービルが自白した内容から私がスパイに結びつく証拠が上がらなかった事で私のスパイ容疑は晴らされた。
しかし結果的に2号機の戦術核装備を許してしまったアナハイム技術者としての責任もまた私の中にはある。グラナダ工廠が2号機を開発していたから、という言い訳はしたくないのだ。
「間も無くフォン・ブラウンに到着します。アナハイムに戻り今までの業務に戻って頂くことになりますがよろしいかな?」
「……。」
アナハイムに戻り新型機の開発を引き続き進める……、それがアナハイムのスタッフとしての自分の役割ではあるけれど……。
「シナプス艦長、艦長さえよろしければ引き続き私を1号機の整備スタッフとして使っては頂けないでしょうか?」
「……何故だね?」
「スパイ容疑は晴れました、しかし私がアナベル・ガトーと少なくない時間付き合っていたのは確かです……だから止めたいのですあの人を。」
彼が元ジオン公国軍人だと知ってはいた、しかしあの頃は今の様なテロ活動を行うつもりがあったのだとは思わなかった。
そんな素振りは見せなかったし語りもしなかった、今にして思えばそうする事で私から疑念を持たれず情報を引き出そうとしていたのかもしれない。そういう節が無かった訳ではないのだ。
「貴方の意見も分かる、だがそれこそ本当にスパイの疑念を抱かれる事になりかねない。それは分かりますな?」
「2号機を止めるには同等の力を持ったガンダムの力が必要になります、私が1号機の改修に努めてその結果を見て頂く。それなら問題はありませんね?」
「……よろしい。いずれにせよ月には補給も含めて数日は滞在しなければならない、その間に1号機の改修してもらいそれ次第で同行を出来るようアナハイムには連絡しておきましょう。」
「ありがとうございます艦長!」
艦長に頭を下げ、ブリッジから立ち去る。今のうちに1号機の戦闘データと機体調整をしなければ。
整備デッキに向かうとウラキ少尉が既に1号機のコクピットでデータを取りまとめていた。
「あっ、ニナさん。お疲れ様です。」
「ウラキ少尉……?戦闘データを纏めていたの?」
「えぇ、月についたらこの機体は宇宙用に換装するんでしょう?それなら前回の戦いでのデータが役に立つと思って。どうぞ。」
渡されたデータを端末で読み取ると戦闘時の豊富なデータがズラリと並ぶ、シミュレーションだけでは読み取れない生きたデータというのは技術者にとってはまさに宝なのだ。
「ありがとうウラキ少尉。このデータがあれば1号機の改修もスムーズに行くわ、それで2号機も止められる筈よ。」
「2号機……、確かニナさんはあのアナベル・ガトーと付き合っていたんですよね……?」
「……数年前の話よ。」
「僕は通信でしかあの男のことは知らないけど……彼は僕と違って明確な意志によって動いていた……。何が彼をあそこまで奮い立たせるんだ?」
「分からないわ……。私と付き合っていた頃はデラーズ・フリートに参加していたことなんて素振りも見せなかったし……。けど、なんて言うのかしら上手く割り切れない所はあったんじゃないかしら。」
「割り切れない?」
「えぇ。共和国になったサイド3やネオ・ジオン共和国に行く事を拒んでいたし、自分の中で戦争が終わっていないって感情がずっとあったんだと思うの。戦争が終わったのはもう三年も前の話なのに。」
「けどガトーは言っていた。我々は三年も待ったんだって。」
「その三年で大きく世界は変わったでしょう?戦後の復興だってジオン両国は国有技術の売却で早期に経済的な余裕を持てるようになった訳だし、あの人はそこに戻る事だって出来た筈なのよ。ジオン独立戦争の目的であった自治権の獲得は出来たんだから。」
けど戻らなかった、それがあの演説で戦争がまだ終わっていないと言っていた事が理由だとしたら……。
「ガトーの戦う理由……か。」
「ウラキ少尉。」
「は、はい?」
「あの人を止めて、今の彼が何が目的で動いてるかは分からない。でも2号機を使って良くない事をしようとしているのは分かるわ、だから……。」
「止めて見せます、それが僕がガンダムに乗っている理由ですから!」
「ごめんなさいウラキ少尉、本当はこんな頼みをするのは間違っているのに。」
「良いんです、僕は……僕は連邦の士官なんですから……。」
何かを思い出したのか強く拳を握るウラキ少尉。その強く何かを思い遠くを見つめる仕草が何処かガトーに似ているような気がした。
「貴方とガトー、もしかしたら少し似ているかもしれないわね?」
「え?」
「そういう生真面目な所とか。……そうだウラキ少尉。」
「呼び捨てで良いですよニナさん。階級で呼ばれると何だか堅苦しくて。」
「そう?なら私の事も敬語とかやめて普通にニナって呼んでくれるかしら……コウ?」
「わ、分かりました……じゃなくて分かったよニナ、それで何かあるのかい?」
「今から向かうフォン・ブラウンにはガトーの同僚だった人がいるの、戦争で負傷しているからデラーズ・フリートとは合流しないとは思うけど。もし参加するつもりだったら止めて欲しいの。」
「……僕に?」
「言ったでしょ?貴方とガトーは似ている所があるから、もしかしたら話を聞いてくれるかもしれないと思って。」
「でもニナが行った方が──」
「私は月に着いたら1号機を改修しなくっちゃいけないの、お願いねコウ。」
無理やり押し付ける様な形になったけれど、コウならガトーの同僚であったケリィさんとも仲良くなれるかもしれない。そんな期待を込めて彼のいるジャンク屋までの道のりを手書きで示す。
ガトー……貴方は何を成そうとしているの?演説を見たケリィさんがラトーラさんを見捨ててデラーズ・フリートと合流すると決めたら貴方は喜ぶの?
かつての恋人が今何を思っているのか分からず、何をするつもりなのかも分からないがこんな方法は間違っている、そう私は思うのであった。
ーーー
「クロエからの連絡?」
「はい。エルデヴァッサー大佐に至急報告がしたかったらしいのですが、既に曙光が暗礁宙域に向かっていて通信がし難い状況となっていたので直接アマテラスで向かう事になったんです。」
暗礁宙域での戦いの後、奪われた試作2号機の捜索が戦力的に困難になった事と奇襲による損害でMS部隊も多くが戦闘継続をするのが困難になった事で、我々は一度補給と戦力を整える為に月のフォン・ブラウン市へと航路を取っている。
その移動の最中、グリムとジュネットと私は援軍に駆けつけたアマテラスのブリッジでマリオンさんから何故アマテラスが此方に向かっていたかの報告を聞いていた。
「それで、何で肝心のクロエもカルラもいないんだい?よりにもよってアレクサンドラさんまで引き連れて。」
「
「いえ……そうじゃありませんけど……。」
グリムがタジタジになりながら後退りする。彼が彼女に対してたじろいでいるのはその気性からだろう。
「このアレクサンドラ・リヴィンスカヤ、EC社幹部としてわざわざアマテラスを戦場に持っていけるよう軍に交渉したのですよ。完全に私用での目的ですので先の地球軌道上のテストという名目以上に許可を取るのは困難でしたの。それはお分かりいただけるかしらグリム中尉?」
「は、はい。」
アレクサンドラ・リヴィンスカヤ、私の母方の親戚になる女性で私より数歳年上の才女だ。
一年戦争で父の一族は多くが亡くなってしまったが残った者の多くはそれまでの地位や血筋に関係なくEC社を救うべく尽力してくれた。彼女もまたその一人だった。
知る人からは母の再来だとも言われる程に気性は強く、こうやって軍人相手にも引くことを知らない様子だ。その力強さで今の地位に就いたと言っても過言ではないだろう。
現在運用試験中であったアマテラスをわざわざ私用で使う為に彼方此方と駆け回ったのだろう、いつも通りを演じてはいるが少し気疲れしている様に見える。
「ご苦労様でしたサーシャ、だいぶ苦労をかけてしまったのでしょう?」
「まぁアーニャ様!その様に心配をして頂いては感激で苦労も吹き飛んでしまいます。」
私がアーニャと呼ばれた様に、私もまたサーシャの愛称で彼女を呼んでいる。見ると本当に気疲れなどしていないかの様に微笑んでいるので私もまた精神的に楽になった。
「それでアレクサンドラ氏、何故カルラとクロエは同行していないのだ?アマテラスのブリッジクルーだけ連邦軍人でその他はパイロットも整備スタッフも全てEC社の人間だけでは本当に軍に許可を取るのは苦労しただろう。」
「えぇ、本来なら両名も来てくれる筈でしたのですが……出航前に客人が来るとの連絡がありましたの。私は仔細までは聞いてはいないのですが、二人とも血相を変えてこちらには向かえなくなったと言ったのでこうやって艦の運営を私が、MS部隊の指揮をマリオン様やフィーリウス様にお頼みしたのですわ。」
「客人……?」
少なくともカルラとクロエがこちらに来れなくなる程の人物であったのであろう、サーシャは知らない様子であるが気になるところだ。
「それで、我々に伝えたかった事とは何なのだ?」
「あぁそうでしたジュネット大尉、私達がここにわざわざ駆け付けたのは例のアーウィン・レーゲンドルフという御方がアーニャ様達に見せた映像についての報告ですわ。」
「アーウィン・レーゲンドルフの見せた映像……?あのジェシーの乗ったニグレドと戦っていたという?」
「えぇ、アンダーセン様の戦闘映像をこのアマテラスのAIであるメルクリウスに分析させた所、どうも改竄された後があったようで……メリクリウス。」
『はい、この映像には幾つかの戦闘を繋ぎ合わせたものの様に修正された痕跡が見受けられました。残念ながらどこが、どの様にまでかは不明です。』
「そんな……と言う事はジェシーは……。」
「えぇ、アンダーセン様が裏切りになられた可能性に疑問が出てきますわ。あのレーゲンドルフと名乗る男がどの様な目的で映像を改竄したかを問い正す必要がありましてよ。……それとは別にもう一つおかしな話もありますの。」
『アーウィン・レーゲンドルフと名乗る男性の戦闘機動の約70%近くがジェシー・アンダーセン大尉のモーションパターンと一致します。これらの多くは一年戦争当時、ソロモン攻略戦時までの戦闘データに類似点が多くが含まれています。』
「……どういう事ですか?」
「それが分かれば苦労はしないのですが、アーニャ様はそのレーゲンドルフという方にアンダーセン様を彷彿とさせる要因はございませんの?」
「まさか二人が同一人物だとでも?僕やジュネットも含めて何度か顔を合わせたり話しもしたけれどアンダーセン大尉とは似ても似つかないよ、声も違うし顔は……頭部付近は焼き爛れているけれどそれでも違う、そうだろジュネット?」
「あぁ、我々が見間違う訳がない。……だがそうなるとメリクリウスの分析結果を疑う事になる、一体どういう事だというのだ。」
彼はジェシーではない、それは言い切れるが何故か違和感を覚えるのもまた事実だ。彼の得意とした戦い方をするのも理由が分からなければ懸念材料のままとなる。
「彼の目的もそうだけど、幾らジャブローから許可を得てるにせよ不可解な行動が多すぎる。先の戦闘だってアルビオンの防衛には回らずやりたい放題だったようだし。」
「しかし彼の行動を縛る権利は我々にもアルビオンにも無いのは事実だグリム。彼の目的が一応はこの事態の収集にあるのならあの場においても敵を引きつけたのは問題のない行動だろう。」
「マリオンさんは、何か感じないのですか?ジェシーの事を。」
「私……ですか?」
ニュータイプである彼女であれば、何か彼の気配などを感じ取れないか……少しでも期待してしまう。以前から無理だとは分かってはいるのだけれど。
「……上手くは言えませんがこの宇宙にジェシーさんの意志を感じません。ただ死んでいるのかと言われれば、はっきりとは言えませんが違う様な感じもします。」
「すみませんマリオンさん、気を遣わせてしまったようですね。」
「違うんですアンナさん……。本当に上手く言えないんです……。何かモヤがかかった様な、そんな感覚がずっとしていて。」
「モヤ……ですか。」
確かにまるで霞が掛かっているような釈然としない感覚がずっと付き纏っているのは私も感じる。
この騒乱の全てが、多くの私欲が渦になってそれが絡みつく様な……。
「それでエルデヴァッサー大佐、我々は当初の任を果たしました。これより先我々の動向も含め検討する必要があると思いますが。」
フィーリウスさんからの意見に頷く、ジェシーの事は気になるがそればかり気にしてもいられないのが現状だ。アルベルト様が言った様に私は何があっても彼を信じるだけなのだから。
「一先ずはアマテラスもフォン・ブラウンまで同行してもらいます。単艦で引き返させる訳にもいきませんから。それに今後の状況次第では戦線に加わることも視野に入れなければなりません。」
一企業の所有艦とは言え、軍属である私が代表を務めているのだから編隊に組み込む事に問題はない筈だ。一部の将校が厄介視するであろうくらいだろう。
これ以上の軍からの援軍が期待できない以上今ある戦力で事態に対応しなければならない、そう考えた時に彼らの戦力は必要不可欠だ。
「……マリオンさんやフィーリウスさん達には酷な話になりますが、このままジオン残党軍との戦いをお願いするかもしれません。」
「私は……私は大丈夫です。それを覚悟の上でEC社で働きたいと言ったんですから。」
「フィーリウス様……我々は……。」
「分かっているガイウス。エルデヴァッサー大佐、私達はエルデヴァッサー家の庇護は受けていますが元ジオン公国軍人だったのは紛れもない事実です、それに私達はギレン総帥の親衛隊でもありました。」
「……それは重々承知しています。貴方達にはアグレッサーとしての貢献も有りますのでかつての同胞に刃を向けるのが嫌であれば無理強いは……。」
そう言うとガイウスさんとバネッサさんがフッと笑った、私はその意味が分からず困惑していると……。
「エルデヴァッサー大佐、今の発言は我々がかつての同胞に刃を向ける事ではなく、親衛隊であった我々がデラーズ・フリートに呼応して合流してしまう危険性がないか怪しむべきだと思ったからこその発言です。」
「怪しむ……?」
「ハッハハ……!いや、申し訳ないエルデヴァッサー大佐。ここまで我々の事を信頼してくれているとなるとやはり話は変わってきますな。」
「そうねガイウス。下手をすればEC社からも追放されかねない状況だと思っていた自分が馬鹿馬鹿しく感じるわ。」
「まさか、3人が裏切るかも知れないと私が思っていた……という事ですか?」
「現実的に見ればです。常人であれば元公国軍人でありギレン親衛隊であった我々をあのエギーユ・デラーズの演説以降重用するのはリスクを伴うと判断すると思っていました。……しかし今の貴方の反応で我々も心が決まりました。デラーズ・フリートとの戦い、命令があれば参加致します。」
「よろしいのですか?先程も言いましたがかつての同胞に刃を向ける事になるのですよ。」
「確かに同胞に刃を向けるのは心が痛みます。しかしエギーユ・デラーズの成そうとしていることは宇宙に災禍を招く事に繋がります。戦術核を使用し何かを引き起こせば、我々の故郷であるサイド3やネオ・ジオン共和国にも影響を与える事になります。それこそあの一年戦争で亡くなった同胞達が良しとする所では無いでしょうから。」
その通りだ。あのエギーユ・デラーズの連邦軍に対する演説は、ジオン独立戦争は未だ終わってはおらずジオン共和国やネオ・ジオン共和国を売国奴としそれらがギレン・ザビの意志を無視して終戦条約を締結したと言っているのだ。
更にはギレン・ザビは未だ死んではおらず、解放をしなければ奪取した戦術核装備の2号機による攻撃も辞さないとも言い切った。
彼らの中ではギレン・ザビが死んでいないという何かの確証があるのだろうか、それとも妄執が産んだ歪んだ現実であるのか……。
……何にせよ、今こうやって私の周りには私を信用して付き従ってくれている人達がいる。どれほど私が地に堕ちても、それでも着いてきてくれた仲間が。
「……皆さんに話しておきたい事があります。ジェシーが消える前に私に残してくれた記録の事です───」
話さねばならない。私が彼を信じるのであれば、仲間にも同じように信じてもらいたいから。