機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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第11話 それぞれの誇り(前編)

 

 ラグランジュ4 地球連邦軍宇宙拠点ペズン

 

 そこに一隻の民間輸送船が到着する。入港したドックにはリング・ア・ベル隊所属のカルラ・ララサーバル軍曹、そしてEC社所属のリング・ア・ベル隊機専任技術者であるクロエ・ファミール技師長が緊迫した様子でその輸送船を見つめていた。

 

 輸送船は積荷の簡易チェックと爆発物検査を済ませ、ドックに固定される。

 ドアが開くと同時に二人の男女が輸送船から降りて来た。

 

「貴方達がリング・ア・ベル隊の?」

 

 銀色の綺麗な髪を靡かせた女性が、軍服を着ていたカルラ・ララサーバルに問いかけた。

 

「あぁ。一年戦争からずっとアンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐の元で戦ってきた最古参のメンバー、カルラ・ララサーバル軍曹だよ。隣にいるのは当時アタイらの隊の技術曹長だった現EC社の技師長クロエ・ファミールだ。」

 

「なら、大丈夫ね。あなた?」

 

「あぁ。先の通信でも話したが、リング・ア・ベル隊に渡す物があって我々は依頼を受けていたんだ。『2年前』からね。」

 

 『2年前』という言葉にリング・ア・ベル隊の二人がピクリと反応する。

 そう、二人が何の為に此処に来ているのか彼女達は知っているのだ。

 

「送り主は『ジェシー・アンダーセン』。あぁ、君達が良く知る彼だ。」

 

「……あのさぁ、アタイは回りくどい物言いは好きじゃないんだ。はっきりと何のために此処に来たのか言ってくれないか?」

 

 少しでも冷静さを見失えば襲い掛かって来そうな、そんな獰猛な動物にも似た感覚に男は襲われる。

 

「すまない。まず此方に敵意が無いという事は理解して欲しい。それに積荷が積荷なのでな、説明は充分にしておきたいんだ。」

 

「聞かせてもらおうかしら?そのために私達は急務をキャンセルしてこのペズンに残ったのだから。」

 

 クロエが青年に問い掛ける、本来なら暗礁宙域に向かう筈だった二人であったが、その出航を前にこの運送屋からの通信を受け残る事を決めたのだ。

 

 通信の内容は『ジェシー・アンダーセンから送られた荷物の受領』、リング・ア・ベル隊のみで使われる秘匿通信回線を使われて発信されたこの内容故に残らざるを得なくなったのだ。

 

「まず第一に、積荷は『箱』である事を留意して欲しい。今起きている騒乱を止められるかもしれない『箱』だ。」

 

「今起きている騒乱……?デラーズ・フリートという組織が起こそうとしている何かしらの軍事行動の事かしら?」

 

「その通りだクロエ技師長。彼はこの騒乱が起きる事を予期していた、2年も前からな。」

 

「まさか……あり得ないわ。」

 

 2年も前に、この騒乱が起きるなど予知できるわけがない……いや、しかし。

 

「まさか……シショーのニュータイプ的な予知能力って事かい?」

 

「それは分からない、彼にはニュータイプ能力があるとは確実には言えないからだ。ただ今の状況は彼にとって全て予測済みの事だと言うことだ。俺も信じられなかったが実際に彼の言う通りに事態は進んでいる。」

 

 クロエとララサーバルは困惑しながらも、有り得なくはないと言った表情を見せる。一年戦争の頃もそういった節はあったからだ。

 

「話を戻そう。今から渡す『箱』はこの騒乱の何処かのタイミングで開かれると彼は言っていた。良いか?この『箱』は絶対に俺達の手で開いてはいけない、その事は箱の中身を見せてからでも留意してくれ。そうじゃないと彼のこの2年間の意志は無為に帰すだろう。」

 

「それほど念を押すって事は余程大事な箱なんだろうね?早く見せておくれよ。」

 

「……分かった。」

 

 青年は輸送船から荷物を牽引する。普通のコンテナだ、中身もそこまで大きくはない。

 

「今から開けさせてもらう。良いか、何があっても取り乱すな。」

 

 再三の念押しをし、コンテナの中身が開かれる。

 

 

 その中身である『箱』を見たクロエとララサーバルは……。

 

「なっ……!」

 

「これは……一体どういうこと!」

 

 二人は驚きと共に青年の方に顔を向ける。

 

「落ち着いて。」

 

 銀髪の少女が二人を静止する。

 

「これは彼が貴方達に託した希望。来たる『刻』の為に封印した物。貴方達も私達も彼の為に動かなければいけない。」

 

 自分達よりも年下の女性の言葉だがクロエもララサーバルも息を呑む程の威圧感を覚える。

 

「けど……これは……!」

 

「彼が望んだ事よ。私達も本意じゃない、けどここまでの事をしなければ彼はこの先起こる事を止められないと言っていた。だから私達はその為に動いた。」

 

「あの事件も最初から自作自演だったとでも言うのかい!?あの事件のせいでアンナ隊長がどんな酷いことになったか!」

 

「知っているわ。此処に来る前にマハルに行ったもの。」

 

「……っ!」

 

「そこで聞いたわ。あの事件の後であの人に何があったかも、けど信じて欲しいのはあの事件の全てが彼の仕組んだものでは無いと言うこと。」

 

「あの事件は彼が起こしたものではない。逆にあの事件のせいで彼はこう動かざるを得なくなったんだ、彼女の為にもな。」

 

「それで……私達に何をしろって言うの?」

 

 クロエが問いただす、本題を聞かなければいずれにせよこの事態は進展する事はない。彼が一体何をするつもりだったのかを聞かなければ。

 

「殆どはネオ・ジオン共和国のガルマ代表が手筈を整えてくれている。我々に必要なのは彼の為の機体とついでに俺にも機体を用意してくれると有難い。」

 

「……。分かったわ。」

 

「センセー……良いのかい?」

 

「どちらにせよ私達に出来ることは限られてるし……この『箱』を見たらジェシーくんが何をするつもりかは分からないけど、アンナちゃんの為に何かしようって意思は伝わったでしょ?……やるしかないわ。」

 

「荷物の受領は完了したと見てよろしいかな?」

 

「えぇ。彼の為の機体も、貴方の為の機体も用意してあげる。元々あの人用に準備した機体があるんだもの、乗り手が戻ってくるならちゃんと整備してあげなきゃね。それと……今は乗り手がいなくて眠っているあの子にも役立ってもらうつもりよ。」

 

「眠っている機体……?ふっ、まさかあの機体に俺を乗せてくれるのかな。」

 

「えぇ、運送屋さん。『あの機体』に乗るつもりなら貴方も覚悟を決めてもらうわよ?」

 

「いいだろう。俺の誇りに賭けても乗りこなしてみせるさ。」

 

「なら依頼するわ運送屋さん、私の依頼は『行方不明になったジェシー・アンダーセンをアンナ・フォン・エルデヴァッサーの元へ届ける』ことよ。」

 

「引き受けた。運送屋『エンタープライズ』の仕事をとくとご覧になっていただこう。」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 月面都市フォン・ブラウン。寄港したアルビオンクルー、そしてリング・ア・ベル隊の面々は上陸許可を得て束の間の休息を与えられていた。

 そして連邦軍人で貸し切られたバーでは宴会と呼ぶに相応しい光景となっていた。

 

「ハッハッハ!そこで俺がデラーズ・フリートのMSをちぎっては投げ、ちぎっては投げってして行ったって訳よ!」

 

「キャー!凄いんですねぇ!」

 

 モンシアを始め女性に囲まれながら大騒ぎしているアルビオンクルー達を横目にグリムは物思いに吹けながら一人酒を呷った。

 

「グリムたいちょぉー。どうしたんれすかぁ一人で〜?」

 

「ベアトリス……だいぶ飲んでいるな?」

 

「あっはは、こんなの全然平気れすよ〜。たいちょーもどんどん飲みましょ〜!?」

 

「遠慮しておく、今のキミみたいになりたくはないからね。」

 

 少しずつ酒を飲みながら少し柔らかくなった頭であの時のアンナ隊長の言葉を思い返す。

 

『ジェシーは数年前から、このデラーズ・フリートが活動を行う事を知っていました。ヴァイスリッターに残されていたボイスメッセージにはトリントン基地で起こるガンダムの強奪、その後のアフリカでの追撃も彼は予知していた。……そしてこの後に起きる事も、彼の言葉の通りであるのなら……。』

 

「観艦式で2号機が核攻撃を行う……そんな事があり得るのか……?」

 

 戦後の連邦軍による一大軍事パレードである観艦式には多くの宇宙軍が参加する。

 そこに幾ら高性能機で戦術核を搭載しているガンダム試作2号機が奇襲を仕掛けたとしても即時撃破されるのが関の山だろう。幾らソロモンの悪夢と言われたエースパイロットのアナベル・ガトーと言ってもだ。

 

「馬鹿げている……、と言っても信憑性が全くない訳でもないか。」

 

 仮に成功すれば連邦艦隊はほぼ壊滅状態になる。そうなれば残党軍にとってはその後に起こす全ての行動が有利に働く事になる。アンナ隊長が言ったアンダーセン大尉の言葉を信じるのであればその後に起こす行動は……。

 

「コロニー落とし……か。」

 

 観艦式の襲撃自体がコロニー落としをする為の陽動だと言うのだ、インパクトとしては確かに凄い作戦ではある。

 ……だがそれが本当に起こるのか、それが疑問だ。

 幾らアンダーセン大尉が残した記録とは言え、俄には信じ難い内容だ……、他の人に言った所で信用される訳がない。

 けれど作戦としてはかなり優秀な内容だ、上手くいけば連邦軍に大打撃を与えられる。

 

 そうさせない為にアンナ隊長は連邦宇宙軍大将であり観艦式を執り行うグリーン・ワイアット大将へ観艦式の中止を呼びかけている。とは言っても流石にアンダーセン大尉の残したメッセージを理由には出来ないので敵の思惑から推測される行動としての提言でしかない為、取り合ってくれなければ対応は難しいだろう。

 向こうからしたら大艦隊で待ち構えているのだ、来るなら来いと言った所だろう。たかが残党軍の艦隊で何が出来るのかと、僕ですら事態に関わっていなければそう思うだろう。

 それに観艦式を中止するということは残党軍に対して及び腰だという姿勢をスペースノイド全体に見せることにも繋がる、連邦軍の威厳を見せつける為にも中止は出来ないだろう。敵はそれすらも予測済みなのかもしれない。

 

「……考える事ばかりだな。」

 

 アンナ隊長があれだけ事態に困惑していたのも今なら分かる、仮にアンダーセン大尉が2年前からデラーズ・フリートと内通し、彼らの作戦内容を予め知っていたとしたら……そう考える事もできる。ヴァイスリッターの記録も予めそう仕組んでおく事も出来るのだから。

 それでもこうやって僕らに話してくれたと言うことはあの人はアンダーセン大尉を信じたという事だ。なら仲間である僕達はそれを信じるだけだ。

 思い返せばブルーディスティニー1号機の事故もあの人は予見していたフシがある、カルラは偶に未来予知が出来るんじゃないかと言っていたけど……もしかしたら本当にそういう力があるのかもしれない。

 

「グリム隊長、先程から深刻な顔をしていますが……どうなされたんですか?」

 

「ん、セレナか。何でもないよ。」

 

 考え事をしている間にいつの間にか酔い潰れて寝てしまっているベアトリスに変わって次はセレナが来た、まぁアルビオン隊の状況を見れば向こうよりこっちに来るのは仕方ないか。

 

「もっと飲みましょうよ隊長……!前から思っていましたが隊長は真面目過ぎます……!」

 

「……はぁ?」

 

 思わず素で呆れ声が出てしまった、と言うか彼女自体もベアトリスと変わらないくらい飲んでいるのか酒の匂いが凄い。

 

「うぅ……セレナ……もう私飲めない……。」

 

「じゃあもう隊長に飲んでもらうしかないです……!飲みましょう隊長……!」

 

 ……これはカルラやクロエに報告する内容が増えるな、この二人はアンダーセン大尉レベルに酒に弱い……!しかも酒癖の悪さまで似ている……!

 

「勘弁して欲しいな、今はそういう状況じゃ……。」

 

 そう思っているとバーの扉が開き、バニング大尉の姿が見えた。助けを求めようと思ったがよく見てみると……。

 

「ん……?……なぁ、あっちへ行こう。」

 

「……?えぇ。」

 

 隣に若い女性を連れ、このバーの状況を見た途端踵を返して去って行った。

 その姿を見て大きく溜息を吐く。……まさかあの真面目そうなバニング大尉にもそういう所があったなんて。

 

「……はぁ、一人で真面目に考えているのが馬鹿馬鹿しくなってきたな。」

 

 この場にいないアンナ隊長やジュネットは別にしても僕みたいな一パイロットが深く頭を悩ませていた所で意味はないのかもしれない。

 自分はパイロットとして隊長達の役に立てば良いのだ。それがMSパイロットとしての自分の役目であり誇れる事なのだから。

 そう思ったグリムは酔い潰れた部下二人を抱えて取り敢えずこの場から離れる事にした。この酒癖の悪い二人をそのままにするのも問題が起こりそうだし、その後で飲み直すにしても一人の方がずっと気楽だと思うのであった。

 

 

ーーー

 

 

「アーウィン、何処へ行くつもりなんだ!?」

 

 アルビオンから降りて、一人何処かへ向かおうとするアーウィンに対してレイが焦りながら呼び止めた。

 

「俺のことは放っておけレイ、お前は休んでいれば良い。」

 

「けど……アーウィンの顔色は酷く悪いじゃないか、放ってはおけないよ!」

 

 仮面で隠されている顔の上半分は見えないが、他の見える部分はだいぶ青褪めているのが分かる。少なくとも正常な状態には見えなかった。

 

「放っておけと言っている……!俺はこれから人に会わなければならないんだ、お前はお前で好きに行動していろ……!」

 

 レイを突き放すとアーウィンはタクシーに乗りその場を去っていった。途方に暮れていたレイに、青い髪の少女が近づいてきた。

 

「大丈夫ですか?何か騒ぎ声がしていましたけど。」

 

「あぁ、大丈夫……だ……。」

 

 その少女を見ると同時にレイ・レーゲンドルフは異様な感覚に襲われた。

 

「なんだ……君は……!?」

 

「貴方……、何……?深い……深い悲しみを持っている……?」

 

「……!?僕の心を覗くな!」

 

 思わず彼女を突き飛ばしそうになるが、何とか抑えて距離を取る。

 

「君は……EC社の人間か……!」

 

 アルビオンと共に入港した曙光の同型艦から出てきたのだろう、近くにはその艦しかないのだからそうとしか思えないとレイは思った。

 

「ニュータイプなのか……君は……!」

 

「そういう貴方は……。」

 

 ダメだ、このままこの場にいれば何もかも見透かされてしまう。レイはそう感じるとなりふり構わす走りだした。

 

 

 

「待って……!……行ってしまった……。」

 

 マリオンは追いかけようとしたが、人並み以上の速さで去って行った少年を見て心がざわつくのを感じた。

 

「あの異常な身体能力……それに……。」

 

 一瞬だけ触れたレイの心、そこには深い絶望と悲しみ、そして憎しみが見えた。それはかつて出会ったグレイという人物が抱えていた感情と酷似していた。

 

「……空が落ちてくる……。」

 

 ショックイメージとして伝わった光景はまさに空が落ちてくると言うに相応しいようにコロニーが落ちてくる光景が広がっていた。

 聞いたことがある……あの戦争以降地上で被害に遭った人はコロニー落としの光景がトラウマになって悪夢として見る事が多くなったと……。

 

「……。」

 

 彼もその被害者だった……?いや、それ以外にも何かを感じたのも確かだ。それに……。

 

「でも、もっと別の……あの人より更に強い憎しみを持った人が何処かにいた……。」

 

 強い負の感情が発せられていたのを感じて船を降りた、しかし出会った彼とはまた違う強い感情を持った人がいた筈なのだ。

 

 

 

ーーー

 

 

「遅かったじゃないか……、カーディアス・ビスト。」

 

 フォン・ブラウンのビスト家の別邸、そこにアーウィン・レーゲンドルフとカーディアス・ビストが相対している。

 

「急な呼び出しであったからな、それに君に頼まれた物も用意する必要もあった。これが頼まれていた物だ。」

 

 カーディアスはアーウィンに紙袋を渡す、アーウィンはそれをすぐに開くと中に入っていた薬を飲み込んだ。

 

「……助かったよ。そろそろ俺も電池切れなんでな。」

 

「ガンダムの方はフォン・ブラウンの工場に秘匿してある予備パーツの方で修理する事になっている、これで君から頼まれていた事は全てだな?」

 

「あぁ、もうお前達ビスト家を頼る事も無くなる。お前にとっても朗報だろうよ。」

 

 皮肉めいた物言いでクスクスと笑うアーウィン、カーディアスはその笑い方を最後まで好きにはなれなかった。

 

「デラーズ・フリートの蜂起、君の『予言』の通りに物事は進んではいる。しかし細部は流石に違う様だがな。」

 

「仕方のない事だ、俺の言っていた事は『予言』ではなく予想でしかないからな。前提さえ合っていれば予言に成り得ただろうがな。」

 

「だがアナハイムとしては君と関わって結局は正解だった訳だ。この騒乱を利用して連邦に対して優位に立てる。」

 

「ククク……ジオンにも……だろ?」

 

「……。」

 

「まぁ後は好きにする事だな、俺の知識では恐らくこの騒乱以降の予想は全くアテにならないし俺が助言できる訳でもない。今回の事で得たことを利用してやりたい様にすれば良いさ。」

 

「良いのか、君の身体も時間をかければ死なずに済む事も可能になるのだぞ?」

 

「サイアム・ビストみたいにチマチマ冷凍睡眠しながら見苦しく生きろってか?嫌なこった。」

 

 少なくともまともに生きていられる内に成し遂げねばならない事がある、そうアーウィンは決意しカーディアスの方を見る。

 

「俺はこの世界を壊す、まやかしの平和など築かせはしない。これが俺の復讐なんだ。」

 

「自分を『強化人間』にさせた世界へのか?」

 

 ピクリ、とアーウィンが眉を顰めた。

 

「俺に気取られず調べたのか、流石は連邦軍さえ恐れるラプラスの箱を持ったビスト財団だな。」

 

「調べない訳にもいかないからな。君とは良いビジネスの関係を築く事が出来たがそれでも不穏な人物である事には間違いなかったからな。」

 

「ククク……最終的には信用して頂き有難き幸せ……とでも言うべきか?……俺は別に強化された事に恨みはない。どちらかと言えば感謝さえしているんだ。」

 

「感謝……?」

 

「その通りだろう?どうせ俺は強化されようがされまいが焼け爛れちまった脳味噌で長くは生きれない。そして強化されたからこそ、お前達ビスト家に相対する事もできた。パイロットとしての反応速度等も含めて充分過ぎる見返りだ。」

 

「……なら何が君をそこまで復讐に駆り立てる?君のその世界を恨む強さは相当な物だ。相応の理由があるのではないのか?」

 

「妻が殺された。……毒ガスでな。」

 

 ジオンのブリティッシュ作戦か。カーディアスはそう思い口にしようとしたが、彼の目から放たれる威圧感に押され口に出すのをやめる。

 

「懸命な判断だな、余計なことを口に出せばイラついて殺してしまう所だった。」

 

「理由としては納得の行く所だからな。腑に落ちたよ。」

 

「ククク……共感できる部分があるって言いたいか?正妻や息子よりも大切な女や子供が失われるのは嫌だものなぁ。」

 

「その通りだ、言い訳はしないさ。」

 

 少なくとも息子であるアルベルトを嫌っている訳ではないし、正妻に対する愛も人並みにはあっただろう。だが、それ以上に救われた愛があるのもまた事実なのだ。

 

「ふん、なら大切にすれば良いさ。貴様がいつまでもサイアム・ビストの人形であるならば愛想は尽かされるだろうとは言っておこう。」

 

「参考にしておこう。」

 

 自分とていつまでも祖父の人形ではない、……だが彼を赦す事ができるのもまた自分だけなのだとカーディアスは心の中で思う。

 

「さようならだカーディアス・ビスト。子供は大切にするんだな、本当に大事なのならな。」

 

「さらばだアーウィン・レーゲンドルフ、君の復讐が成就される事を少なからず祈っているよ。」

 

 互いに相容れない関係ではあったが、心の中にある何かが共感したのか最後には憎しみ合う事なく別れを告げた。

 

 

 

 一人別邸に残されたカーディアス、物思いに耽ていると誰かがドアを開ける音が聞こえる。先程別れを告げたアーウィン・レーゲンドルフで無いのならば考えられるのは……。

 

「父さん、ここに居ると聞いて来ました。」

 

「アルベルトか。」

 

 そう、考えられるのはビスト家の人間。一人では動くこともままならない祖父を除けば後はマーサか息子だけだろう。

 

「申し訳ありません、エルデヴァッサー家との縁談は破談になりました。」

 

「……そうか。」

 

 元々フィアンセであるジェシー・アンダーセンが行方不明になったが為にECを取り入れる手段の保険として始めた縁談でしかない。上手くいくとは最初から思ってはいなかった。

 

「父さん、その反応は最初から僕に期待をしていなかった……と言う事ですか。」

 

「そうではない。最初からこの縁談自体上手くいくとは思っていなかったさ。マーサが言い出した事だからな。」

 

「叔母さんが……。」

 

「アルベルト、何か言いたい事があるのだろう。だからこそわざわざ私に会いにここまで来たのだから。」

 

 物事の駆け引きには向かないだろう、感情を露わにしている所は若さ故か……それとも……。

 

「地上に降りて、色々考えさせられたんだ。地球連邦というシステムの綻び、そしてジオン公国残党が何故これほどまで地球や他サイドを恨むのか。そして……。」

 

「そのどちらとも手を結ぼうとするアナハイムの醜悪さか?」

 

「父さんは知っていたのですか!あの核を積んだガンダムが奪われると!」

 

「感情的になるなアルベルト、我々とアナハイムは共存共栄だ。それだけ言えばビスト家の教育を受けたお前なら理解出来るだろう。」

 

「連邦からも……ジオン残党からも利益を得ようと!?そんなのはおかしいよ父さん!」

 

「アルベルト、お前はあの一年戦争と呼ばれた戦いをどう思う?」

 

「それは……。」

 

「ジオン公国と地球連邦軍の戦いか?それともアースノイドとスペースノイドの戦いか?どちらが善であって悪であるのか、お前には理解できるのか?」

 

「……っ。」

 

 そう、物事はその様に単純な答えでは形成されていない。

 戦いに勝った連邦軍やネオ・ジオンが正しいか?そうではない、コロニー落としなどの蛮行は到底許されるものではないが、ジオン公国にそうさせてしまった原因は地球連邦が産んだのだ。

 我々が持つラプラスの箱は、連邦の恥部であるしジオン公国の凶行に至る原因でもある。初代地球連邦首相のマーセナスを私利私欲の為に殺しさえしなければ未来は変わっていたかもしれない。

 

 だが全ては後の祭りだ。この戦争で疲弊した地球には最早後は無く、徐々に宇宙に経済はシフトして行くだろう。コロニー落としによって起きた気候変動で今までの様に豊富な地球資源に頼る事は難しくなっている。

 主権が宇宙に移った時にいつまでも地球連邦に与していれば商機を逃してしまうだろう。

 

 我々は常に優位に在らねばならない、アースノイドにもスペースノイドにも。

 

「お前の言いたい事は理解できる。だが我々ビスト財団、そしてアナハイム・エレクトロニクスが今後の地球圏で優位に立ち続ける必要もあるという事を忘れるな。」

 

「それでも……それでも僕は父さん達を軽蔑する……!こんなやり方ではいつか身を滅ぼすだけだ!」

 

「ならお前はどうしたいのだアルベルト。」

 

「父さん……僕もそろそろ成人だ、自分の道は自分で決めたい。ビスト家の人形のままではいたくないんだ!」

 

 ……かつて、そう思い身分を隠して軍に入隊した時の事を思い出す。

 蛙の子は蛙と言う諺があるが、やはりこの子もまた自分の息子なのだと実感する。

 

「ビスト家を出るのか、止めはしない。だがお前の歩む道は困難を極める事になる、それは分かるな?」

 

「分かっているよ父さん、家を出た所でビスト家の宿命は付き纏うと言う事は。でも……『それでも』前に進むと決めたんだ、あの人の様に。」

 

 僅か数週間にも満たない地球での経験が、息子を変えた。それは恐らく……。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサーは良い女であったか?」

 

「えぇ、彼女のフィアンセを羨む程に。」

 

 アルベルトは恨みや妬みを感じさせない誠実な言葉を返す。

 

「……祖父やマーサには私から上手く言っておこう。行くが良いアルベルト、お前の歩みたい未来にな。」

 

「今までお世話になりました父さん……、お元気で。」

 

 振り返る事なく去って行くアルベルト、迷いは本当に無いのだろう。若さ故の愚行になるかどうかは分からないが息子の歩む旅路がどうか良いものであって欲しいと思う。

 祖父やマーサは口を挟んで来るかもしれないが、かつて私が歩んだ様にいずれ戻って来ると誤魔化せば良いだろう。

 ……その可能性も無くは無いのだ。それほど迄に箱の呪いは根深い。

 結局自分もその呪縛からは逃れられなかったのだから。

 

 だが今は、その鎖を断ち切ろうとする息子を誇りに思うとしよう。

 そう思いながらカーディアスは息子の旅路を祝う様に酒を呷った

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