機動戦士ガンダム 紺碧の空へ   作:黄昏仮面

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第14話 ジェシー・アンダーセン

 

『爆発は……、爆発はどうしたァァァ!』

 

 アーウィン・レーゲンドルフの叫び声が宇宙に響く。

 

 静寂の宇宙で、そこにいた全員が死を覚悟していた筈だった。

 間に合わないと、核は発射されると誰もが思っていた。

 

《悪意を持って、この攻撃動作が行われたと言うことは……、残念ながら俺が願った世界にはならなかったようだ。》

 

「あ……あぁ……こ、この声は……。」

 

 アンナ・フォン・エルデヴァッサーはコクピットの中で、試作2号機から発せられている広域通信のその声に驚きを隠せないでいた。

 

『何故だ!何故機体が動かない!?それにこの通信は何だ!?一体何が起きている!?』

 

 アナベル・ガトーは勝利を確信していた筈だった、全ての攻撃動作が行われ、核の炎が脆弱な連邦の艦隊を壊滅させる筈だとそう信じていたからだ。

 

《ガンダム試作2号機、アナベル・ガトー。世界はお前達の好きにはさせない、これが俺の切り札だ。》

 

「アンダーセン……隊長?」

 

「隊長……アンダーセン隊長の声だ!」

 

 満身創痍の中で、突然敵のMAが撤退を始めた。その意味はこの通信にあるのだと、リング・ア・ベル隊のグリム達は確信した。

 

『ア……アァアァアァアァァァァ!!!!!あの野郎……あのクソ野郎……!なんて事を……!なんて事をしやがるゥゥウウウ!!!!!』

 

 アーウィン・レーゲンドルフの狂気を孕んだ叫び声がコクピットの中で反響する、その姿に彼を良く知る筈であったレイ・レーゲンドルフはまるで知らない誰かを見ているような恐怖を感じた。

 

「アーウィン……。」

 

《この宙域にいる全ての部隊へ。俺の名前はジェシー・アンダーセン。今此処で戦っている全ての部隊は奪われた核搭載MSと戦っているのでしょう。そして奮闘虚しく核攻撃が行われようとしていた。》

 

「ジェシー・アンダーセン……?リング・ア・ベル隊のMIAに認定されていたパイロットか……!?」

 

 グリーン・ワイアットは以前ペズンで起きた謎の事故でその名前を耳にした記憶があった。かつて連邦海軍少将でありながら突然退役し、一年戦争の折予備役として復帰し星一号作戦でソーラ・レイに突撃し亡くなったダニエル・D・アンダーセンの息子だったか。

 

《何故今この場でこの広域通信が発せられているのか、それは核搭載MSが核を発射する為の特定手順を踏んだ時、その機体が機能を停止しこの音声が流れる様にシステムトラップを仕掛けていたからだ。》

 

 機体から機体へ、そして艦船もレーザー通信の中継を果たすことでコンペイトウのほぼ全域に広域通信が響き渡る。

 彼は知っていたのだ、この世界の未来に起きたある反乱で特定の動作プログラムを起動させた事で敵の仕組んだトラップによりMS部隊が一時機能不全に陥ったという現象を。

 理論爆弾と呼ばれ、古いデータにシステムを書き換える事で即座に対応される物ではあるが、この刹那の状況の中でそれを判断するのは不可能だろう。

 

「貴方の戦闘データのモーションパターンに存在していたブラックボックス……あれはそういう事だったのですね……ジェシー……っ!」

 

 彼は私たちが知らない時からずっと戦っていたのだ。この時に於いてもずっと……。そう思うと涙が溢れ出すのをアンナ・フォン・エルデヴァッサーは止められなかった。

 

《今核攻撃を行おうとしたMSは機能を停止しています。今この刻を戦う誇りを持った方々の健闘を祈ります。》

 

 通信が切れる、この刻を無駄にしてはいけない。そう思い各々が動き始めた。そして───

 

『アァアァアァアァァァァ!あの野郎!あの野郎はぁぁぁ!』

 

《機体コード『ガンダムニグレド』聞こえているか()()()()()()()()()()()、俺はまだ生きているぞ。》

 

 同じ様にこの刻に発生する様に仕組まれていた録音がガンダムニグレドの中で響く。その時アーウィン・レーゲンドルフに電流が走る様な感覚が襲いかかった。

 

『生きていた……!この感覚っ……あの野郎……生きていやがったのかぁぁぁ!』

 

 何かを感じ取り確信を得るアーウィン・レーゲンドルフ。

 最早彼にはそれまでの冷静さは一欠片も残されていなかった。

 

『クソっ!クソッ!何もかもぶち壊しやがって!アイツは……あの男はぁぁぁ!』

 

「アーウィン……!しっかりしてくれ!さっきからおかしいよ!」

 

 弟と呼んでいたレイの声すら、最早彼の耳には届いていなかった。

 

『黙れぇ!おかしいのはこの世界なんだよ!何の為に俺がお前みたいな強化人間を連れて……!何の為に俺がこのイカレた世界を修正しようとしていたのか……!お前に何が分かる!!!』

 

「アーウィン……どうして……っ。」

 

 レイはショックを隠しきれずにいた。いつも冷静で、実験動物の様なものであった自分を助けてくれた兄の様な人が、別人の様に狂ってしまった光景を現実として認められなかった。

 

『もう……お前は必要ない!この機体から出て行け!』

 

「アーウィン……うわぁぁぁ!」

 

 アーウィン・レーゲンドルフはコクピットのハッチを開くとレイを無理矢理宇宙に投げ出した。

 その後、彼は味方である艦隊と動きの止まった試作2号機を仕留めようと動き始めたMS部隊に対して攻撃を始めた。

 

『許さない……!アイツの作り出そうとしてる『未来』なんぞに俺の邪魔をさせてやるものかぁ!』

 

 ガンダムニグレドのビームキャノンが多数のMSを消し去り、更に多くの艦船に被害を与える。

 

「アーウィン・レーゲンドルフ!?何をしているのですか!貴方は……!」

 

「レイ!こっちのコクピットへ移るんだ!」

 

 ガンダムルベドがガンダムニグレドを制止しようと動き出す、そして試作1号機は投げ出されたレイの救助へ向かった。

 

『アンナ・フォン・エルデヴァッサー!お前が……お前達さえいなければ……!』

 

 ビームサーベルが鍔迫り合いを起こす、その時アンナ・フォン・エルデヴァッサーは彼の中に深い憎しみ、そして絶望と嘆きが垣間見えた。

 

「貴方は……!」

 

『もう俺に残された道はないんだ!邪魔をするなぁ!』

 

 ニグレドのファングが射出されルベドに狙いを定める、攻撃を受ける前に回避するがその直後、先程までグリム達を相手にしていたMAがアナベル・ガトーの救援に駆けつけた。

 

『ガトー少佐!ご無事で!?』

 

『カリウスか!連邦はシステムトラップを仕掛けていたようだ……!このアナベル・ガトー、ぬかったわ……!』

 

『此方に移ってください少佐!現在フォルシュ・リューゲ大佐が作戦を完遂し目標の航路まで進んでいるとの報告が!』

 

『くっ……しかしこれでは残存艦隊が地球軌道に集結してしまう!それでは星の屑完遂に支障を来たす!』

 

『あの黒いガンダムをご覧ください!何故かは分かりませんが味方のMSを次々と撃破し艦船を破壊ないし航行不能に追い込んでいます、これなら……!』

 

『味方だと言うのか……!?口惜しいが……撤退するぞカリウス!』

 

『ハッ!』

 

 MAが試作2号機からアナベル・ガトーを救出し撤退を始めた、逃すまいと追撃を開始した連邦艦隊を振り切りながら急速に離脱する。

 それを確認したアルビオン隊のバニング達は攻撃を仕掛ける。

 

「くっ……!まんまと逃す訳には行かん!攻撃を続行しろ!」

 

「宇宙人どもが!逃すわきゃねぇだろ!」

 

 しかし機動力の高いMA相手に効果的なダメージを与える事が出来ず、小破程度には追い込めたが逃してしまう事となった。

 

「当初の目的は達した!MS隊は残存敵MSの掃討とガンダムニグレドの攻撃の阻止に回れ!アーウィン・レーゲンドルフ……!何故この様な行動を……!?」

 

 エイパー・シナプス大佐もこの事態に混乱していた。

 ガンダム強奪からこの時まで、自分達と共に行動していた彼が錯乱したかの様に味方を襲う理由が掴めないのだから。

 

 

ーーー

 

 

「アーウィンさん!やめるんだぁぁぁ!」

 

『コウ・ウラキ!歴史の闇に消える事になる貴様がこの俺の邪魔をするんじゃあない!』

 

 ニグレドの圧倒的な火力に少し怖気付くが怖がってなどいられない、味方の命がかかっているのだから。

 

「味方への攻撃をやめてください!レイだって貴方の弟でしょう!?何故こんな事を!」

 

『黙れぇ!コイツが弟だと?笑わせる!実験動物なんだよコイツは!連邦軍初の強化人間!それがコイツだ!』

 

「何を……!?」

 

『なぁコウ・ウラキ、おかしいとは思わないのか?今ソイツは狭い一人用のコクピットの中へ無理矢理押し付けられて、そしてお前はその高機動機で高速機動を行っている訳だ。普通なら襲いかかるGに耐えられる訳ねえだろうが!』

 

 ウラキはアーウィンの言葉に動揺する。その通りなのだ、今の1号機はかなりの負担がパイロットに掛かる。だがレイは動揺こそすれど押し付けられているこの状況をまるで苦にはしていないのである。

 

『体中弄り回されて、常人よりも頑丈にされた哀れな人形だ!そうさ、俺の操り人形でしか無かったんだよ!』

 

 攻撃の火砲が更に増す、回避に専念すればそれを機に味方の艦船へまた攻撃を開始されてしまう……どうすれば……!

 

「アーウィン・レーゲンドルフ!これ以上はやらせません!」

 

『やらせてもらうんだよ!この俺がなぁ!』

 

「エルデヴァッサー大佐!援護します!」

 

 3機のガンダムが目にも止まらぬ速さで攻防を続ける、2対1で有利である筈だがニグレドの火力とアーウィン・レーゲンドルフの通常では身体が持ち堪えられず失神してしまうだろう戦闘機動とその異常な迫力にウラキもアンナ・フォン・エルデヴァッサーも押され始めていた。

 

「くっ……、まるで自分の身体へのダメージを気にしていない……?」

 

「アーウィンも……アーウィンも僕と同じだ。あれくらいの負荷なら少し辛い程度の筈だ。」

 

「レイ……?やっぱりさっきアーウィンさんが言っていた事は……!?」

 

「僕らは……僕らは身体と精神を無理矢理強化された人間なんだ。特別だと、ガンダムに乗ることで英雄になれると……そう信じていたのに……。」

 

「レイ……。……くっ!」

 

 ニグレドの砲撃は尚も続く、旗艦であるバーミンガムも直撃とは行かないがエンジンに被弾をしたようだ。

 

『ククク……口惜しいがそろそろおさらばさせてもらおうか。アンナ・フォン・エルデヴァッサー、この後で何が起きるか貴様も知っているのだろう?俺は一足先に向かわせてもらう!』

 

「待ちなさい!逃す訳には……ッッ!?──ッ……!」

 

 無茶な戦闘機動が祟り、アンナ・フォン・エルデヴァッサーはレッドアウトを起こしてしまう。その隙に悠々とガンダムニグレドは撤退を開始した。追撃をしてくる味方のMSを次々と撃破しながら。

 

 

ーーー

 

 

「ウラキ!アンナ隊長!無事ですか!?」

 

「グリム中尉……!自分は無事です、しかしエルデヴァッサー大佐が……!」

 

「私は……私も大丈夫です。グリム、現在の戦況は……!?」

 

「敵は撤退を開始しました。しかし追撃しようにもガンダムニグレドが引き起こした同士討ちで味方は大混乱しています。」

 

「体勢を立て直さねばなりません……。ジェシーの予言が正しければこの後に引き起こされる惨劇が……コロニー落としが始まってしまいます。曙光とアマテラスは……?」

 

「両艦とも健在です、マリオンさんとフィーリウスさんがいち早く援護に駆けつけてくれましたから。」

 

「あの状況、自分達の機体では逆に足を引っ張る事になると判断し艦の防衛に回りましたが……。」

 

「いえフィーリウスさん、良い判断でした。……しかしマリオンさん、先程の貴方の言葉は……。」

 

 あの時マリオンさんは彼をジェシーと呼んだ、そしてマルグリットさんは喜ばないと。かつてこの宙域で私が殺したヘルミーナさんの姉、それがマルグリットさんだった筈だ。

 

「……今もよく分かりません。あの人と触れ合った時、まるでジェシーさんといる様な感覚になって、それにマルグリットさんの事を深く大事に想っている哀しみが伝わったんです……。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフとは一体何者なのだろうか、ジャブローの内偵の筈だが実際はそれを盾に自分のやりたい事を成しえる為に動いていた様にも思う。

 そして彼がやりたかった事……それは一体何なのか、このコンペイトウの核攻撃を成功させたかったのは分かる。その後で何を成しえるつもりだったのか……。

 あるべき未来に至る為だと核攻撃がされそうになった直前に言っていた、この後に始まる悲劇が待ち望んだ未来だと。それが一体何なのかを私は知る由がない。

 

 未来……、ジェシーも言っていた『より良い未来』と。この二人はもしかしたらこの先に起こる未来を知っていたのかもしれない、ジェシーはそれを止める為に動き、アーウィン・レーゲンドルフはその未来に至る為に動いてると考えれば少しは納得ができる。

 

『エルデヴァッサー大佐!リング・ア・ベル隊、聞こえるか!』

 

 旗艦であるバーミンガムからの通信、それもワイアット大将からだ。

 

「ワイアット提督!ご無事でしたか。」

 

『あぁ、エンジンは被弾したが損傷は軽微だ。だがあの黒いガンダムは一体何なのだ、何故我々に攻撃を仕掛けた。』

 

「わかりません、そもそも彼はジャブローの内偵と言う話でありました。提督の方がお詳しいのでは?」

 

地下(ジャブロー)の事なぞ宇宙(そら)にいる私には無縁の話なのだよ。行動を共にしていた君達に理由が分からないのであればあの機体の行動は理解不能という訳か。」

 

「提督、我々は行動出来る部隊を率いて地球周回軌道へ向かいたいのです。許可を与えてください。」

 

『地球周回軌道へ?何故だね?』

 

「このデラーズ・フリートの観艦式への襲撃、提督も陣容を見て思ったでしょう。如何に核を搭載した敵のガンダムによる連邦軍の観艦式襲撃と言う敵にとって一か八かの軍事行動と言えど、この戦力が敵の全軍と言うのは有り得ません。敵は他に手を打っています。」

 

『他の手を……?それが地球周回軌道で行われると言うのか、何を根拠に……!?』

 

「それは……。」

 

 その時だった、連合艦隊旗艦バーミンガムとリング・ア・ベル隊旗艦であるアマテラスにそれぞれ別の通信が入る。

 

『緊急事態です提督!第二次コロニー移送計画でサイド8に護送中であったコロニーが二基、デラーズ・フリートを名乗る艦隊に奪取されました!コロニーは月に向けて進行しているとの報告です!』

 

『なんだと……!?』

 

「エルデヴァッサー大佐!ペズンよりリング・ア・ベル隊秘匿暗号通信にてメッセージを受信!現在メリクリウスが暗号の解読中……、そんな……これは……!」

 

 各々の艦橋が騒々しくなる。本来であればミノフスキー粒子が散布された戦闘宙域では外部からの通信は断絶されるものだが、コンペイトウ周辺に配置された連邦が設置し、更に旧ジオン公国時代から配置されていた多数の通信装置によりそれぞれがレーザー通信の中継地点となりコンペイトウ司令部や通信能力の高い艦には通信が届くようになっている。

 

「暗号の内容は!読み上げなさい!」

 

 アンナ・フォン・エルデヴァッサーは声を上げる。もしかしたら、そんな予感が心の中で生まれた。あの時からずっと止まっていた、何かが動くと。

 

「ペズンからの暗号通信、読み上げます!」

 

《リング・ア・ベル隊は全部隊 地球周回軌道にてデラーズ・フリートのコロニー落としを阻止せよ ジェシー・アンダーセンより》

 

 その通信を聞いたリング・ア・ベル隊の全員がフッと笑った。

 

「ワイアット提督、月に向かったというコロニーに対する対応は提督にお任せします。我々リング・ア・ベル隊は部隊権限を行使し、地球周回軌道へ向かいます!」

 

『待ちたまえエルデヴァッサー大佐、先程のガンダムの機能停止もそうだがジェシー・アンダーセンという男は何故その様な未来を予見したような言葉を発しているのだね?まさか敵と通じているのではないだろうな?』

 

「わかりません……彼の本意が何であるのか、何を目的に動いているのか。しかし一つだけ言える事があります。」

 

『何だと言うのだ?』

 

「私は彼を信じる。彼が私達を信じてくれたように。……リング・ア・ベル隊は全機、艦に帰還後地球周回軌道へ向かいます!良いですね!」

 

『了解!』

 

 止まっていた刻が、再び動き始めようとしていた。

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