「本当に……本当にジェシーなのですね……っ!」
紅い機体、俺の知らないガンダムを駆るのは……俺の愛する女性、アンナ・フォン・エルデヴァッサーで間違いなかった。
「あぁ、今まですまなかったアーニャ。どれだけ謝っても、謝り切れない……。」
「謝っても……許したりはしませんっ、私は……
「……。」
涙ながらの声に心が苦しくなる。
「けれど……今はそれよりやらねばならない事がある筈ですジェシー。」
「あぁ、分かっている。そのためには……!」
ソーラ・システム発射までのリミット迄にシステムの射程から逃れなかればならない、しかし──
『貴様ら二人は逃しはしない!このまま俺と一緒に地獄に落ちろォ!』
息を呑む程の迫力と共にガンダムニグレドが俺達に襲い掛かる。
「アーウィン・レーゲンドルフ……!貴方は何故この様な行いを!ジオン残党に与する様な真似をするのです!」
『黙れアンナ・フォン・エルデヴァッサー!全てはお前が!お前の隣にいる
そう、彼が……
全ては俺が──
『俺はずっと、一年戦争の始まりから眠らされていた!自分という存在を消され、この男と一心同体の存在としてあの戦争を駆けた!』
「ジェシー……彼は一体何を……。」
「……これは俺の罪なんだ。この世界に存在してしまった俺の……。」
『あぁ、それでもまだマシだったさ。何も知らず、ただ未来を知ってるだけの奴に身体を乗っ取られて、ただそれだけだったなら……!だがあの時!俺は
そう……彼が見た
『ソロモンでコイツとマルグリットが戦った時、俺は未来を知った!いや、俺が死ぬまでの刻を追体験したと言っても良いだろう!マルグリットと出会い、彼女と共に未来を歩み、そして毒ガスで殺されるその瞬間まで、俺はずっと彼女の為に生き、彼女と共に未来を歩み、そして俺はそれで幸せだったんだ!』
未来に起きるはずだった30バンチ事件で死ぬまで、その愛は決して変わる事なく……。いや死ぬその寸前まで彼女を守ろうとした、彼とマルグリットの絆は俺が予想などするのすら烏滸がましい程の強さだっただろう。
アーウィン・レーゲンドルフを名乗る彼は、今までずっと隠していた……溜め込んでいた怨嗟を吐き出す様に言葉を続ける。
『そのマルグリットをアンナ・フォン・エルデヴァッサー!貴様が殺した!貴様と
マルグリットを殺した時、俺の中から絶望を吐き出して抜け落ちた魂。
それが恐らく彼だったのだろう、それを許してはならないと言う憎しみや怒りが俺の身体から離れ今の彼の肉体に取り憑いたのだろう。
「何を……、貴方の言うことを信じるのであれば貴方は……。」
『俺が本当のジェシー・アンダーセンなんだよ!本来ならただの一市民で終わる筈の男が!目の前にいる別世界の人間によって、愛する人も、父親も!無惨に殺されるハメになった哀れな道化がなぁ!』
「アーニャ……本当の事だ。俺はお前と出会う少し前にジェシー・アンダーセンという男の肉体に憑依する形でこの世界に存在する事になったんだ。」
『それもこの世界は奴からしたら「アニメ」の世界の話だって言うんだからなぁ!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!俺の未来が、俺の人生が、俺の最愛の人間が創作上の飾り付けでしか無いと言われて納得出来るわけがない!』
彼の怒りは尤もだ。突然身体を乗っ取られ、そして本来番う筈だった伴侶を自身の手で殺める事になったのだから。
それも……その乗っ取った相手からすれば、この世界はアニメの世界だったと言うのだから……。
「ジェシー……彼の言う事が正しいのであれば、貴方は……。」
「アーニャ、彼の言葉は真実だ。それはお前も何となくは理解できる筈だ。」
「それは……。」
彼女は恐らくヴァイスリッターに隠していた未来の記憶を聞いている筈だ。出なければここまで手際良く行動を起こせていない。
「もし……彼が言う通り、貴方がこの世界の人間ではなく、ジェシー・アンダーセンという人間ですら無かった……アーウィン・レーゲンドルフがその本人だったとしても……。」
それでも、彼女は────
「
「……っ。アーニャ……ッ!」
思わず泣いてしまいそうになった。こんな俺を……未だに信じてくれると……。
『お前達の全てが憎い!その罪を償えぇぇぇ!』
「やらせはしない……!アーニャの為にも、そしてマルグリットの為にも!」
こんな彼の姿は彼女も望んでなどいない筈だ、彼女が愛した人を……こんな憎しみの塊のままになどしておけない!
「そう……彼女はあの人を止めて欲しいと言っていました。これ以上彼女を悲しませたりはしません!」
『黙れぇ!アイツはもう悲しむ事すらできない!お前達のせいで!』
人も機体も、完全にリミッターが外れたかのようにニグレドはその機体の力を解放する。
その圧倒的な火力はやはり油断ならない。
しかし、今の俺にはこのガンダムが……そしてアーニャがいる。
「お前の気持ちは分かる……けれどもうこれ以上許す訳には行かないんだ!」
少しでもソーラ・システムの射程外へ誘導する様に戦いながら、三機のガンダムは死闘を繰り広げる。
ーーー
「まだなのか……!ソーラ・システムの起動は!」
ミラー破壊を阻止する為に敵機の誘導を始めた試作3号機であったが、アナベル・ガトーの駆るノイエ・ジールとの攻防で少しずつだが敵の進軍を許し始めていた。
「コウ!レイ!雑魚は俺達に任せてお前はガトーだけ狙うんだ!」
試作1号機に乗るキースがMSを数機撃破しながらコウ達に促す。
「キース……!分かった、ここは任せたぞ!」
味方に後を任せてガトーだけを狙う。ガトーもそれを察したのか一騎討ちに応える形になった。
『ウラキ少尉!何故貴様らは分からぬ!腐った連邦の支配の中では人々はやがて死に至る!人が人を喰らう世にすら成り得るのだ!』
「ガトー!お前の言い分も分からなくはない!しかし、だからと言ってテロ行為が許される訳じゃないんだ!」
どれだけ大義を掲げようとその手段が正当な物でないのなら、それはただのテロ行為でしかない。
本当に彼らに大義があるのなら──
『これは後の世を照らす為の革命なのだ!何故その崇高な理念を理解できん!』
「理解出来るはずがない!ガトー!お前達には道があった筈だ、ジオン共和国やネオ・ジオン共和国へ行き、そこで未来を築く為の道が!」
正しい手段と方法があるにも関わらず、何故デラーズ・フリートと云う選択肢を選び……そしてニナを捨てたんだ。
彼女の辛さが分かるからこそ、奴を許せないのも確かなのだ。選択肢は多く用意されていたのに……!
『腐った連邦に属した売国奴共の下で何が築けると言うのだ!』
「違う!例え連邦の庇護の下で生きることになっても、それでも新しい道を築く事は出来る筈なんだ!」
『俗物共に搾取されながら、か?やはり貴様はまだ未熟なのだ!』
「共存という形でより良い未来へと繋いで行くことは不可能じゃない!未来は俺達だけで繋げて行くわけじゃないんだ!後に繋がる人達の為のレールを敷くのが俺達の生きる理由だろう!」
そうだ、月で出会ったケリィさんだって子供の為にデラーズ・フリートに参加するのをやめたんだ。
今がダメでも、今の連邦政府の上層部が例え腐っていたとしても、それでも未来に生まれる者達がその先を輝かしい物への変えて行くのなら……!
「未来に生きる人の為に俺は戦う!それが俺が連邦軍の士官として戦う理由だ、ガトー!」
『ならば私を倒し、お前の正義が正しいと証明して見せろ!』
「行くぞウラキ!コロニー落としを止める為に!」
「あぁ!」
互いの信念をぶつけ合う、決着は近い、そう思っていた。
ーーー
「ソーラ・システムの状況はどうか!」
「現在出力70%程です!敵がミラー破壊へと向かい多少の損害が出始めていますバスク大佐!」
「くっ……!」
たかが残党、そして旧型の艦船とMS如きではこの陣容は突破出来んと思っていたが敵の数は予測を上回っている。
それもこれも……!
「大佐!我が軍のMSと思われる機体がシステムの防衛隊を襲撃しているとの報告が!」
「チィ……!宇宙人共に誑かされたゴミ共が……!」
アクシズの監視を行なっていた艦隊が寝返っているとジャブローからの報告があるのは知っている。エギーユ・デラーズもそう発言している為間違いではないのだろう。
しかし問題視するべきは残党やテロリストに加担する内部の人間だ、何故勢力的に少数であり、更にはギレン・ザビを失い求心力となる者もキシリア・ザビくらいしかいないジオン残党勢力にここまで加担している?
例え徒党を組もうと連邦軍という圧倒的な勢力を討ち滅ぼすなど到底不可能だ。それなのに何故奴らは我々を裏切る……!?
「ソーラ・システムを放つ!このままでは更に我々が不利となりかねん!」
「お待ちください!まだソーラ・システム射程圏には味方の部隊が!」
「今はコロニーの破壊が先決だ!三分後にシステムを発動させる、全軍に通達せよ!退避せぬ者は味方ごと焼き払うとな!」
「りょ……了解……!」
ーーー
『何だ……!?ソーラ・システムのカウントダウンが早まっている……!?』
『そんな……!?まだ早すぎる……!』
俺の機体も連邦製であったので通信を傍受した直後、突如としてまだ八分近く残っていたソーラ・システム発射までのタイマーが三分を切っていた。考えられるのはバカなこの戦線の総大将が歴史通り焦ったのだろう。
今も未来も変わらず無能であることは、この時点では有難い。
「ハハハハハ!ギリギリで射程圏外へ行けると思ってたみたいだが、いよいよ厳しくなったようだなぁ!」
砲火を緩める事なく、残った命の残量を使い切るように絞り出す。
『……行けアーニャ 、ここは俺が引き受ける!』
『しかしジェシー……!』
『言っただろう!今度こそお前を護るってな!それに……負けるつもりも死ぬつもりもない!』
『……分かりました……!』
システムの射程外へ逃げようとするガンダムルベド。それに向けてビームキャノンを撃ち込む。
「逃すと思うか!」
『逃がさせてもらうんだよ!』
ジェシー・アンダーセンの白いガンダムがそれを止める様に立ちはだかり、互いの武器が鍔迫り合いを起こす。
「気に食わねえ!その装備も!ガンダムも!存在しないものをお前が作り出した!本当の歴史の流れに背いて!」
何がルガー・ランスだ、アニメの武器を作って悦に浸って、時代の流れを壊した奴が未だに生きている、それが許せない。
『何とでも言え!何を言ってもマルグリットはもう帰っては来ないんだ!』
「テメェのせいでなぁ!!!!!お前がいなければお前がいなければお前さえいなければぁ!」
例えどんな結末になろうと、俺は彼女といる未来さえ歩めていれば良かったのだ。
それが俺の刻む筈だった時の全てだったのだから。
「お前みたいな奴に乗せられて!親父も殺された!本当だったら田舎で死んでた筈だったのがだ!」
追想した刻の流れの中で俺は見た。
マルグリットを連れ、一度だけ地球に降りたことがあった。
なけなしの金で欧州の片田舎まで行き、そこで親父に会った時……奴は今までに見せた事のない笑顔でこう言ったのだ。
【そうか。おめでとうジェシー。私のことは構わず、彼女を護りぬけよ、それがお前にとって一番の最良の未来なのだからな。】
母さんの事を詰ってやろうと、そう心の片隅で思っていたにも関わらずその言葉を聞いた時に俺は何も言えなくなった。
祝福する親父、そして微笑むマルグリット。そうだ、その光景を護れきれたら……そう思っていたのに。
「その未来をお前が捨てた!お前にとってはただの敵の一人でも、俺にとっては……俺にとっては!」
『俺が……彼女を殺して何にも思わなかったと思っているのか!?お前の感情には負けたとしても、俺だって何も悔やまなかったわけじゃない!』
奴の悲憤が伝わる、だがそれが何だ。結局は奴さえいなければこんな未来など訪れなかった。こんな地獄の世界は。
まず、マルグリットが殺された。その時に俺の魂は絶望の底に落ちた。地獄にいる、そう思うほどに自分を呪った。
そして魂は奴から離れ、別の誰かに取り憑いた。そこもまた地獄だった。
顔を焼かれ、ショック状態に陥っていた男と同期した俺は世界を怨んだ。
死んでたまるか、絶対にこの世界に復讐してやるとその男の思念を飲み込み俺は生き残ったのだ。
そしてあの人間を人間とも思わない施設で俺は力を手に入れた。時限付きの身体とは言え奴に復讐するには十分な力だったのだ。
それなのに奴はまだ俺の目の前にいる。
「お前を殺し!アンナ・フォン・エルデヴァッサーも殺す!それが俺のマルグリットへの手向けだ!」
『やらせはしない!俺はもう二度とお前に負けたりはしない!仲間の為にも、アーニャの為にも、そしてマルグリットの為にも!』
「消えろや偽者がぁぁぁ!!!」
『俺は……生きる!それが今の俺の成すべき事なんだ!』
システムの起動まで死闘が続く、その数分間は何時間にも感じるような長さに思えた。
そして、光が放たれた─────