眼前を光が覆った。
ソーラ・システムⅡの光はまるで全てを呑み込むように、希望も憎しみもその光の中に吸い込んで行くような、そんな感覚すらあった。
だが、その光は自分達を呑み込む事すらなく、目標であった筈のコロニーは未だ原型を留めていた。
そのコロニーが盾となる形で俺は……俺達はまだ生きていた。
『ククク……アハハハハ!歴史通り!コロニーは未だ健在だ!歴史は戻った!これでジオン残党はアースノイドへの憎しみが増え、ティターンズが台頭する!そして!また歴史は繰り返すんだ!』
彼の悲痛な叫びがコクピットに響く、本当は……本当は彼もそんな未来など見たくはない筈だ、出なければ俺の心にこの悲しみが伝わる筈がないんだ。
【ジェシー……お願い……彼を止めて……もう、許してあげて……。】
マルグリットの声が聞こえる。彼女もまた、彼にこんな生き地獄を見せる事は辛いだろう……。
だから、見せなければならない。人の心の強さを。
「終わりにしようジェシー・アンダーセン。俺達は新しい未来を歩む、だからもうこれで終わりに……。」
『何を……何を言っている、コロニーはもう止まらない!止める為の切り札はもう次弾は間に合わない、それはお前も良く知っているだろう!』
「あぁ、本来ならなりふり構わず2射目が放たれ……それすら無意味であったのは知っている。」
『なら……何故貴様は何も諦めていない!』
「……もう俺の心は読めないのか?いや、もう読めるはずがない。俺が眠っていた理由は、この瞬間の為の物だった。お前に悟られず、
『なんだと……!?』
俺が彼に完全に心を読まれ始めたのはあのペズンでの邂逅の後だ。
ニグレドの設計図のこと、俺が逃げおおせた後でも追撃できたこと……そしてニグレドを手放した後ですら彼に監視されているという感覚が消えなかったこと。
恐らくは彼が強化人間化された後でのニュータイプ能力が一番優れていた時期がその時だったのだろう。
今はもう死に瀕していること、そして今の状態の俺の心を読み取る事はあの時よりも困難を極めるだろう、それが俺の覚悟だったのだから。
「頼んだぞ……ガルマ代表、そしてアーニャ……。」
未来を変える……その為に、俺はもう迷わない。
彼女を英雄に……そして未来をより良い物に変えてみせる。
ーーー
「ソーラ・システムが……!」
眩い光が放たれる、しかしかつてソロモンで見たものより威力は減退しているように感じた。
出力も、ミラーの展開も十分とは言えない状態での発射だったのだろう。
「ジェシー……。」
死んではいない、そう感じる。眼前に未だ聳え立つコロニーが盾となって彼らを守ってくれたのだろう。
しかし、それはコロニーが未だ破壊されず進路を維持している事も示している。
今もなお残された火器を使用してコロニーに攻撃を仕掛けている部隊がいる。彼らと同じ様に、最後の最後まで諦めなければまだ希望はある。
《アンナ隊長!聞こえていますか!こちら曙光!応答を!》
「……ジュネット!?」
曙光からの通信だ、ミノフスキー粒子の濃い中で通信が出来ると言うことはかなり近い距離にいる様だ。
辺りを見回すと曙光が確認された。
「曙光は遠距離からの攻撃に徹しなさい!ここは危険です!」
《そうも言っていられない状況なのです!一度こちらに帰還を!》
「……?分かりました、着艦します!」
普段冷静沈着であるジュネットの鬼気迫る勢いに何かを感じ、急いで曙光に着艦すると、曙光は戦線から急速離脱し始める。
慌ててコクピットから出ると同時にブリッジへと向かった。
「ジュネット!?何故戦線から離れるのです!?」
「アンナ隊長、先程サイド8のガルマ代表から緊急の通信が入りました。それを貴方に確認してもらうのも急がなければなりませんが、確認した後ですぐに動ける様に我々も動いているのです!」
「……?」
明らかに普段の冷静さを欠いているジュネット、この慌ただしさからしてかなりの緊急事態なのだろうが状況が掴めなければ意味がない。
「ガルマ代表はなんと!?」
「先程のジュネット大尉とガルマ代表の通信を再生します。大佐、ご確認を。」
通信士が先程ジュネットとガルマ代表の通信を再生する。
『この通信が聞こえている連邦艦はいるか?私はネオ・ジオン共同代表の一人、ガルマ・エッシェンバッハである。』
『ネオ・ジオンのガルマ代表……!?こちら連邦軍所属リング・ア・ベル隊の曙光であります。』
『リング・ア・ベル隊……?それは僥倖だ、君は確かリング・ア・ベル隊のジュネット大尉だったか。』
『ハッ、そうであります。ガルマ代表、今は作戦行動中で緊急の事態への対応の最中であります。何の要件か簡潔に報告願います。』
『それは重々承知している、先程ソーラ・システムの起動を確認した、しかしその威力はかつてソロモンを焼いた時程の威力とは程遠く、コロニーは尚も健在している。』
『であるからこそ、私達はコロニー落下を阻止する為に動いているのです、ガルマ代表……今はこの様に長々と話をしている場合では────』
『だからこそ、落ち着きたまえジュネット大尉。これはジェシー・アンダーセン大尉が我々に授けてくれた計なのだ。』
『……アンダーセン大尉が……?』
『うむ。彼は数年前からこの騒乱を予期していた、そしてその騒乱の中に暗躍する者の邪魔によりコールドスリープせざるを得ない状況になったのだ、その時に彼は
『
『コロニー再建計画を逆手に取り、サイド3からとあるコロニーを解体の為にサイド8へ運ぶ事となった。本来であればサイド3も再建計画を担うサイドで自国のコロニーであるなら運ぶ必要性を感じないだろう。しかしそのコロニーはかつての戦争で多くの命を奪った物だ、秘密裏にそのままにする可能性もあり得るから地球とルナツーに挟まれ監視のしやすいサイド8に白羽の矢が立った……。そして移送の為に必要最低限の補修を済ませてそのコロニーは極秘裏に移動を開始した。』
『ま、まさか……!?』
『サイド3、3バンチコロニー、マハル。
『まさか……!ソーラ・レイでコロニーを!?』
『その通りだ。既にソーラ・レイは出力70%程のエネルギーを充填し終えている。計算上は通常のコロニーでも消滅可能、ソーラ・システムで一定のダメージを与えた今の状態なら確実だろう。』
『ならば退避勧告の後に発射を!』
『それはできない。我々が我々の意志でこれを撃てば、それは新たな戦争の火種に成りかねない。我々はあくまで解体のためにこれを運んだに過ぎず、これは連邦軍である君達が撃たねばならないのだ。』
『まさか……アンダーセン大尉は……。』
『そこまで折り込み済みだろう。彼の期待を裏切らない様に頼む。』
『……承知しました、アンナ隊長を連れそちらに向かいます!』
通信を聴き終え戦慄する。ジェシーは……最後の策をこの瞬間まで残していたのだ。私の為に。
「ジュネット!コロニーの阻止限界点は!?」
「既に突破されています!最早落下コースの軌道修正は不可能です!」
「なら……ガルマ代表の言う通りに動くしか無さそうですね……。」
通信能力の高い曙光に始めに通信が届いたのは僥倖だ、これなら他の部隊に先駆けて私達が動ける。
「ソーラ・レイのコントロールを此方が引き受けるまでの間に広域通信を発します!戦場にいる全て部隊へ宙域からの離脱を促します!」
「了解!」
ーーー
『この通信を聞いている連邦軍、並びにネオ・ジオンの艦隊、そしてジオン公国残党勢力へ、私は連邦軍大佐アンナ・フォン・エルデヴァッサーです。現在地球へ向けて移動を続けているコロニーの破壊に尽力している部隊へ通達します。現在我々は極秘裏にサイド8へ解体の為に移送していたソーラ・レイの起動準備を進めております。突然の報告となりますが発射体制の整い次第コロニーへ向けて発射致します、照準となる宙域の情報を送信しますので各自撤退の準備を、またミノフスキー粒子の影響でこの広域通信が届いていない部隊もいるでしょう、レーザー通信を利用して各部隊に撤退を促してください。そしてジオン公国残党勢力へ、貴方達の策は失敗に終わりました、武器を捨て直ちに投降すれば法に則り厳正な対応をする事を誓います、今すぐ武器を捨て投降してください。繰り返します──』
アーニャの通信が聞こえる、それを聞いたと思われるアーウィン・レーゲンドルフ……ジェシー・アンダーセンが大きく溜息を吐く声がモニター越しから聞こえた。
『成る程な……ソーラ・レイ……それは予想できなかった、貴様が俺に思考を読まれない為に眠っていたのは……。』
「あぁ、全てはこの瞬間の為だ。どんな展開を迎えようともコロニーの落下を阻止する為の最後の策、ソーラ・レイが俺の切り札だった。」
ーーー
2年前
ペズンでの襲撃、そして彼との邂逅、彼による異常な感覚に恐れを抱いた俺はペズン基地に戻らずそのまま逃げ出す様に宇宙を駆けた、そしてグレイらに救援を求め、追撃に来たアーウィン・レーゲンドルフらによってニグレドを捨てるまでに至りグレイらに救出された後、俺はサイド8でキャスバルやガルマ代表の庇護を受けていた。
「君が……君の言う事が正しいのであれば数年後にエギーユ・デラーズが叛乱を起こし最終的にコロニー落としをする、そういう事だな?」
ガルマ、キャスバル、グレイ、ヘルミーナさんと俺を含む5人はサイド8のガルマの邸宅に集まり話をしていた。
俺の未来の知識による予想を受けてガルマは困惑している。
「えぇ、荒唐無稽な与太話に聞こえるでしょうが。けれど数年前の戦いでエギーユ・デラーズはア・バオア・クーから撤退し、未だに所在が掴めない以上は高い確率で彼は行動を起こすでしょう。」
「アンダーセンの言は理に適ってはいる……だが我々ネオ・ジオンは表立っては動けないのも理解は出来るだろう?」
キャスバルが懸念する通り、今彼らが下手に動けば連邦に下衆の勘繰りをされるのが関の山だ。
「えぇ、下手に動けばデラーズと内通していると言う認識を与えかねない。だからこそ俺も危うい動きはさせたくない……。」
下手に軍を編成して対応しようものなら連邦内部の反スペースノイド派に攻撃材料を与えかねない。
しかしここから連邦を頼ることも難しい。あのアレックスに似た機体……ガワだけのガンダムではあったがそれでも一線級の機体であったのも確かだ、連邦製の機体である以上下手に軍内部の人間を頼るわけにも行かない。それこそアーニャ達の身に危険が迫りかねない。
俺が……俺が何とかしなければ。
「しかしコロニー再建計画を利用したコロニージャックからのコロニー落としか……、移送されているコロニーの護衛などたかが知れているだろうし、この軍縮の時代では効果的ではあるが……。」
その言葉に何かがピンとくる。
コロニー再建計画を利用……、何か上手い手が無いか……?こちらも逆にコロニーをぶつけて止める……いや、それは難しいか。
「──そうだ!」
ハッと頭に浮かんだ奇策、コロニーをぶつけるのではなくソーラ・レイを使って止める……これならどうだろうか?
ソーラ・レイ攻防戦で損傷したソーラ・レイではあるが、直接の被害はグレイらの使用したバストライナー砲数十秒の照射とアンゼリカの特攻による損傷のみだ。
これならば少しの修復で使用可能になる……となれば……。
「キャスバル、ガルマ代表。少し良いか?」
グレイとヘルミーナさんは今はもう一般人だ、この計画に巻き込みたくはない。
二人に声を掛けてソーラ・レイの事を打ち明ける。
「……成る程な。それなら確かに確実にコロニー落としを阻止できる。」
「だが待ってくれアンダーセン大尉、ソーラ・レイをどう持ち出すつもりだ?サイド3や連邦との折衝が無ければそれは難しい話だ。」
「……サイド3の方はアテがあります、連邦の方は一か八かになりますが……。」
その後、俺はガルマらに頼みサイド3でジオニック創始者の一人の血筋であるレオポルド・フィーゼラーを頼りソーラ・レイの修復を、そして連邦の方はと言うと……。
「成る程、仮に大尉の言葉通りに事態が発生する事があればソーラ・レイを用いてそのコロニーを破壊する事により被害を最小限に抑えられると言う事だな?」
「ハッ、仮に閣下らがネオ・ジオンの動向に疑念を持つと言うのであればソーラ・レイを用いて彼ら諸共……と言うこともキャスバル代表らは覚悟を決めておられました。」
「ほう、たかが連邦軍大尉の予測にそれほど両代表らが信頼を置くとはな。彼らは大尉の何にそこまで信頼を置くのだ?」
ここは賭けだ、そんな能力は俺には無いがハッタリを真実に見せかけるくらいの覚悟を見せろジェシー・アンダーセン……!
「それは……私がニュータイプであり未来が予測出来るからであります閣下。」
「……何だと?」
その言葉に彼はピクリと反応する、ここが正念場だ。
「一年戦争時は少尉と中尉という立場であり、また今の様にアンナ・フォン・エルデヴァッサーのフィアンセでも無かった私ではその言葉に信用を置く者も少なかったですが戦後彼女のフィアンセとなった事でEC社が躍進を始めたのは閣下の知る所でしょう。」
「ジオニックとハービック社の一部の買収もキミの力だと言うわけか。ならば仮に大尉の言葉を信用してソーラ・レイの移送を許可したとして私に何のメリットがある?」
ここが決め手だ。彼が乗るとしたらここの言葉を正確に選ぶ必要がある。
「はい、閣下が内心お抱えになっておりますアースノイドによる地球環境の破壊への憂い……地球環境の保全の為に将来協力する事を誓います。」
「……!成る程な、それで自分の力だと私に見せつけた訳か。」
そう、俺が話している連邦軍将校。それは近い将来ティターンズを立ち上げるジャミトフ・ハイマン准将だ。
この一連の陰謀の中に彼が関わっている可能性は今の所少なく感じた、仮にあり得るならEC社のガンダム開発計画を疎んでいるコーウェン中将の方があり得る。
俺はキャスバルらを介してジャミトフとの会談に成功して今こうやって話をして、彼が内心に抱いている事をまるでエスパーの様に言い当てる。
しかしこんなものはジャミトフの思想を知っているからこそ言えるハッタリだ。
俺にはマルグリットが出来たとされる読心能力に近いニュータイプ能力なんて持っていない。
「いえ、これも閣下の為であればと……。」
「良いだろう、コロニー再建計画の一つにソーラ・レイの移送も入れようではないか。大尉の予測通り事態が動くのであれば今後の私の動向にも役立ってもらう、よろしいかな?」
バスクの重用みたいなやらかしさえしなければ地球保全を考えているジャミトフとの協力関係はアーニャの利にも繋がる筈だ……、今は形振り構っていられる状況じゃない、やるべき事をするだけだ。それがどんな結果に繋がろうと……。
ーーー
事は成った、アーニャの通信を聞いた事でソーラ・レイはアーニャによって放たれる。それは彼女がこの騒乱を収めた事実として残るだろう、それは今後の未来に大きく影響を与える筈だ。
だが、その前にやらなければならない事がある。
『ククククク……ハハハハハ……!』
自身の全ての行動を阻止されたアーウィン・レーゲンドルフはまるで無垢な少年の様に笑い出した。
『お見事だ、お見事だよジェシー・アンダーセン。もう一人の俺。』
皮肉も何もなく、賞賛を贈る彼に困惑するもすぐに理解した。
『あぁ、もう何も変えられない。マルグリットと歩んだ最後の刻さえもう訪れない、お前の策には完敗だ。最後の最後にこんな切り札を用意されちゃあどうしようもない。』
そう、俺の策は最後の最後で功を成した。ずっと彼に裏手を取られていた状況がようやくひっくり返ったのだから。
だから、もう策略など関係のない、最後の戦いが残っている。
「アーウィン・レーゲンドルフ、いやジェシー・アンダーセン。俺はお前の人生を乗っ取り未来を変えた、その事実は何も変わらない。マルグリットの命を奪う事になったのも、俺のせいだから。」
『あぁ、もう未来の事などどうでも良い。俺に残った最後の感情、晴らさせてもらうぞ。』
奪った者、奪われた者。変えた者、変わらないようにした者。
色々な御託はもうどうでも良い、最後にやらなければならない事はただ一つ。
「俺は生きてアーニャと共に未来を歩む!」
『貴様を殺して俺はマルグリットの元へ還る!』
その時、互いの声が重なった。
『この戦いに決着をつける!勝負だ!ジェシー・アンダーセン!』