「チキショー!!」
夜の繁華街、その一角の酒場にて一際大きな声が響き渡った。
「大損しちまった。畜生、あいつの一人勝ちじゃねえか。」
赤ら顔になりつつも、まだまだヤケ酒を煽りながつつ愚痴を吐く彼はこの酒場でのブックメーカーを生業にするブッキーである。彼は今、賭けのレートを読み間違い大損してしまったのだ。
「誰もあんな華奢な女が勝つとは思っちゃ居ねえよ。しょうがねぇ。誰もアイツが勝つとは思わなんだ。」
相方が肴を摘みつつ、彼を慰める。だが、そんな彼らを傍目に全ての元凶である女が再び騒ぎ出す。
「おい!!私と勝負する奴はいるか!?何時でも誰でも相手になるぞ!!」
その白衣を纏った酔っ払いはビールがなみなみと入った大ジョッキを掲げつつ、更に続ける。
「私は今、金がある。私に勝ったらこの金、全部やるぞ!!」
彼女は札束を机に叩きつけるとジョッキの中のビールをイッキした。
「さぁ、誰でも良いからかかってこい。今なら参加費はこいつの10分の1にしてやるぞ!!」
その言葉を聞いて、彼は遂に吹っ切れた。
「畜生!!俺と勝負しろ!!この酔っ払い女!!おら、金だ!!」
そう言って彼はなけなしの金を財布ごと机に叩きつけた。
「本当に大丈夫だな?酔っ払っているみたいだが。」
そう言いつつ、彼女は彼と自身のジョッキに空いている酒をなみなみと注いでいく。
「ケッ!!なぁにぃが酔っ払ってるだ。オレぇはまだ全然イケるぞぉ。」
誰が見ても酔っ払っている彼を相方が止めようとするも彼は勝負するとの一点張り。遂には相方も止めるのを諦めた。
「じゃあルール説明だ。ジョッキ一杯づつ飲んでいって、酔い潰れるか、逃げたらそいつの負けだ。で、勝ったやつはここの金を全部貰える。簡単だろ?わかったか?」
そう言って、彼女は給仕に更に酒を頼む。
「あぁ。わかった。始めよう。」
彼がそう言うと、二人はジョッキを構えた。
「「スタートッ!!」」
掛け声と同時に二人は酒を飲み始める。ジョッキの中のビールはみるみるうちに減って行き、二人は同時に次のジョッキに手を伸ばした。
〜十数分後〜
「もう限界じゃないのか?」
「にゃんのこれしきぃ!!」
飲み比べはクライマックスに差し掛かってきていた。彼は酔い潰れそうになっていたのだ。しかし、彼女はまだまだ余裕そうである。だが、ここで招かれざる客が乱入してきた!
バァン!!
そんな音が響いて、酒場のドアが勢いよく開けられる。ドアの向こうにいたのは肩を怒らせ、顔は赤くなり、怒髪天をついた怒りを体現しているかの様なメイドであった。
「美華様!!ここにいたんですか!!探したんですよ!!私が居ながら酒場に行くのも許せませんが、今回は書き置き無しで行ったでしょう!!お仕事が溜まってますからもう帰りますよ!!」
彼女はツカツカと大股で歩き、美華と呼ばれた白衣の女性を掴み、引きずり出そうとする。
「待って!!今、飲み比べの途中なの!!負けちゃうからやめて!!」
美華はジタバタと抵抗するが、そんな事を関係ないとばかりにメイドは椅子から引きずり下ろす。
「こら!!止めなさいジャンヌ!!離しなさい!!HA☆NA☆SE!!」
抵抗するも、離して貰えず美華はジャンヌに引きずられ、酒場の外に出ていってしまった。
「……こりぇはおれぇが勝ったんだよなぁ?」
その言葉に他の客も男が買った事に気づき始めた。彼の顔に生気が満ちていく。彼は酔っ払い特有の危なっかしい体勢で机の上の金をかき集め叫んだ。
「やった!!勝った!!この金は俺のもんだ!!」
このあと、彼がこれを元手に金持ちになるのはまた別の話。
カツッ、カツッ、カツッ
表通りから溢れる光と、月明かりだけが支配する薄暗い裏路地に2つの足音は小気味よいリズムを反響させながら、進んでいった。
「それで?溜まった仕事っていうのは?」
彼女はメイドに説明を求める。
「こちらになっております。」
メイドはタブレットを取り出すと彼女に見せた。
彼女はそれを一瞥すると、特に変わってもいないと感じて、そんな事で楽しみを奪ったのかと叱責しようとした。しかし、ある一文が目に入るとその気は失せ、彼女はそれを読み始めた。
ドンッ!!
しかし、歩きながら読んでしたせいか彼女は不幸にもガタイのいいチンピラに当たってしまう。
チンピラは彼女の肩を掴み、顔を覗き見る。
「おい!どこ見て歩いてんだよこのアマ!お!よく見たら中々上物じゃないかちょいと付き合えy……ヒデブッ!」
ゴパァンッ!
しかし、彼の人生はここで終わってしまった。彼女が生理的嫌悪感から反射的に裏拳を叩き込んでしまったからである。
「あぁ、またやってしまった。加減という言葉が嫌いなのだが...残念な事にしなければならぬようだな。」
彼女は血のついた手の甲を拭い、ため息をつく。
「また、指名手配犯になるのですか?美華様も物好きですね。自分自身だけでなく、周りの事も考えては?」
メイドが皮肉を吐くが彼女には届かない。
「で、この案件だけど……」
美華は肉塊の事は放っておいて、仕事について話始める。
「こことここ、消すよ。」
その顔は、憎悪と悪意に歪みつつもある種の期待感に震えている矛盾を抱えた歪な物であった。