「ぐすっ………ぐすっ………」
「だから…わざとじゃなくて…悪かったって………」
あれからしばらくした後の事。
騒ぎを聞きつけて何人もの人が光夜が座りこんでいた元に駆けつけた。
事情を聞こうにも、取り乱してろくに会話出来ない光夜という世にも珍しい光景を見て、皆はなんとなく事情を察した。
そうこうしているうちに扉が開き、寝間着姿で、普段は艶やかな髪をしているのに今は整えきれていない、目を真っ赤に腫らしてぐすぐすとすすり泣く少女、凛音が現れた。
凛音がこの寮に来ている事自体は既に伝わっていたが、日中に見られた姿とはまるで違う、か弱い女の子としての姿と、ただただ泣いている彼女の表情に言葉を無くす一同。
そして、光夜が何かを言おうと口を開きかけた瞬間、凛音は光夜の頬をフルスイングでビンタ。
身構えていない光夜は吹っ飛ばされ、凛音は少しだけスッキリしたのかふんっ、と鼻を鳴らして歩きだす。
呼び止めようとした光夜だったが、ふと何かを思い出したのか顔を真っ赤にして黙りこんでしまい、なにも言えず仕舞い。
結局、最悪な雰囲気のまま、夕飯の時間になった。
「そんな事言ったってすぐ許せるわけないじゃないの。ねぇ凛音ちゃん?」
「ぐすっ………ふぐっ………うぅ………」
広間に備え付けられたソファにて、光夜と凛音の間に座り、仲介しているのは虚渦 涅槃(うろうず ねはん)。
この学園の卒業生にて、この寮のお世話役であり、オカマである。
豊富な人生経験を持つため、相談役としても優秀。
なので、今回の騒動の仲介を行っている所だ。
普通の男よりも大幅に話しやすいのか、凛音は涅槃の服をちょいとつまみ、そばにいてくれアピールをしていた。
「光夜ってばほんとデレカシーないよね~。普通女の子がお風呂入ってる時にノックもしないでとつげきなんてしないって~。」
柔らかくも光夜を咎めるのは心。
凛音の隣に座って凛音の頭を撫でて慰めているのだ。
「そんな事言ったってよ………」
凛音におもいっきり叩かれた頬を氷水で冷やしながら、なんとか言葉を絞り出して反論しようとはする光夜。
だが、それ以上の言葉は出てこない。
「女心ってものがわかってないねぇ~うちの大将は!風呂場覗かれて許してくれるのは好感度マックスでも難しいって!」
「うるさいな雷兎(らいと)………」
涅槃に変わって料理をテーブルに並べている何人かの1人、天童 雷兎(てんどう らいと)はおちゃらけた様子で一言。
軽々しく痛い所を突かれ、ぼそっと言い返すくらいしか今の光夜には出来ない。
「まぁ、すぐに仲直りしろとは言わないが、いつまでも険悪な雰囲気ばかり出すなよ2人共。これからせっかくのパーティーだと言うのにいまいち盛り上がらんだろうに。」
静かに、明確に諭すは聖。
貴族かつ生徒会長。真面目な彼ではあるが、パーティーは楽しくしたい様子。
「まったく、王牙プロの弟子どもはやかましい奴らだよ…自信に満ちてて羨ましい限りだね、くそっ…」
既に盛られたポテトをつまみながら僻む痩せ細った目付きの悪い男。名を雪咲 花道(ゆさき はなみち)。2年生。
この寮において数少ない、『王牙の弟子ではない』者の1人だ。
元々この寮に住んでおり、王牙が(名前を隠していたとはいえ)出ていくように通達していたにも関わらず、一年も住んでいたのだから今さら出てなどいくものかと王牙の要請を断り居座っている。
そのわりには王牙の弟子達が気にくわないらしく、僻み妬みを溢している。
「ほんとだわなぁ…まぁ、俺は楽しければそれでいいんだけどね?」
どこか遠い目をしながら騒いでる弟子達を眺めるのは、同じくこの寮に元からいる2年生の海原 水面(うなばら みなも)。彼も弟子では無いが、花道よりは楽観視しているようだ。
「お前はほんといい性格をしているよな水面。」
「だってなぁ、こうなるのはなんとなく予想出来たわけだし。まあ俺らもうまく付き合うのが一番だよ。」
「…簡単に言ってくれる。」
「そりゃ無駄に敵対するよか簡単だからな!」
あっけらかんと言ってのける水面は、料理を運ぶ弟子達と気軽に話し始めた。
気楽で羨ましい奴だと、花道は深くため息をつくのであった。
そして話は戻って光夜達。
多数に慰められ、心に髪をとかされていたおかげで凛音は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「大丈夫かしら?さっきよりはだいぶ良い表情になったわね。」
「えぇ、ありがとうございます。虚渦さんと心さんがいなかったら、私多分男性恐怖症になっていました。誰かのせいで。」
光夜を睨み、ムスッとしながら恨み言を吐き出す。
流石の光夜もたじたじであり、目を泳がせるばかりだ。
「いや…ほんと…申し訳ない………」
「次やったら貴方を社会的に二度と日の目を浴びれない目に合わせてあげるんだから。覚悟なさい!ふんっ!」
ズビシッ!と人差し指を光夜に突き立てて宣言し、そっぽを向いた凛音。
どうやら今回は一応許してもらえたようで、光夜、またはその周囲もほっと一息。
「おやおや、どうやら話は終わったらしいね。それでは気を取り直して食事といこうじゃないか。」
いつの間にいたのやら、獅子神 王牙がグラスにワインを注いで席についていた。
心なしかそわそわしているようにも見える。
「げっ、いたのかよ先生…」
今いてほしくなかった…
そう言いたげな光夜は苦虫を噛み締めたような表情。
「まあね。私も腹が減った。さあみんな集まりたまえ。」
王牙の言葉を受け、みなそれぞれ席に座り、グラスを手に取る。
「まずは私からいくつか…
光夜、辰覇、綺羅麗、心、影善、雷兎。入学おめでとう。そしてようこそ、我が母校へ。我が寮へ。」
「聖。私の頼みをよく守り、そしてなお私についてきてくれている。嬉しいよ。」
「それと、私の要請を受けてもなおこの寮に残った君達には礼を言おう。君達の存在は私の弟子達にはとても良い刺激になるだろう。そのまた逆も然り。是非仲良くして欲しい。」
「涅槃。また私を助けてくれ。そしてここの皆を助けてあげてくれ。君がいるのはとても心強い。」
「そして最後に凛音くん。光夜がバカをやったらしいが、許してくれてありがとう。出会いは最悪かもしれないが、君もここにいる事で数々の経験を積む事が出来るだろう。私もなるべくここにいる。迷わず私達を頼りなさい。」
「さて、長くなってしまったな。他にまだここにいない者達もいるが、とりあえず私から言いたい事はだいたい終わった。光夜。何かあるかね?」
今ここにいるそれぞれに言葉を述べた王牙は、光夜にバトンを託す。凛音や花道に訝しげな目を向けられるも、こほんと軽く咳払いをした光夜は、その口を開く。
「あぁ~…俺達は確かに先生の弟子で、先生についてきてようやくここまで来れた。でも、それはあくまで土台であり、ここからがスタートだ。この寮を出れば敵だらけ。この寮の誰かだって敵になる。」
(それはそうだわ。私は貴方の仲間ではないもの。)
光夜の最もらしい発言に、心の中で同調する凛音であった。
「俺達は、必ずプロになる。そして先生と同じ世界に立つ…だけじゃない。俺は、俺達は、先生を越える。」
光夜の決意に満ちた目と発言に、凛音、花道は飲まれそうになり、弟子達は力強く頷く。
そして、王牙は満足そうに微笑んだ。
「…まあ、まずは食べようぜ。俺達弟子ではない先輩方も。これから先何度も顔を合わせる仲間なんだ。仲良くしてくれ。なっ?」
ふと雰囲気を緩め、花道、水面に笑顔を向ける光夜。
水面はそれを笑顔で返し、花道はふんっ、と鼻を鳴らす。
「…それじゃあ、俺達のこれからに、乾杯!」
光夜がグラスを掲げて乾杯を告げると、皆それに習って同じくグラスを掲げて乾杯と返す。
そして、騒々しく食事が始まるのであった。