乾杯の後の食事は、それは賑やかなものだった。
盛り上げ役に徹する水面や心、話上手な涅槃等が率先して話す事で退屈そうにする者は少なかった。
やや遅れて現れた寮生達も食事に加わっていき、より賑やかに。
ある程度食事が終わった頃から自己紹介をし始めたり、王牙、涅槃の昔話に皆揃って耳を傾けたりと、とても優雅な時を過ごしたのだった。
そして、今はそれから数時間後の深夜。
大半が寝静まった時間帯に、光夜は1人寮内を歩いていた。
それは、王牙に自室に来るように言われていたためだ。
他の者は呼ばれず、ただ1人だけ呼ばれた光夜。
なんで呼ばれたのか、薄々感づいてはいるが、確証は持てない。
少しばかし不安な気持ちを胸に、王牙の待つ部屋へと向かう。
「先生、俺だ。光夜だ。」
ノックをして、静かに呼び掛ける光夜。
そう遠くない部屋には涅槃や他の寮生もいる。
なるべく気づかれないように配慮をしている。
「やぁ光夜。さぁ、入りなさい。」
「うす。邪魔するよ。」
いつもと変わらず、優しく、ただしやや声のボリュームは抑えた王牙に促され、光夜は部屋へと入る。
「すまないね、疲れているだろうに。コーヒーでも淹れようか?」
「いや、大丈夫だよ。それよりなんの用?」
王牙に招かれるままに椅子に座り、用を尋ねる光夜。
問われた王牙は自分用のコーヒーを淹れると、自分の椅子に深く座る。
「いやなに、入学当日に二人きりで話したくてね。本当におめでとう。誰1人落ちる事なく入学した事、心から喜ばしいよ。」
王牙は本当に嬉しそうに微笑む。嘘一つない正直な気持ちを、光夜に告げている証だ。
「まあ、何人か怪しいのはいたけどな。それでも皆で目標のために頑張ってきたから、ここまでは来れたよ。先生に導かれなかったら、多分俺達は誰もここにいなかった。ほんとに、感謝ばかりさ。」
光夜も、嘘一つ無い正直な気持ちを吐き出す。
普段の皮肉屋としての側面は無い。
「…君達と出逢い、弟子として鍛えるようになって早5年程か。本当に皆大きく育った。」
王牙はコーヒーを一口飲み、懐かしさを吐息に込めるよう、深く息を吐く。
その眼には、今は何が映っているのだろう。
光夜にも、それはわからない。
「…なぁ、先生?」
「…ん、どうしたんだい?光夜。」
一息置いてから、光夜は真面目な表情をして問いかける。
それは、光夜が気になっていた事。聞かなければならないと思っていた事。
「…どうして俺に、『白皇の娘を焚き付けてこの寮に住まわせろ』なんて命じたんだ?いや、多分ある意味適任なのは俺だろうとは思ったけどさ。」
凛音を挑発して、奴隷扱いとしてまでもこの寮に連れてきたのは、なんと王牙の指示のもとだった。
光夜はうまくやり遂げたものの、やはり疑問は尽きない。
「…それには理由はしっかりとある。白皇家の者、それも才覚あるものは大抵プロに入る。彼女の兄2人もそうだね。実力だけなら世界でも上から数えた方が圧倒的に早いだろう。特に長男。彼は全盛期の私と同等。もしくはそれ以上の才覚がある。白皇家とは、そういうものだ。彼女、凛音も、磨けば同じ域にまで到達するかもしれない。」
王牙から説明されるは、白皇家というものの一族の凄さ。
だが、それだけではない。
「しかし、彼等は世界の頂点に立つ事はおそらくないだろう。あまりにプライドが高い事。自分達の世界を守り過ぎる事が大きな要因さ。そして、凛音は兄2人に勝てないと、どこかで思っている。見ている世界が狭いからだ。私はね、彼女も弟子として迎え入れたい。彼女は嫌がるかもしれないが、君達の身近にいてもらう事で、自分の殻を破って欲しかったのさ。」
白皇家の者や、他のプロ達と何度もぶつかりあってきた王牙の発言。光夜にはピンと来なくても、わかる事はある。
その言葉に、嘘はないと。
「なるべくは穏便に仲良くなって欲しかったのはある。…しかし、君が嫌われてしまうかもしれないとは思っていたが、まさか風呂場を覗いて頬を腫らす程叩かれるとはね。くくく…」
「うっ、そ、それは事故だから…ったく、だからこの人に知られるのは嫌なんだよ…」
堪えきれずに笑い声を漏らす王牙を前に、嫌そうな表情をしながら顔を赤らめる光夜。
浴室での光景を思い出してしまったのだろうか。
「…それで、嫌われ者を演じて、なるべく距離を保とうとしていたのに彼女の裸を見て意識してしまっている光夜君?」
「うぐっ!そ、そういうのやめろって!調子狂うからさ…////」
せっかく意識しないようにしているのに、再三に渡って弄られる。
相手が相手だけに強く出る事も難しく、光夜はたじたじだ。
「君から見る白皇 凛音は、どう見える?」
ふと、真剣な表情に戻る王牙。
その問いは、何を求めるのか。
「なんだよ急に………まあ、漫画のようにコテコテのお嬢様タイプって感じだった。…最初は。
ただ、心と接していくうちに、氷が溶けたみたいに、表情や雰囲気は柔らかくなってきてるように感じたよ。案外普通の少女、って感じだ。
ただ、なにかを恐れてる…?負ける事か、何かに襲われる事を。」
なんとなく、気になったような事を呟く。
おそらくは気のせい、もしくは少女という目線からは普通かもしれない。
だが、気になった事をなんでもいいから教えて欲しい。
そう王牙に言われているように感じる光夜は、あえて口にしていく。
「…なるほど。君の目は信じるにとても値する。」
「そんな事ないって。なんとなく思った程度だぜ?」
「女性には不馴れなくせに、何度も告白された君がよく言うな?」
「げっ、なんで知ってるんだよ…」
「君が話さなくても、他の者がしっかり教えてくれるからね。実は女性には気さくで優しいとか、下ネタはやや苦手な部類だったりとか。中学時代はファンクラブまであったそうじゃないか?」
「ぐぅぅ…心と辰覇だな…後で仕返ししてやる…」
王牙がぺらぺらと発言していく内容を聞き、復讐を誓う光夜。
「ふふふ、おっと、口が過ぎたようだ。いやぁ、君はとても弄り甲斐があってね。やり過ぎた事を許してくれたまえ。」
「ほんとに謝る気があるのかこの人は…まあいいけどさ…」
楽しそうにしている王牙を見て、呆れた風に愚痴る光夜。今日は散々な日である。
「…さて、君達は私の弟子として入学した。明日からはもう無名な一般人等ではなく、狙われる立場になっている。これからは君達が君達で強力しあい、しのぎ合い、乗り越える事になる。私は側にいるとは言えど、してあげる事はないだろう。いつまでも自立しないのでは、育ててきた意味もないからね。」
王牙はそう告げると、手に持っているコーヒーを飲み干す。
「…そろそろ時間も遅い。部屋に戻って休みたまえ。明日から、頑張りなさい。」
王牙は、光夜に部屋へと戻るように促し、立ち上がる。
と…
「…俺はさ、先生。あんたにまた会えたのは嬉しいよ。でもさ、あんたが側にいようがいまいが、やる事は変わらないんだ…あんたを越える。それだけ。」
光夜の強気な発言。
それは王牙を驚かせるが、それと同時に喜ばせた。
王牙からすれば、花丸付きの百点の答えだろう。
「…さぁ、戻りなさい。凛音のすぐ隣の自室まで」
「だからそういうのやめろっての!!////」
からかわれ、声を上げながら光夜は出ていった。
「…ほんとうに、楽しみだよ。君達のこれからが。」
光夜が去った後、王牙は一人静かに呟き、就寝の用意を始めるのであった。