シンフォギアの消えた世界で アナザー 作:現実の夢想者
ちなみにエルフはドイツ語で11を意味します。
それとキャロルの意味は“クリスマスキャロル”という表現でお察しください。
「えっと、本当にいいのか?」
俺の確認に五人の少女は迷いも躊躇いもなく頷く。
今夜、俺は色々な理由から寝室ではなくリビングで寝ようと思っていたのだが、それをエル達五人に止められたのだ。
理由は、ここは俺の住む家で、寝室の広さなら全員でも寝られるからとの事。
「師匠に苦労をさせるなんて心苦しい」
「そうそう。もし仁志さんが下で寝るって言うなら私達が下ですよ」
「ししょー、こっちで響さんやクリス先輩に翼さんと寝てたなら、アタシ達とも寝られるはずデス」
「いや、あれはな?」
色々と已むに已まれぬ事情があったんだよ。
主に住む場所と家賃の確保。もしあの時俺がここに暮らしてたら、間違いなく俺はリビングを寝床にしていただろう。
「只野さん、私達は何も気にしないですから」
「うん、むしろ気にしようか」
特に今の君達は花も恥じらう女子高生だろうに。
……そんな相手にあんな事をした三十路男じゃ説得力も何もないけど。
「兄様は僕らと一緒に寝るのは嫌ですか?」
こう言われると何も言えない。嫌なはずはないし、むしろ嬉しくはある。
あの頃とは異なるからこそ、この状況は素直に喜べる。
「……そんな事はないよ。うん、そうだな。じゃあ、お言葉に甘えるか」
それに、エルがいれば俺も響達も変な事は出来ない。そう思いたい。
いや、俺はそうだけど、何か未来や調はちょっと怪しい気がする……。
まぁ考え過ぎかと思って布団を階段から一番近いところへ敷こうとすると、何故かそこじゃないと調に言われ、ならその横かと移動すれば切歌から違うと言われ、気付けば寝室の中央になっていた。
で、仕方ないとばかりに布団を敷くと、エルが枕を持って俺の布団へと移動してくるではないか。
「エル?」
「だ、ダメですか?」
必殺! 少女の上目遣いっ! ……純真無垢な眼差しには勝てなかったよ。
「いや、いいよ。一緒に寝るか」
「はい!」
心から嬉しそうに頷かれるとこっちとしても笑みが浮かぶ。
エルといると本当に気分が父親になるよなぁ。
……子供、か。欲しくないかと言われたら欲しいけど、今の収入じゃちょっと厳しい。
いっそエルにこっちで錬金術講座って感じの動画、やってもらうか?
どうせ知識だけじゃ実現出来ないし、可愛い女の子が大人顔負けの知識や用語を使ってるのはギャップがあって面白そう。
あるいは駄菓子を食べてもらって反応を見せる、とか。
きっとエルなら新鮮なリアクションをしてくれるだろう。
ああ、どうせならセレナも一緒とかの方がいいかもしれない。
「さて、じゃあ何話そうか?」
俺が副収入(なのに俺の働いた稼ぎよりも多い)の増加アイディアを考えていると、響が布団の上に女の子座りをしてそう切り出していた。
「ここはししょーにお願いするデスよ」
「うん、それがいいと思う」
「え?」
ガールズトークを聞きながら寝ようと思っていたのに、どうやらそれは許されないらしい。
五人の視線が俺へ向き、何を話してくれるのだろうと期待に満ちた目を向けてくれている。
ただ、未来だけはどこか苦笑してるけども。
「そうだなぁ。じゃ、次来た時はどうするかについて話そうか」
「「「「「次来た時……」」」」」
五人が途端に難しい顔をした。
あまり簡単にここへは来れないのかもしれない。
「そうだ。エルちゃん、今日最後の連絡しておこうか」
「あっ、そうですね」
「どうせならししょーにも司令とお話してもらうデスよ」
「うぇっ!?」
まさかの言葉に変な声が出る。
「師匠、大丈夫。司令達は師匠へ直接お礼を言いたいって言ってた」
「そ、そうなの?」
それ程の事をしたとは思ってないんだけど……。
「そうなんですよ。師匠なんて時間停止した後の事を聞いて、何も支援出来ない中で仁志さんが私達と一緒に悪意と戦ってくれた事、本っ気で感謝してましたし」
な、何だかそう言われると恐縮してしまう。
正直言えば、一番支援が欲しかった頃はあっちの支援があったからなぁ。
食費はどうしても無くせないし、野菜は地味に高かったから本気で助かった。
「うん、分かった。じゃあ、通信だけど弦十郎さんと話をさせてもらうよ。俺からも感謝を伝えたいと思ってたし」
「じゃあ通信開きます」
エルがそう言ってゲートリンク、だったか。それを口元へと近付ける。
「ゲートリンク、起動」
“アクセスコードを入力してください”
「アクセスコードは、グリッドマン」
「マジかよ……」
教えてもいないのにエルがグリッドマン第一話の台詞を使っている事に驚き。
って、そうか。これ、響も言われたんだっけ。なら納得だ。
“アクセスコード、認証しました。ゲートリンク、オールアクティブ。全機能解放しました”
音声を聞いていると、本当に沢城さんが声を吹き込んだんじゃないかと思うぐらいだ。
ま、まぁ実際当たらずとも遠からじなんだけども。フィーネ、だし。
「本部、聞こえますか? こちらエルフナインです」
“ああ、聞こえている”
「兄様、どうぞ」
ある意味初めて聞く弦十郎さんの声に静かに感動していると、エルがゲートリンクとやらをこちらへ近付けた。
「えっと、はじめまして、でいいんでしょうか。えー、自分は只野仁志と言います」
“只野……そうか。君が上位世界の協力者か。こちらこそこうして話すのは初めてだな。風鳴弦十郎と言う”
「あ、はい。良く存じて……って言うのも妙な話ですね」
“違いない。だが、こちらは君と違ってそちらの事を知らないがな。とにかく今回は色々と世話をかけた。そちらの協力に心から感謝する”
「いえ、それはこちらこそです。食料支援、本気で助かりました。それにエルとマリアの派遣もです」
本当にエルとマリアがあの時期に来てくれていて良かった。
そうじゃなかったら、俺はきっと倒れていたか、良くてもヘロヘロで使い物にならなかっただろうし。
“いや、それはこちらの考えとそちらの求めが一致したからだ。それに、君の覚悟も聞いていた。俺もそれを聞いた時、決心出来た。君になら装者達を託せると”
「よしてください。自分は、最初から最後までみんなに助けてもらってました。有形無形問わず、肉体的にも精神的にもです。それに何より、これまでのそちらの戦いがなければ今回の結果もなかったんですから」
“そうか。そう言ってくれると助かる”
話していて分かる。やっぱり弦十郎さんは大人だ。
俺は何とからしくしようとしてるが、この人はそれが自然だから。
このまま話しているときっとお互い長々と話してしまいそうなので、ここらで俺は引っ込むとしよう。
「その、もう少し話をしたいところですが、時間もありますし自分はこれで」
“分かった。いつか、こちらへ来てくれ。直接会って改めて礼が言いたい”
「ありがとうございます。その時が来たら是非」
“ああ、待っている”
そこでエルへ目を向けて小さく頷くと、彼女はゲートリンクを自分の口元へと戻した。
「司令、実は兄様から次回の来訪について質問されたのですが」
“次回の来訪、か……”
苦い感じの声だ。まぁ仕方ないだろう。何せ場所が場所だ。
本来であれば繋がるはずのない世界。そこといつまで行き来出来るか分からないのだから。
「僕が思うに、この上位世界のゲートは星の声、つまり世界の意思のようなものが作ってくれています。なら、ここをそのままにしているのは何か意味があると思うんです」
“ふむ……。根拠は何かあるのか?”
「実は、こちらにあった僕らの物語である“戦姫絶唱シンフォギア”に変化が起きたそうです」
“何? どういう事だ?”
そこからエルは俺を説明役にして弦十郎さんへ“戦姫絶唱シンフォギア”に起きた事を話させた。
作品名が変わった事を始め、本来終わりだったはずの五期の後が作られようとしてる事など、俺が知る限りの差異を話した。
全てを聞き終えた弦十郎さんはまるで疲れを吐き出すようにため息を吐いた。
“つまり、既に俺達の世界はそちらとは異なる流れを歩いていると?”
「まぁ、俺と出会った時点でこっちで描かれてない話でしたからね。おそらくですが、今やそっちこそが“戦姫絶唱シンフォギア”となったんですよ。つまり、もうこちらの描くものはそちらとは別物。平行世界かすら怪しいって感じです」
“……定められたレールから外れたと、そう考えれば嬉しいと言えなくもないが……”
「その、俺は最近逆じゃないかなって考えてます」
“逆?”
「はい。こっちで作られたからそうなったんじゃなく、そちらが元々あった上でこっちがそれを感じ取って創作したんじゃないかと。だから、むしろ定められたレールから外れたのはこっちです。じゃないと、他のヒーロー達の活躍やら誕生やらが納得出来ませんから」
こっちで誰かが考えない限りヒーロー達の日々はない、なんておかしい。
じゃ響達はどうなるんだって、そう思うし。
この世界は、きっと色んな世界の存在を創り出してるんじゃなく感じ取ってるだけだ。
そう考える方が、きっと希望や夢がある。俺は、そう思う。
“……成程な。我々がそちらに影響されていたのではなく、我々こそがそちらへ影響していたと、そう君は考えるわけか”
「はい。だから、戦姫絶唱シンフォギアは俺だけのものになりました。それが、ある意味では誇らしいですよ」
誰も知らないけれど、ファン冥利に尽きる。
もう俺以外誰もシンフォギアっていう物語を、作品を知らないし知り様がないんだから。
こっちに戻ったものは、俺と出会ってない響達の物語になるんだろう。なら、それはリアルじゃない。
だから、今俺と関わってくれてる彼女達のこれからこそが“戦姫絶唱シンフォギア”なんだ。
「司令、僕らはこれで就寝します。明日、そちらへ帰還します」
“就寝、か。分かった。おそらく呼び出す事はないだろうが、その場合は頼む”
「了解です師匠」
“ではこれで通信を終える。ゆっくり休んでくれ”
「「「「「はい(デス)」」」」」
それで通信終了。思わぬ展開になったけど、弦十郎さんと話せて良かった、かな。
いつか直接会う事もあるのかもしれない。いつになるかは分からないけど、きっと会える日が来るんだろう。
帰還、か。エル達は明日朝ごはんを食べたら根幹世界へ帰る。
それは、もう変えようがない事実だ。
寂しく思うけど、仕方ない。みんなにとっては、こちらが外出先なんだから。
さて、じゃあ寝ようかなとそう思って布団へ横になると、二人の少女から不満の声が上がる。
「「え~、もう寝るんです(デス)か~?」」
「えっと、ダメなのか?」
こちらの問いかけに頷く必愛コンビ。どうやらまだ寝てはいけないらしい。
「次に来た時の事、まだ何も決めてません!」
「デスデス!」
「あー、そういう事ね」
自分で振っといてなんだけどもう既に忘れてた。
やっぱり弦十郎さんがいけない。あの人と会話するなど有り得ないとどこかで思っていたし。
で、若干眠い俺を他所に会話を始める響達。
どうでもいいけど、どうしてどこかへ遊びに行く事が確定なんですかね?
別に今回みたいに家でゴロゴロ……だと色々危ないかもしれない。
現に今回、俺は大人らしくない行動をしていた訳だし。
「ししょー、この辺で日帰りでも楽しめる所ってどこかありますか?」
「日帰りで、楽しめる……」
遊園地とかはさすがにちょっと厳しいな。何せ県外だし、割と遠い。明けだと俺がしんどいし、連休を取ろうにもみんながいつ来るか分からないんじゃ無理。
となると俺が知る限りでは……あっ。
「動植物園はどうだ?」
「「「「「動植物園?」」」」」
「ああ。動物園と植物園が隣接してるところがあるんだ。昔からあるところで、結構家族連れとかが行くイメージがあるよ」
「動物園かぁ……」
「植物園なら静かな感じで過ごせそう」
「只野さん、水族館とかはないですか?」
「あるけど、そっちはそれのみだしなぁ」
そう言って、俺はふと思い出した。その近くにも一応遊園地みたいな物が出来た事を。
ただ、結構料金が高かった気がするんだよなぁ。しかも、どちらかと言えばあそこは男の子向けな気もする。
ん? 待てよ? そういえばあっちの方で少し前に商業施設がオープンして話題になってた気がする。
それに知多の方にはその名もズバリな施設があるな。ただこれから冬になると考えると水遊び系は無理かもしれない。
ただ判断するのは響達に任せようと、そう思って俺は知っている情報を全て開示した。
それを聞いて考え込み始める必愛コンビ。調と未来はそんな二人に苦笑する。
エルはと言えば、ちょっと眠くなってきたのか目が半分閉じている。
「エル、眠いか?」
「は、はい……。最近あまり寝れてなかったもので」
「エルちゃん、ゲートリンクの製作に夢中だったんです」
「今回のこれも、そのご褒美休暇みたいなものデス」
「そうなのか?」
「うっ……は、はい」
まるで親に悪戯を見つかった子供のようなエルに俺は小さく息を吐いた。
どうやら仕事人間へ戻ったという訳ではないらしい。
多分だけど、それだけ早く俺に会いに来たかったんだろうなぁ。
「よし分かった。じゃ、もう寝よう」
「「「「「え?」」」」」
「エルだけ寝かせるなんてダメだ。この話題はまた後日、それぞれで話し合ってきてくれ。マリア達も交えて、な」
そう締め括ると五人は仕方ないって感じで小さく笑って頷いてくれた。
「それじゃあ明かり消すぞ」
「「「「「はーい」」」」」
「おやすみ」
「「「「「おやすみなさい(デース)」」」」」
本当に、気分はすっかり父親か歳の離れた兄ってとこだ。
布団へ入ればそこには小さな天使がいるし。
「兄様、今度来る時は姉さん達と一緒に来ます」
「うん、待ってるよ」
フニャッとした笑顔でそう言ってエルは目を閉じた。
そしてすぐに可愛い寝息を立て始める。
「ホント、親の一番いいとこだけ味わってるんだろうな、俺」
本来はこうなるまでに夜泣きやら何やらの苦労を経験してくるはずだ。
それなしだからこそ、今の俺は子供が欲しいと簡単に言ってるんだろう。
だけど、もしも本当に子供が出来たとしたら、エルはきっと我が事のように喜んでくれるだろう。
セレナが姉として色々と成長したように、エルもお姉ちゃんとして色々成長してくれるに違いない。
そんな想像をすると、俺はやっぱり子供が欲しい。
「……稼ぎ、増やしていかないとな」
言う程簡単じゃないが、まずは思う事が先だ。
そうやって決意を新たにしながら俺も目を閉じる。
その前にまず嫁さんの事をどうにかしないといけないなと、そう思いながら……。
「……あたたかい?」
ゆっくりと目を開けると、そこにはあの男がいた。
ただ、目を閉じているので寝ているらしい。
エルフナインの意識も眠っているようなので、どうやら就寝時のようだ。
「パパに似ていないのに、どこかそれを感じさせる男、か……」
エルフナインの評価はそういうものだった。
俺よりもパパを知っている事は妙に腹立たしいが、まぁパパの友人や知人のような存在だと思えば理解は出来る。
それにしても、奇妙な奴だ。何の力もなく、依り代を扱えるだけにも関わらず、こいつは悪意とやらの企みへ装者達と共に立ち向かい、見事それを打ち砕いてみせた。
それだけじゃない。こいつは俺とエルフナインの関係性を心の善悪に例えてもいた。
正直認めたくはないが、そうかもしれないと俺も思った。
俺はパパを殺した奴らが憎かった。パパは困っている連中を助けていただけなのに、よりにもよってそれで罪に問われて殺されるなんてと。
「……でも、それをパパは分かっていながらやっていた」
この男が言うには、平行世界ではあるが、パパは自分がやっている事がどういう結果へ繋がるかを薄々理解していた。
それでも困っている者を見捨てる事は出来ないと錬金術を使って人助けを続けていたんだ。
もし、もしそうだとしたら、俺がやろうとしていた事はパパからすれば看過できない事だったろう。
俺は、パパの想いを、願いを、踏み躙ろうとしていたんだ。そう今なら分かる。
「……パパの名を知る、遠い時代の東洋人、か」
何となくだが、この男ならパパと友人になれただろう。
そしてきっとあの時自分の身を顧みずパパを助けようとしたはずだ。
あるいは、それを見越してパパが俺を託したかもしれない。
「…………何を馬鹿な事を考えてるんだ俺は」
だが、想像は止まらない。この男がどういう性格でどういう人間かはエルフナインを通じて知っている。
どこか情けなく、頼りにならない時もあるのに、ここぞとなれば誰よりも強くなれる。そんな、不思議な人間だと。
――イザーク、お前の気持ちは分かるけどキャロルちゃんの事考えてやれよ。
――でもねヒトシ。この力でなきゃ助けられない人がいるんだ。
――ならこう言ってやる。キャロルちゃんはお前じゃないと守れないんだぞ。あの子の父親はお前しかいないんだ。あの子を一人にするつもりか?
きっとあっただろう会話。この男がパパの知り合いであれば、きっとそう言ってパパを説得しただろう。
だけど、そんなこいつだからこそパパがどう言うかは分かってしまう。
――君が、ヒトシがいるじゃないか。
――イザーク……お前……。
――キャロルは君を歳の離れた兄のようにも、あるいは小父のようにも慕ってる。なら僕にもしもの事があっても……。
――ふざけるなっ! 預けられるからって父親の責務を放棄するってか? お前、キャロルちゃんの身になって考えてみろ! あの子が一番大好きなのはお前なんだぞっ! そんな事も分からない奴の頼みなんか絶対聞いてやらんっ! キャロルちゃんを孤独死させて、あの世で後悔すればいいっ!
じわりと視界が滲む。これは、エルフナインの想いが混じっているな。
だけど、何故か俺もこの男ならこう言うんだろうなと思ってしまう。
平行世界のアダムでは言わない事を、言えない事を、この男は言えるし言うだろう。
嫌われてもいいと、縁が切れても構わないと思えるからだ。
この男は、相手のために自分を犠牲に出来る男だ。だからこそ、パパのように思えるんだ。
――科学も錬金術も、元々はみんなを幸せにするための力だったはずだから。
エルフナインが聞いた、この男の言葉が浮かぶ。
その声が、パパのそれになって俺の中で響く。
パパが錬金術を誰かの笑顔のために使っていたのは分かる。
でも、でもどうして! どうして私の笑顔のためには使ってくれなかったの!?
私はパパさえいてくれればそれで良かった! 例え他の誰かが苦しみ死のうと、パパさえ無事ならそれで良かったっ!
「グスッ……パパぁ……」
無くしたはずの、捨てたはずの弱い頃の自分が戻ってくる。
あの日涙と共に流し落としたはずの、私が……。
「んぁ? える? どした? こわいゆめでもみたか?」
「ぁ……」
私の頭を優しく撫でる大きな手が、寝惚けた声が、私にはパパに思えた。
「だいじょーぶ。おれがいるから。ほら、おいで」
「…………うん」
今だけ、今だけはこの優しさに、温もりに甘えていたい。
そう思って私は目の前のあったかさに顔を埋めた。
何故かパパに見えたから。パパがそこにいるような気がしたから。
「もうえるはひとりじゃないからなぁ……。みーんないるから……」
頭の上から聞こえる寝惚けた声に安心するように私は目を閉じる。
そしてまた眠りに就いた。気付いた時には朝になっていて、エルフナインが顔を洗っているところだった。
“エルフナイン、今何時だ?”
「っぷはっ……えっと、ちょっと待ってください」
タオルで顔を拭き、エルフナインは横を向いた。
すぐ横がキッチンらしく、そこにはエルフナインが姉と呼ぶシュルシャガナの装者とイガリマの装者がいた。
「調お姉ちゃん、今何時か分かりますか?」
「時間? 切ちゃん、時間教えて」
「りょーかいデス。えっとぉ、ただいま午前8時20分デス」
「だって」
「ありがとうございます」
聞こえた時刻に軽く驚く。と言う事はいつもよりも遅くまで寝ていたのか、俺もエルフナインも。
エルフナインは顔を洗い終わったからかキッチンへと向かい、そこからリビングへと移動する。
そこにはあの男と立花響がいた。神獣鏡の装者は……いないな。おそらくトイレだろう。
「ん? おっ、すっかりお目覚めだなエル」
「はい!」
「うん、やっぱりエルは笑顔が一番だ」
「ぁ……えへへ」
近付いてきたエルフナインへ笑顔を向けながらあの男が頭を撫でる。
まったく、こんな事ぐらいでそんなに喜ぶな。
仮にも俺の体だぞ。
「エルちゃんは本当に仁志さんが大好きだね」
「はい。兄様は僕のもう一人のパパですから」
もう一人のパパ、か……。
「ははっ、まぁ年齢的にはおかしくないしな」
「それだけじゃありません」
「うんうん、分かってるさ。ありがとなエル」
「む~っ」
さっきと同じで撫でられているのに今度は不機嫌か。本当に俺には分からん。
……と、言いたいんだが、な。
「ホントに親子みたいですね、今の仁志さんとエルちゃん」
「それらしく見えるだけだよ。俺はどこまでいってもエルの本当の親にはなれないからさ」
その言葉にエルフナインの感情が大きく動いたのが分かった。
理由は分かる。だが、エルフナインはそれを言う事をしなかった。
――どうした? 何故言わない?
――いいんだ。兄様が言いたい事は、何となく分かるから。
――ふざけるな。なら何故お前はそんな顔をしている!
――それは……。
――もういい。俺が代わりに言ってやる。
――あっ! キャロルっ!
何故だか無性に苛立つ。自分の気持ちを言わないエルフナインへ、ではなく目の前の男に対してだ。
「おいっ!」
「へ? キャロル?」
「どうしてあんな事を言った! エルフナインの事をお前は大事に思ってるんだろう! なら何故その心を傷付けるような事をっ!」
昨夜はあれだけ優しいところを見せただろう! 俺をエルフナインと思って温かく受け止めただろうっ!
「あー……そういう事か。ごめん。多分エルには伝わってると思ったけど、そうだな。言葉でちゃんと言わないといけないよな。えっと……」
申し訳なさそうな顔をして、あいつは俺の目を優しく、だけど力強い眼差しで見つめてきた。
「エルや君の本当の親は、どこまでいってもイザークさん達だ。俺は、親代わりにはなれるかもしれないけど、君達の本当の親には絶対になれっこないしなれてもいけないんだよ。なれたなんて思ったら、それは君達のご両親への侮辱と取られてもおかしくないから」
言葉が、なかった……。
こいつは、パパやママの事をちゃんと思ってあんな事を言ったんだ。
そしてきっとエルフナインもそれを感じ取って寂しい気持ちを言わなかったんだろう。
言えば、それがパパ達よりもこの男の方が本当の親らしいと認める事になると、そう考えて。
言葉を失った俺の頭をあの大きくてあったかい手が優しく撫でる。
「ありがとうキャロル。君はエルの代わりに怒ってくれたんだな。うん、じゃあ二人で聞いてくれるかな? 俺は、君達の親代わりになれたら嬉しいと思ってる。だから、何か文句や不満、疑問や心配があったら言って欲しい。分かる事や出来る事なら対応するし、分からない事や出来ない事なら一緒になって考えよう。親ってね、子供と一緒に成長するものなんだ」
「親は……子供と一緒に成長するもの……」
その瞬間、あいつのポケットが光を放ったかと思うと、何故だかパパの姿が思い出される。
失ったはずの、焼却したはずの思い出が甦る。
色褪せたはずなのに、焼き尽くしたはずなのにっ、もうなくなったはずなのに! まるで湧き出るようにパパとの思い出が溢れだしてくるっ!
気付けば涙となっていた。俺の中を“私”だった頃の俺が駆け巡る。
そうか。パパは俺との触れ合いで親として成長していたんだ。
今のこいつがエルフナインとの触れ合いで親のようになったみたいに。
「ひ、仁志さん、今のって?」
「依り代、だな。どうして急に?」
「きゃ、キャロルちゃん? 大丈夫?」
光が消えると同時に俺の視界にはあいつと立花響が映った。
だけどその顔がぼやけてる。
「とりあえず涙を拭こう。響、ティッシュ取って」
「あ、はい。っと、どうぞ」
「ありがとう。キャロル、これで涙を拭いて」
「……ああ」
涙を拭えばそこにはこちらを見て安堵するように微笑む二人の姿。
「っ!?」
それが一瞬、パパとママの顔に見えた。
「あれ? キャロルちゃん、どうしたの?」
「依り代が何かしたのか?」
「っ……何でもない。俺は、また眠る」
「え~っ、もう少しお話しようよ~」
「断る」
「えぇ……」
「即答か。さすがキャロル、容赦ない」
「仁志さ~ん……」
情けなくあいつに抱き着く立花響の声を聞きながら俺は主導権をエルフナインへと渡す。
――キャロル、ありがとう。
――何の事か分からん。
――それでも、ありがとう。
――……ふんっ。
そこで俺は深層意識へと沈む。
「響さん、キャロルがすみません。でも、兄様と響さんへキャロルなりに感謝はしてたみたいです」
エルフナインがあの二人へ話しかけるのを聞きながら、俺はぼんやりと思う。
このままでいいのだろうかと。
いっそ平行世界の俺にエルフナイン用の体を作らせるべきかもしれない。
あいつ用のちゃんとした体を、な。
そんな事を考えながら俺は眠る。遠くに聞こえる楽しげな笑い声を、子守唄に……。
ご都合主義全開の依り代でした。
まぁ、そもそもがそういうアイテム故に仕方なし(汗