その革命家は地底より   作:蝶丸蒾

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誘われた客、招かれざる客

 娼館に足を踏み入れたケイトウは、まず息を呑んだ。

 先程の惨状と呼べる街の様子からはかけ離れ、歳も格好も様々な子供たちが好きなように遊んでいる。幼少の子供たちの面倒は年長の子供たちがみているらしい。二階建ての建物に囲まれた広場では、洗濯物に勤しむ女性たちの姿がある。何より驚くべきことは。

 

 

「ポケモンが、少なすぎるにゃ」

「野生のポケモンはここには来られん。そういう香を焚いてるからな」

 

 

 マガツの答えを聞いて、すん、とあたりの匂いを嗅いでみた。確かに、ハーブのような爽やかな香りが少しだけした。

 

 

「むしよけのにおいがする……ポケモンって脅威なのかねえ」

「あちらも餌選んでいられねェってわけだ」

「食われる?」

「こともあるがな。出会い頭にブッ飛ばされてそのままってのもザラだぜ……ま、対ポケモンと戦える人間がいたらハナっからこんなとこに来てねェわな」

 

 

 本当に恐ろしいところだにゃ。思わずケイトウは真顔になった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 門からもしばらく歩かされたが、ようやく目的地にたどり着いたらしい。ケイトウはこの娼館で唯一であろう、三階建ての建物を前にしてへたりこんだ。

 時刻は空を見ても分からない。が、時計を見ればとうに夕刻を迎えていた。

 

 

「疲れたにゃあ」

 

 

 にゃあ、とニャースも鳴いた。

 

 

「ケンタロスタクシーで来れば……ああいや、御者がひとり潰されたんだったか」

 

 

 ケイトウの傍らでそう呟く美しい女性がひとり。波のない金の長い髪を垂らし、黒いシャツと黒いショートパンツ、そして銀のアクセサリを耳や指にたくさん着けた、シックなストリートファッションに身を包んで、右目にあてがわれた黒い眼帯が奇妙な雰囲気を醸し出している。

 彼女はアンジュと名乗り、マガツとは幼なじみの娼館出身者だといった。歳の頃はケイトウと変わらないだろう。かみつきポケモンの「グラエナ」、かぎづめポケモンの「マニューラ」、くらやみポケモンの「ヤミラミ」、おおボスポケモンの「ドンカラス」というあくタイプのポケモンを隠すこともなく、傍で自由にさせている。

 

 

「タクシーは目立つだろ。手持ち晒して歩くお前ほどじゃァないが……騒動が起きて間もないんだ。下手に目立つことはしたくねェ」

 「そうかい……ま、元凶はアンタの親玉らしいけどな」

 

 

 アンジュはその見た目と裏腹に、マガツと似た口調で話すようだ。ケイトウも丁寧な言葉遣いはしないので、その点は親近感を覚えた。

 

 

「何かあったのにゃ?」

「ああ。三日前、街中で大規模な戦闘があってな。何でも、ネイヴュ支部のガーディアンが三人確認されてる。変装してたみたいだが、戦闘で化けの皮が剥がれたらしい。後はならず者どもと、バラルの幹部レベルがいたってよ」

「ネイヴュ? バラル?」

 

 

 ケイトウが首を傾げた。アンジュはあぁ……と唸った後に「ポケット・ガーディアンがラフエルの警察、ネイヴュシティは北東の監獄がある街、バラル団は……ポケモンファーストのグレ者だ」と指を折りながら説明した。

 

 

「この辺りは暗躍街(アンダーグラウンド)の僻地だから無事だったが、北区の辺りは建物も壊されて散々だそうだ」

「アンダーグラウンド?」

「このスラムをそう呼ぶんだ。ここは西区北のはずれの娼館。そう言えば、暗躍街の人間ならわかるさ」

 

 

 どんな悪党でも手を出しては来ねぇさ。そうアンジュは宣った。よほど強固な不可侵条約があるらしい。

 

 

「アンタ、何も知らされずにここに来たって顔してるな。相手がマガツじゃ仕方ねぇけどよ」

「そうにゃんだよ! ねーちゃんは話が早くて助かるにゃ!」

「アンジュでいい」

 

 

 ぱっと顔を明るくするケイトウに、アンジュが少し冷めた表情をした。かと思えばにやりと悪い笑みを浮かべる。

 

 

「ここらでひとつ、情報共有といこうぜ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ケイトウたちが通されたのは先程の建物と隣接した平屋だった。玄関と併設された四畳のほどの土間の壁には備え付けられた棚があり、瓶詰めやら小物やらが所狭しと並んでいて、ケイトウは幼い頃に聞いた魔女の部屋を思い浮かべた。それ以外はおよそ六畳のフローリングの上に、簡素な木のローテーブルとベッド、タンス、小さなキッチン、シャワースペースがあるだけの、雑然とした空間だった。

 

 

「俺は四つで此処を出て地上で養子入りしている。要は部外者なんだが、まあ地上じゃ俺の仕事はできなくてな。ときどき娼館を手伝う代わりにこうして部屋をもらってるんだ」

「相変わらず仕事と寝起きだけの部屋だな。ミシンもねェのか」

「当たり前だ。ここに俺好みの娯楽なんてねぇよ」

 

 

 ケイトウがポケモンたちはどうしているのかと聞くと、知らん、とひと言返ってきた。好きにはさせているが、餌があるので近場には居るらしい。

 

 

「とりあえず、あー、ケイトウ? 他に聞きたいことは何だ」

 

 

 訊ねながら、ハーブティーを煎れてくれるアンジュを見て、悪い人ではなさそうだと思う。マガツが無言で啜ったのを見てから口をつける。爽やかな香りが鼻に抜ける。これは、つい先程嗅いだような。

 

 

「むしよけのおこう……?」

「鼻が利くんだな」

「……直接の摂取は毒だったような……?」

 

 

 ケイトウが乏しい知識の中からひねり出す。眉をひそめたのを見て、アンジュが頷く。

 

 

「まあ、ポケモンに毒なものが人間の身体に完全に毒にならないかっていうと、そうじゃねえ。だがな、使いようによっちゃ薬になる。人に害はねえよ、ニャースは休ませるか外に出すかしておくんだな」

 

 

 つまりはここでポケモンを出すな、ということだろう。大人しくニャースをモンスターボールに戻して、居住まいを正す。

 

 

「此処は、何なんだ」

「暗躍街か? それとも娼館か?」

「両方にゃ」

 

 

 ふむ、とアンジュが頷く。おもむろに手を挙げ、ベシッ、とマガツのシルクハットを叩き落とした。

 

 

「馬鹿みてえな帽子被って聞き役に徹してんじゃねえ。その茶はタダじゃねえぞ、昨日買い取ってきたばかりの代物なんだ。わかったらアンタが話すんだよ」

「へぇへぇ」

 

 

 マガツは落とされたシルクハットを拾い、立てていた片膝を倒して胡座をかく。陽光を浴び慣れていない青白い肌に、ぎらついた闇色の瞳がふたつ、そこにある。髪は少し長い。薄気味悪いほど、整った顔がそこにある。

 

 

「じゃあ、語るとするかねェ」

 

 

 

 

ーーいつからそこ在ったのか、誰も知らぬ。今に至れど、陽を浴びるものどもはその名を知らぬ。

 アンダーグラウンド。日陰者たちが暗躍する街。正義が罷り通らぬ、悪の国。力なくば生きることは許されぬ地獄の果て。人間の終着点……なんて、言われるがな。見ての通りの地下スラムさ。

 天に吊るされたあの石こそが此処において唯一の光。基本的に人と獣は仲間じゃねェ。ポケットに入らねェポケモンなんざ、ただの怪物だ。そういうこったな。

 人と人も仲間じゃねェ、が、一応規則はある。争ってもいいが、勝負着いたとしてもたいてい双方に罰則があってメリットがねえ。ま、恐怖政治だな。

ーー誰がやってるかって? アァ、此処には暗躍街って同じ名前の組織があってな、そこの頭……ゴトーって男が牛耳ってる。俺の頭でもあるんだが……ま、こっちは向こうを見限ってるしあっちからは目の敵にされてる。この話はいいな、長くなる。いや……後でする。

 で、何だったか……アァそうだゴトー。奴は『常夜の王』なんても呼ばれているが、地上で知るやつはいねェだろうな。知ってたらソイツは間違いなく黒だ。逃げていい。

 ま、人を纏めるカリスマ性ってのは確かにある……が、残虐行為が多くてな。この暗躍街で全ての人間の生殺与奪の権利を握っているったって過言じゃねェな。

 奴は手下を使って地上でも色々やっててな、曰く、「自分が社会に見放されたのが気に入らん、報復してやる」らしいがーーア? そんなこと言ってない? 同じことじゃねェか。まァなんだ、表社会から奪い取ってはここで財を成す……そんな感じだな。

ーー此処も安全じゃねえって? 確かに、名指しで死刑宣告されたら娼館の人間でも生きてかれん。だがな、此処は暗躍街、英雄ラフエルも匙を投げるだろう最悪のスラムだ。親を失った子供たちなんざわんさかいる。己の力で頼れる、唯一の娼館で育つ輩がいる。此処からゴトーの手下に下る奴も少なくねェんだよ。娼館で育った俺やアンジュみたいな子供たちはみな兄弟だ。娼館で育ててくれた女たちは母だ。もしゴトーが娼館に手を出そうとすりゃ娼館育ちの人間ならーー見殺しにできねェだろうさ。少なくとも俺なら。

 

 

 

 

ーーそんなことされる前に、ゴトーを殺すね。

 

 

 

 

 しん、と辺りが静まり返った。ただでさえ不気味な男が、不気味なな笑みを浮かべたまま、物騒なことを言ったのだ。ケイトウは何も言えず、視線も逸らせず、ただただマガツを見つめていた。静寂を破ったのはアンジュだった。

 

 

「くどい。暗躍街も娼館ももういい。結論を言え。どうしてケイトウをここに連れてきたのか」

「……俺はお前やソルやミストみてェな学ががあるわけじゃねェんだよ」

「どうでもいいな。やるべきことをしろって言ってんだ俺は」

 

 

 アンジュはマガツに気圧された様子もなく、むしろ呆れた表情をしていた。マガツは己の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

 

 

「俺ァな、此処が故郷だ。此処を残したい……が、これ以上苦しむ子供たちを見たくはねェ。そこでだ」

 

 

 マガツは大きく息を吐いて、観念したように顔を上げた。意志を湛えた瞳がケイトウを射抜く。

 

 

「この暗躍街をーー」

 

 

 その瞬間。きゃああ、という少女の悲鳴があがった。一番早く動いたのは、話しているはずのマガツだった。ケイトウとアンジュも遅れて立ち上がり、外へと飛び出す。

 

 

ーー娼館の門から真っ直ぐに歩み寄る人影があった。

 

 

「招かれざる客が来たみてェだな」

 

 

 顔を、角の生えた恐ろしい表情の赤面で覆っている。近づいてくるほどに鉄錆の匂いがする。元は花でも描かれていたのだろうか、和服には赤黒く染められている。ひょろりとした人影だが、その背の高さ、喉元から男であることがわかる。右腕を骨折でもしたのだろうか、ギブスで吊るされていた。帯に刀をさしており、そして。

 左手で、夕焼け色をした髪の男性を引き摺っていた。

 

 

「……ソル、兄貴?」

 

 

 ケイトウの傍らでアンジュが息を呑む。引き摺られた男性が知り合いらしく、顔を真っ青にしている。男性はぐったりしており、指も動かない。男性の来ているパーカーはいくつもの切り傷があり、男性自身にも軽症ではあるが出血しているのがわかる。

 娼館にいた女性たちや子供たちがその奇妙な男を見ていた。ケイトウがマガツを見上げると、マガツは口を真一文字に引き結び、ゆっくりと男に向かって歩み出す。

 

 

「うちの弟が世話になってるようだな。ソイツ、返してくれねェか、なァーー赤鬼さんよ」

 

 

 マガツと赤鬼が、相対する。

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