艦娘とは恋愛出来ないので鎮守府の外の子と仲良くしていたら艦娘でした 作:茶蕎麦
ギャグにしたいですね!
艦隊これくしょん、というゲームがある。
知らない人は艦隊という言葉にすら首を捻るかもしれないし、プラモデルを収集するゲームかなと勘違いするかもしれない。
或いはよく知っている人は長門かっこいい、とかヌ級可愛いと語り出したり……ん、ヌ級? ま、まあ個々の感想なんてのは色々とあるだろう。
そんな風に、確かにその第二次大戦中の艦船をモチーフとした女の子、
なんか
だが、今オレの周りにはそんなゲームの存在を知っている人なんて影も形もない。
しかし艦娘自体の知名度は抜群だったりする。それこそ、そこらの有名人なんて裸足で逃げ出すレベルで国民的だ。
「那珂ちゃんのファンってこの世界だと何人居るんだろうな……」
そのあおり。鎮守府へ送られてきた彼女へのファンレターの内一通の熱烈な内容を覗いて、何の因果か死んだと思ったら艦隊これくしょんの世界に転生した挙げ句
軽巡洋艦、那珂。その艦娘であるところの那珂ちゃんは、至極当然のようにこの世界に来る前に見た通りの容姿をしていた。
彼女は茶目っ気のある明らかな美少女であり、なるほどこれは愛らしいとは初対面で感じたのをよく覚えている。
試しに頼み込んで歌を聴かせてもらったところ、オレは感動で泣いた。あれほど綺麗な声で歌われた"うさぎおいし"を未だにオレは他に知らない。
こりゃ那珂ちゃんはかなりのものだ。むしろこれは世界狙えるんじゃないかとすら思った。目指せグラミー賞。いや、今日本以外の世界がどうなってるかってのは、今ひとつ分からないのだけれども。
まあそんな風に
それどころか那珂ちゃんのアイドル活動(仮)でよく分からないパイプが沢山出来て今や随分と太い支援が次々と鎮守府に送られるようになった程で……これはもう、これからは那珂ちゃんではなく那珂ちゃんさんと呼んだほうがいいだろうか。
そんな那珂ちゃんさん本人はたまには陸じゃなくて海での活動もしたい、と仰っていたがそうは問屋がおろさない。
国の星にすらなった彼女をオレなんかの一存で轟沈するような危険に晒すわけにもいかないし、そもそもマネージャーさん曰く、既に予定は三年先まで埋まっているそうだから。
というか、何か妖精さんがおニューの衣装に改装してくれたよー、とか言って那珂ちゃんさんが披露してくれた姿はオレの記憶だと改二の衣装だったような……だとしたら彼女はアイドル活動(仮)でどれほどの経験を積んだのだろう。芸能界も恐ろしい。
「……那珂ちゃんさんはあの前向きな性格的に特に芸能界に向いていたのかもしれないが、実際艦娘は誰も彼も取り上げられたらとても敵わないとアイドルが泣いて謝りそうなくらいに整っているよなあ」
そう、オレが艦娘の遊興代の工面のために渋面を作りながら書類を認めながらも、逃避のように思い出してそう零してしまうくらいには、彼女たちは花だった。
それが鉄の身体だった頃を忘れさせてしまうくらいのたおやかな美を纏って、艦娘達は海に立つ。そして、敢然と人類の敵、深海棲艦に我先と立ち向かってくれるのだからたまらない。
そんな太陽のような艦娘に触れたいと、
それこそ恋愛的な意味で、と豪語する提督のもごまんといる……いや五万は言い過ぎか。そもそも提督適性のある人間なんて一握りだった。
だがまあ、その大半に酒を飲ませるとどこぞの艦娘と✕✕したいなどというセリフが出てくるのはその、困る。その都度憲兵さんにチクるオレの手間が増えるという意味で。
「ったく、提督が艦娘と恋愛するなんて、以ての外だっての……」
オレは書類の那珂……いや中に挟まれた今夜待ってマース、と書かれた手紙を握り潰して、後で金剛には説教だなと思いながら呟く。
恋の駆け引きも何もそもそも、男が夜間に艦娘寮に行くことが許される筈もないだろうに。
まあ、堅物と知られるオレとて、鎮守府内を恋愛禁止になんてしていない。大井の北上に対する恋を応援することだってあるし、最近妖しげな鳳翔と龍驤の関係をふむと見逃したりもしている。
憲兵と整備員がむさ苦しい口づけを交わしていたのを見たときは流石にうえっとしたが、まあそれも自由だし構わな……いや、そういえば何か同性で愛を育んでいる者が多すぎじゃないか、この鎮守府。
まあ、皆が皆そうではないということは、身を以て知ってしまっているのだが。
「はぁ。後は好意の矢印をこちらに向けてくれなければ、それでいいのだがなあ……」
ため息と共に言ってから、オレはおもむろに引き出しから取り出した、前衛的に赤クレヨンで丸のみで描かれ、横にしれえと記された雪風から送られた肖像画にほっこりとする。
そして、こりゃ未来はピカソを超えるな、と子煩悩にも思いながらそういやあの子どうしていくら言ってもスカートを履くの嫌がるのだろうなと考えたりした。
そんな全てが完全に、添えられたもう一枚にたどたどしく書かれた、しれえあいしてます、という雪風が書いたのだろう文からの現実逃避だ。
オレもまさか、あんな小さな子から頬紅く、しれえ受け取ってください! とラブレターを貰うとは思わなかったのだ。
ぶっちゃけ、未だに動揺している。ああ、前世の年齢足すとこれくらいの子がいる年だよな、とこれまで娘みたいに可愛がっていたのに。
「応えられないものを、どう応えろと……」
それは、雪風に対してにだけ向けた呟きではなかった。やたら愛してると口にする金剛や何故か影から見守ってくる時雨や、何時の間にか布団にひんやり這入っている伊58などなど。正直なところ、彼女らの無垢な愛に応えられないのは、辛い。
勿論、男として物理的に番えないということはないのだが。実際比較的に外見年齢高めの艦娘たちがあられもない格好で帰投してきた時などに、性欲を催すことだってある。
だが、心がどうにも付いてこない。何しろオレにとって彼女らは。
「
決して手を届かせてはいけない、そんな高嶺の花であり続けて欲しいものなのだから。
「ああ、どこか普通の子と縁が出来ないものか……」
だからオレは、そんな艦娘ファンに聞かれたら助走をつけて殴られそうな言葉を今日も尽く盗聴器を潰した後の執務室にて呟くのだった。
「提督、つれないデース……」
「しれぇ……」
大小二つの花が萎れて、机にぺたり。想い届かぬ悲しみに嘆きを交わす。
片や金剛型戦艦一番艦の艦娘、帰国子女の金剛、片や陽炎型駆逐艦の八番艦、幼子然とした雪風。
この鎮守府では古参であり、深海棲艦も恐れる練度を誇る彼女らは、恋愛に負けて気持ちを轟沈させていた。
そんな暗さを纏って食堂のテーブルひとつを占めている二人の横を、通りかかったのはしとりと三編みなびかせる時雨。
いや通りかかったというのは違うだろうか。実際のところ、慰めるのを諦めた陽炎ら雪風の姉妹艦に元気づけるのを頼まれて現れたのが時雨だったのだから。
「金剛さん、また駄目だったんだね……今日は雪風まで……全く罪な人だよね、提督は」
「提督ぅ……」
「……しれえ」
「わ、ゾンビみたいに起きてきた」
力なく、誘蛾灯に寄せられるかのごとく時雨の発した提督という言葉に応じて起き上がる金剛と雪風。美人と美少女が暗い表情のままもぞりと蠢くのは少し気味が悪く、思わず時雨も揶揄してしまう。
それに応じたのは、金剛だった。そろそろ、彼女が悲しみに浸るのも潮時だったのかもしれない。その瞳には少しずつ光が差しつつあった。
「ゾンビというのは酷いデース……もっとチャーミーなものに例えて下さいヨー」
「そんなことを言われても困るなあ。えっと……そうだね。モーラーとか?」
「あのイモムシのような提督お気に入りの玩具と一緒にしないでくだサーイ!」
「もーらーってなんですか?」
「提督が持っている、あの赤いぐねぐねした……」
「あのおもちゃ、もーらーっていうんですね! 雪風も一匹頂いています!」
「羨ましいデース!」
提督のレトロ玩具の収集の趣味を知っている金剛は、それを分けて貰った雪風を羨ましがる。
だが幸運の少女はうむむと見つめる金剛を知らず、久しぶりに微笑んだ。
「あ、雪風笑ったね。良かった、皆心配していたんだよ?」
「あ。うぅ……申し訳ありません……」
「それで、何があったのさ? こんなに落ち込むなんて、君らしくない」
「あのー、ワタシのことは無視デスかー?」
「いつもの事だし、金剛さんはどうせ放っておいても戻るだろうから」
「酷いデース!」
「はいはい」
酷いのはどちらの方かな清廉潔白なのが魅力の提督をたぶらかそうとして、と内心思いながらにこりと時雨は金剛の主張を受け流す。
そうして、心配な雪風の方へと彼女は水を向けた。
「あのぅ……実は雪風、しれえにお手紙で告白をしたんです……」
「なんですっテー!」
「おおっ、それは凄いね。……あと金剛さんちょっと声大きいよ」
「Oh、これはsorryネ……」
素直に両手で口を塞ぐ大きな犬のような愛らしい年上をたしなめながら、時雨は雪風のことを本当に凄いと思う。
何しろ時雨は提督とは今の距離で満足している。だから、その先なんて考えられないことだった。
金剛のようにばっちいくらいに近寄りたいという訳でもなさそうだし、これは応援してもいいかな、と彼女が思った矢先。消え入るように雪風は言った。
「でも、ぅう、断られてしまったんです。ごめんな、ってはっきりと」
「それは……うん。どう言えばいいのか……ああやっぱり、提督は真面目なんだね」
「なんだか時雨、うれしそうデスネ?」
「やだな。僕は友達の悲恋を喜ぶような人間じゃないよ?」
「そうデスカー?」
ただ、提督の変わらなさを悦ぶ艦娘ではあるけれど、とまでは言わずに時雨は黙る。
そして気落ちする雪風にはっきりと告げた。
「雪風。気にしないでいいよ」
「……どうしてですか?」
「金剛さんを見てみなよ。彼女なんて、あれだけ告白してそれだけ雑に扱われているけど、未だに見捨てられてない」
「Hey、時雨ー、喧嘩を売っているのなら買いますヨー?」
「ちょっと金剛さんは黙ってて」
「ムグ」
後ろで文句を言っていた金剛は片手にてノールックでその口を押さえられる。
その時右手のひらに覚えた柔らかな唇の感触を嫌いながら、時雨は祈るように口にした。
それは主に自分のための言葉であったが、しかしそれは間違いなく目の前で消え入りそうになっている雪風のためのものでもあったのだろう。彼女はどこか優しげだった。
「だから安心して。提督は僕らのことを決して見捨てたりしないから」
「時雨さん……」
雪風は、ごくりと納得を呑み込んだ。そう、隠れてよく見ている時雨も、それ以外のどの艦娘だって知っている。
戦う者に余計な仕事を増やさないためと秘書艦のひとりもつけずに働いて、安全を第一に考えた艦隊編成にシフトを日頃から続けている提督は何より艦娘というものに対して真剣だということを。
そうだ。自分はこの鎮守府の皆が安心して過ごしていることに驚き司令に関心を覚え、そうして次第にその人柄に惹かれたのだ。なら、彼の懐の深さを疑うのは良くないことだと、雪風も思い至る。
ならば自分は。そう彼女が意気を燃やそうとした時。
「……提督が鎮守府から居なくなったー!?」
そんな誰かの悲鳴のような声が辺りに響いたのだった。