艦娘とは恋愛出来ないので鎮守府の外の子と仲良くしていたら艦娘でした   作:茶蕎麦

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 こんなに皆さんが見てくださるとは思わなかったので嬉しいです!
 お気に入りに感想評価どうもありがとうございますー。


ゴーヤかあさん

 それは、半ば突発的なことだったといっていい。

 執務室で鎮守府近海の哨戒をしてくれた一人の艦娘を労っていたその時、オレの口は偶には外に出たいな、という言葉を勝手にも口にしたのだった。

 いやオレって奴はどれだけ出会いに飢えているんだよ、とは思う。思うが、しかし自分の懐古コレクションの一つ、どうぶつ糊の曲線にまでいやらしさを覚え始めるくらいに溜まっている現状は正直ヤバいとも感じる。

 勿論慌てて口は閉じたが、時既に遅し。ソナーもかくやの彼女の聴力はちょっとしたものであり、オレの独り言を逃す筈がなかった。

 にこりとした彼女に、どう言い訳しようか考えるオレ。しかし彼女は言ったのだった。

 

 なら、一緒にここから抜け出すでち、と。

 

「てーとく、こっちの方が人がいないでち!」

「ああ、ありがとう……」

 

 甲高くそしてどこか自慢げなその声を聞きながら、オレは自分の現況に何となく目眩をすら覚える。

 出会いを求めて仕事を抜け出そうとするオレ。それを先導するように、スクール水着に上着を羽織っただけのめんこい子供がぺたぺた歩いている。

 いや、勿論その桃色髪鮮やかな彼女が我が鎮守府の頼もしき艦娘の一人であり、このスニーキングは彼女の了承済みのこととは分かっているのだが、どうにも申し訳無さが先に立ってしまう。

 伊58。どうしてか異様に懐いてくれる彼女には世話になってばかりだ。

 

「すまんな、伊58」

「気にしないで欲しいでち、てーとく。あと、ゴーヤでいいんでちよ?」

「それも申し訳ない。正直なところ、人の愛称として用いたくないくらいにオレは、あの苦いウリが苦手でな……」

「そうだったんでちか。ゴーヤてっきり嫌われているのかと……」

 

 こちらに向いた伊58の表情はどこか驚いたようになってた。

 しかしオレが伊58を嫌っているなんて彼女がそんな勘違いをしているとは。オレは首を振った。

 

 何時もにこにこ笑顔の彼女には気持ち的にも助けられているし、そもそもこの鎮守府ではたった一人の潜水艦でその働きには特筆すべきものがある。

 普段からオレの後を駆逐艦の子たちと仲良く付いてきて場を明るくしてくれるのもとてもありがたい上に、意外としっかり者で今回のように相談ごとを聞いてくれることだってあった。

 そうかと思えばお得意の()入でオレの私室に知らない間に入って来てはゴミ捨てをしてくれてたり、換気までしてくれてたりもする。

 そういえば夜分お腹がすいてお腹を鳴らしていると、それを察してほーしょうさんには内緒でちよ、と素うどんを差し入れしてくれたりもしたな。

 ……伊58はオレのお母さんか? いや、母親はベッド下に知らない間にスク水少女のグラビア集を忍ばせたりはしないはずだ。

 まあ、取り敢えずオレが伊58を嫌うなんていうことはあり得ない。だからオレは強めに否定する。

 

「そんな訳ないだろう。確かにお前が知らない間にベッドに潜り込んで眠りこけているのに最初は困っていたが、今はその都度新しく布団を敷いて寝るのにも慣れた」

「本当はゴーヤ、てーとくに添い寝して欲しいのでちが……」

「まあ、そんな伊58の潜入技術が今は頼もしいな。オレはてっきり警邏の者に袖の下でも渡しているのかと勘違いしていたが、まさかそれぞれの行動パターンを網羅して研究し尽くしていたとは……」

「でち!」

 

 笑顔の伊58。自慢げで稚気に溢れた彼女はとても愛らしいが、その実やっていることは完全にストーカーである。それもかなり気合の入ったストーカーっぷりだ。この鎮守府の人数は百人に近いというのに。

 いや、その相手がオレであり、被害が殆どないというからにはまあ問題ないのかもしれない。ぶっちゃけ妹みたいで可愛いからいいかなと、放置しているオレが本当は一番悪いのだろう。

 なにやらオレの頭の上で伊58の乗組員のものと手旗信号しながらきゃっきゃしている妖精さんの無邪気さを聞き流しながら、恐ろしいくらいに誰とも会わない脱出道中を進んでいると、ぽつりと伊58は言った。

 

「それにしても外に出たい理由が出会いが欲しいからって、てーとくはそんなに女の子が好きだったのでちか?」

「む……そう言われるとただのハレンチな奴にしか聞こえないが……まあ、人並みに異性との新しい出会いには興味がある」

 

 そんな言い訳じみた返しをしながら、オレは何故か頬を染めている羅針盤妖精さんを無視して一考する。

 これははっきり言って、贅沢にも程がある望みだろう。女所帯に勤めているからとはいえ、綺麗どころと関わることがたっぷり出来ていて、向こうからも好意的に見られているというのにそれを無視して余所見をするなんて。

 ついつい、恥じざるをえない。こういう時、自分の拘りがうざったくなりもする。

 だがしかし艦娘は艦娘で――。

 

「えへ」

 

 そんな風に思っていると伊58は止まり、くるりと反転。そして、花の顔になった。少し悲しげなそれはあるいは雨に濡れる紫陽花か。

 胸の中の雨滴を弾くように頭を上げてオレを見上げ、彼女はオレに向けて言う。

 

 

「あのね、てーとく……ゴーヤも女の子なんだよ?」

 

 

 そうしてへにゃりと笑んだ伊58は、兵器でもましてお母さんでもなく、その通りに何より愛らしい女の子だった。

 思わず、胸が高鳴る。だが、それを嫌うかのように努めて冷静になりながら、オレは作り物の笑顔で返すのだった。

 

「……ああ、そうだ。伊58。お前はオレには少し眩しすぎるくらいに、愛らしい女の子だよ」

「でち……」

 

 何を感じたか顔を下ろす伊58。オレにはその時。いじわる、という言葉が聞こえたような気がした。

 

 

 

「中々動かないな……」

 

 青空の下、オレと伊58は物陰に隠れて機を待つ。

 しかし、ここ鎮守府正面の警備員はびっくりするほど直立不動で感動的なほどに艦娘やオレたちに危険が及ばないように真剣だった。

 いや、あの人本当に生きているんだよな。置物じゃないよな……あ、ウミネコが頭の上に乗っかった。おいおい、でも動かないのかよ。あの人どんだけ首強いんだ。

 

 どこかおかしいが、しかしそんな真面目な彼を見ていると自分の行動のアホらしさが浮き彫りになってくる。

 なんというか、やる気の伊58につられてしまったが、時間を掛けて普通に外出許可を得た方が良かったかな、と思う。

 執務室には急いで居なくなった後のことを認めて置いておいたが、それでも艦娘たちに迷惑は間違いなくかかるし、そろそろ帰った方が良いか。

 そんなことを考えていると、未だ意気に燃える伊58がふんすと口走った。

 

「あのけーびいんさんは真面目な人だから……なら、こうするでち! ゴーヤがあの人を引きつけるでちよ! その隙にてーとくは一人で行くでち!」

「お、おい……」

 

 そして、伊58は駆け出す。ぺたぺた裸足で掛けてくるスク水少女に、普通に知り合いである警備員は特に驚かず、そしてその頭に乗ったウミネコも彼女を見かけたことがあるのか慌てることもなかった。

 たっぷりと余裕を持ち、それでいて警戒を怠らない重石のような警備員。その上であくびをする寛ぎモードのウミネコといい、そう簡単につられるようには思えなかった。

 だがしかし、彼は伊58が発した次の珍妙な発言によって目を剥くこととなるのである。

 

「けーびいんさん、たいへんでち! あのむきむきまっちょまんのけんぺいさんが、すっぱだかで伸びているんでち!」

「な、なんだって……ごくり。あのムキムキマッチョマンの憲兵さんが裸で?」

「そうでち! はむすとりんぐすにあぶどみなるの隅々まで現在進行形でおっぴろげなのでち!」

「おお……それは見逃しては、いいや早く介助してあげないとなあ! 今行くぞ!」

「こっちでち!」

 

 意欲、いいや肉欲に燃える警備員は、立ち番の職務を放り投げて、駆ける伊58の後を追い出す。

 突然の動きに彼の頭から転がり落ちたウミネコは何事かと驚きながら、みゃあと鳴いた。

 

「……男の異性愛ってひょっとしてここじゃマイナーなのか?」

 

 残されたオレは、同性の職場の仲間たちが最初からいやにフレンドリーだったその理由をここでようやく察する。

 そうして暑い日差しに灼かれながら少しの間、どう異動を申し出ようかな、と思い悩むのだった。

 

 

 

 

 

「……ということで、つまり提督は少しの間視察のため忍んで鎮守府から出ていかれたようなのです。その理由も帰宅時間も書かれた手紙はここにあります。ご覧になりたい方は後で私、大井の方まで相談してくださいね」

 

 ちょっとした体育館のような広間――催しごとの度に使われている――にて、広がった提督不在の噂に動揺する数多の艦娘たちを前にして、この鎮守府最古参の艦娘である重雷装巡洋艦大井は微笑む余裕を見せながらそう語りきった。

 本当ならば館内放送にて周知させても良かっただろう。だがしかし、それでもし提督を慕う艦娘たちが真似して各々外に向かうようになってしまっては良くない。そのために設けた、全員集合の場である。

 ったくあの小僧ったらちょっと立派になったと思ったら直ぐこれね、と大井は胸の中で黒く思いながら、続ける。

 

「そして、その手紙の中には臨時の秘書艦として大井を任命し、そして鎮守府の運営を任せる、ともありました」

「え、大井っち提督代理ってこと? すごいじゃん」

「うふふ。そういうことになりますね、北上さん」

 

 壇上からこの場にちらほらと姿のない艦娘の名前を不真面目ねと思い返しながら、愛しの北上――同じ重雷装巡洋艦である――に向けて、大井はウィンク。

 照れることもなく当たり前のように北上はそれを受け取った。

 

 提督がこの場に居たら、二人の仲はやはり深いものだと勘違いしてしまうだろう、そんな光景。だがしかし、その実、北上と大井はこの時言外で火花を散らせていたりする。

 実の所、普段は交わす言葉が少ない二人のその内心を知ったら提督はきっと、なにこれゲームと違う、と驚くことだろう。

 

「ちょっと待ってくだサーイ! 提督の初めての秘書艦、是非ワタシが務めたいのですガー!」

 

 そんな中、運悪く姉妹艦の建造に恵まれていないためにブレーキ不足である金剛が空気を気にせず前へと出た。

 手を挙げてぴょんぴょん。そんな子供のように元気な彼女を大井は宥めすかす。

 

「金剛さんごめんなさいね。あの人ったら()()()()()私が良いみたいで……手紙の中に個人的な私信を私に向けているくらいなのよね」

「むむぅ……提督ったらイケずデース!」

 

 形だけ申し訳無さそうにする大井。その前でそれを真っ直ぐに受け取り、仕方ない人だと提督への想いをまた募らす金剛。

 彼女は大井がした言葉の強調に気づくこともない。金剛は癒やし。そう感じるものはこの場に少なくなかった。

 

「あら、天龍ちゃんはいいの? 提督のお仕事やってみたいって前に言ってたじゃない」

「あー……なんかやる気が出なくてさ。だってアイツ今居ないんだろ? それじゃあただ面倒なだけじゃねぇか」

「ふふー。それもそうねー」

 

「司令官さん、何時帰ってくるのでしょう……」

「あの司令官だもの、きっとご飯の時間には帰ってくるわ!」

「つまんないわ。……おやつの時間までに帰って来ないかしら?」

「暁、司令官が居なくて寂しいんだね」

「そ、そんなことないわよ!」

 

 そして、緩んだ空気に私語がぽつりぽつりと溢れてくる。

 誰もがお開きになりそうだという感じで言葉を交わして動きはじめる中、それに取り残された一人が呟いた。 

 

「しれぇ……どこに行っちゃったんですか?」

「雪風……」

 

 消え入りそうなそんな声に、隣に並んでいた時雨も掛ける言葉を失う。

 何時でも会いに行ける筈の、大好きなあの大きな背中はどこに。もう一度抱きつきたいと思っていたところで、遠くに行ってしまうなんて。

 そう思いながら彼女は小さな手を強く握りしめて溢れそうな感情を堪える。そんな雪風の強張りを解すかのように、優しく手のひらを重ねたのは、やはり時雨だった。

 

「帰ってくるさ。ちょっと待つだけで、また直ぐあえるよ。それに、何時も僕らは鎮守府で提督を待たせてたんだ。偶には出ていく側と待つ側が逆になってもいいんじゃないかな?」

「そう、ですね……そうです! 何時もしれぇはこんなに心細かったのですね……なら雪風も、我慢しないといけません!」

「ふふ……その意気だよ」

 

 今泣いた烏がもう笑う、ではないがそれと決めた雪風は毅然に目の端の涙を拭って再び前を向きはじめる。

 大きなどんぐり眼から赤みは中々とれはしないが、それでもいい表情になったと時雨が思っていると、間近の扉がばんと開かれた。

 誰かと振り返るその場の皆。するとそこにぺたぺた現れたのは伊58ことゴーヤだった。彼女は疲れた表情をして、呟く。

 

「うう、すっごくしぼられたでち……」

 

 ゴーヤがくたびれ果てているのは、警備員の一時間近くの説教を彼女が真面目に聞いためである。

 憲兵のナイスバディを見ることが出来ずに酷くがっかりした彼のゴーヤに対する叱りはそれほど長く続いたのだった。

 人の恋路を茶化すものじゃなかったでち、とふらふら反省するゴーヤに、何かに気づいた様子の雪風は話しかける。

 

「そうだ! ゴーヤさんは、しれぇがどこに行ったか知りませんか?」

 

 ゴーヤが提督に近いというのは皆知っているところ。実際彼女のストーカーじみたスニーキング振りが発覚しているということはないのだが、それでも二人の距離感が近いというのは誰から見ても理解できた。

 だから、この提督が消えた事態の肝心な部分を知っているかもしれないゴーヤの返事が気になり、雪風をはじめ多くが耳をすませることとなる。

 そんなみんなの注目に目を白黒とさせながら、ゴーヤは。

 

「ん? てーとくならお嫁さんを探しに行ったでちよ?」

 

 あっけらかんと、そんな爆弾発言を投じるのだった。

 

 


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