艦娘とは恋愛出来ないので鎮守府の外の子と仲良くしていたら艦娘でした   作:茶蕎麦

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 頑張って続きを書いてみましたが、皆様のお口に合うかどうかとても心配ですー。


帰って来なかったら

 

「ふむ、暑いな……」

 

 鎮守府方面から一人歩いてきた男の正体が気になったのか根掘り葉掘り聞き出そうとしてきた、オレを拾って街まで送ってくれたタクシーの運ちゃんの禿頭の輝きから別れてしばし。

 三十分は乗り込んでいたクーラーの効いた車内との温度差に、じわりと背中に汗をかきはじめてきたオレは思わずそう呟いた。

 伊58に毎度染み抜きして貰うというのは心苦しいこともあり、それを着込んでいる時は大好きなカレーうどんをろくに食えなくなってしまった、あの白すぎる軍の制服を脱いだ軽装とはいえ、流石に夏の日差しはキツいものがある。

 こういう時は冷たいものを頂くか、或いは冷房の効いた場所に再び身を置けば楽には違いない。それを皆実践しているだろう、平日の午前の日向に人影は少なかった。

 

 この時期になると鎮守府の男衆はこぞって身体を日焼けさせるためにか休み時間の度に半裸で防波堤近くに寝そべっていたが……まあ、集団で筋肉の天日干しをするような奴らなんて本来そうそういるはずもない。

 執務室の窓から見える、魚拓のようにコンクリートに彼らが残していった数々の汗ジミが乾いていく速さで今日の暑さを計っていたことすら思い出して、変な染まり方をしていたな、とオレは反省するのだった。

 

「出会いがどうのこうのの前に倒れてしまうなんてアホらしいことだし、どこか喫茶店にでも入るか」

 

 これでも随分と鍛え込んだ方であるからしばらく歩くことくらいは平気だろうが、ろくろく人も居ないのにうろうろとしていては不審者扱いされるのがオチだろう。

 オレの肩に乗っかっている妖精さんたちもだいぶヘタれてきたことだし……あれ、何時の間に彼女らは水着に着替えたんだろうか。そんな土管のプロポーションでセクシーポーズを取られても反応に困るんだが。

 ……まあ、自由な彼女らをオレは無視して、オレは直ぐ近くにあった趣深い喫茶店へと向かう。扉を開けるとカランコロンと、懐かしい音色が頭上で響いた。

 

「いらっしゃい」

 

 すると渋いオヤジさんがカウンター越しに挨拶をしてくれた。ロマンスグレーが似合いの彼の感じの良さを受け、それだけでオレは何となくいい店を引き当てたような気持ちになる。

 そして彼のエプロンに印字されたPUKA-PUKAの文字を見て、オレは遅れてこの店の名前を知るのだった。

 それにしても、焦げたような色合いが目に優しい。オレが、客入りが少ないのが不思議なくらいに趣味の良い大正レトロな内装に魅せられていると、店主が続けて声を掛けてきた。

 

「どこにでも好きに座っていいよ。ちなみに、注文は決まっていたりするかい?」

「わかりました。注文は……アイスコーヒーで」

「了解。丁度今朝、小笠原から良い豆が届いたところでね。お客さんは運が良かった」

「へぇ……」

 

 嬉しそうな店主の話を聞いて、オレはにやけそうになる口元を抑えることに苦労する。

 それもそうだろう。なにしろ彼がコーヒーを仕入れているのだろう小笠原諸島の哨戒線を守るのに、我が鎮守府の面々が一役買っているのだ。

 自分の指揮のもとに行われたことが実際人の役に立っていることを知って、嬉しくなってしまうのも仕方のないことだろう。特に頑張ってくれていた朝潮あたりへの土産話としようかと思っていると、フェルトの花が目の前に置かれた。

 これは何かと思っていると、どうやらコースターだったようで続いてグラスが載っけられる。からりと、珈琲色の中で氷が踊った。

 

「ごゆっくり」

「ありがとう」

 

 そのままグラスに口をつけたオレは、透き通った雑味一つない美味いコーヒーを飲み込んでから、一息つく。

 そしてオレは久しぶりの、何に急かされることもないゆったりとした時間を味わった。

 氷の溶け落ちる音を聞きながらこの店は艦娘たちにもおすすめ出来るなと考えながら、ただ駆逐艦たちにはちょっと背伸びがいるかもしれないな、とも思う。

 そのまま、前に間違って運ばれてきた暁仕様のコーヒーのじゃりじゃりしたほぼ砂糖水な全容に閉口したことなどをオレが思い出していると、ぱたぱたと店の奥から駆けてくる音が聞こえた。

 何となくそちらの方をオレが向いてみると、ちょっと赤みがかった大粒の瞳の女の子が長い黒髪をしっぽのようにふりふりやってくる。幼気な彼女はオレを見て、言った。

 

「知らないお客さんだー!」

「こら、お前。お客さんに……」

「オレは大丈夫です。元気でいいじゃないですか。君は、店主さんの……お孫さんかな? 幾つだい?」

「六さい!」

「そっか。来年は小学生かな? 楽しみだね」

「うん!」

 

 頷いた少女は、満開の笑顔を見せる。未来に幸が溢れていることを信じきっている、そんな無垢な表情にオレもつい頬を緩めた。

 実に微笑ましく、そしてだからこそオレも頑張らないとなと強く思う。彼女のような子どもたちが夢見る世界を、この国の将来を今より明るくするためにも出来ることがあるオレは努めなければ。

 

「……そうと決まれば、出会いとか言ってる暇なんてないな」

「お兄ちゃん?」

「いや、なんでもない」

 

 そんなことを考えていたら、下心なんてどこかへ行ってしまった。幼女見て冷静になるとか見方を変えればヤバい気がするが、それはそれ。

 お礼として何か。ああ、丁度これがあった。オレは肩に掛けている鞄の中からおもむろに、びよんとカラフルなそれを取り出す。

 

「丁度いいのを持っていた。これをあげるよ」

「なあに、これ?」

「レインボースプリングというおもちゃだよ」

「わ。これびょんびょんするー」

 

 プラスチックで出来た伸び縮みするスプリングの、その振動すら鮮やかさに変える綺麗さを見て目を輝かせる少女。

 近くまでやって来た店主は、夢中で遊ぶ子供の隣に立ち、オレに話しかける。

 

「どうしてそんな古い玩具を持ち歩いているのか知らないが、貰ってしまって良いのかい?」

「ええ」

「ありがとう。それと……あんた、ロリコンじゃないよな?」

「それは違います」

 

 言いにくそうに聞いてきた店主にオレは酷く冷静に答える。確かにオレは子供好きだが、普通に大人の女性の方が好きだ。

 似たような勘違いをした朝潮型の制服をピチピチに着込んだ金剛にこれでどうデースとドヤ顔されたこともあるが、それは違う。

 下手に誤解されないうちに会計をすまそうかと思い、財布を開くオレ。それに店主は待ったをかけた。

 

「いいよ。いいもの貰ってしまったことだしお代はいらない」

「しかし……」

「気がとがめるのなら、また来てくれればそれでいいさ」

「わかりました」

「お兄ちゃん、ありがとー。またね!」

「ああ、またね」

 

 入り口まで見送ってくれた店主にお辞儀をし、ぶんぶんびょんびょんとレインボースプリングと一緒に手を振る少女に手を振り返して別れる。

 そうしてオレは、早く鎮守府に戻ろうとタクシーを捕まえるために駅へと足を向けた。

 暑気に早々と汗を流しはじめたが、気分は冷房の効いた鎮守府で書類に追われていた頃よりもずっと良い。守るべき日常を久しぶりに見て取った、そのことがいい薬になったのだろう。

 

「まあ、出会いはなかったけれどな」

 

 さっきの少女なんてあと十年もすれば誰もが放っておかない美人になるだろう愛嬌のある子だったが、今現在はただの子供。

 当初求めていた出会いは得られなかった。これは伊58には悪いが、場当たり的な行動では中々成果なんて出ないということだろう。

 オレがさて色々と任せてしまった大井にはどう言い訳をしようかと思ったその時。

 

「きゃ」

「おっと」

 

 オレは曲がり角で人と出くわした。目の前の女性の括った髪が跳ねて、どさりとその手から鞄が落ちる。

 これは申し訳ない。ぶつかりこそしなかったが、驚かせてしまったようだ。不注意だったなと反省しながら彼女の鞄からこぼれてしまった中身をオレは拾い出した。

 そしてリングノートに筆箱に、何故かあった袋に入った芋けんぴとかを纏めて手渡す。

 

「ありがとうございます……って」

「ん?」

 

 すると、何やら絶句したかのように女性がオレを見て来た。視線と視線が合って、困惑する。そうして、自ずと彼女の見た目が情報として入ってきた。

 見た目としては黒髪をひとつ結びにした素朴な女性。彼女には何というか、うちの鎮守府だと戦艦扶桑のような淑やかさを覚える。いやむしろ以前演習で見かけた空母赤城の方が雰囲気が近いかもしれないか。

 しかし、彼女らよりも子供らしさが残ってもいる。年の頃としたら大学生か、社会人になりたての辺りだろうか。

 そんな彼女はオレを見ていた。正確に言えば、オレの肩あたりを。もっと言えば、どうしてか手を振っている水着姿の妖精さんを。

 今度はオレの方があ然としてから、問うた。

 

「――君、この子達が見えるのかい?」

「えっと、はい。ちっちゃな女の子が私に手を振って……」

「はは。こんなところで提督適性のある子と出会えるとは思わなかったな……」

「提督適性?」

 

 可愛らしく首を傾げる女性に、オレはどう説明していいものか迷う。

 妖精さんの存在は基本的にシークレット。そうであるが、全国で行われている身体検査に紛れ込ませる形で出張してもいた。

 目の前に妖精さんを置いて、見えるか聞こえるかどうかある程度以上の年齢の子は知らずにさせられていると思うのだが、まさか適性検査漏れがあったなんて。

 まあ実際は妖精さんに関われるだけが提督適性ではないそうだし、もし自分に適性があったと知ったところでこの女性が提督の道を志すかどうかは分からない。だが、目の前の可能性の塊を無視することはオレには出来なかった。

 ある程度ぼかして、探りを入れるようにオレは話し出す。

 

「あー……近くに鎮守府があるのは知ってると思うけれど……まあオレはそこで働いていてね。そのために、提督という仕事にどういう適性が必要なのかは知ってるんだ」

「そうですか……あれ、ということは貴方はあの那珂ちゃん鎮守府の人っていうことですか」

「そうだけれど……」

「あの私、那珂ちゃんの大ファンなんです!」

 

 しかし、話の腰は途中で折れてしまう。何しろ彼女は、不思議の塊であるだろう妖精さんのことも目に入らないくらいに、興奮しているようだから。

 というか、近い。一気に荒くなった息が当たりそうだ。これは落ち着くまで話を聞かなければいけないだろう。流石、那珂ちゃんさん。一般人気は凄まじいものがある。

 

「そうなのか……はは、きっと那珂ちゃんさんもそれは喜ぶと思うよ。後で伝えておこうか?」

「はい! 出来るなら……あ、申し遅れました!」

 

 そこでようやく異性に近づきすぎていたことに気づいたのか、ぴょんと離れて。彼女は顔を真っ赤にして名乗りだす。

 

「―――私、上坂吹雪といいます!」

「え?」

 

 そしてそんな聞き覚えのある名前に、オレは再び驚かされたのだった。

 

 

 更に同時刻。

 

「おじいちゃん。そういえばびょんびょんくれたあのお兄さん、肩にお人形さん乗っけてたね!」

「そうだったか?」

 

 どこかでそんな会話があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

「お嫁さん?」

「えらいこっちゃー」

「提督……」

 

 ゴーヤの爆弾発言に、広間は揺れる。僅かに残っていた規律もさっぱり消え去り、思い思いに言葉が溢れてうるさくなっていく。

 そこでようやくあれ、これはひょっとしてやってしまったかな、と思い始めるゴーヤ。一気に扉を背にした彼女へ輪が迫る。

 そんな中で、誰より早く一歩を踏み出してゴーヤに問いかけたのは雪風だった。

 

「―――本当、ですか?」

「でち?」

「しれぇがお嫁さんを探しに行ってしまったって」

「そう、でちが……」

 

 常に笑顔眩しい雪風の何時もと違う無表情に気圧されるゴーヤ。彼女は問い詰められて、素直に返すしかなかった。

 それを聞いた雪風は眦を決壊させ、涙をぽろりぽろりと零し始める。

 

「しれぇは雪風に、愛想を尽かしてしまったのでしょうか」

 

 そう、少女は言った。当然ながら実際にはそんなことはないのだが、タイミングが悪い。

 好きと告白したすぐ後に、想い人が他に恋愛相手を探す。それをあてつけのように感じてしまうのは、仕方のないことだろう。

 次々と瞳から溢れる滴。それを堪えるために、その場で身体を丸めようとしたその時。

 

「そんなことはありませんヨ」

「金剛、さん……」

 

 優しく、雪風は金剛に抱きしめられた。

 驚き見上げる雪風に、金剛はハッキリと告げる。

 

「提督は、そんな人じゃありまセン。それに雪風。貴女が好きになった提督は、簡単に貴女を嫌うような人でしたカ?」

「ぐす……違い、ます……」

「OK! なら心配いりまセーン。貴女が好きな提督を信じまショウ!」

「……はい」

 

 努めて明るい金剛の言葉に、雪風はこくりと頷いた。

 顔をごしごしと擦る少女を見つめて、金剛は満足げな笑みを浮かべる。花は二輪で束ともなれるもの。恋のライバルに塩を送ってあげるのも、友情だった。

 

 そして少し経って雪風からそっと離れた金剛は、今度は少しむくれてゴーヤへと向く。

 自分かと己の顔に指をさすゴーヤに頷いてから、金剛は質問を始めた。

 

「ただ、ワタシの知っている提督はこんなに浮気性じゃありませんでシター。ゴーヤ、何があったのデス?」

「でち? てーとくは出会いが欲しかったと言ってたでちよ」

「あら……提督ったら、私達だけでは満足出来なかったのかしら? イケナイ人だわ」

「ったく、鳳翔の言う通りだぜ! 世界水準を軽く超えてるオレを無視して他所の女に走るなんてなぁ」

 

 ゴーヤのした話は提督を想う艦娘たちの心に波及する。

 笑みを崩さない鳳翔も余裕ありそうに見せている天龍も、皆どこか気がそわそわしていた。

 だって、うかうかしていて下手をしたら誰かに提督という居場所が汚されてしまうかもしれない。それを強く思ったのは、潔癖なところのある時雨だった。彼女は親指の爪をかりと噛みながら、言う。

 

「……僕は、提督に何かある前に連れ戻した方が良いと思うな」

「そうね! お嫁さんを見つけてくるまでどれくらいかかるか分からないけれど、その間に司令官に何かあったら大変だわ!」

「電は、司令官さんのことを信じてあげたいのですが……」

 

 そんな時雨の言に、提督想いの艦娘たちも乗っかる。次第に、様々な提督に対する心配が重なって渦巻き、その場の雰囲気を酷く重くしていった。

 

「ったく。なあ龍田! お前は提督が行ったところに心当たりとかないか?」

「そうねー。提督の私物に付けておいた発信機は全部外されちゃってるし……人の多いところを人海戦術で探すのが一番早いんじゃないかしら?」

「よっし! ならそうするか!」

 

 そして、そんな場の空気を嫌った天龍が疾く動こうとし始める。

 気が早い彼女は大股で出口へ足を走らせて。

 

 

「止めなさい」

 

 

 そして、それは大井が壁を叩いた轟音に驚かされることで、停まった。

 強かにぶつけて凹んだ壁から血が滴る拳を下ろしてから、大井は皆の前で毅然と宣言をする。

 

「私が提督代理、いいえ、あの人に代わりを頼まれているからには、勝手はさせません」

 

 断言。この場の艦娘達の中で一番はじめにこの鎮守府に配属された最古参である彼女の台詞には重みがあった。

 殆どの艦娘達が縛られたかのように動けなくなる中、ぽつりと金剛がこぼす。

 

「ですガ……」

「大丈夫ですよ。提督は帰ってきます。あの子は嘘を吐いても約束を破るような子じゃないわ」

 

 そう言う大井は、まるで弟のことを信じる姉の表情。明らかに、常ならざる感情を抱いて彼女は待つことを選択する。

 静まり返る周囲。誰もが言い返す言葉を持てない中。周囲をそれとなく観察していた、愛しの相方であるはずの北上が大井に発言する。

 

「大井っち。でも万が一提督が適当な女を捕まえて帰って来なかったらどうするのさ」

「そうですね。いい人を見つけるというのは素晴らしいことだけれど、もしあの子が約束を破って私達を捨ててしまったその時は……」

 

 一拍の間。少しばかり考えてから、ぱんと手を叩いて彼女は目尻を下ろす。

 そして。

 

 

「草の根分けてでも探し出してから…………提督を殺して私も死ぬわ」

 

 とても上等に微笑んで。あっけらかんと、大井はそう言った。

 

 

 




 変化球を選択したのですが、直球の方が良かったのか……どうなのでしょう?

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