艦娘とは恋愛出来ないので鎮守府の外の子と仲良くしていたら艦娘でした 作:茶蕎麦
誤字報告もまたありがたくてたまりません。
皆様の反応が励みですー。
駅が直ぐ目の前とあれば、一休み出来る場所にはこと欠かない。オレが今も人好きの笑みを見せている吹雪さんを連れて来たのはまあよくあるファミリーレストランだった。
そろそろお昼ということでオレ自身お腹が空いているということもあってお昼にしようと気になり、そして何より目の前の話をしている相手が大きな腹の虫を鳴かせてしまえば無視することなんて出来やしない。
ふと思って、これ別にナンパじゃないからね、と言いはるオレに、そういえばこのシチュエーションってナンパっぽいですねー、とむしろ目をキラキラさせ出した吹雪さんはなんとも愉快だった。擦れてなさすぎだ。
「なるほど、その吹雪という名前はご両親が艦娘からあやかって付けたと……そうか、大体君くらいの年の子が生まれた頃というと、丁度艦娘の情報がちらほら世に出回りだした頃だものなあ」
ある程度の会話の後、オレは納得に頷いて、その際に目にした食べ終えたばかりのパスタ皿の底に溜まったソースの茶色に満腹から魅力を覚えなくなっていることを感じる。
だから、甘いものは別腹ですとカレーを頂いた後にタワーパフェなる代物を楽しそうに削っている吹雪さんの健啖ぶりに呆気にとられるのだった。
いや、最初はこのパフェ甘味を重ねに重ねた扶桑タワー並みの違法建築振りだったんだが。それを十分も経たずに削りきりそうな勢いで呑み込んでいる辺り、凄まじいものがある。
大食艦とはこれまで縁がなかったが、この子は下手をしたら赤城なんかの大物達といい勝負するんじゃないかな、と思わざるを得ない。普通にびっくりで、正直なところ上手く笑顔を作れているか自身がない。
だが目の前の男性に一流のフードファイターと同列と思われていることを知らず、底のチョコレートムースを頂いてから朗らかに、吹雪さんはオレに返事をした。
「はい! その中でもテレビに映る駆逐艦の艦娘さんが鎮守府で働き回る姿がお父さんお母さんには印象的だったそうで……私もあんな風に笑顔で頑張れる子になって欲しかったんだって言っていました」
「なるほど。あの時代は領海をろくに取り戻せていなくてノウハウもなくまだ駆逐艦種を持てあましている頃だったから……看板役を務めたのが比較的手空きの彼女ら吹雪型だったのも自然の流れか」
「はぁ……なるほど。確か親も最初は艦娘ってちっちゃな子ばかりかと思ってた、と言っていましたが、そういう背景があったのですねぇ……」
カラン、とこのパフェ専用の特製だろう柄の長いスプーンを空の器の中に安置させてから、どうやら妖精さん作ではなく純粋に人の子であるらしい吹雪さんは知られざる事実に納得したようである。
そう、彼女は有名人から我が子の名前を取るのと似たようにして、艦娘から名前を貰っただけの一般人だった。
「ふふー……かわいい」
まあ、その割にはとそっと妖精さんを撫で付ける吹雪さんを見る。何時の間にか吹雪型の制服を着込んでいる妖精さんは想像以上に彼女に懐いているようである。
あ、妖精さんめ、ふざけて撫でる手をぺろりと舐めたな。まあ吹雪さんはむしろ喜んでいるから良いのだが、しかしあまり彼女から反応を引き出させ過ぎないで欲しい。
ぶっちゃけ、他の人の目が痛い。妖精さんを見ることが出来ない普通の人から見たら、吹雪さんは中空を撫でてきゃっきゃ言っている女の子となる。
それはちょっとまずい。まあ比叡カレーよりは大丈夫そうだとはいえ、無視することは出来ずにそっと妖精さんを借りてから、オレは話の続きを始める。
「にしても、そんな艦娘と同じ名前の子がまさかこの子等を見ることが出来るっていうのは面白いな。……吹雪君はひょっとして、水の上に立てるなんていう特技を持っていないかい?」
「まさか! そんなことが出来たら私、艦娘さんみたいじゃないですか!」
「いや……よく考えたら艤装も付けずにそんなことが出来るのはアメンボくらいだったな……変な質問だったか」
オレは思い直して頬を掻く。
そう、いくら艦娘とはいえ妖精さんが手掛けた艤装がなければ、海に立つことだって出来やしない。その上で妖精さんの支援がなければ海上戦闘なんて夢のまた夢だ。
また、もし艦娘が艤装も付けずにずっと水に浮くものだとしたら、入渠すら出来なくなってしまう。
小破した彼女らが尽く風呂に浸かれずに悲しい顔をしながら湯気の上に団体で座り込んでいる図を思いついて、オレは苦笑いしてしまった。
「そんなことはないですが……ぎそー、ですか」
「言葉だけ聞いても分からないよなあ。たとえば那珂ちゃんさんが海上ライブで付けている衣装の……まあメカっぽい部分がそれさ」
「わあっ、あのマイク、ぎそーって名前が付いていたんですね! あれがあるから那珂ちゃんは水に立てる……メモしておかないと」
「いや、そっちじゃなくて腰に付けている銃みたいなのとか、太ももに付けているボトルのようなのとか、靴とかだな」
「そっちでしたか! 間違えちゃいました!」
可愛い勘違いに、舌を出す吹雪さん。普通ならばあざといとすら思ってしまうその仕草を、オレは素直に可愛らしく思う。
なんというか、素朴だ。いや、十分に彼女も綺麗どころではあると思うのだが、整いきった艦娘と過ごしていたがために麻痺してしまったのだろうか。
とにかく、そんな
「それであの……結局そのちっちゃな子、何なのですか? とても可愛いですけど……」
「ああ、この子は……まあ言ってしまってもいいかな。妖精さんだ」
「妖精さん? なら……あれ、背中に羽は付いてないみたいですね」
「ま、妖精といっても色々といるっていうことさ。学生の頃、身体検査している時とかに彼女らを見たことはなかったかい?」
「えっと……はじめてだと思います。ただ……」
「ただ?」
「一回風邪で身体検査を休んじゃった翌日に、個別に呼ばれてお医者さんに採血されたことがありました」
「なるほど……そんなことが。よく覚えていたね」
「血を採られた時に怖くってわんわん泣いちゃったんです。そのことが未だに記憶に残って……わ、妖精さん慰めてくれるの? ありがとう!」
吹雪さんは、また妖精さん相手に声を上げて隣席のプリンを食べていた総白髪のオジサンにガン見される。だがそれに注意する余裕もなく、オレは思考の海に沈んだ。
オレがそうであったように、恐らく妖精さんを見ることの出来る提督適性のあるだろう吹雪さんは、幼い頃から妖精さんを見ることが出来ただろう。
そんな彼女が初見であるということはつまり、彼女が偶々休んだというその日、身体検査の際にその地域での適性捜査は行われたと見ていい。
きっとその際に、検査から漏れたのだ。妖精さんも忙しいものだから、何度も同じ人間の適性検査のために出張らせるようなこともないことだし。
そして、話を聞く限り、妖精さん視認の検査の代替検査が採血なのだろう。血で適性を見ることが出来るというのは、オレも初めて知ったが、それはきっと精度が高いものではないのだ。
もしそれだけで確実に分かるのだったら、そもそも妖精さんを方々に出張させる必要はない。だが未だにそんなことをしているということを考えると、血液検査は完全に信頼できるものではないに違いなかった。
だからこそ、吹雪さんは血液検査からも漏れた。そうオレが結論付けて顔を上げると。
「えへへ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした吹雪さんをバックに、よく知るアイドル顔がドアップに。そして彼女はオレに飛びついた。
「きゃは♪ どーん!」
「うおっ」
「提督、久しぶりー」
「那珂ちゃん!? そして、えっ、て、提督さんだったんですか?」
そしてオレにハグする我らがアイドル那珂ちゃんさん。慌てる吹雪さんを気にも留めずに、那珂ちゃんさんはオレの胸元にスリスリした。
こんな柔いぬくもり、男としてとんでもなく嬉しくはある。だが、流石にこれはパパラッチ的な意味でヤバいと思ったオレは、彼女の両肩を持って引き剥がしてから言う。
「那珂ちゃんさん、久しぶり……一つ聞きたいんだが、どうやってオレを見つけたんだ?」
「んー、なんとなく? 勘かなー。というか、提督。さん付けなんてぷんぷんだよ! 那珂ちゃんと提督の仲じゃない」
「いや、確かにオレと那珂ちゃんさんとの仲は良好だが、そんな中にあっても尊敬というものを示したいと思ってな。中々、那珂ちゃんさんにはお世話になっていることだしなあ」
「まあ、提督が那珂ちゃんを嫌っていないって言うなら良いんだけど……」
せめてさん付けくらいしていないと刺されるだろうこれ、とファンらしき周囲の人垣からの鋭い視線を恐れて言った、なんだかなかなかとうるさくなってしまったオレの台詞でも那珂ちゃんさんは何とか納得してくれたようだ。
しかし、オレには未だに納得出来ない部分がある。本当に、どうやって那珂ちゃんさんはオレを見つけてくるのだろう。
他の艦娘は盗聴器などのテクノロジーに頼っているようだが、那珂ちゃんさんはひと味違う。勘というか第六感というかそんなもので、オレを探知してくるのだった。
そうしてオレを見つけ出す度に那珂ちゃんたちって運命の糸で結ばれてるんだね、とうそぶく那珂ちゃんさん。
何となくで百発百中なんて、まるでチンチロリン無敗を誇る雪風のようだ。果たしてこれも那珂ちゃんさんの練度の高さに所以するものなのかどうか……オレは別に彼女にまるゆをおかわりさせたりはしていないのだが。
まあ、変な考えを巡らせるよりもと、オレは嫌われているかもなんて先の伊58のような頓珍漢なことを口にした那珂ちゃんさんに向けて口を開く。
「全く、オレが那珂ちゃんさんを嫌っているわけがないだろう。むしろ、オレにとっては那珂ちゃんさんが一番好感度が高い艦娘だよ」
「え? そ、それってホント?」
「ああ。オレの那珂ちゃんさんならアイドルになれるっていう言葉を信じて、それを叶えてくれた。そして今や鎮守府、いやこの国のスターにまで上り詰めてくれた。こんなにありがたいことはないだろう?」
「あははー。那珂ちゃんにとっては、提督の言うことを信じるのなんて当たり前なんだけど……恥ずかしいなあ。あ、それでさ……一つ聞いていいかな?」
「なんだ?」
少し頬を染める那珂ちゃんさんに、甲斐甲斐しいことを言ってくれるな、と感動するオレ。
那珂ちゃんさんは一つ聞きたいと言ってはいるが、幾つだろうと聞いていいとオレが鷹揚に構えたその時。彼女はオレの向かいに目を向けて。
「ねえ」
そうして一気に空気が死んだ。
彼女は、言う。
「――――その女の子、提督のなに?」
絶対零度の視線とは、このことか。感情も何もかもが凍った面に、光飲み込む瞳が真っ直ぐ瞬きもせずに開かれている。
そして、それはオレの目の前の彼女。吹雪さんの方へと向いていた。
これは、何かがマズイ。そう思ったオレが口を開こうとしたその時。
そんなこんなをまるで気にせず、むしろ喜色を溢れさせて、吹雪さんは声を上げる。
「あ、申し遅れました! 私、那珂ちゃんの大ファンなんです! その、提督さん? とは先程出会ったばかりで……」
「んー? ……あー、なんだ。ただの那珂ちゃんのファンの子だったんだねー。那珂ちゃんてっきり勘違い!」
額に拳をこつん。舌を出しててへっとする那珂ちゃんさん。何とも小憎たらしいそんな仕草に、オレは脱力する。
そして、今度は那珂ちゃんさんは吹雪さんへと手を差し出した。きょとんとする彼女に、アイドルは声をかける。
「はい、ファンの子には大サービス! 握手をプレゼント!」
「あ、ありがとうございます……うわぁ、那珂ちゃんの手、ちっちゃい……」
「うんうん。ファンは大事にしないとねー……あ、そうだ提督」
「……今度はなんだ?」
「大井さんが電話で言ってたんだ。鎮守府に帰ったら、覚えてなさいって」
「ああ……わかった」
ヤバい。恐怖で震えんとする身体を抑えて何とか、那珂ちゃんさんの言葉に返事をする。
大井が忙しい筈の那珂ちゃんさんにまで一報を入れるなんて、これは動機やら何やらバレたか。説教程度で済めばいいのだが、きっとそれでは終わらない。
最終兵器憲兵さんが出張って来なければ良いのだが、いや間違いなく来るよなとオレが怯えていると、知らない間に二人の握手は終わったようで、ふと見てみると吹雪さんはアイドルの手を掴んだ右手をぽうっと見ていた。
そして残った那珂ちゃんさんは、オレの近くに来ている。隣でふふ、と笑う彼女の息がかかった。いやこれは近すぎないか、と思ったオレが注意しようとした時。ぽつりと彼女は話す。
「提督。あの子、大事にした方が良いかもよ?」
そして彼女は、那珂ちゃんの勘だけれど、と続けた。
「ただいまー……」
吹雪さんとの連絡先交換という収穫をひとつ。それを得て彼女と那珂ちゃんさんと別れてからしばらく。
鎮守府に舞い戻ったオレは、何事もなく執務室の前に来ていた。
いや、何事もないどころかここまで警備員以外に誰とも出くわさなかったっていうのはどういうことだろうか。まるで、何かの力がかけられているような気がしてならない。
むやみに豪華な設えの扉を前に、緊張するオレ。ごくりとつばを飲み込み。そうしてからままよとオレは扉を開け放つ。
伊58の呼んだでちか、という幻聴を聞いてから、オレは扉の先に居る二人に目を丸くする。
「提督」
一人は、案の定。付き合いの長い頼れる彼女、大井だった。
柳眉を逆立て、こちらを睨んでいる彼女は確かに怖い。怖いが。
だがもっと恐ろしいものが隣にあった。
長駆で鍛え上げられたその全身は焦げたように日に焼けている。そしてそのがっしりした全身に似合う制服が、彼の立場をオレにまざまざと伝えてくれた。
そう、彼は。
彼の隣で腕組みをしながら、大井は言う。
「提督は、お嫁さんを探しに行ったのですってね。聞いていますよ。別にそれ自体は悪くはありません。けれど……職務をサボってそんなことをしているのは、良くないわ。だから……」
そこで言葉を止めた大井。そこに、彼が続ける。
「今日一日大井さんが提督代理を務める間。わたくし憲兵が、手隙の提督の身を預かることになりました。そう、その間は――――懲罰の時間です」
ぞくり。怖気に駆られて、疾く土下座をしようとするオレ。しかしそんなオレの機先を制して一歩。オレの直ぐ前へと憲兵は来て。
「なあに。慣れたら病みつきになりますよ」
いやに湿度の高い笑顔で、彼はそんな恐ろしいことを口にしたのだった。
居酒屋鳳翔。
それはアイドルのプロデュースを成功させたことで調子に乗った提督が、折角鳳翔が居るのだからと前世の二次創作知識を根拠に鎮守府に設けた居酒屋である。
まあ、提督が言うのならと店主の真似事をはじめた鳳翔。しかし、それも時とともに板につき、今や彼女は鎮守府の艦娘の憩いの場所の主として重宝されるようになっていた。
そんな居酒屋鳳翔にて、現在のお客はそれほど居ない。今は常連の龍驤に、毎夜ホットミルクを飲みに来る朝潮、そして酒瓶に囲まれている大井の三人ばかりだった。
何時酒出しを止めればいいのか困り顔の鳳翔の前で、やがて呑みすぎてしまった大井が沈んだ。
「まったくあの子は……むにゃむにゃ……」
「あー……大井、一人がぶがぶ呑んでる思ったらもう潰れよったでー。どないしよ?」
「それなら大丈夫です。後で呑みにいらっしゃるでしょう、憲兵さんにお送りを頼みますから」
「そりゃ憲兵が送り狼になったり……するはずないかー。あはは」
「ええ……憲兵さんですから……」
会話をする鳳翔と龍驤。その二人が謎の理解で固まる。
今も夜な夜な過ちを犯した提督の説教と指導をしているのだろう憲兵。彼は艦娘の大勢にも知られる男色家だった。
ただ、全てがその内実を知っている訳でもない。猫舌が故に冷ますのに時間をかけていたミルクから口を離して、朝潮が話に入った。
「んく。憲兵さん、ですか……朝潮には彼が職務に忠実で魅力的な男性に思えますが。司令官には及ばないですけれど……」
「そうね……確かに魅力的な人だけれど……彼の向いている方向がその、ね」
「憲兵が司令官のような男子が好きって公言したときにはなんて冗談やねんっておもったわなあ」
「その割には他の子にも手出ししているみたいだけれど……」
「それ不潔やなあ。うーん……あんまり司令官に近づいて欲しくはないなあ……」
朝潮が口にした通りに彼が男しか愛せないということを知った艦娘の何人かが涙したくらいには、憲兵は魅力的な男である。魅力的すぎて、鎮守府の男の殆どをメロメロにしてしまっているのが困りものだが。
龍驤は、そんな憲兵が今誰よりも提督に物理的に近づいていることを知らない。
もっとも、たまらず抜け出した提督と違い彼は仕事に関して妥協することはなく、向こうから来ない限りは手を出すことがないので、ひとまずは大丈夫ではある。ひとまずは。提督は気が気でない時間を過ごすだろうが、自業自得だった。
「なるほど」
二人の会話の合間、何やら考えていた朝潮。ミルクで出来た口ひげをさっと拭いてから、彼女は言った。
「朝潮は司令官が憲兵さんを選んだとしても尊重しますが」
「ええ! そりゃまずいでー」
思わず、炙りイカを噛むのを止めて、驚きを口にする龍驤。だがしかし、忠犬朝潮は意に介さず続ける。
「? 何より司令官が幸せになることが最優先ではないのでしょうか。それに比べれば自分の想いなど……」
「なんやー? 朝潮は司令官のことが好きとちゃうんかったんか?」
「好きに決まっています! ですが、朝潮の全身全霊は司令の命令のために使われるべきもの。そんな自分だけが寵愛を得たいなんて、差し出がまし過ぎます」
それは、紛れもない朝潮の本音。好きな人に幸せになって欲しい、という純な想いから出た言葉だった。
だがしかし、そこに無理を見つけた龍驤はおもむろに近寄ってから、彼女の白く柔らかい頬に指を当てて、言う。
「でも、本当は愛されたいんやろー? うりうり」
「それは、その通りですが……朝潮なんかが愛されてもいいのでしょうか?」
そして、朝潮は頭を傾げる。
彼女は分かっていた。提督が自分を異性と見ていないことを。そして、おそらくこのままでは自分の愛は受け止めて貰えないということも。
そんな全てが彼女の足を止めさせていたのだった。だがしかし、鳳翔はそんな子供の臆病を見て、語りかける。
「ふふ。想うのは自由ですよ。夢見るのだって、きっと。ただ嫉妬してしまうのはいけないことですけれど……中々難しいわね」
「そうでしょうか……」
「いやいや。そんなん悩むこっちゃないやろ。愛ってためらわないことって聞いたで。こういう風に抱きしめるんや!」
「わっ」
どこぞの艦娘の部屋から漏れ聞こえた男らしい歌から採った言葉を使いながら、酔っぱらいの龍驤は鳳翔を抱きしめる。
なんややっぱり立派なもの持ってるやんか、と確かめる少女然とした見た目の彼女の愛撫を嫌って、鳳翔は叫んだ。
「もう、軽々しく実践するのは止めてください! ……龍驤さんがそんな風だから、提督が私達の関係を勘違いするんですよ! これからもそうしてたらお酒、もう出しませんからね」
「そりゃ勘弁やでー」
拒絶され、ぱっと手を離す龍驤。鳳翔の初な反応が面白かったからやっているばかりだが、しかしそれで懸想している相手に同性愛者と勘違いされてはたまらないのだった。
後で訂正しないとなあ、と龍驤が考えていると、その隣でもっと深く考え込んでいる姿が見て取れる。
「愛……ためらわないこと……」
「んー? 朝潮、どないしたん?」
真面目な朝潮の悩む様子に、龍驤は声をかけた。
すると、バネが弾けるかのような勢いで、朝潮は顔を上げる。
そして、決然とした表情をして、彼女は宣言を始めるのだった。
「鳳翔さんに龍驤さん。朝潮は決めました!」
「わ」
「な、何かしら?」
朝潮の、その面を認めて、鳳翔と龍驤は困惑する。
綺麗な少女の笑顔は愛らしいものであって然り。だがしかし、この笑顔は少し野性的に過ぎはしないだろうか。
そう、あまりに獰猛に笑んで、朝潮は告げた。
「司令官には朝潮という存在に、病みつきになって頂きます!」
そしていつかケッコンするんですと、見目稚なさすぎる朝潮は頬を染める。
「むにゃ……だ、だめよあなた。そんな……」
呆気にとられる二人の横で、大井のどこかつややかな寝言が虚しく響いた。