艦娘とは恋愛出来ないので鎮守府の外の子と仲良くしていたら艦娘でした   作:茶蕎麦

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 大変遅くなって申し訳ありません!

 実はこのままこの作品を長々と続けていこうかどうしようかとずっと、とんでもなく悩んでしばらく筆を置いていたのですが……結局ひとまずお話を予定通りに完成させていくことにしました。
 完結の後に、続き番外編やもしもの話を認めて皆様にご満足頂ければと思っています!

 今回は話の都合上ギャグをあまり挟めなかったのが申し訳ないですねー。


来ちゃいました♪

 

 

「これは……」

「でち」

 

 俺は思わず言葉に詰まった。いつの間にか俺の隣で手紙を一緒にのぞき込んで居る伊58はさておき、これは一大事である。

 こんなの机の上に置かれた運動の後のプロテインよりもよほど大事なことだ。もっとも、周りの尖った男子共はきっと気にせずガブガブとあの粉っぽいジュースに夢中になるのだろうが、俺にとっては違う。

 前置きを何時も以上にとられた文面の末尾ほどにある、あなたのことが大好きですお付き合いしてくれませんかの文字に、俺は固唾を呑む。

 

「間違いようもなく、告白だな」

 

 鈍感と言われることもある俺もいたずらに、お付き合い、という文句をただ付き添うばかりと取ったりはしない。前世でそんな勘違いをして痛い目をみたことがあるから、当然だ。

 しかし今考えると顔真っ赤にした異性の告白を荷物持ちの要請と取るとか頭おかしいな。あれか、恋愛漫画によくいる難聴系主人公か何かだったのか、前の俺って奴は。

 

 まあ、たとえそうであったとしても今の俺はただのその他大勢なちょっと前世の記憶があるだけの提督。ぶつけられた愛情を無視することなんてあり得ない。

 しかしそれにしても、と思った俺は手紙をひらひらとさせながら嘆息する。

 

「はぁ。吹雪さんがなぁ……そんな素振りはなかったように思えるが」

「でち。毎回一緒に手紙を読んでいたゴーヤも分からなかったでちよ。文面から隠すの上手でちね、この子」

「伊58が知らない間に俺のプライバシーを侵略していることにはもう何も言わないが、やはりそう思うか……」

 

 俺は伊58の同意見を聞いて、そうだろうなと頷いた。隠れ潜むのが異様に得意な彼女が同意してくれると、なんだか吹雪さんの迷彩振りもそんなものかと思えてしまうから不思議だ。

 だがつまり吹雪さんはそれくらいに思いを胸に秘めて隠していたのだろう。きっと、それは大変なことだ。俺だったら、直ぐに告白して撃沈される自信がある。

 或いは、彼女が俺をからかっているという有りそうにもない可能性もあるが、まあこれは考えるまい。もしそうだったとしても本気にした俺が恥をかく程度なのだから。

 だから、俺が真面目に返事をするのは決定だ。しかし、どう返すべきかは、悩む。

 

「彼女が本気だとして、後は俺の気持ちか……」

 

 考えて、答えが出ない。自分の気持ち、というものは案外わからないものだ。

 好意というものであるならば間違いなく吹雪さんの方へ向いている。あの子は愛らしい子だとは思うし、どこか素朴な様子は()()()()()()美麗の合間に挟まれた俺にとっての清涼のようなものですらあった。

 だが、明瞭に恋人同士の関係になりたいか、といえば断言しにくいものだ。鎮守府から出た時の僅かな時間で見た容姿と愛嬌、そして手紙越しの性格でしか俺は吹雪さんを知らない。

 返事としては、もう少し深く知り合いたいからお友達から、とでも返すべきだろうか。だが俺の中には、いや付き合うくらい別に良いのではと思う心もある。

 これは少し悩まなければならないな、と思っていたところ、袖をちょいちょいと引かれる感覚が。

 

「でち……」

「どうした? 伊58」

 

 俺がなんだろうかと見てみると、そこには顔色を悪い方に変えた伊58の姿があった。

 そんな頼りない彼女を目にしてしまったら、考え事なんて吹き飛んでしまう。

 つい愚問が口から転がり、それを受け取った伊58という名の少女は、俺に言った。

 

「てーとく、ゴーヤを置いて行っちゃうの? ゴーヤだっててーとくのことが好きなのに……」

「っ!」

 

 そして、俺はガツンと頭を殴られたような心地になる。

 目尻には、きらきらとした輝き。目の前の彼女は泣きそうだ。そして、その理由は、俺が彼女の愛を安心させていなかったせいである。

 なにが愛情を無視しない、だ。これまでどれだけ俺は伊58、彼女の愛に甘えてきたことか。まるで母親のような温もり、それが彼女なりの恋情の発露であるとは気付いていたというのに。

 艦娘(彼女)らのまるで絵画のような綺麗さや無垢さに怖気づくな。今はもう、彼女たちは地続きの現実だ。だから。

 俺はしがらみや何もかもを忘れて、ただ慰めるために、彼女を抱きしめる。

 

「で、でちっ?」

「大丈夫だ、伊58……いや、ゴーヤ」

「てーとく……」

 

 優しく、背中をぽんぽん。そして涙をぽろぽろと零す伊58、いやゴーヤを俺はあやす。

 俺は、ゴーヤが苦手だ。苦いし、あの複雑な形もどうにも好かない。だが、それと目の前で泣く彼女は別だ。それを今、俺は本当の意味で理解できた。

 そして、俺が前世で観ていた艦娘達と、この世界で生きる艦娘は違う。それだって、当たり前のことだった。

 泣いて笑って生きて。そんな艦娘達が、俺は本当は好きでたまらなかった。思わず、俺は吐露する。

 

「俺は、艦娘が好きだ。だからな、ゴーヤ」

「でち?」

「絶対に、皆を幸せにしてやりたいんだ」

 

 それは、俺の切なる願い。戦争よりもあるいは辛いものかもしれない、深海棲艦達との生存競争。

 そんな中で血の色だった海を蒼く取り戻してくれた、艦娘達には感謝しかない。そして、その上で大好きだからこそ、自分の出来る最大をあげたくもなる。

 絶対に、暁の水平線に勝利を刻む。そしていずれは、あの文句を言いたくなるくらいに平和な世界の楽しさを、伝える。俺は、そう望んでいるのだ。

 だが、そんな俺の必死な想いに、ゴーヤはむしろ悲しそうな顔をして、返す。

 

「ぐす……てーとくはゴーヤだけを、選んでくれないの?」

「それは……」

 

 そして、今更ながら俺はゴーヤが突いた俺の望みの悪点に気づく。

 未来予想図の中の俺は幸せを、ただ与えるばかり。そこに、隣り合うものなどない。幸を不幸を分け与え合うような相方の存在を、よく思うと俺は一度も考えたことがなかったのかもしれなかった。

 そんなのはとても寂しいと、彼女はその大きな瞳で語る。そして。

 

「てーとく、ゴーヤは……」

 

 彼女が、何か決定的なことを話そうとしたその時。

 

「しれぇ、遊んで欲しくて来ちゃいました!」

「ついでにバーニングラブのお届けデース、失礼しマース! ……Oh」

 

 執務室の扉がばかんと開いた。呆気にとられる俺とゴーヤ。そして、彼女を抱きしめている俺の姿に目が点になる闖入者である雪風と金剛。

 僅かな沈黙。そんな中で、いち早く自分を取り戻した雪風は言った。

 

「しれぇ! しれぇはどうしてゴーヤさんにしているみたいに雪風を抱きしめてくれないのですか!」

 

 いや、自分を取り戻したのではなく混乱したまま口を開いただけだったか。お目々ぐるぐるのまま、雪風はそんな過激なことを言う。

 これ憲兵さんに聞かれたらヤバいな、と思いながら俺が返そうとすると、身体に何やら巻き付くものが。

 それがゴーヤのやわっこくて細い腕だと気付いた時、にやりと悪い表情をして、ゴーヤは言うのだった。

 

「でち。もうてーとくはゴーヤのものでちよ。めろめろほねぬきにしたでち。雪風も金剛も、一足遅かったのでちよ!」

「なんですっテー! 私のバーニングラブが……スロゥリイ?」

「し、しれぇは、雪風のものです!」

 

 俺の直ぐ近くで俺が指定した訳でもないのにスクール水着のようなものを着回しているゴーヤは、その紺色に包まれた小さな胸を自慢気に張る。

 そして、彼女の言に何故か愕然としてしまう金剛に、子供らしく対抗する雪風。バーニングラブ速度への自信の謎とか、俺は誰彼の所有物ではないのだがという感想で、俺は混乱。

 やがて今更にゴーヤが隠れて片目を瞑っていることに俺は気付いた。ぎこちないウインクに、俺は彼女の真意を知る。

 

「すまないな……ゴーヤかあさん」

「でちでち」

 

 俺は、小さく零さずにはいられない。

 唐突のゴーヤの悪者ムーブは、変になりそうだった空気を変えるための演技。

 そしてそれは、さっきまでの言動も演技だと思っていいよというメッセージでもあると、返ってきたゴーヤの笑顔は雄弁に語っていたのだった。

 

 

 

「好き、っていうのは何なんだろうな?」

「むむ、哲学的な話題デース……」

「好き、ですか?」

 

 騒ぎの後。来客用テーブルについて落ち着いた()()に俺は話を聞いてみる。

 俺の唐突な言葉にまず金剛が思案顔になり、雪風はこの人何を言っているのだろうとぽかんとした。

 まあ、確かにこれは大人には言葉の裏を考えてしまいたくなるくらいに、子供には簡単に答えられるくらいには単純な疑問だ。思わず苦笑した俺に、案の定雪風が真っ先に答える。

 

「しれぇ! それは、雪風がしれぇを見た時に感じる、この胸のぽかぽかしたものが好きなのだと思います!」

「Oh、雪風は大胆デース! でも、ワタシだって提督のことを好きなのは変わりまセーン。ただ、ちょっとバーニングしていますガ」

「そう、か……ありがとう」

 

 俺は、頷く。雪風と金剛から貰えたのは実に嬉しい言葉だ。きっと、それをただ受け止められたならこれ以上なく幸せなのだろう。

 輝く笑みが、その想いになんのてらいもないことを教えてくれる。普段から命をかけて人のためになってくれている少女達からこんな素敵なものを頂けるなんて、俺はどれだけ運がいいのか。

 なんとはなしに、ちょっと出てくでち、と言ってこの場から消えたゴーヤを思う。彼女が、この二人の美しい純情の発露の邪魔をしたくないと考えて出かけたのだとしたら、それに慰められた俺はきっと一生彼女には頭が上がらないに違いなかった。

 しかしだからこそ素直に、俺は二人に向かって返す。

 

「だとしたら俺も、金剛に雪風、お前たちが大好きだ。というか、皆の笑顔を見ている時に感じるこの胸の温かさは他にかえようもないものだと、思う」

「しれぇ……」

「だから、俺は艦娘の皆を、心から大切にしたいと考えている。幸せでいて貰いたいと、なるべく辛い目にあわせたくないと思っている。……こんなの立場を使って戦場に部下を向かわせている上司が語るべき言葉じゃないがな」

「そんなことはありません! しれぇが、誰よりも雪風達のことを考えて下さっていることは知っています!」

「そうデスよー。この執務室に重ねられている参考書類の山が、提督の努力を物語っていマース! ホント、提督がこの中で崩さず遭難せずに働けているのが不思議なくらいデース……」

「……君たちは、優しいな」

「わっ……しれぇ?」

 

 つい、俺は縋るように手近の雪風の頭を撫で付けていた。照れる少女を前にして、しかし俺の表情はきっと晴れていないだろう。

 そう、俺が身の丈程度の書類の山々の中で頑張り続けることなんて、彼女たちの行っている命をかけた戦いと比べたら大したことではないのだ。

 艦娘。人のために命をかけてくれる、戦艦らの分身。彼女らはやはり尊い。それこそ、ちょっと特別な程度の俺なんかでは釣り合いがとれないくらいに。

 艦娘を間近に見ている彼らがホモに走ってしまう気持ちも少しは分かるな、と思いながら俺はさらさらの雪風の髪を撫でつつ、本心を語る。

 

「だからこそ、俺の下心なんかで君らを傷つけてしまうのが、怖いんだ」

 

 俺は、綺麗なものを傷つけられないくらいに、臆病だ。何も出来ないまま、彼女らがただ勝手に幸せになってくれることを望む。

 だから、俺なんかが艦娘とは恋愛出来ない。

 と、俺はそう思い込んでいたかった。だが、紺碧の瞳を大きく開いて、金剛は言う。胸に手を当て、彼女は俺の勘違いを否定した。

 

「Non! 提督、ワタシ達は直ぐ壊れてしまう綿菓子なんかじゃありまセン!」

 

 肌で感じるその熱さは、燃える恋そのもの。全身の熱量を伝えんばかりに金剛は詰め寄って、俺の手を握る。

 呆気にとられる俺の前で彼女はきゅっと一度唇を結んで恐怖を噛み殺し、そうしてから続けざまに言うのだった。

 

「怖がらないで――提督は存分に、ワタシを汚していいのデスよ?」

「雪風もです!」

 

 震える、両手。何もかもの危惧を恐れてしかし呑み込んだ、そんな金剛の覚悟は、どれだけ尊重すべきものなのだろう。そういえば愛はためらわないことという歌詞を彼女は愛し、自分を鼓舞するかのようにその部分だけよく聞いていたらしい。

 そして、便乗して俺に抱きつく雪風。ああ、子供にしては随分と彼女は重たいな。潰れてしまいそうだとまで、俺は考える。

 やがて彼女らの意外なまでの温かさに何が何だか分からなくなった俺は、ただ。

 

「……ありがとう」

 

 一筋の涙とともにその一言だけ、零せた。

 

 

 

「提督」

「大井」

 

 何時の間にか彼女らが去ってから、独り。しばらくぼうっとしていた俺は、彼女の声によって意識を現に戻す。

 いつの間にか秘書艦の位置に収まるようになっていた大井。士官学校で教官を務めていた時分から、彼女は俺をずっと力強く見守ってくれていた。

 勝手ながら大井にはまるで姉のような、そんな強い絆を覚えさせてもらっている。だからか分からないが、気づけば椅子に座り込んだ俺は彼女に縋るように質問していた。

 

「……俺は、幸せになってもいいのだろうか?」

「当然です。人の幸せを願うあなたが幸せにならなくて、どうするんですか?」

「そう、か……」

 

 大井はあくまで、笑顔のままそう返してくれる。なんとも、嬉しい言葉だ。だがしかしそれに、何か残念を覚えてしまった俺はどこかおかしいのだろうか。

 沈黙が流れ、その間に彼女は部屋の電気を点けた。ヒグラシの鳴き声ももう止んでいる。暗いはずだ、もう夜か。

 俺が椅子から立ち上がって後ろへと振り向き、窓から空の様子を見つめようとしたその時。

 

「ねえ」

「大井?」

 

 背中に、誰かが寄っかかってくるような感覚を覚えた。背中に、柔らかな熱を感じる。

 聞き慣れた声色が、間近で俺の耳をくすぐった。つまり、これは彼女が俺に身体を預けているということだろうか。そう考えていたら。

 

「どこにも……行かないでよ」

 

 大井は、震える声でそう言った。まるで心の底から意に沿わず湧き出してしまったかのような普段とはかけ離れたその弱々しい音色に驚いて、どこにも行くはずないだろうと、振り返り返事をしようとした俺に彼女は。

 

「――私たちにはもう、あなたしかいないんだから」

 

 ただ一言、そんな事実ばかりを告げるのだった。

 

 背中に、じわりと熱が広がる。それが涙と知りながら、俺は彼女がもう良いと言うまで振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 上坂吹雪にとって、提督は心惹かれる人だった。

 妖精というわくわくするものを引き連れてやって来た男の人。それだけでなく、彼は艦娘というファンタジーのようなミリタリーのような何かとの接点をくれた。

 見目もよければ、性格も温厚。吹雪のタイプに見事に合致していたそんな提督は、艦娘を従えて自らの手で現状を打破する可能性を示唆してくれた。

 それは、とても心躍る夢。これまで、遠くの地を過去のフィルムから覗いてばかりでこの世に閉塞感しか覚えていなかった吹雪が、そのことに感じた幸福はどれほどのものか。

 ロシアと艦娘の二つが大好きなだけだった女の子に、彼は希望をくれた。まるで提督は、自分を輝かせてくれる綺羅星。

 本心から吹雪はそう思っていた。

 

「どうして? 提督さん……」

 

 だから、もっと一緒に、それこそいずれぴたりと一つになるためにと、恥ずかしさを堪えながら吹雪はただの手紙を恋文に変えたというのに。

 それなのに、提督の返事はたった一行の拒絶で終わってしまう。幼い頃から使っている文机に大事に一枚を置き、それを読み返しながら、彼女は言葉に出す。

 

「俺は艦娘を見守り続けていたいから、吹雪さんと付き合うことはできない、って……」

 

 まず、吹雪は付き合えないという文句を信じられなかった。会う機会こそ少なかったけれども、彼の表情と距離感から憎からず思われていると確信していたのに。

 せめて、友達からという言葉くらいが返ってくるのが自然だろう。そう、彼女は考える。

 

 そして艦娘を見守り続けたいからという言い訳。それもおかしい、と吹雪は思う。

 別に、提督が所帯を持つことなんて、普通のことだ。確かに艦娘というのはある種のアイドルであり、その最たるもので那珂などが有名であるが、彼女らの存在の重みが自由恋愛の邪魔になるとは考えにくい。

 それこそ最近聞いた話だと、引退した艦娘ととある提督が結婚したという話がニュースで感動的にラッピングされていたのを、吹雪は煎餅をかじりながら観ていたことすらある。

 その時は、母親が言っていた、寝転がりながら食べてると子供の頃みたいにまんまるな芋体型に戻っちゃうよ、という言葉ばかりを気にしていたが、確かその提督は艦娘と結婚しても普通に提督業を続けていたはず。

 そこまで考えて、吹雪はある可能性に気付いた。こわごわと、彼女は零す。

 

「まさか、提督さん……艦娘さんの中に、つきあっている人がいるの?」

 

 少女も、流石に提督が男色家である可能性は考えない。いや、男にだってモテかねない、いいお尻をしていたのは知っているが、まさかと。

 だから、吹雪は相手が間近にいる艦娘であると信じ込む。それが、まだ勘違いの範疇であることを知らず。

 

「ど、どうしよう! 私、あんな綺麗で可愛い人たちと勝負するなんて、無理だよ……」

 

 そして、吹雪は動揺する。それは当たり前のこと。何しろ、艦娘はどいつもこいつも綺麗で性格も抜群に良いというのは、憧れの那珂ちゃんと知り合って友だちになってからその友達の艦娘と話すようになりよく知るようになった事実。

 芋から脱却した程度の私なんかではとても敵わない。そう吹雪が考えてしまうのも仕方ないことだった。

 

「あっ!」

 

 慌てた彼女はそのまま手をさまよわせてからぶつけ、纏めてあった手紙の束を机から落としてしまう。

 広がる、提督から来たものではない、どうでもいいものばかりの検査結果の数々。彼女はその中から一つを持ち上げた。

 

「これ……そういえば……」

 

 無駄に全体にイラストが描かれていてとても読みにくいそれを読み直してから、吹雪ははっとする。

 この嘘みたいな話が本当であるのならば。ただの提督になれるかもしれないだけの一般人である吹雪もひょっとしたら。

 

「勝てる、かも……」

 

 そう、一縷の望みを持った。思わず上がる口角。彼女の手は疾く、電話機へと向かう。

 そして、慣れた番号へとコール。やがて相手が出たことを感じて、吹雪はわくわくを隠しきれないままに口走った。

 

「もしもし、那珂ちゃん?」

『もしもし? あ、私ちゃんと通知見てなかったから分からなかったよー。貴女はひょっとして……』

「そう。那珂ちゃん私、吹雪! あのね、以前研究所の人と那珂ちゃんが話していたあの計画って……」

『ん? ……あー、なるほど、あれかー。ひょっとして、あの計画に吹雪ちゃん、乗り気になったの?』

「うん! とっても!」

 

 吹雪は、恋に燃える彼女は、瞳を少し暗くどこか覚悟の据わったようなそんな風にさせながら、喜色に富んだ声をあげる。

 受話器越しに、同じような瞳をしていた那珂は後輩の誕生を感じ取ったせいか、鏡写しのような笑みを作って。

 

『よーし! それじゃ、吹雪ちゃんアイドル化計画、はっじめよー!』

 

 そんなことを宣言するのだった。

 

 

 

 そして、後日。とあるよく晴れた日のこと。

 憲兵が頭を抱えながら、よく禿げた大本営のお偉いさんと共に連れてきた女性の姿に、鎮守府の面々は目が点になった。

 

「まさか、あの子……」

「マジかよ。どういうことだ?」

 

 まず、那珂経由で彼女と友達となっていた時雨に天龍がどういうことだと提督を見た。

 

「――嘘だろ?」

 

 しかし彼はそれどころではない。何しろ提督にとっては惹かれていた心を止めるために想いを断ち切る文を送ってから不通になった相手が鎮守府にやって来て。

 

「この中には私を知っている方もいらっしゃるかもしれませんが、改めて自己紹介させて頂きます! 私は吹雪型一番艦、艤装憑依型艦娘の吹雪です! えへ。まだ艤装憑依は実験段階なんですけれど……私はこの鎮守府で経験を積ませて頂く運びとなりました」

 

 何やら丈のギリギリなセーラー服を着込んで、背中に立派な艤装を付けてこっちを何だか病んだ瞳でじっと見つめているのだから。

 そして、衝撃的な吹雪の自己紹介に、ああこっちのパターンもあったのか、と今更納得する提督。妖精さんがやけに懐いていたのも、彼女が艦娘の素質のある人間だったからか、と理解した。

 

「いや……艦娘とは恋愛出来ないので鎮守府の外の子と仲良くしていたら艦娘でした、ってそんなこと普通あるか?」

 

 だが、そんなの認め難いと提督はここで腑抜けたタイトルコール。

 やがて、すっかり秋の時候であるのに、彼の汗がたらりと背中に垂れた。方方から向けられるじっとりとした視線に、脳裏にレッドアラートが鳴り響いて止まらない。

 もう、提督には続くお偉いさんのありがたい言葉なんて聞き取ることなんて出来ずに。

 

「えへ。提督さん、来ちゃいました♪」

 

 ただ、終わりに送られた吹雪のそんな台詞と、茶目っ気たっぷりの誰かさんを手本にしたかのような笑顔ばかりが記憶に残ったのだった。

 

 




 次回完結(予定)です!

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