今回はアーシア、イリナ、ゼノヴィアがメインです。
ハイスクールD×D
~堕ちた聖女の剣~
第三十一話
「教会出身三人娘」
サーゼクスとグレイフィアが一誠の家に泊まる事になった日の夜、アーシアは霊体化しているアーチャーを背後に、ゼノヴィア、イリナと共に自宅である教会に向かっていた。
ゼノヴィアが宿題で読めない日本語があるとの事なので、お泊りを兼ねた勉強会をするという話になり、今夜は教会のアーシアの部屋で宿題をする事になっている。
「しかし、アーシアは凄いな。日本に来たのが私よりも先とはいえ、短期間で日本語を読み書き出来るレベルまで上達するとは」
「うんうん、凄いよね。日本語って同じ読み方でも全く違う意味になったりと、結構難しいって海外の人はよく言ってるのに」
「初めは私も大変でしたよ? アーチャーさんに教えて貰いながら勉強したおかげで何とか習得しただけですし」
まだアーチャーが召喚されたばかりの頃のアーシアは日本語がそんなに上手ではなく、読み書きも殆ど出来なかったが、駒王学園に転入するのを機にアーチャーが教師役となって日本語の読み書きと会話を練習したのだ。
元より努力家のアーシアは猛勉強の末、今では日本語を喋るのも、読み書きするのもお手の物で、アーチャーの翻訳も既に必要としない程にまで成長している。
「あれ? そういえばアーシアさんの家って教会だよね? 悪魔に転生した私やゼノヴィアが入っても大丈夫なのかな?」
「む、そういえば教会は悪魔が近づくだけでも悪寒がする神聖さを放つものだな」
「あ、それは大丈夫です。何でもアーチャーさんの工房も兼ねた魔術要塞みたいなものなので、一般的な教会みたいな神聖さは欠片も無いとアーチャーさん本人が言ってましたので」
なので悪魔が近づいても悪寒がするという事は無い。
勿論、中の十字架などを見れば悪寒がするのは仕方が無いが、基本的に魔の者を寄せ付けないという空気は魔術工房の影響で失われている。
最も、魔術による侵入者感知の結界は張られているので、敵意を持つ者が侵入すれば直ぐに住人であるアーチャーとアーシアに伝わるようにはなっているが。
「見えてきましたよ~」
「ほう、見事な外観だな」
「綺麗だね~、昔より綺麗になってるかも」
最早住み慣れたと言っても過言ではないアーシアの教会、その整った外観に教会出身であるゼノヴィアとイリナが感嘆としたため息を溢した。
「マスター、私は先にお茶の用意でもしていよう。君は二人を部屋に案内したまえ」
すると、実体化したアーチャーが三人を置いて再び霊体化し、教会に入っていった。
残されたアーシア達も教会に入り、居住スペースへと移動、アーシアの部屋へ向かう。
「中も見事だな」
「居住スペースは凄くアットホームだねぇ」
元々は居住スペースも教会の物らしく、石畳などの無骨なものだったのだが、数ヶ月も住んでいる内に色々と手が加えられて、剥き出しだった石畳には赤い絨毯が敷かれ、壁も花柄の壁紙が張られている。
「これ、全部アーチャーさんがやったんだよね?」
「そうなんです、アーチャーさんが殆ど一人で、私の意見を取り入れながらですね」
「ほう、ではこれはアーシアの趣味というわけか」
中々の少女趣味だ。
教会を追い出された元聖女も、聖女という肩書きを捨てた今では普通の女の子という事なのだろうと納得し、三人はようやくアーシアの部屋へ入る。
「うわ~、天蓋付きベッドだ~!」
「ほう、レイピアを飾っているのか」
アーシアの部屋も随分と手が加えられている。
ベッドは元々だが、壁の暖炉の上には前までは無かったレイピアが二本、交差するように壁に掛けられており、暖炉の上には鞘に収められたアゾット剣が、レイピアの上にはプライウェンが掛けられていた。
「化粧台の上には……うわぁ、綺麗なロザリオ!」
寒気を我慢しながらイリナが化粧台に置いてあるロザリオを見ていた。
置いてあるロザリオは全部で5個、全て形や嵌め込まれている宝石が違うが、どれも見事な銀細工で作られたアーチャーお手製の
種類もネックレス型やイヤリング型、ブレスレット型と様々で、効力も全て違うからアーチャーの手の込みようが凄い。
「因みにアーシア、この部屋にも魔術的な仕掛けはあるのか?」
「はい、ありますよ~。えっと……今、ゼノヴィアさんが見てるレイピアは触れると天井が開いて、そこから剣が降って来ます」
「なにそれこわい」
今まさに触れようとしていたゼノヴィアが固まった。
「それからイリナさん、化粧台の鏡は長時間見てると幻惑魔術で精神に異常を来たすので注意です」
「ちょっ!?」
化粧台の鏡を覗き込んでいたイリナが慌てて化粧台から距離を取った。
元聖女アーシア・アルジェントの部屋の物騒すぎる仕掛けに恐怖を覚えるイリナとゼノヴィアだったが、その仕掛けを施したであろう犯人であるアーチャーが人数分の紅茶と、お茶請けのマフィンを持って部屋に入ってきたので、一応ジト目で睨んでおく。
「ん? ああ、部屋の仕掛けの話でも聞いたか……一応は防犯用に仕掛けた物ばかりだ。アーシアには無害な仕掛けだが、アーシアと私以外は危険だから注意しておくように」
何とも従者の鏡と言うべきなのだろうか。
とにかく、この後は大人しく宿題を始めた三人を部屋に残し、アーチャーは夕飯の準備に取り掛かる。
因みに本日の夕飯のメニューはイリナのリクエストで和食らしい。
「ふむ……アーシア、少し聞きたい事があるのだが」
「はい……?」
「アーシアは何故、魔術師になろうと思ったのだ?」
「何故と言われましても……」
切欠はライザーとのレーティングゲームに向けた合宿の時に手札を増やす為にというのが最初だったが、改めて思い返してみる。
魔術を教わる際、アーチャーから言われたのは魔術の基本は己を殺す事だという事、魔術の行使とは常に命懸けで、ほんの少しの制御ミスが死に直結する上、己の限界を超えるのは容易く、それでいて限界を超えた後の制御は全て自身の精神力に掛かっているという危険極まりないものだという事だ。
己の手札を増やす為だとはいえ、そんな危険な技術をどうして教わるのを承知したのか、今更ながら考えてみれば不思議だった。
「たぶんですけど……夢、を見たからでしょうか」
「夢?」
「はい、たぶんあれはアーチャーさんの過去……生前の出来事なんだと思います」
サーヴァントのマスターは時に夢で己のサーヴァントの過去、生前の事を見る事があるという話をする。
アーチャーの過去は常に戦場にあり、多くの人を助け、命を救い、争いを回避してきた。同時に、多くの人を見殺しにし、天秤に掛けた沢山の命を切り捨て、争いが起こる前にその種を排除していた。
その全ての始まりは、アーチャーが幼き頃の父との最期の約束、正義の味方になる。その誓いが戦場に立つ生前のアーチャーを、そして死後英霊となった今のアーチャーをも縛っている。
それを知ったから、そんな彼のマスターである自分が、ただ守られるだけの存在で居るのが許せなくて、そんな自分を守るために己が傷つくのを厭わないであろうアーチャーに確かな苛立ちを感じてしまったから。
「守られるだけの元聖女という殻を、破りたかったのかもしれません」
「そうか……強いな、アーシアは」
「うん、私たちなんかよりずっと強いよ」
「いえ、強くなんて……」
今でも、聖書の神が死んだという事実を思い返すと、気持ちが落ち込んで倒れてしまいそうになる自分が居る。
でもそんな自分をアーチャーにいつまでも見せていたくはない。きっとアーチャーはそんなアーシアを前線には立たせず、傷ついてでも守り通そうとするだろうから。
だから、これ以上アーチャーの重荷になりたくなくて、いつかアーチャーのマスターとして胸を張れる自分になると、一画を失った令呪に誓ったから、今もアーシアは悪魔に転生するという逃げ道を選ばず、現実と向き合って戦おうとしているのだ。
「でも、まだまだ戦う手段が無いんですけどねぇ」
「そうだよね、アーシアさんは基本的に
「あ、でも一応今はアーチャーさんに面白い技術を教わってるんですよ?」
ちょっと見ててください。と言ってアーシアは手に持っていたシャープペンシルと、ペンケースに入っているボールペン二本を取り出して右手の指の間にそれぞれ挟んだ。
何をするつもりなのかとイリナとゼノヴィアが怪訝そうに見つめていると、アーシアがベッドの上に置いてあるラッチュー君人形に向けてボールペンとシャープペンシルを投擲する。
真っ直ぐ人形に向かって飛翔した三本のペンは、普通であれば人形にぶつかった所で何も起きずにベッドへ落下するだけの筈だったのが、ラッチュー君人形はまるでペン以上に重たい何かにぶつかったかの様な勢いでベッドから弾き飛ばされてしまった。
「い、今のは一体!?」
「え? な、何をしたのアーシアさん!?」
何かの魔術かと思ったが、アーシアからは魔術を使ったような気配を感じなかったし、そもそも魔力すら感知されなかった。
「今のはアーチャーさんから教わってる投擲技法でして、鉄甲作用というものらしいです」
今は練習中で、成功率も3割程度なんですけど。と可愛らしく笑うアーシアだが、実際のところ、イリナとゼノヴィアは笑えなかった。
アーシアと友人になってから見せてもらった事がある彼女の完全装備の内容にあった投擲用という黒鍵が頭に浮かぶ。
それは十字架を模した剣であり、人から吸血鬼などの人外になった者などには、その体に無理やり人間だった頃の自然法則を叩き込み、元の肉体に洗礼し直して塵に返す摂理の鍵だと教わっている。
そんな人から悪魔に転生した者にとって危険極まりない剣を、今の鉄甲作用で投擲されたらどうなるのか、考えるだけで寒気がしてくるというものだ。
「他にも治癒魔術を過剰に掛ける
純真無垢な笑顔で物騒な内容を話すアーシアの姿に、同じ教会出身である二人は背筋に薄ら寒いものを感じつつ、引き攣った笑みを浮かべながら相槌を返す。
この先、アーシアが他者を攻撃する事が出来るようになったら、絶対に怒らせてはいけないと、今から肝に銘じておく事にしたのは、言うまでも無い。
アーシア魔改造計画進行中……。
ディオドラ逃げて、超逃げてー!