ハイスクールD×D~堕ちた聖女の剣~   作:剣の舞姫

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第四十六話 「変化の始まりとお引っ越し」

ハイスクールD×D

~堕ちた聖女の剣~

 

第四十六話

「変化の始まりとお引っ越し」

 

 もう何度目だろうか。アーシア・アルジェントが、こうしてアーチャーの過去を夢として見るのは。

 いろんな過去を見た。父との誓い、多くの戦場で人を救ってきた事、多くの人に裏切られた事、欺かれ、憎まれ、憎悪され、それでも人々を救う為に走り続けた男の生き様を、アーシアは見る度に涙を流していたものだ。

 そして、今夜はまたどんな夢を見る事になるのか、そう思っていたアーシアの目に飛び込んできたのは……この世の地獄だった。

 

「えっ……?」

 

 周囲は見渡す限り紅蓮の炎に包まれ、多くの建物が燃え盛り崩れ落ちている。

 肌で感じる炎の熱と、鼻から感じるこの臭い……まるで肉が焼け焦げるような異臭は何なのかと目を向けて見れば……。

 

「ひっ!?」

『誰か、だずげで~……あづい、よぉ』

 

 倒れた建物の柱に足を押し潰され身動きが取れなくなった女性が、生きたまま炎に焼かれていた。

 いや、その女性だけではなく、周囲の至る所で生きたまま焼かれる者、死んで遺体が燃えている者、四肢のいずれかを欠損して身動きが取れずに血を流しながら地べたを這い蹲る者。

 そこには、明確すぎる死だけが存在している。

 

「な、なんなのですか……これは」

 

 今も生きたまま炎に焼かれる大勢の人間の断末魔の声が響き渡り、人間の肉が焼ける嫌な臭いが充満し、そこかしこに息絶えた人間の遺体が転がっている。

 地獄とは、この光景の事を言うのだと、何となくアーシアは感じていたが、ふと空を見上げた時、そこにあった“ソレ”を見て身の毛も弥立つ程の悪寒と嫌悪感が身体の中心を走りぬけた気がした。

 

「黒い、太陽……?」

 

 天に浮かぶ黒い太陽は見る者を嫌悪させる不気味な雰囲気を醸し出している。

 まるでそこにこの世の全ての悪意を詰め込んだかのような、そんな嫌な雰囲気を感じ取ったアーシアは即座に黒い太陽から目を逸らし、再び周囲に目を向けた。

 これがアーチャーの過去なのだとしたら、生前のアーチャーが居る筈なのだ。もしかしたら、この災害と呼ぶべき地獄から被害者を救出するためにアーチャーは動いているかもしれない。

 

「いない……です」

 

 だけど、いくら見渡してもアーチャーの姿は何処にも無かった。ただただ死んでいく人々の遺体が転がり、建物を燃やし尽くす炎だけが周囲にあるだけだ。

 

「?」

 

 ふと、アーシアの耳に足音が聞こえた。とても小さな、あるいは聞き逃してしまいそうになるほど小さく、儚げな足音。

 そちらを振り返ってみれば、そこにはいつか見た少年の姿が。

 

「あれは、アーチャーさんの子供の頃……それじゃあ、これはアーチャーさんが幼少時に経験した事なのですか!?」

 

 酷い……そう思う他に無かった。

 幼少の頃にこんな地獄を、ああして一人でボロボロになりながら歩き続けていたら、幼い心は簡単に死んでしまう。

 

「あ……」

 

 そこまで考えて、漸くアーシアは理解してしまった。

 そう、死んでしまったのだ。アーチャーはこの時、心が死んでしまい、人間として決定的な何かが壊れてしまったのだと。

 

「ああ!?」

 

 今、目の前で少年時代のアーチャーが力尽きたように倒れて、光の篭っていない瞳で空を見上げている。

 いつしか雨が降り始めて周囲の炎が消え、白い煙が天を昇り、多くの焼け焦げた遺体の臭いも次第に感じなくなった。

 少年時代のアーチャーは、ふと何を思ったのか天に向かって手を伸ばす。それは、まるで死ぬ事を拒んでいるかのような……心は死んでいても、肉体が死を拒んでいるかのような。

 

「っ!」

 

 見ていられない、そう思って顔を手で覆いそうになったアーシアだが、隣を誰かが駆け抜けて少年時代のアーチャーの元へ近づく人影に気がついた。

 その人影は、力尽きようとしていた少年時代のアーチャーの手を握り、涙を流しながら笑顔を向けている。

 

『良かった、生きてる……生きてる!』

「アーチャーさんの……お父様」

 

 そう、そこに居たのは、アーチャーの……エミヤシロウという男の父、衛宮切嗣だった。

 

「ああ、そうだったんですね……アーチャーさんにとって、いえ……シロウさんにとって、お父様が、正義の味方(ヒーロー)だったんですね」

 

 死に逝くはずだった命を救い、後に養子として息子にしてくれた父に憧れ、そんな父の夢を受け継ぎ、生涯を掛けて戦い、裏切られ死んだ男の始まりの光景が、そこにあった。

 

『やあ士郎君』

 

 いつしか、周囲の光景はあの地獄ではなく、病院の病室に変わっていて、ベッドの上には幼少時のアーチャーが、その目の前には切嗣が居た。

 

『突然だけど、施設に行くのと、知らないおじさんに引き取られるのと、どっちが良い?』

 

 こうして、○○士郎は衛宮士郎となったのだ。自分を魔法使いと名乗る、この時はまだ一度しか会った事の無いおじさんに引き取られて。

 

 

 いつもの朝が来た。いや、いつもの朝にしては目を覚ましたアーシアの目に飛び込んできた光景は、いつもの朝とは違っている。

 いつもなら石造りの壁に囲まれた部屋だったのに、今は木造の和風な部屋になっており、その中で部屋の雰囲気に不釣合いな天蓋付きベッドの上でアーシアはいつの間にか流れていた涙を拭った。

 

「そうでした、セラフォルー様が建設して下さったお家にお引越ししたんでした……」

 

 完成した家を見た時は驚いた。いつか夢で見たアーチャーの幼少時に養父と共に暮らしていた武家屋敷が、そこにあったのだから。

 

「夢……あれは、アーチャーさんの原初に、なるのでしょうか」

 

 普通、人間の原初の記憶とは誕生の時の記憶になるのだろうが、何となくアーシアには今まで見ていた夢がアーチャーの原初の記憶なのだと思ってしまった。

 あの大災害でアーチャーは幼くして心が死んでしまい、人間として壊れ、養父への誓いだけで動く人形(セイギノミカタ)として生きてきたのだ。

 決して自分を省みること無く、ただ他者の為だけに戦い、命すら投げ出しかねない状況に何度も身を置き、最期は助けた筈の人に裏切られて絞首台……なるほど、アーチャーに感じていた違和感は、自分の胸の内に芽生えた怒りという感情は、これが理由だったのだろう。

 

「あの大災害で助かった自分は、見捨てた人達の分も人助けしなければならない……そんな強迫観を抱えて生きてきたんですね」

 

 救いたい……アーチャーの、死んでしまった心を。壊れてしまった人間性を。

 癒しの聖女と呼ばれた自分は、怪我を癒す事しか出来ないけど、いつか自分がアーチャーの全てを癒したい。

 その為には、アーチャーのマスターとして相応しい存在にならなければならないと、改めて思う。

 

「魔力不足を、どう解決するか……ですね」

 

 魔術回路の本数は生まれつき決まっている。つまり、そこから生成される魔力の絶対量は決まっているので、アーシアが現在アーチャーに送れる最大魔力量が限界。

 そして、その量ではアーチャー本来の宝具は使えない。いや、正確に言うなら使えないわけではないが、使っても一分と経たずアーシアの魔力が枯渇するし、それだって戦いが始まった初っ端から宝具を使った場合だ。

 もし、戦闘でアーチャーが投影を何度も行ってから使った場合、使った瞬間にアーシアの魔力が枯渇してしまうだろう。

 

「はぁ……」

 

 考えた所で何か思いつくわけでもないので、アーシアはパジャマから私服に着替え始めた。今日は、この家に三名、引っ越してくる者が居るのだ。

 

 

 朝食を食べ終えた後、昼前には新たな住人が引っ越してくる事になっている。

 アーシアはそれぞれ引っ越し来る者が使う部屋を掃除して(新築なので本来必要無い)、入居者を待っていたのだが、10時頃になってようやくチャイムが鳴った。

 掃除を終えてリビングでお茶を飲んでいたアーシアはアーチャーと共に玄関へ出迎えに行き、玄関の引き戸を開けると、そこには三人の人物が立っている。

 

「やっほ~アーシアさん!」

「これからよろしくお願いします」

「はい! お待ちしてましたイリナさん! ガブリエル様!」

 

 やって来た三人の内、二人はグレモリー眷属の騎士(ナイト)イリナと受胎告知を司る大天使ガブリエルだった。

 この二人が悪魔側と天使側のそれぞれの特使で、今日からこの家に住む事になっている。だが、もう一人……堕天使勢力の特使が、一番の問題だったのだ。

 初めて会うはずの人物の筈だった……なのに、その顔を見た瞬間、アーシアの表情は凍りつく。

 

「れ、レイナーレ……様?」

 

 そう、そこに立っていたのは白いブラウスと黒のミニスカート姿の堕天使レイナーレだった。

 かつてアーシアを殺して聖母の微笑(トワイライトヒーリング)を奪おうとしていたが、アーチャーに殺され、その遺体はアーチャーが処分した筈なのに、なぜ生きて此処に居るのか。

 

「は、初めまして! 私はアザゼル様のご命令で派遣されたルイーナと言います! その……以前、お二人に不肖の姉、レイナーレが大変ご迷惑をお掛けして、ごめんなさい!!」

 

 堕天使ルイーナ。堕天使レイナーレの実の妹であり、アザゼルを以ってして何故堕天したのかと疑問を抱かせるほど真面目で、純情な部下らしい。

 因みにアーチャーやアーシアは知らないが、レイナーレが天野夕麻と名乗っていた時の性格はルイーナをモデルにしていた。

 

「なるほど、確かに堕天使レイナーレではないな」

 

 アーチャーがルイーナと呼ばれた堕天使の全身を見て、そう判断を下した。

 顔つき、髪型、スタイル、背丈など完全にレイナーレと瓜二つなルイーナだが、レイナーレとの違いはルイーナにはアホ毛が一本ある事と、感じられる力がレイナーレなど遥かに凌ぐほど強力な点にある。

 

「ルイーナと言ったな? 君とレイナーレの堕天使としての階級を教えて貰えるか?」

「はい、姉は中級堕天使で、私は上級堕天使です」

 

 そう言ってルイーナは背中から翼を広げた。

 レイナーレには一対二枚の翼しか無かったが、ルイーナには三対六枚の翼があり、ルイーナが姉をも上回る実力者だというのは言うまでも無い。

 

「はわわ……レイナーレ様の、妹さん」

「はい、アーシアさん。姉が本当にご迷惑をお掛けしました」

「い、いえ! こちらこそ、お姉様を……」

「その事でしたら、気にしないでください! 姉は独断で動き命を落とした……それは自業自得であり、全ては姉の責任です」

 

 この妹、中々どうして良い娘だった。本当に、どうして堕天したのか物凄く疑問だ。

 

「立ち話もなんだ、中に入ると良い。今、お茶を用意しよう」

 

 とりあえず、今は新たな住人を歓迎するとしよう。幸いにも姉を殺した事に対する遺恨は無いようなので、これから一緒に暮らしていく事になるのだ、色々と話し合わなければならない事も多々ある。

 

「ああ、それと送られてきた荷物に魔女っ娘の衣装やらが紛れていたが……君達のじゃあるまいな?」

「「「?」」」

「いや、知らないのならいい……最初から犯人はわかっている」

 

 とりあえず、あの衣装やら何やらは全て母屋ではなく離れの一番遠い部屋にでも放り込んで置こうと心に決め、アーチャーはキッチンへと向かった。

 因みにこの日の夜、三名の女性が夕食を食べて女性としての威厳やらプライドやらが木っ端微塵に砕け散ったのだが、まぁ……慣れる事を祈ろう。




オリキャラ紹介

名前:ルイーナ

種族:堕天使

所属:神の子を見張る者(グリゴリ)

性別:女

階級:上級堕天使

性格:原作の天野夕麻を参照(レイナーレではなく、天野夕麻です)

詳細:堕天使レイナーレの実の妹で、レイナーレが堕天して少ししてから堕天したのだが、今でも真面目かつ純情で、無垢とも言われている彼女が何故堕天したのかは誰も知らない。
一見するとレイナーレと瓜二つだが、姉と見分ける方法はアホ毛の有無。
二学期より駒王学園に転校予定で、その際の名前は天野瑠奈と名乗るつもり。(イッセートラウマ再発の危機w)
最初は姉を殺された事を恨んでいるのではないか、とアーチャーから警戒されたが、彼女自身が姉の不始末による自業自得だと割り切っているのでアーシアやアーチャーに対する恨みは一切無く、寧ろアーシアには姉が迷惑を掛けたと非常に申し訳なく思っているほど。
趣味は可愛い物集めで、特に小さくて可愛い物に目が無い。なので小猫がピンチw

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