ハイスクールD×D
~堕ちた聖女の剣~
第五十三話
「雅を愛する暗殺者」
一ヵ月後、リアスとソーナのレーティングゲームが行われる事となった。それに向けて、お互いに眷属と共に更なるレベルアップを目的とした修行を行う事となり、ガブリエルがソーナの、アザゼルがリアスの、それぞれの眷属のコーチを務めるという話になったらしい。
そして現在、アーチャーはグレモリー邸にある鍛冶場でアーシアの魔術礼装を作っていたのだが、ひと段落して休憩がてら庭に出てきたところ、丁度アザゼルとアーシアが尋ねてきた。
「よう、アーチャー」
「マスター、アザゼル、何か用か?」
「いやな、何でもアーシアが急に駒王に戻りたいって言い出してよ」
「駒王に?」
唐突にどうしたのかとアーシアに目を向けてみれば、彼女の手には携帯電話(セラフォルーが冥界と人間界の間でもやり取り可能なように改造済み)が握られていて、その画面に映ったメールを見せてくれた。
そこにはアーシアの友人である桐生藍華からのメールが映っており、アーシアに相談したい事があるから会えないかという内容の文章が書かれている。
「それで、桐生さんにはお世話になっていますし、ご相談に乗りたいと思いまして」
「なるほど……ふむ」
アーチャーの主観から見れば、アーシアの良き友人ではあるものの、時々どうしょうもない知識を与えてくる掴み所のない少女が、アーシアに相談とは、随分と珍しいことがあったものだ。
普段であればアーシアが藍華に相談する事はあっても、その逆は一度も無かったのに、今回が初めてだろう。
「まぁ、礼装も残りは仕上げの段階に入った。向こうで仕上げれば完成するだろうから構わん」
「ありがとうございます! アーチャーさん!」
「んじゃ、二人は堕天使側のルート使わせてやるから
という事で、アーチャーとアーシアは準備を整えた後、アザゼルと共に馬車に乗り込んで
駒王に戻ってきたアーチャーとアーシアは、冥界に戻ったアザゼルと別れて一先ず自宅に戻ってきた。
自宅に戻って直ぐにアーシアは藍華に連絡を入れると、もう夜ではあるが直ぐに会いたいとメールが入った為、本当に緊急の用事なのかもしれないからアーチャーが私服に着替えて一緒に行く事を条件に薄暗くなった外へと出て待ち合わせ場所へ向かう。
待ち合わせ場所は普段、一誠が早朝に筋トレなどを行っている公園だった。公園に着く頃には薄暗かった空も真っ暗になっており、道端の街灯も明かりを照らす時間になっている。
先に到着したアーシアとアーチャーは藍華の到着を待っていたのだが、ふとアーシアは令呪が疼くのを感じ、アーチャーも同時にサーヴァントの気配を察知した。
「マスター!」
「は、はい!」
念の為に武装を所持していたアーシアは鞄の中からマグダラの聖骸布と
「桐生さんが、もう直ぐ来るのに……どうしましょう?」
「見られるのは不味いか、なるべくサーヴァントとの戦いの場を移動出来るようにしてみるが」
既に赤い骸布の戦闘服に着替えていたアーチャーが両手に干将・莫耶を構えて警戒しながら藍華が万が一戦闘中に来てしまった場合を考えて戦い方を思案する。
なるべく動き回ってこの場から離れながら戦うのが良いというのは確かだが、相手次第なのも確かだ。
「っ!」
ふと、殺気を感じたアーチャーは干将を投擲する。ブーメランのように回転しながら干将は殺気の主の下へ飛び、そして……甲高い金属音と共に叩き落された。
「随分と無粋よな……かように美しき月の夜に、ゆるりと月を愛でる暇も与えぬか、弓兵」
「……殺気を向けた者の台詞ではないな、アサシン」
公園の噴水の上、そこに立っていたのは身の丈ほどの長さがある長い刀を持った侍だった。雅な群青色の陣羽織を着込んだポニーテールの美青年、一見すればセイバーのサーヴァントに見えるが、同じサーヴァントであるアーチャーには彼がアサシンであるという事が直ぐに分かった。
「しかし、運命というのは誠に妙よなぁ。よもや再び貴様と合い間見えるとは思わなんだぞ? アーチャー」
「む?」
「おっと、このような事を述べたところで貴殿には理解出来る筈も無かったか……いや、これは失礼した、英霊というのも難儀な存在よ」
「貴様……」
「その想像通りだ。私は聖杯戦争にて魔女に呼び出された山門を守る暗殺者、セイバーに敗北した後に英霊ではなく亡霊であるが故に行き場を失った名も無き魂を、再び暗殺者として、そして佐々木小次郎としての殻ごと今のマスターが召喚したのだ」
故に、このアサシンのサーヴァントである佐々木小次郎は第5次聖杯戦争の記憶がある。アーチャーの事も実際に剣を交えた事があるからこそ、よく知っているのだ。
逆に、アーチャーも確かにこの佐々木小次郎というアサシンのサーヴァントと戦った事があるのだろうが、それは記録にある別のエミヤシロウという英霊のコピー体の話であり、今この場に居るエミヤシロウには、その記憶は無い。
「さて、これ以上の語り合いは無粋というもの……我らサーヴァントが合い間見えたのなら、やるべき事はひとつであろう?」
「確かに、その通りだ……」
叩き落された干将を投影して、改めて莫耶と共に構えるアーチャーと、長刀・物干し竿を構えるアサシンは一触即発、今まさにぶつかり合おうとしたその時だった。
「あ、あんた何やってんの!?」
「む? おや、マスターではないか」
「き、桐生さん!?」
「何……?」
アサシンの後ろから走り寄って来た少女は、正にアーシアの待ち人であった桐生藍華だった。
しかも、その藍華をアサシンはマスターと呼び、藍華の右手首には縦に長いラインが一本とその左右に短いラインが横に一本ずつの令呪が浮かんでいる。
「そんな……桐生さんが、マスターだなんて」
「大方、私がサーヴァントだという事を知って狙ったか……どうやら呼び出しは罠だったわけか」
「わ、罠!? え、いやちょっとアーシア、私には何がなんだか」
「ふむ、マスター、どうやら話し合いでは信用してもらえぬようだ……ならば剣を交えるのも一興ではないか?」
「あんたは黙ってなさい!」
さて、どうしたものか。アサシンは戦う気まんまんだが、藍華は武器を持って構えるアーチャーとアサシンの姿に慌てて止めようとしている。
更に言うなら、武装しているアーシアの姿にも戸惑っているようで、どうやら彼女は非武装の状態らしい。
「……アーシア、どうやら彼女は」
「た、たぶんですけど……偶然にもアサシンさんを召喚しちゃった一般の方、ですね」
藍華に魔術回路があるのはアーチャーもアーシアも知っていたが、彼女は全く裏の知識を持たない一般人だったという事で、一切警戒していなかったが、まさかアサシンを召喚してしまうとは。
「マスター、どうするつもりだ? 私がアサシンとの戦いに専念すれば君の実力ならば桐生藍華にも勝てるが」
「いえ、アーチャーさん……私は、戦いません」
たとえマスターであろうと、藍華はアーシアにとって友人だ。それも初めて出来た女友達、その藍華と戦うなどアーシアには出来ない。
ならば仕方ないと、アーチャーが武器を消せば、こちらの戦う意思が無い事を察したアサシンも鞘を拾って刀を納めた。
「桐生さん、お話ってアサシンさんの事、ですよね?」
「う、うん……もしかして、アーシアはこいつのこと知ってるの?」
「いえ、アサシンさんにお会いするのは初めてですが、彼がどのような存在なのかは知っています。なので、桐生さんにも詳しいお話をしますので、今から私の家に来ませんか?」
「それは別に良いけど……良いの?」
「はい!」
混乱の為か、いつもの飄々とした雰囲気がなりを潜めている藍華を連れて自宅へ戻る事にしたアーシアは彼女を伴って歩き出した。
その後ろを並んで歩くアーチャーとアサシンはお互いのマスターが友人同士ということもあってか複雑な表情をしている。
「アーチャー、随分と丸くなったではないか」
「何?」
「私が戦ったアーチャーは、もう少し冷徹な印象を受けたが、今の貴殿から感じられるのは戦士のそれではない……かように美しきマスターを得て、骨抜きにでもされたか?」
「試してみるか……? 暗殺者」
「それはまたの機会としよう。私としても貴殿との決着を着けたい所ではあるが、マスターが許しはしないだろう」
後ろで殺伐とした会話をしているのを、藍華は慣れていないのかビクビクしているが、アーシアはもう既に慣れているため堂々としているものの、苦笑している。
「ねぇアーシア?」
「何ですか?」
「怖くないの?」
「……もう慣れちゃいました」
アーシア・アルジェント17歳、花の女子高生でありながら殺伐とした状況に慣れてしまった自分と、その原因でもあるアーチャーと、そのアーチャーと睨み合うアサシンに目を向けてから、再び藍華と向き合って深いため息を零すのだった。
次回は桐生藍華、冥界に行く。