ハイスクールD×D
~堕ちた聖女の剣~
第六十五話
「青髭と聖処女」
襲い掛かる異形の群れ、海魔の大群がアーチャーとアサシンを囲み、その触手を鋭い槍と化して攻撃してくる。
対するアーチャーとアサシンはその手の剣を巧みに操り、触手を斬り裂いて海魔本体を次々と葬っていった。
「しかし、数が多いな」
「ふむ、個としての力は脆弱ではあるが、群れを成す事で厄介な存在となるか……なるほど、これもまた戦の常というもの」
海魔の群れの向こうで、魔道書を片手に不気味な笑みを浮かべるキャスター、そこまで辿り着くには海魔の群れを突破する必要があるが、斬った端から増え続ける中を強引に突破するには数が多すぎる。
「アサシン、前衛を任せる」
「承知」
干将・莫耶を消したアーチャーの前に青江を構えたアサシンが出てくる。四方八方から襲い掛かる海魔は全てアサシンの振るう刃の前に斬り捨てられる中、アーチャーは一歩も動かず、右手を真っ直ぐ頭上高くに上げていた。
「――――
すると、アーチャー達の頭上に無数の剣が投影され、その全てが切っ先を海魔に向けられた。
「――――憑依経験、共感終了」
投影された剣は、決して宝具と言えるレベルの剣ではない。
「――――
しかし、それでもその剣軍はアーチャーが……否、エミヤシロウが生涯を掛けて貯蔵してきた業物ばかり。
「――――
例え宝具に届かぬとも、多くの戦士達と共に戦場を渡り歩いてきた歴戦の剣の輝きは、宝具でなくとも美しく、凶悪な切れ味を誇る。
「
投影された無数の剣軍は、アーチャーが腕を振り下ろすのを合図として、一斉に海魔の群れに降り注いだ。
剣が肉を斬り裂く音、突き刺さる音、血飛沫が撒き散らされる音、そして海魔の悲鳴が響き渡り、剣が着弾した場所から土煙が発生し、アーチャー達の姿を覆い隠す。
土煙が晴れた後には、数え切れないほどいた海魔の群れは肉片へと変わり果て、その中で無傷のアーチャーとアサシンが不適な笑みを浮かべながら、それぞれの剣の切っ先をキャスターに向けている姿があった。
「これにて貴殿の兵は尽きたか……なれば今宵の死合、残すは貴殿の首を撥ねるのみ」
「これ以上何か手があるというのなら見せてみるが良い……その悉くを滅して貴様を殺す」
海魔が全滅し、状況的には追い詰められている筈のキャスターだが、その表情は先ほどと変わらぬ薄ら寒い笑みのままだ。
「ふむ、なるほど……確かにこれはピンチという奴ですか。しかし、私はまだ兵を失ったわけではありませんぞ」
「そそ、それにキャスターのマスターである私も来た事だし、もうあんた達に勝ち目は無いかもねー」
随分と軽い口調で林の向こうから聖なる波動を纏った剣を持つ一人の女性が現れた。金髪の髪が美しい女性、顔つきから西洋人らしいが、先ほどの台詞から察するに、彼女がキャスターのマスターという事らしい。
「私はジャンヌ、かの聖処女ジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ者にして、
フランス救国の英雄、フランスとイングランドの百年戦争の際、オルレアン包囲戦においてフランス軍を勝利に導いた大英雄にして、後に魔女の烙印を押され火刑に処された聖処女ジャンヌ・ダルク。
その魂を受け継ぐ者を自称する彼女は、しかし自分がジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ者であるという確固たる確証があるのか、堂々としている。
「おお! ジャンヌ! 我が聖処女の生まれ変わりたるマスターよ! まさかこの様な場所においでになるとは」
「あら、ジルが戦っているのに、あなたの戦友の生まれ変わりとして隣に立たないなんてあり得るのかしら?」
「ジル……だと? なるほど、キャスター……貴様の正体は、かの青髭だったか」
青髭、その名を聞いて青褪めたのはアーシアだった。流石はイタリア……欧州の出身というだけあって青髭という悪名をよく知っているらしい。
青髭ことフランス救国の英雄ジル・ド・レェ、その名は二つの理由で有名だ。一つは百年戦争においてジャンヌ・ダルクと共に戦場を駆け抜けフランス軍を勝利に導いた英雄達の一人、常にジャンヌ・ダルクと共に戦い抜いた騎士、フランス軍元帥として。
そして、もう一つ……それはジャンヌ・ダルクの死後、ジャンヌの死によって狂い、黒魔術の淫欲と背徳に溺れ、何百人という数の少年を虐殺した聖なる怪物としての名だ。
「ねぇ、アーシア……アタシ、ジャンヌ・ダルクは知ってるけど、ジル……なんとかって知らないんだけど」
「ジル・ド・モンモランシ=ラヴァル男爵、またの名をジル・ド・レェ元帥。簡単に言えば、ジャンヌ・ダルク様の副官を務めた騎士様であり、大勢の少年を身勝手な理由で殺めた大罪人、です」
これまでの人間や悪魔の子供の誘拐も、ジル・ド・レェの伝承を考えれば納得出来る。青髭は死後、こうしてサーヴァントとして召喚されて尚、生前の罪科を重ね続けているのだ。
「さてと、私とジルが揃ったからには、あんた達に勝ち目は無いわよ。イケメン二人と戦えるこの機会、存分に楽しませて貰うんだから!」
「おおお……っ! ジャンヌ! 再び貴女と共に戦えるとは、このジル、感銘の極み!!」
ジャンヌが聖剣を、キャスターが魔道書を構え、二人の周りに海魔が召喚された。それに対し、アーチャーとアサシンも武器を構えて戦闘準備に入ったのだが、ふとアーチャーは背後から不穏な魔力を感じ取り、そっと後ろを振り向く。
「……っ!? マスター! 桐生藍華! その子供から離れろ!!」
「「……え?」」
突然の事で何を言われたのか理解が追い付かなかった二人だったが、そんな二人に無慈悲にも悪鬼の手が伸びる。
藍華が抱えていた悪魔の子供の背中が、大きく盛り上がり、体内から肉体を食い破って大量の鮮血を撒き散らしながら海魔が現れたのだ。
「……そん、な」
「ヒッ!?」
尻餅を付いて青褪めながら海魔を見上げる藍華とは対象に、アーシアはただ呆然と……目の前で散った幼い命が、身体が、無残にも海魔に捕食されるのを見つめていた。
「間に、合わなかったん、ですか……? 私、は……」
子供の死体を捕食し終えた海魔が、その敵意の矛先をアーシアと藍華に向ける。まだ若く瑞々しい肉体と、生娘の生き血の匂いが、海魔を欲情させ、食欲を刺激していた。
「こんな……こんな惨い事、まだ幼い子供だったのに……」
アーシアが足元に視線を向けると、先ほど殺された子供の血が血溜まりとなってアーシアの足を汚していた。
先ほどまで、確かに生きていた命が……無残な最期を遂げた何よりの証が、アーシアの足を汚しているのだ。
「……あ、あ……ああ」
許せない、憎い、そんな感情を持ったのは初めてだった。許せないという思いは、黒歌に抱いた事はあるが、それを遥かに凌駕する憎悪の感情が、アーシアの心を……汚染する。
エミヤシロウの生前を夢に見るようになってから歪み始めたアーシアの心が、憎悪の感情に汚染され、更なる歪みを発生させようとしていた。
それは、アーシアの“
『これ以上は、危険ですね』
アーシアの口から、アーシアの声で、アーシアではない人物の言葉が紡がれる。
『今、この時ばかりは私が目覚めるべきでしょう……この子には、まだ耐えられないですから』
アーシアの身体が、アーシアではない誰かによって動かされ、
『
アーシアの姿が、
そして、光の槍を展開して構えたアーシアは、その
『我が名は、アーシェ。アーシェ・アルジェント! 我が父、シェムハザより受け継ぎし光、貴方方の邪神と聖剣如きが打ち砕けると思わない事です』
そこに居たのは、アーチャーのマスターであるアーシア・アルジェントではない。彼女の名はアーシェ・アルジェント、創世記の時代に堕天使シェムハザと人間の間に生まれた堕天使と人間のハーフ……アーシアの先祖である女性だった。
次回、覚醒(?)したアーシアが活躍です。