難産でした。
ハイスクールD×D
~堕ちた聖女の剣~
第六十七話
「英雄」
漢服を纏い、右手に握る聖なる波動を放つ槍を回転させ、見事な構えを取る青年と、両手で巨大な方天画劇を構えて獣のような唸り声を発する巨漢。
バーサーカーと、そのマスターを名乗る曹操という青年の登場により、事態は急変する。今まではキャスターとジャンヌ二人に対し、こちらはアーチャーとアーシェ、アサシンの三人という人数的な優勢を保っていたのに、見たところ曹操はジャンヌの仲間、つまり人数を逆転されてしまったのだ。
「それでジャンヌ、君は戦えるのか?」
「この怪我見て言ってる?」
曹操がまず心配したのは現状ジャンヌとキャスターが戦力になるかという事だが、どうやらジャンヌもキャスターもかなりの重症の様で、戦力に数えるには無理があるらしい。
「となると、アサシンとアーチャー、それに聖女を相手にこちらは俺とバーサーカーだけか」
そう呟いた曹操は何やら合図らしきものを出すとジャンヌとキャスターが霧らしきものに包まれた。
『あれは……
「
『ええ、
「ほう? なるほど彼奴の持つ槍は些か神々し過ぎると感じてはいたが、斯様に強力な武具であったか」
「流石は聖女殿、聡明だな……如何にも、俺の持つ槍は13種ある
霧が晴れ、ジャンヌとキャスターの姿が消えると、曹操は得意気に自身の持つ槍の正体を明かした。
ロンギヌスの名を持つ槍、恐らくはイエス・キリストを刺し殺したロンギヌスの槍を模して聖書の神が作り上げた
「それにしても、中々の光景だとは思わないか? 弓兵、暗殺者」
「何?」
「いやなに、察しているとは思うが俺は名の通り三国志の英雄である曹操の子孫だ。そして、この場にはバーサーカー……いや、正体は察しているのだったな、呂布もいる、それに君達もまたどこぞの英雄なのだろう? 先ほどのキャスターもフランス救国の英雄ジル・ド・レェで、ジャンヌもまたジャンヌ・ダルクの魂を継ぐ者。これほどの英雄と英雄の子孫、英雄を継ぐ者が揃う光景など中々無い」
更に付け加えるのなら、現在はアーシェの意識が表に出ているが、その体の本来の持ち主であるアーシアは堕天使副総督シェムハザの子孫であり、アーシェはシェムハザの娘だ。
「貴様、
「そうだな、確かに俺は英雄派のリーダーという立場にある」
「そうか……それで、貴様ら英雄派の目的は何だ?」
「目的か……そうだね、極論を言うなら、英雄になること、かな」
英雄になる。それを聞いた時、アーチャーは己の内に言い知れぬ苛立ちを感じた。
「先ほども言った通り、俺は三国志の英雄、曹操の子孫だ。彼の子孫である俺は常々思ってたんだ……英雄になりたいと。悪魔や天使、堕天使、神話の神々が存在するこの世界で唯の人間である俺達が、人間のまま何処まで行けるのか、何処まで戦えるのか、それを知りたい」
悪魔やドラゴンを滅ぼすのはいつだって人間で、それを成した者は過去誰もが英雄と呼ばれた。なら、自分達もそれを成す事で英雄になれるのではないか。脆弱な人の身で、それを成して初めて、曹操は自分が英雄になれると、そう思ったのだ。
「それで一つ、君達に聞いてみたい事があってね……英雄になるというのは、どんな感じなのか」
「ふむ、英雄か……残念ながら私は英雄ではなく唯の亡霊である身だ。佐々木小次郎の殻に亡霊の魂を押し込めた偽りの英霊に過ぎぬ」
「ほう? ならアーチャー、君はどうかな?」
「……英雄か」
英雄になるとはどんなものなのか、それをアーチャーに問うなど、なんという皮肉なのか。アーチャーにとって……否、エミヤシロウにとって英雄になるという事ほど愚かしい事など他に無いのだから。
「下らんな」
「何……?」
「私は英雄になった事を誇りに思った事など無い……いや、寧ろ私は英雄になどなるべきではなかったとすら思っている程だ。私という存在が既に間違った存在、あってはならない存在なのだからな」
エミヤシロウという男は英雄になどなるべきではなかった。それは死後、守護者となってから至った一つの答えだ。
「確かに私は生前、多くの人を救い、多くの不幸を駆逐し、いくつかの戦争を終わらせ、世界の危機とやらも防いだ事もあった……英雄という、遠き日に憧れた地位に上り詰めた事も、確かにあった」
「正に俺が憧れる地位に上り詰めていて、それで英雄になるべきではなかった等と言うのか?」
「ああ、そうだ。確かに、私は英雄になったさ……だが、その果てに得たのは後悔のみ、残ったのは死だけだった」
大勢を救い、多くの不幸を取り除いてきた生涯は、しかし最終的には救った筈の人の裏切りにより幕を閉じた。それこそがエミヤシロウの人生、勿論それ自体に思う所はあれど不満があるわけではない。
「英雄として、世界に祭り上げられ守護者になった私は、延々と人間という存在の醜悪さを見せ付けられた……私が目指した理想は、間違っていたのだと気付くのには……もう遅すぎた」
いつの間にか語りながら俯いていたアーチャーは顔を上げると、真っ直ぐ曹操に、その鷹の目を思わせる鋭い視線を向ける。
「曹操、貴様は先祖が英雄だったから、自分も英雄であらねばならない、などと下らん事を考えているのだろうが……一つだけ忠告しておく。貴様のそれは所詮は先祖が英雄だったから自分もそう在らねばならぬという強迫観念に突き動かされただけの借り物の考えだ」
「何だと……?」
「先祖がそうだったから、などと考えている内は、貴様の内から零れ落ちる感情などありはしない……ならば、そのような醜悪な生き方しか出来ぬのなら、その理想を抱いたまま溺死しろ」
その言葉が切欠となり、曹操の雰囲気が変化した。先ほどまで浮かべていた微笑を消し去った無表情と、その瞳の奥にある感情は……怒り。
「その言葉、俺への宣戦布告と受け取るぞ?」
「ハッ! 宣戦布告も何も、貴様はバーサーカーのマスターで、私はアーチャー、最初から敵同士だ。出会った事それ自体が宣戦布告のようなものだろう?」
「気が変わった……下がれ、バーサーカー。この男とは、俺が戦いたくなった」
アーチャーの前に曹操が立ち、アーシェとアサシンの前にはバーサーカーが立った。
アーチャーが苦戦を強いられたバーサーカーだが、アサシン程の剣の腕前と、その戦闘スタイルなら十分勝機はある上、アーシェが援護してくれるだろう。
そして、曹操を相手するアーチャーも、問題らしい問題は無い。いかに強力な武器を持とうが、英雄の子孫であろうが、英雄本人ではなく、その子孫。武器さえ何とかしてしまえば人間が英霊に勝つ事は出来ないのだ。そう……将来的に英霊になる程のポテンシャルを持つ等の例外を除けば。
「その双剣……どうやら中国の剣だな」
「ふむ、まぁ根元の陰陽を見れば当然か」
「陰陽の双剣……なるほど、となると俺の予想通りならその剣は、干将・莫耶か」
流石に中国人、それも英雄の子孫は見る目が違う。まさか双剣である事と陰陽のマークだけでその正体に気づくとは。
だが、そこからアーチャーの正体を割り出す事までは不可能だ。何故なら干将・莫耶を使用した英雄は存在しない上に、アーチャーの服装は中国の武将のものではないのだから。
「まぁいい、君がどこの英雄かは知らないが……先ほどの暴言を吐いた事を後悔しながら死ね!」
常人離れした速度で距離を詰めた曹操は聖槍の穂先を突き出し、真っ直ぐアーチャーの心臓を射抜こうとした。
なるほど、確かに英雄の子孫というだけあり普通の人間と比べれば桁外れの速度、力なのだろう。しかし、それはあくまで人間と比べたらの話だ。
アーチャーの記録には、世界最高峰の槍の使い手の記録がある。かのアルスター神話の大英雄が繰り出す神速を超えた突刺と比べれば曹操の槍など、十分人間の範疇でしかない。
「ふん!」
「なっ!?」
だから、アーチャーは冷静に両手の干将・莫耶で受け流し、曹操の懐へ潜り込んで鳩尾へ蹴りを入れた。
筋力値が低いアーチャーの蹴りでも、人間にとっては人外級の一撃だ。一気に肺から空気を吐き出しながら吹き飛ばされた曹操は木を数本圧し折り、ようやく幹の太い木に激突して止まる。
「サーヴァントを、英霊を舐めるなよ小僧……貴様のような若造風情が簡単に殺せるようでは、英霊など勤まらん」
「■■■■■■■■■ーーーーーーーーっ!!!」
若干の血を吐きながら聖槍を杖代わりに立ち上がる曹操に追撃しようとしたアーチャーの横からバーサーカーが襲い掛かろうとしたが、所詮は理性の無い獣、これが個人戦ではなく複数人による団体戦だという事を理解していない。
アーチャーに襲い掛かろうとしたバーサーカーは瞬間、全身に光の槍が突き刺さり背後から三太刀同時に放たれた斬撃が襲い掛かった。
「■■■■■ーーーーっ!?」
「させぬ!」
『彼はこの子のサーヴァントであるのと同時に、私のサーヴァントでもあるのです。手出しはさせませんよ、バーサーカー』
アサシンとアーシェの実力はアーチャーも理解している。バーサーカーの相手を任せられるだけの信頼もある。
ならばアーチャーのやるべき事は一つ、ここでバーサーカー陣営を退場させるために、マスターを殺す事だ。
「呂布は流石に厄介だ。後顧の憂いを無くする為に、死んでもらう」
「クソッ……
次回は決着、もう間もなくヘルキャット編も終わりですね。