ハイスクールD×D
~堕ちた聖女の剣~
第八十四話
「覇龍」
それだけを聞けば一時的な大規模強化だと思われるかもしれないが、覇龍はそんな生易しいものではない。
その力の根源にあるのは歴代の赤龍帝や白龍皇達の残留思念が持つ怨嗟であり呪い。当代の所有者を自分達の所へ引き摺り堕とそうとする負の情念が齎す破壊衝動こそが覇龍の正体だ。
現在、その覇龍を発動させた一誠は、その姿を禍々しいドラゴンのようなものに変え、理性の一切を失った破壊衝動の塊となって無差別に周囲を破壊して回っている。
「お、おのれぇ! これが覇龍だというのか!? これほどのものだと、言うのか!!」
無差別に、ではなかった。現在、一誠は理性の無い状態でありながらも、その憎悪の矛先をリアスを消し去った怨敵たるシャルバ・ベルゼブブに向けており、その巨大化した腕でシャルバを押さえつけると、強靭な顎でシャルバの左肩に喰らいついた。
「グゥッ!? こ、のぉ!!」
だが、シャルバもただ喰われるつもりは無いのか、右手を一誠に向けて魔法陣を展開したのだが、一誠の背中から延びる触手のようなものが鋭い刃と化し、シャルバの右腕を斬り飛ばした。
「おのれぇ!!」
地面に叩きつけられ、失った右腕の激痛を堪えながらもシャルバは別の魔法を即座に発動、一誠の頭上から雷を落としたのだが……。
『Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! Divide! 』
以前、一誠はヴァーリ・ルシファーと戦った際、
結果として半減の力も得た一誠はシャルバの魔法を半減の力で弱めた為、ダメージらしいダメージは一切見受けられない。
「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「ヴァ、ヴァーリの力だと……!? 半端者め、どこまでも私の前に立ち塞がると言うのか!!!」
怒りのまま、次の魔法を放とうと、左手を伸ばしたが、その瞬間、ブレスのようなものが一誠の口から放たれ、ついにシャルバは両腕を喪失する事となった。
一方、アーシア達はドライグの忠告通りに距離を取って状況を見ていたのだが、その余りにも醜いとすら言える光景に、アーシアを除く誰もが目を背けそうになっている。
無理も無いだろう。女性陣は特に、小猫を除けば全員が一誠を憎からず思っている面々ばかり、その一誠が、あんなにも禍々しい状態になってしまえば、目を背けたくもなる。
「あ、あれは!!」
イリナが叫んだ。その視線の先では、両腕を失ったシャルバが足元に魔法陣を展開して、更なる攻撃魔法を放とうとした所を、一誠の両目が光ってシャルバの両足の時間を止めていたのだ。
時間を止める。それは赤龍帝の力でも、白龍皇の力でもない。今、アーシア達の傍に居る少年の持つ……。
「ギャスパー君の、力……」
祐斗の言う通り、あの力はギャスパーの持つ
「グルァアアアア!!!」
『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』
突如、一誠が倍加を始めた。しかも、その数は異常で、膨れ上がる魔力は桁違いだ。もし、一誠が得意とするドラゴン波を上回る何かを、あの魔力量で放たれれば、アーシア達のいる場所も無事では済まない。
「皆さん! 距離を取りましょう!!!」
全員、翼を広げて上空に逃げると、丁度チャージが完了したらしい一誠の魔力が現魔王最強のサーゼクスをも上回った。
「ばかな……真なる魔王の血筋たるこの私が、ドラゴン如きに」
『Longinus Smasher!!!!』
放たれた一撃は、シャルバを飲み込み、更にその向こうの空、紫色の雲すら貫いた。圧倒的な破壊力を秘めたロンギヌス・スマッシャーという砲撃は、シャルバを遺体すらこの世に残す事を許さない。
「一誠君……」
祐斗の見つめる先、リアスを消し去った怨敵を殺した一誠が、遂に憎悪の矛先を失った事で本当の意味での暴走を始めていた。
無差別に放たれる魔力弾が周囲を破壊し、時にアーシア達の所にも飛んで来る。最早敵味方の区別すら出来ない、理性の無い獣、否……理性の無いドラゴンと化した一誠が、そこに居た。
「困っているようだな」
もう打つ手が無いのかと、諦めかけたその時だ。突如背後から掛けられた声に全員が驚いて振り向けば、そこには一誠のライバルたる白き龍の所有者、ヴァーリ・ルシファーが美猴と、もう一人眼鏡を掛けた美青年を引き連れ、空間を割いて歩いて来たのだ。……その腕に、意識を失ったリアスを抱えながら。
「ヴァーリさん……」
「アーシア・アルジェントか、どうやら忠告は役に立ったようだな」
「はい……それより、何故部長さんが、それにヴァーリさんは何の用で」
「見に来ただけだ。兵藤一誠の
シャルバに殺されたと思われていた主が帰ってきた。朱乃達は急いで駆け寄ってヴァーリからリアスを受け取った。
「安心しな、グレモリーの嬢ちゃんは生きてるぜぃ」
「丁度、我々も次元の狭間を探索していたのですが、その時に見つけたのですよ。見つけるのがもう少し遅ければ命は無かったでしょう」
リアスの眷属達全員が涙を浮かべながら無事の帰還を喜ぶ中、アーシアは暴れ続ける一誠を眺めるヴァーリの隣に歩み寄った。
「ヴァーリさん、イッセーさんは……」
「どうやら中途半端に
「そんな……」
せっかく、リアスが無事に戻ってきたと言うのに、肝心の一誠が死んでしまっては元も子もない。
何とか出来ないのかとアーシアはヴァーリを見上げると、ヴァーリも仕方がないとばかりに溜息を零しアーシアだけでなく、グレモリー眷属全員を見渡した。
「助けたければ、何らかの方法で彼の深層心理を揺さぶる必要がある」
そう言われて、誰もが困惑した。一誠の深層心理を揺さぶるなんて、簡単に言ってくれるが、そんな事、簡単に出来る筈が……。
「あ」
それは誰が発した声なのか、それは定かではないが、とにかく全員の視線がリアスや朱乃、ゼノヴィア、イリナといった豊満な胸部へ向けられた。
「なるほどねぃ、乳でも見せれば良いんじゃね?」
「……はぁ、それだけでは足りないだろうな。あの状態では、乳を見せた程度で収まるとは思えん」
「では、どうしたら良いんですの!?」
「古来より、ドラゴンを鎮めるのはいつだって歌声だったと言うが、そのようなもの、俺は聞いた事が無い」
これは本当に打つ手が無くなったかと、誰もが諦めかけたその時だった。
「歌ならあるぜ」
上空から聞こえた声に目を向ければ、何やら大きな機械を持ったアザゼルが飛んできて、更にアーシアの隣にアーチャーが実体化した。
「アーチャーさん!」
「遅くなってすまない。無事か? マスター」
「はい!」
隣に現れた想い人の姿が何よりも安心を与えてくれる。アーシアは漸く張り詰めていた空気が抜けたとばかりに緊張の糸を解した。
「ようヴァーリ、久しぶりじゃねぇか」
「アザゼルか……それで? 何をしに来た?」
「おいおい、いきなりだな……まぁいい、秘密兵器を持ってきたんだよ」
アザゼルが持ってきた大きな機械、それはどうやらレコーダーのような物らしい。広げられたスピーカーと再生ボタンや停止ボタン、それらから音楽を流すための機械だと判る。
「こいつぁ俺とサーゼクス、セラフォルー、アジュカ、ファルビウムが出資・監督して作らせたオリジナル曲でな、今後のイッセーの活躍如何でアイツのテーマ曲として売り出そうと考えているんだ」
そう言いながらセッティングを終えたのか、再生ボタンを押すと、スピーカーらしき物の下が光り、一誠の頭上の空間に映写機のように映像が投影された。
そう、レコーダーかと思われた機械の正体は、アザゼル印の特大映写機だったのだ。
『おっぱいドラゴンの歌、はっじまるよー!!!』
そして、映し出されたのは……簡潔に言うなら、ドライグが確実に泣くであろうものだった。
「え~……」
ドラゴンを鎮める聖なる歌でも聞けるのかと思っていたアーシアは、予想の斜め上をぶち抜く映像に、開いた口が塞がらなかった。否、アーシアだけでなく、ヴァーリも、美猴も、一緒に来ている眼鏡の美青年も、それに、グレモリー眷属達もだった。
「作詞・作曲は俺とサーゼクス、振り付けはセラフォルーの完全オリジナル曲、どうだ!!!」
一先ず、全員が思ったのは、アザゼル達はドライグに土下座して謝った方が良い。という事だけだった。
次回は、少しオリジナルな部分出てくるかな?