現役生活二十六年。疲れたので、バ美肉して野球解説系Vtuber始めます 作:義藤菊輝@惰眠を貪るの回?
飛んで行ったボールは内野を転がり、ショートを守る
一塁を守るタンケ・ペレスへの送球をする間に、列に並んでいた後ろの選手が前に出てくる。
「おおツジ」
「あ、お久し振りですね。辰濱さん」
「元気そうでよかった。あんまり解説もしないし、どうしてんのかと思ってたよ」
「おかげさまで、ノンビリ楽しんでます。今日は一緒に解説ってことで、慣れてる辰濱さんに頼っていこうと思ってます」
試合開始前のアツタドーム。この場所で戦った最初が26年前。いや、正しくは27年前か? そんな風に、選手時代とは違う景色の見え方を楽しんでいると、後ろから聞いて久しい声がした。
よせやい。だなんて爽やかに言う辰濱さんは50歳には見えない。正直なことを言って、私より若く見える。彼からすれば、私の方が若く見えるんだろうが……。
「けど、相変わらず大きいですね。このドーム」
「アツタ球場からここに変わったときは、フェンスが高過ぎて、ウォーズと星合さんとお前の4番からの3人以外ホームラン打てないって揶揄されたからな」
この球場の外野フェンスは約5メートル。私が入団してきた頃は、センターまでの122メートル以上の距離を飛ばせる人が少なかった。
だからこそ、苦肉の策で当時の中報が守り勝つスタンスを取ったのだ。
「最近の中報は、お前から見てどうだ?」
「どうだって言われても……。というか、辰濱さんと同じだと思いますよ」
今は1点差の試合を落とし、単打しかなく打線は点で、起爆剤がない。
守備か? と、試合前のノックを受ける選手達を見ていたからか、辰濱さんが言葉を溢した。
だが、あれだけ選手達に目を配っていた辰濱さんなら分かっているはずだ。全部が足りていないことに。打力も、守備力も、投手も。かつての中報の強みは、なんと言っても投手王国だったこと。安心して投げさせられる三本柱とピンチに強いリリーフ三枚。そして、絶対的な守護神。
そのレベルの高い投手陣に負けないように、長打が無理ならとこれまでの守備を見直し、鉄壁を築き上げた。
「ツジなら、どうする?」
「谷茂選手に、リードと内野陣の動かし方を徹底的に教えますね」
「移籍3年目だから?」
キャッチャーなんて、リードが出来て、仕事がこなせれば十分だ。私や克村さんのような捕手の方が稀で、確りと自分の打順を熟せれば私は文句は言わない。
リードがボロボロだと文句を言ってしまうと思うが。
「パワーはある。一発が見込めるなら必要なときに打てるよう精神の落ち着け方を教えれば良い。私はそう思います。私が言ったら何ですが、キャッチャーに打撃を求める方がダメなんですよ」
期待されてない方が、私的には気持ちが楽だった。それだけのことだ。
「お前が監督になったらなぁ……」
「私が喧嘩別れして飛び出したの知ってるでしょう?」
今私が中報の監督になったら、チームを捨てたくせにと叩かれる。まだ私には、叩かれてでもこのチームを盛り上げられるほど愛着心がない。恐らく、今後一生ないだろう。
「星合さんがシーガルズの監督にならないのと同じです」
「まあ、そうだよな」
シーガルズの前身である千葉マリンスカイズ時代、当時の監督を信頼していた星合さんは、その監督が半ば強制的に解任されたことに怒り、中報とトレードによって移籍している。
その頃は第一次落野監督政権と言われた時代で、東栄との二強だった。私が入団したのは、落野さんが一度監督を辞めた後の二度目。二年間だけだったが落野さんが監督を務めた後、三年目に星合さんが入れ替わるように監督になったのだ。
「今日はどっちが勝つと思う?」
「普通に戦えば畿通が勝ちますけど……」
現監督のシュドー・ジョイナスも元は中報の選手。守備の名手で、日本に来てからは引退するまで中報でプレーし続けていた。
ただ、言っちゃ悪いが、かなり采配がおかしい。今年が二年契約の二年目だが、六回でキャッチャーが残り一人になるような采配をしたり、監督とコーチ間での認識が違ったり。
「まあ私が選手なら、辰濱さんみたいな方に監督して欲しいですね」
「そうかそうか。そのときはお前にキャッチャーとバッテリーのコーチになってもらうさ」
守備コーチは荒端と井木。守備走塁は蔵英。だなんて、かつての黄金メンバーの名前を挙げる辰濱さんに、思わずそれ以上は辞めて。と言ってしまった。
「あ、中報テレビのスポーツコーナーでシゲにインタビューしたけど、かなり意識されてたし、したい質問もあったみたいだから、話聞いてあげな」
「ほぉ、それは……」
シートノックが終わり、試合前の打撃練習へと器具の入れ替えを行っているグラウンド。バント処理のため、前に転がったボールを掴む動作を何回か繰り返したキャッチャーがマスクを外してこちらを見る。
「彼ですよね? 谷選手は」
ちょうどホームベース辺りにノットが張られ、その場に最後まで残っていた背番号27。
「あれ? 谷選手の背番号って、7でしたよね?」
「あぁ、それな。前まで7だったんだけどな? お前と一緒だよ」
そう言われて出てくるのは、星合さんが監督になってすぐの頃、2以外の一桁は、キャッチャーがつける背番号じゃない。と言われたこと。まあ、成績を出したら文句言いませんか? と言い返して、実力で7を背負っていた。
「監督が背番号にこだわるなんて……本当に下らない」
「ははは。少ないぞ? お前みたいなやつ」
知ってますよ。
基本的に選手は監督に従順。だが、たまに私みたいな奴がいる。まあ私は、他人に自分の背番号をどうこう言われるのが嫌いなだけで、こだわることは悪いことじゃないと思うが。
「武村と桂木と谷。ですね」
「話題にもなったし、気にするなって方が無理な話だよな」
3年前のFA移籍で話題になったのは、正捕手同士の実質トレード。
それまで中報の正捕手を務めていた武村が、桂木の台頭で出場機会を減らし、さらには背番号が変更された。そんな中桂木も正捕手として1シーズンを戦い抜くことが難しく、武村と併用される日々。
「正捕手同士が移るってあんまりないですからね」
最終的には、谷選手が移籍するのに合わせ、出場機会を求めた武村選手が中報から神奈川へと移籍。
「もし辰濱さんが監督になって、移籍が噂になってる野口選手が東栄とかに移籍したら、それがFA移籍なら、平田幸夫選手を絶対取ることですね」
「平田選手を? あの選手って確か三番手だろ?」
「谷選手がここから伸びてきたら、その後を勤めれるのは彼だけです。主に主力から外れてきたベテランを任せるのには適任。私や安部さんに無い特徴を、どの監督も気づいてないですから」
「お前がそこまで気にするなら……。覚えておくよ」
◆◇◆◇◆
「本日は田安生命主催日本交流戦の初戦となります、中部日報コアラーズ対近畿通運パワーブルズ、第1回戦をお送り致します」
試合開始時間となった18時10分。審判のコールに合わせて三塁側の観客席から鳴り物が響き渡る。
「実況は私中部報道テレビアナウンサーの小西。そして解説にはお二人お越し頂きました。先ずはミスター・コアラーズこと中報一筋21年。辰濱義和さんです」
「よろしくお願いします」
「続きまして、中報時代に三冠王を獲得し、畿通でも二度の三冠王に輝きました。野球界史上最高のキャッチャー、津路嶌洋弥さんです」
「どうも、よろしくお願いします」
「さて、話したいことは山ほど有りますが、先ずは試合を見ていきましょう。畿通の先頭バッターであるメイルが初球を叩きファーストファールフライ。2番のアンディーが三球三振と、小野選手が良い感じで二人を抑えています」
この辺りどうですか? と言われてしまった私は、とりあえず、畿通は積極的な攻撃を仕掛けようとしている。と、当たり障り無いことを述べる。
というか、まだ二人をアウトにしただけで感想を求められても。なんて思うが、心の中に密かにしまう。
3番に入った磯岡も、大振りのスイングでフォークを空振り。初回の畿通は、三人で終わってしまった。
「既に試合は始まっていますが、改めて、本日のスターティングメンバーを見ていきましょう」
近畿通運パワーブルズ
1 左 クラウス・メイル 10
2 二 アンディ加藤 14
3 右 磯岡壱公 22
4 一 ケイン・エドワード 2
5 三 外街洋紀 66
6 遊 安木省吾 4
7 中
8 補 水口良輔 27
9 投
中部日報コアラーズ
1 遊
2 右
3 中
4 左
5 一 タンケ・ペレス 66
6 三
7 二
8 補
9 投
「これから中報の攻撃が始まるわけですが、交流戦に入ってスタメンを変えてきましたね。これはやはり、対海洋リーグ用と言うことでしょうか辰濱さん」
「そうですね。基本的に海洋リーグは力押しのチームが多いですから、それに負けないように率の高い選手を集めた。という印象ですね」
中報のチーム打率はリーグ5位。それでも、今日のメンバーはチーム内の打率が高い順から8人選ばれている。
これまでは打順に余り手を加えなかったジョイナス監督だが、ここに来てガラッと変えている。
「監督を務めた事のある津路嶌さん的にはどうですか?」
「なんて言うか、ジョイナス監督の采配批判になってしまいますが、まともな采配じゃないでしょうか。実際、開幕からの2ヶ月でチームは神奈川と最下位争いをしているわけですから、使える手は何でも使うべきだと思います」
5位の中報と6位の神奈川はゲーム差が1なのに対し、4位のヘルススワンズとのゲーム差は既に3。1位とは8ゲーム差。
正直な話、中報ファンはここからの逆転優勝など期待していない。星合さんは、この状況より酷い10ゲーム差からでも優勝できることを証明したが。
小野選手が、畿通のいてもうたれ打線をどこまで押さえ込めるか。その一点がこの試合を決定づける様な気がする。
「それでは今度は1回の裏、中部日報コアラーズの攻撃となります。1番は今期初の1番となる宮田選手。俊足に警戒ですね」
「そうですね。内野ゴロでも一塁に到達できる足がありますから」
シートノックで良い動きを見せていた宮田選手が打席に入る。
対するピッチャーは今シーズンここまで負け無しの隅久。6戦で4勝。内1回は完投と、キャンプ中の怪我が嘘だったようにエースとしての活躍をしている。
「注目の初球は……インコースのストレートです。球速は自己最速タイである153キロですね」
初球からインコースを攻める隅久と水口のバッテリー。彼ら二人の、特に水口の良い点は、失敗を恐れずに強気にリードできる面だ。その分読みやすい配球になるときもあるが。
しかし、それを補えるコントロールの良さが隅久にはある。際どいボールを投げられるのは財産だ。
初球のストライクを見逃した宮田は、二球目、同じ軌道から少しだけ離れながら落ちていくツーシームを見逃し、0-2とピッチャー有利のカウントになる。
フォークで落とすか、ストレートで力押しか。
投じた3球目は、それまでの二球と同じ軌道。
またツーシームか。なんて思ったら、ボールは殆ど真横に、ズレるように曲がった。
「宮田! インコースのシュートに思わず手を出す! 三球三振で一つ目のアウトです隅久!」
バットはボールのわずかに下。恐らく宮田は、二球目と同じツーシームが来たと思ったのだろう。だが、ツーシームとは違って沈まなかったボールを、バットは捉えることが出来なかった。
「力強いスイングが出来てましたが、残念ですね」
「はい。そうですね辰濱さん。1番としては三球で終わりたくなかったでしょう宮田に変わって、2番の平良が打席に入ります」
元来長距離砲である平良が2番に入ったのは、恐らく初回に先制点を取り、その後の展開を有利に進めたいから。それは理解できる。が、最近は不調を抱え、余り長打が出ない状態。
アウトローのストレート、インコースのスライダーと二球続けてボール球を選んだ平良。考えることは分かる。至ってシンプルだ。3球目のファーストストライクを遠くに飛ばすこと。
だが、キャッチャーは水口。
隅久に投げさせた3球目は、アウトローのフォーク。
ブレーキのかかった綺麗なフォークは、直球と同じ軌道から、ストンと消えるような感覚になる。
「平良の打球はファースト正面! エドワード自らベースを踏みツーアウトとなりました」
急いでいるような印象を受けた畿通の攻撃に比べ、隅久は気合いの入った良い球を投げている。
三人目の大嶋が、ショートフライによってアウトになったのを見て、今日は投手戦になるな。と私は思った。
◆◇◆◇◆
123456789 計
畿通 0000000 0
中報 000000 0
7回の表が終わって、両チームは0行進が続いている。
レベルの高い投手戦。ピッチャーの調子が良く、キャッチャーのリードが冴え渡る。
バッターは狙い球を見事に外され、掌の上で踊らされている感覚だろう。なんせ、中報小野は7回までを投げてランナーを1人も出していない完全試合ペース。
対する畿通隅久も、1番の宮田選手が粘りに粘ったことで14球目をストライクゾーンに入れることが出来なかったツーシームが四球になったものの、未だノーヒットノーランペースを続けている。
「ここが肝心ですね」
「ほお。この7回の攻撃が重要ですか? 津路嶌さん」
「はい。6回7回は疲れが出始める頃合いです。自分のスタミナが切れてきたことに気がついたピッチャーというのは、調子を崩しやすいんです」
投球数も110球を超え、スタミナが減り、ストレートのスピードが落ちてくる頃。
変化球を投げさせようとすると、ストライクゾーンに収まらなくなり、フォアボールによって調子が悪くなる。
「こういうときに使われるのは、フォークボールなどの抜く球ですね。スタミナが減ってきたとキャッチャーが感じ、低めに抜く球を投げさせることで、ピッチャーが無理に力を込めてしまうのを防ぐんです」
その代わり、制球が乱れることも多く、パスボールも多くなる。
チェンジアップなんかだとまだ良いが、隅久の場合はフォークボール。なまじ落差がある分、後逸は論外だ。
「打席には2番の平良選手が入ります。これが今日三打席目。ファーストゴロ、三振と来ています」
初球はインコースにスライダー。2球目はアウトコースにフォークが投げられ空振り。3球目は、アウトコースギリギリからストライクに入ってくるツーシーム。これを見逃す。
「カウントは2-1。次もボール球を投げさせるか水口、隅久の4球目は、インハイのストレート!!」
「良い球ですね。これは手が出ないですよ」
「辰濱さんでも厳しいですか?」
「厳しいどころか無理ですね」
体の1番遠いところに2球投げられ、そこからのクロスファイアで、想像以上に近く感じたのだろう。
普通のインコース高めに、平良は思わず体を仰け反らした。普通のインハイに。
「あんなスパッとアウトローからインハイに投げ分けられるピッチャーはそうそういないですよ。そりゃあ沢村賞も取れるしここまで無敗にもなります」
これでカウントは2ボール2ストライク。
あんなストレートが来てしまえば、どの変化球でも三振が取れる。ストレートと軌道が近いスライダー、ツーシーム。手元で曲がるシュートなら内野を越えることはないだろう。さらには隅久の伝家の宝刀、フォークだってある。
右手をだらんと垂らす二段モーション。そこから投げられた球は、高めに浮いたカーブ。
平良は体が動いていた。微妙なハーフスイングに、主審と水口が一塁審を指差す。
「一塁審判は……、スイングです! スイングを取りました! これで平良は三振2つ!!」
「際どいですねこのスイング」
テレビ画面は、平良のハーフスイングをリプレイする。大体の判断基準が、手首が返っているかどうか。という曖昧な基準であるため、主審側から見ればギリギリノースイングという場合がある。
今回もそう言うパターンだが、主審と水口が一塁審判に裁定を求めた結果、判定はスイング。
「おっと!? ジョイナス監督が出てき……ません、戻っていきます」
「なんですかあれ……」
「今の外国人は、試合中にジョギングするのが趣味なのでは?」
ベンチを飛び出してきたジョイナス監督。思わず抗議をしに行くのかと思えば、なぜかそのままUターンを決める。
流石に、この珍行動には笑ってしまうが、辰濱さんも笑っているので許されるだろう。そもそも、試合中にジョギングするのが悪い。
「さ、さて、ジョイナス監督の不思議な行動もありましたが試合に、試合に集中しましょう。ここで打順は3番。大嶋選手です。チーム内トップの打率。初球から? 打ちました、アンディ届かない!!」
チーム初ヒットでランナーが出ます中報!!
曲がりきらないスライダーを打たれた隅久は、自分の右手を見つめる。どうやら、何か起きたらしい……。
セ・パでどっちが好き?
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セ・リーグだろ!!
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いいやパ・リーグだね!
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12球団箱推し!!
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野球分かんねぇ~