現役生活二十六年。疲れたので、バ美肉して野球解説系Vtuber始めます 作:義藤菊輝@惰眠を貪るの回?
追記 球場名をアツタスタヂアムとしていますが、某名古屋の球団の旧球場名が名古屋スタヂアムであったことになぞらえています。誤表記ではありませんので気になさらず。
「さて、今日はよろしく」
「はい。よろしくお願いします津路嶌さん」
7月11日。
先日から連絡を取り合っていた中報の谷選手と会うために、彼がいる愛知県名古屋市、熱田区にある二軍球場のアツタスタヂアムに訪れていた。
いつぶりか分からないほどに久しぶりに来たこの球場も懐かしさに溢れ、二軍から一軍に上がる連絡を受けた際にはスタヂアム横の熱田神宮で毎回必勝祈願をしていた。
畿通に移籍してからは天満宮に参拝していたが。
「よし、それじゃあ適当に話でもするか」
アツタスタヂアムの室内練習場。ブルペンで他選手たちが投球練習だったりバッテリーとしての練習をしている中、ネットの向こう側にパイプ椅子を並べた私たちは、向かい合って話をする。
「早速本題と行こう。なんで二軍に落ちた?」
6月30日の神奈川スターライツ戦。肩の違和感のため調整をしていたエース小野が一軍に復帰し迎えた試合でマスクを被った谷だったが、結果は4打数0安打。被盗塁企画5の内、阻止できたのは一つだけ。後逸二回による3失点。控えめに言って~なんてかばい方ができないほどボロボロなプレーをしていた。
内野陣も失策が絡んだものの、エース小野の4回6失点による降板は、谷によるところが大きいと思う。とるべき間合い、かけるべき言葉を出せていない。当日、自分から行った身バレ配信による現実逃避を行うためにテレビ観戦を行っていたが、はたから見てもひどいの一言しか浮かばない試合内容だった。
ジョイナス監督は彼を二軍に落としたが、ジョイナス監督以外の誰であっても彼を二軍に落としていたと思う。
「全部がうまくいかなかったです」
「全部ってなんですか? 私はあなたじゃないんですから、事細かく伝えてください」
これはダメだな。彼の言葉から私はそう感じた。
意気消沈してる。ガタイのいい大人が椅子に前屈みになって落ち込んでいるのだ。普段であれば、ダメだったらお前らのせいとでも言うよな大きな態度をしているくせに、そんないつもの態度からは大きく異なっていて、さすがに驚いてしまう。
確か、彼が中報に来てからは二軍落ちは初めてなはず。それでも、神奈川時代に二軍落ちは何回も経験していたはずだ。故に問いただしてみれば、答えは一つ。
「その。後ろにやったのが……」
後ろ? 後逸?
後逸は二回あった。二回と四回だ。二回は確かフォークボールを後ろに逸らして2失点。四回はスライダーが曲がり過ぎたのを対処できなくて1失点だったはず。
そりゃあ後逸なんて捕手の恥だ。だが、やってしまったことはしょうがないし切り替えることが必要。
「ああ、
「はい」
神奈川を優勝に導いたフォークの達人。大魔神こと
打撃能力を買われてスタメンとしてマスクを被るが、9回のリードでは決まって交代させられる。そんな経験を彼はし続けた。
「取れると思っていた球が取れなくて動揺して崩れた?」
「その通りです」
どんどん萎んでいく谷選手だが、これじゃああまりにもまずい。流石に喝入れないと本気でやばい。谷選手だけじゃなくて、中報のキャッチャーたちにまで影響を与える可能性もある。中報のキャッチャーは谷を中心としたピラミッドと言える。ちょうど、私が売れたくらいと一緒だ。
キャッチャー陣の目標でもあり何が何でも倒したい相手が脱落していくのは、競争が無くなる。
「なら、取れるようになるまで受けますか? フォーク」
「え?」
「落ちるか知りませんが」
驚いた顔を見せる谷を他所に、私は上着を脱いで鞄の上にかけた。
◆◇◆◇◆
「私生活とかどうなの?」
「えっ、あ、はい。普通です」
いやー。やり難いな。この状況。
アツタスタヂアムの室内ブルペンで谷選手とキャッチボールをしているのだが、いかんせんギャラリーが多い。
谷選手に場所は取ってあるからと言われて一番奥のマウンドにいるが、二軍投手、捕手、コーチ陣がすごい見つめてくる。普通に怖い。
「グラブ、持ってきてるんですね」
「念のためミットも持ってきてる」
「今でもメンテナンスは」
勿論やってる。使用頻度は激減しているが、それでも状態を見て形を整えたり、感触を確かめたりはしている。いつか、手元のカメラを買ったらメンテナンスしている動画を上げるのも楽しいのではないだろうか。現実が見えるからばちゃりあから怒られる可能性あるが。
「試合出てた頃ほど念入りにはしてないけど、ちゃんとしてるよ。どんな時に必要になるかわからないからね」
逆にミットはメンテしててもグラブは全然してないが。
「さて、もう四十五のおっさんだから、どれだけ君の役に立つかはわからないが……。先ずは苦手の克服だ」
肩が温まってきたのを確認した私は構える。腕は胸元で、特に変な動きもなく、しっかりとオーバースローでストレートを投げ込む。
「うわっ、結構いい球……」
「ある程度投げたらフォーク行くからね」
ミットに受けたストレートに驚いていた谷はしばらくボーッとしていたが、私の声に反応して大きな声で返事する。よろしくお願いします。とも。
そこから一定のリズムで20球ほどストレートを投げると、本題のフォークを投げ始める。
私が投げるフォークは、フォークというよりSFFと称した方が正しいと思う。これは、握力の問題からフォークほど深く握れないのが原因だ。
人差し指と中指の間にボールを挟み、人によっては押し出す。潰す。抜く。といった感覚で投げることによりボールの回転を抑え、ストレートなどに比べ重力に引っ張られやすくなることで打者の近くで急激に落ちる。
まあ、手自体の握力は強いけど、人差し指と中指の挟む力が弱いだけなんだよ。私。
「落ちないな」
フォークの一球目は、久しぶりに投げたこともありすっぽ抜け、ただのスローボールになってしまう。ただ、2、3球と投げ続ければ昔の感覚が蘇る。
「行くぞー」
「はい」
フォームは相も変わらずオーバースロー。だが、感覚が良かった。
「ッシ!」
小さな声とともに手から離れたボールは、勢いよく飛び出すと谷の少し前で落ちる。それも、かなりのスピードで。少しの量だけ。
「くそっ!」
ボールが落ちたのは大体2球分ほど。普通のフォークと比べればほとんど落ちていない。だが、先ほどまで投げていたストレートとほとんど同じスピードで向かってきたため、脳が誤認識を起こし、ミットが意識よりも下がらなかった。
結果、ボールはキャッチャーミットの親指側に当たり、勢いそのまま股を抜け、後ろへ転がる。
「なに惚けてるの? ちゃんと捕らなきゃ次に進めないよ? 麻神みたくすごいキレがあるわけじゃないでしょ?」
引退したおっさんのフォーク捕れなくて悔しくないの? そう発破をかければ、いい声でもう一度と叫ぶ。
「んじゃ行くよー」
あ、口調が素になってきている。そんなことを脳の片隅で思いながら気の抜けた声で投球動作を行う。プロである以上野球は仕事だが、向上心に楽しさは必要だ。故に、明るく。バッテリー間の会話も、内野連携も何もかも、笑顔が必要不可欠。
「ちゃんと捕れ捕れ! 私のフォークなんて半秒ちょっともあるんだぞ?」
「はい!」
谷が受けているストレートは大体時速150キロ。秒速で大体41メートル進む。マウンド間は約18メートルなので、谷が捕るまで約0.45秒。私のフォークは時速120キロ前後なので、おおよそ、0.55秒。毛程の差であるが、私の球は捕れる速さだ。
確かにフォークは捕り辛い。単純に落ちる球で、風の抵抗を受けることから落差は一球ごとに変わるし、暴投だって多い。ただでさえ低い位置に球がくるので、通常体勢で捕球するか、ミットを返すかの判断もしないといけない。
「おっさんに何度もフォーク投げさせんな。3球くらい続けて捕ってくれよ」
「誰もお前みたいなフォーク投げねぇよ」
「うわっ! 山元さん!」
突然、懐かしい声を耳にし、意識が谷選手から外れる。
声の主はどこだ? そう思い視線を彷徨わせ見つけたのは谷の後ろ。ネットの貼られた場所に立っていたのは、私が新人時代にお世話になっていた投手である山元さん。のっぺりした顔の彼が、パツパツのスーツを着込んでここに来ていたのに思わず驚いた。
「周りのやつみんな驚いてるぞ」
「え? 本当ですか?」
山元さんに言われて周りを見れば、殆どの選手や関係者が練習そっちのけでこちらを見ていた。
私が見たことでいそいそと練習に戻る人もいれば、そのままこちらを見る人だっている。気にせず続けろと山元さんに言われたところでこんなタイミングで私を羞恥が襲う。
「ニヤニヤされてるとやりづらいです山元さん」
「良いからやれって」
手でくいくいと投球を促す先輩に内心で毒づくと投球動作を取り始める。
投げれば投げるほど握力がなくなっていくのを感じる。だが、そうしながら15分ほどした頃には、谷はちゃんとフォークをボールを捕れるようになっていた。
◆◇◆◇◆
「んで? なんでお前がいるの?」
投球練習をやめた私たちがネットを潜ると、待ってましたとばかりに山元さんが話しかけてくる。なんなら、その横にはカメラまであった。
やられた、これはテレビか。
「谷君を一軍に戻してあげようと思ってですよ。泣きつかれたから」
「それでフォーク? しかも俺より投げられるじゃん。中報復帰?」
「そもそもフォークなんて投げるつもり毛ほどもなかったでしょうに。ストレート大好きおじさんだったじゃないですか。50までずっと。まあ、あの年齢までやり続けたあなたと比べたら誰だって現役続けられますよ」
指でバツを作りながら答えた私は、肩をグルグル回す。これでも遠投の能力や動体視力は落ちてる。引退してからは、体型を維持する運動だけで、アスリートとしての体の鍛え方はしていない。
「それで、捕球練習だけで一軍に上がれるの?」
「え? 無理に決まってるじゃないですか」
おいおいマジかよ。といった顔をする山元さんと嘘でしょ? という絶望した顔を見せる谷。
いやいや。そもそも苦手な球を捕球できるようになっただけで一軍に上がれるなら高校生全員一軍だよ。全員プロだから。
「あくまでも準備ですよ。これは。先ずは自信をつけさせてみないと。気分から何からマイナスなのにどうしろと」
「それもそうか」
「それじゃあこれからどうするんですか?」
「そりゃあもちろん、ご飯でしょ」
再び驚いた表情をする谷選手をよそに、私と山元さんは話し続ける。
室内ブルペンの壁にある時計は16時23分。昼過ぎにアツタスタヂアムで落ち合って話を聞いた。軽い準備運動とか、現役時代にやってた下半身のマッサージを教えたりしてたら結構時間過ぎてて、キャッチボールからのフォークの捕球練習。
今からシャワーかかるなり外に出る準備したら18時ごろにはご飯所についてるかな?
「山元さん来ます?」
「合流でも良いなら。おれ、5時半くらいまでインタビューって予定だから」
珍しくオロオロと私と山元さんの顔を交互に見ていた谷は、観念したかのように項垂れた。
◆◇◆◇◆
「社長!! いらっしゃい!!」
アツタスタヂアムからタクシーで移動すること20分弱。私、谷、山元さんの3人は名古屋の中心にある焼き鳥屋へと来ていた。
「お飲み物は?」
テーブル席に着いた私たちは店員のお姉さんに飲み物を聞かれ、3人とも「生」と答える。
食べ物の注文は
「とりあえず、ここは奢りますから」
「え? 良いの?」
「良いんすか?」
まあ、今はVtuberという名の引きこもり……になるのか? だが、収益化はしているので、視聴者的に良いところがあればお金が入ってくる。まあ、ある程度は余裕がある部類だろう。
大丈夫ですと答えながらちょうどやって来た生ビールをそれぞれ右手で持ち、乾杯の掛け声とともに一気に煽る。私と山元さんは半分くらいまで、谷は三分の一くらいを飲む。
ふーっと一息ついたところで話すのは、もちろん野球の話。
「それで早速本題だが結論から言おう。もっと人と話せ」
「え?」
「キャッチャーは会話をするポジションだ。他の8人と違って唯一そいつらと顔を向き合わせてる。特に投手とはサイン交換して球種やコースを話し合うわけだ。まあ、首振らしてる時点で会話できてないんだけどな」
あくまでも持論であると前置きを置いた上で、私は谷選手に話を続ける。
「一軍にいる選手、野手のことな? 野手のそれぞれがどういう動きが得意なのか知ってるか? 例えば……。外野手だと補殺が得意とか、こいつは逆シングルのフライ処理が苦手とか」
「いや、そこまでは……」
「大体でいいから覚えろ。正体勢と逆体勢のどっちの補球が得意とかな? 内野手なら普段から奥側か手前側かとか。それだけで大体の投げさせる球が決まるし方針も変わる」
特に打たせてアウトを取りたいタイプの投手には必要な情報だ。打球を飛ばさせるのもキャッチャーのスキルだし、それなら守備が得意な選手に補球させたい。さらには、捕球の確率を上げるために得意な体勢で取らせたい。
まあ、100パーセント理想通りに打球が飛ぶわけではないが。
「投手も一緒だよ? 特に、どういう状態になると暴走するかは覚えといた方が良いね。山元さんなんかはストレート大好き星人だから、球速が出てたら首振ってストレート投げようとするからね」
「俺的には嬉しいんだけどね。俺は速球派だからストレート投げようとするたびにカーブとかスクリューとか投げさせられんだよ。酷いだろ? しかもストレートの調子悪い時の方が成績いいんだよ」
「ストレートで戦えなかったんですか?」
なんていうか……。と記憶を呼び覚ましながら考えるが……。うん、無理だな。
「伊瀬さんいるでしょう? 死神の鎌とか言われちゃう伊瀬さん」
「はい。何度も受けてますけど……」
「あの人ぐらい球が汚かったら打者の意識を分散させるのにいいんだけど、山元さんの直球って結構きれいでさ、しっかり放物線だから打者の予想通りの軌道になりやすいわけですよ」
「え? だから打たれてたの? 俺」
他に理由ねえよ。という言葉はすんでのところで飲み込んだ。この人ほど丁寧にリード・配球を考えないといけなかった人はいない。それほど球が素直なのだ。
「谷君のリードはどうなの。いいの?」
「いいですよ。マウンド間で完結させようとする癖さえなければ。現役で良い組み方してるのは多分大阪の弓野じゃないかな? あの曲者ぞろいのピッチャー陣を御してんのはすごいと思う」
中報から移籍した弓野だが、リードの組み立てがうまい。結果、内野陣を使い「打たせて取る」を絵にかいたような試合展開になることが多い。最近は怪我や加齢でマスクを譲っている感じはあるが。
「あ、お姉さん、生お替りお願いします」
あいよー。と返事する店員をよそに、山元さんが私に言う。
「今日ペース早くない?」
「え? こんなものじゃあないですか?」
「いや、結構早くないですか? 山元さんも一口目は煽りましたけど、そのあとは落ち着いてますよ?」
よく見てんな
おおー。なんて周りにいた他のお客も声を上げる。
「なんか嫌なことでもあるんですか?」
「あれだろシキシマなんたらだろ?」
「知ってんすか……」
あれだけ騒がれたら球界関係者は知ってる。という山元さんの言葉に頭を抱える。
「あした……。戦があるんですよ」
そういって私は残っていたビールを飲み切った。
考えるだけでしんどい。ボケたがりの那須癒子。見た目以外は下ネタで構成されている歌川鹿子。センシティブセクシーお姉さん御前巴。アホの子の香取杏に酒乱命菫。名前とともに想像する者だけでキャラが濃い。さらに、ここに新人の嗚呼絵桃子も追加されるらしい。そんなメンツに私も追加してでどういう健全を目指すんだ。
後々聞いた話だが、そんなことを考えていた私はかなり疲れた顔をしていたらしい。
「やっぱり中報のキャッチャーは津路嶌しかいねえな」
「だな」
ばれてるし。てか私引退してるし。てか谷の目の前で言うなし。ほんと……。
「気が重い」
明日、朝の新幹線に乗って……。カフェで時間つぶして……。
「はあ……」
「こんなおっさんになるなよ」
「いや山元さん。津路嶌さんは稀な人ですから」
「聞こえてんだよ!!」
口調も忘れて大声を出した私は悪くない。うん。
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